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【第十三話】薩摩御家人
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島津貞久は、国老の酒匂久景と共に、薩摩国内を巡る旅に出立した。
まずは本拠地、山門院に程近い、和泉荘を訪れた。
和泉は、弟・和泉忠氏が治める地である。
夏から秋にかけて収穫の時期を迎えた稲穂がたわわに実っている。
忠氏の治世は上手くいっているようで、領民の表情はみな明るい。
和泉の館に顔を出すと、取次の者に笑顔で迎えられた。
「島津貞久さまでござおいもすね。ただいまお取次しもす」
客間に通されると、忠氏が笑顔で立ち上がった。
「兄上、よくぞお越しくだされた。博多で別れて以来ですな」
「おう、忠氏、息災であったか」
「おかげさまで元気にしておいもす」
「忠氏は、わしより薩摩に詳しいからの。今後ともご指南いただきたい」
「めっそうもございませぬ。力の限り兄上にご加勢させていただきもす」
「何か困り事はないか」
「水利権の争い事などはちょくちょくおきちょいもすが、なんとかなっておいもす」
「そうか、何かあればすぐに言ってくれ。できる限り力になるぞ」
「はっ、畏まりました」
「このあとはどのようなご予定で」
「牛屎院から祁答院、入来院あたりを廻ってみようと思っておる」
「なるほど、渋谷一族は島津に対しあまりよい感情を持っておりませんのでお気をつけくだされ」
「わかっておる。十分気をつけていくとしよう」
和泉を出ると、大口方面に向けて山中へわけいる。
どうやら賊に目をつけられてしまったようだ。
相手は4人程度か。
「若、きもすぞ」
「久景は右に廻れ、わしは左をやる」
「はっ」
先手必勝である。相手が躊躇している隙に、一人を叩っ斬った。返す刀でもう一人と思ったが、すでに賊は逃げ出していた。
「お見事にございもす」
「なんの」
牛屎氏の樋脇城は、大口盆地に入るとすぐ見つかった。
「島津貞久である。ご当主の元尚どのにお会いしたい」
守衛に伝えると、面倒くさそうに取次に向かった。
「歓迎はされておいませんな」
「それはそうだな」
しばらくすると、城内に案内された。
「こや島津貞久どとな。本日はどのよなご用件で」
牛屎元尚は若干硬い表情でこちらをぐるりと見渡した。
「いやいや、元尚どの、近くまできたで、お元気かいけんかお顔を拝見に上がったです」
元尚の表情が、急に緩んだ。守護の息子が直接出向いてくるなど余程重要案件かと思ったのであろう。
「左様でしたか。日も傾いて参いましたが今宵はどのよなご予定ですか。もしよろしければ当館にお泊まいくだされ」
「そやあいがたか。それではご厄介になうとすうかとな。のう、久景」
「はっ」
その夜はささやかながら楽しい歓迎の酒宴がひらかれた。
牛屎氏のような田舎の御家人でも利権争いの訴訟に巻き込まれることが多いようで、酒宴は終始彼の愚痴ばかりであったが、心温まる愉快な宴となった。
「祁答院と入来院にはお気をつけなされ。守護家に対してあまい良か感情を持っておらんごとです」
牛屎元尚は翌朝の別れ間際にそう言った。
「ゆうとわかった。心しておこう。それでは世話になったな」
彼らは、島津貞久と酒匂久景の姿が見えなくなるまで見送ってくれているようであった。
「気持ちの良い男であったのう」
「左様ですな。あげんに愉快な宴は若が戻られた時の宴以来でした」
「そうじゃのう。祁答院、入来院を巡りながらどこを目指すとするかのう。」
「ちっと遠いじぁんどん、伊作を目指しやすか」
「おう、叔父御のところじゃの」
爽やかな初秋の日差しは、ほんのり色づき始めた木々をより際立たせる。
まだまだ、自分は若い。
もっと世間に対する見聞を広げ、自分の糧としたい。
