三州の太守

芙伊 顕定

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【第十四話】謎の少年

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 島津貞久が薩摩国内を巡り山門院の木牟礼城に戻ってから10余年の月日が流れ、貞久も32歳となっていた。
 貞久はその間、西国警固番役の役目もこなしながら九州各地を巡ったりもした。
 特に念入りに見て廻ったのは、大隅・日向の2カ国で、いずれは取り戻さなければならないという思いを強くしていた。
 この度貞久は父の代わりに鎌倉に出仕していた。

 その日は、執権を辞した後も幕政の実質的権限を握っていた北条貞時に目通りすべく、若宮大路を歩いていた。
 町人同士の喧嘩でもあったのか、何やら騒がしい。
 どうやら、大の大人たちが、10歳ほどの少年を取り囲んでいるようだ。
「この野郎、やろうってのか」 
 武士らしき男が叫んでいる。
「大人をだまくらかそうなんていい度胸じゃねえか」
「だましてなどおらんわい。勘違いしたのはそっちじゃねえか」
 少年も負けずに言い返している。
 しかし他勢に無勢である。このままでは少年の身が危険だった。
 貞久が仲裁に入ろうとしたその瞬間、少年が目にも止まらぬ速さで、武士の一人を木刀で胴切りにしていた。
 さらに返す刀で、別のもう一人に突きを食らわせている。
 なんとういう太刀さばきだ。貞久は、心配するよりも感心してしまった。
「この野郎、なんて強さだ、引け引けい」
 武士らしき男たちは、ほうほうの体で逃げ出した。
 少年もすぐにその場を立ち去ろうとしたが、貞久が行く手を阻んだ。
「待ちなさい」
 少年は少し興奮気味に木刀を構える。
「待て待て、わしはそなたを害そうとする者ではない。」
 少年は信じがたいという表情で木刀を構えたままである。
「わしは、島津貞久と申すもの、そなたの敵ではない」
「島津?」
「薩摩の守護職の息子じゃ」
「へえー、それは大層なお侍さんだなあ」
 少年はやっと警戒を解いたのか、木刀を下げた。
「おぬし、何者か知らぬが、見事な腕前であるな」
「多聞丸じゃ」
「多聞丸と申したか、鎌倉で何をしておる」
「わしは、自分が身を預けるべき大きな木を探して旅をしておる。武士の都、鎌倉に来ればそれなりの人物に会えるかと思うたが、大した人物はおらぬな」
「そなた、ずいぶん若く見えるが、一体いまいくつじゃ」
「今年で10歳じゃ」
「そうか、見た目の通りの若さであるな。しかし、なぜ主君を探しておる?」
「世の中は乱れておる。幕府は内輪揉めばかりしていて、外に目が向いていない。本当に困っているのは民である。それがわからないようでは、世の中お終いじゃ」
 貞久は衝撃を受けた。10歳の少年からこのような話を聞くとは思わなかった。
「そうか、それで主君を探して如何にする」
「世直しじゃ、わしが見込んだ主君と共に世直しをするのじゃ」
「そなた、ずいぶん若いわりに見事な心がけじゃな。
 どうじゃ、わしは、もうしばらく鎌倉で用を済ませたら国許に戻るが、ついてくるか?旅の途中で目指す人物に会えるかもしれんぞ」
「いいのか?実はこの10日ほど飯をまともに食ってなくて腹ぺこじゃ。飯を食わせてくれぬか」
「はっはっは、よいよい、さきに島津屋敷に向かっておれ、わしはこれから、北条貞時さまに会いに行く。その用が済んだら屋敷に戻る予定じゃ」
「かたじけのうございます。島津さま。旅のお供に加えてくだされ」
「あいわかった、屋敷のものには伝えておくゆえ、先に行って腹いっぱい飯を食うておれ」

 貞久は少年と別れてから考えていた。あんな小さな少年さえこの世を憂いている。自分は一体何をしているのか。
 九州の最南端の薩摩一国の守護では何の力もないではないか。

 幕府は、自らの支配力の強化のため、様々な施策を打ち出していたが、領地の分割相続や、流通しない貨幣経済の創出など、根本的なやり方が、先細りしか見通せない旧来のやり方を変えられず、所領を持たない無足御家人などというものまで生み出してしまっていた。
 そして、幕府に重くのしかかっていたのは、元の再来の可能性により、恩賞を僅かしか出せないことであり、そのことにより御家人の間に不満がたまる一方であった。

 鶴岡八幡宮に参拝し、北条貞時の屋敷へ向かう貞久の足取りは重かった。
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