貞久を突き動かしている原動力は世の中に対する執着である。
そのためならどんな場所にも足を運ぶ決意をしていた。
まずは本拠地、山門院に程近い、和泉荘を訪れた。
和泉は、弟・和泉忠氏が治める地である。
夏から秋にかけて収穫の時期を迎えた稲穂がたわわに実っている。
忠氏の治世は上手くいっているようで、領民の表情はみな明るい。
和泉の館に顔を出すと、取次の者に笑顔で迎えられた。
「島津貞久さまでござおいもすね。ただいまお取次しもす」
客間に通されると、忠氏が笑顔で立ち上がった。
「兄上、よくぞお越しくだされた。博多で別れて以来ですな」
「おう、忠氏、息災であったか」
「おかげさまで元気にしておいもす」
「忠氏は、わしより薩摩に詳しいからの。今後ともご指南いただきたい」
「めっそうもございませぬ。力の限り兄上にご加勢させていただきもす」
「何か困り事はないか」
「水利権の争い事などはちょくちょくおきちょいもすが、なんとかなっておいもす」
「そうか、何かあればすぐに言ってくれ。できる限り力になるぞ」
「はっ、畏まりました」
「このあとはどのようなご予定で」
「牛屎院から祁答院、入来院あたりを廻ってみようと思っておる」
「なるほど、渋谷一族は島津に対しあまりよい感情を持っておりませんのでお気をつけくだされ」
「わかっておる。十分気をつけていくとしよう」
和泉を出ると、大口方面に向けて山中へわけいる。
どうやら賊に目をつけられてしまったようだ。
相手は4人程度か。
「若、きもすぞ」
「久景は右に廻れ、わしは左をやる」
「はっ」
先手必勝である。相手が躊躇している隙に、一人を叩っ斬った。返す刀でもう一人と思ったが、すでに賊は逃げ出していた。
「お見事にございもす」
「なんの」
牛屎氏の樋脇城は、大口盆地に入るとすぐ見つかった。
「島津貞久である。ご当主の元尚どのにお会いしたい」
守衛に伝えると、面倒くさそうに取次に向かった。
「歓迎はされておいませんな」
「それはそうだな」
しばらくすると、城内に案内された。
「こや島津貞久どとな。本日はどのよなご用件で」
牛屎元尚は若干硬い表情でこちらをぐるりと見渡した。
「いやいや、元尚どの、近くまできたで、お元気かいけんかお顔を拝見に上がったです」
元尚の表情が、急に緩んだ。守護の息子が直接出向いてくるなど余程重要案件かと思ったのであろう。
「左様でしたか。日も傾いて参いましたが今宵はどのよなご予定ですか。もしよろしければ当館にお泊まいくだされ」
「そやあいがたか。それではご厄介になうとすうかとな。のう、久景」
「はっ」
その夜はささやかながら楽しい歓迎の酒宴がひらかれた。
牛屎氏のような田舎の御家人でも利権争いの訴訟に巻き込まれることが多いようで、酒宴は終始彼の愚痴ばかりであったが、心温まる愉快な宴となった。
「祁答院と入来院にはお気をつけなされ。守護家に対してあまい良か感情を持っておらんごとです」
牛屎元尚は翌朝の別れ間際にそう言った。
「ゆうとわかった。心しておこう。それでは世話になったな」
彼らは、島津貞久と酒匂久景の姿が見えなくなるまで見送ってくれているようであった。
「気持ちの良い男であったのう」
「左様ですな。あげんに愉快な宴は若が戻られた時の宴以来でした」
「そうじゃのう。祁答院、入来院を巡りながらどこを目指すとするかのう。」
「ちっと遠いじぁんどん、伊作を目指しやすか」
「おう、叔父御のところじゃの」
爽やかな初秋の日差しは、ほんのり色づき始めた木々をより際立たせる。
まだまだ、自分は若い。
もっと世間に対する見聞を広げ、自分の糧としたい。
貞久を突き動かしている原動力は世の中に対する執着である。
そのためならどんな場所にも足を運ぶ決意をしていた。
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