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【第十五話】運命の邂逅
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北条貞時に帰国の挨拶を済ませた島津貞久は、貞時の屋敷内の廊下を歩いていた。
突然、聞き覚えのあるしゃがれ声に声をかけられた。
嫌なやつに会ったと貞久は一瞬思ったが表情には出さずにそちらを振り返る。
「これは島津どの、お元気でしたかな」
足利貞氏、御家人の中でも一つ格上の御門葉という身分の一族の当主である。
「貞氏どの、大変ご無沙汰しております」
「なんのなんの、島津どののご領地は遠方故しかたあるまいて」
「恐れ入りまする」
「実は、当家に男児が産まれましてな、そのご報告にと貞時さまのもとに参っておりました」
「ほう、それはおめでとうございます」
「嫡男はすでにおるのですが、これが少し病弱でしてな。異母弟になりますが、こちらは元気に育ってくれるとよかれと願っておる次第です」
「左様でしたか。健やかなるご成長をお祈り致します」
「かたじけのうござる」
「貞久どのは今日はどのようなご用件で?」
貞氏は探るような目つきを一瞬みせたが、何事もなかったかのような表情に戻っている。
「これから国許に帰る予定でしてな、そのご挨拶に参った次第です」
「それはそれは、ご苦労なことですな。道中くれぐれもお気をつけてお帰りください」
「ありがとうございます」
「それでは失礼いたします」
対面している時のまとわりついてくるような視線が消えた。
貞久は、背中に嫌な汗が流れているのを感じた。
屋敷に戻ると、多聞丸が訪ねてきて、たっぷり飯を食べたあとそのまま寝てしまったとの報告を受けた。
妙に大人びたやつだと思っていたが、子どもらしいところがあると知って、ほっと一息ついた。
薩摩へ帰国する日がやってきた。多聞丸も意気揚々とついてくる。
東海道を下り、京に入ると、以前見た京とは様相が変わっていた。
今上帝には、大覚寺統で後宇多天皇の第一皇子である邦治親王が即位していた。この時、史上最多の5人の上皇が存在する状態であった。
京の町には、無足御家人と思しき、みすぼらしい武家姿の者や、耕作地を失って農村から出てきた下層農民などが溢れており、重苦しい空気が漂っている。
多聞丸にとっては初めての京だったようで、興味津々に様々なものを眺めている。
通りを歩いていると、風変わりな一団が反対側から歩いてくるのが見えた。
一団の中心にいるのは一際上等な着物を着て、笠を被っているが、明らかに高貴な人物であることが想像できた。
「何者か!」
一団から声を掛けられてしまった。
「は、某は島津上総介忠宗が嫡男、島津貞久にございます」
「ほほほ、島津どのか、某は、近衛家基が嫡男家平でございます」
一団の中の一人が名を名乗った。
近衛家と島津家は初代忠久の頃からの関係で、島津家が朝廷に出向く際はいつも仲介役となってもらっている家である。
「近衛さまでしたか、大変ご無礼をいたしました」
「なんのなんの、こちらからお声がけさせてもらったまでのこと」
「家平よ、島津とは、薩摩の島津か?」
集団の中で最も高貴な雰囲気の人物が声を発した。
「尊治親王さま、左様にございます」
「島津よ、余は今のこの京の有様を嘆いておる。そなたはどう感じたか」
貞久は、あまりのことに一瞬声を失った。
「誰だか知らんが、あんた、ずいぶんいい着物着てるな。京の町がこんな有様なのに、嘆くだけかい?」
「た、多聞丸!」
「偉い人なら、これをなんとかする力はあるんだろ?なげいているだけじゃ何も変わらんぜ」
「多聞丸、黙れ!このお方をどなたと心得る!後宇多上皇陛下の第二皇子に在らせられる、尊治親王さまじゃ」
「よいよい、子どもの申すことじゃ、気にしておらぬ」
そう言う尊治もそんなに年齢は変わらないのではないかと思うくらい若い。その滑稽さに貞久は内心吹き出してしまっていた。
「申し訳ございません。親王さま。田舎者ゆえ礼儀知らずでございましてな。何卒お赦しくださいませ」
「そこな、なんと申したか、」
「多聞丸です」
「多聞丸か。余はこの状態でよいとは思っておらん。余は力がほしい。今のままでは何者でもないが、力を持った暁には朝廷の力を回復し、幕府と協調してこの世を立て直したいと考えておる」
貞久は驚いた。朝廷は幕府の言いなりではないか。その状況を変えると言っているのか。皇族の中にこのような骨のある人物がいたのか。貞久は全身の震えが止まらなかった。
「決めた!」
多聞丸が叫んだ。
「わしはこの方の家来になる!」
「えっと、親王さま、それでよろしいでしょうか?」
「はっはっは、面白いやつじゃ、よかろうよかろう。ただ、先ほども申した通り、今のわしには何の力もない。多聞丸よ、その時まで世の中を見て周り見聞を広めよ。そして、時がきた時に余の手足となってくれい」
「わかったよ。親王さま。」
「貞久さま、そういうことだからさ、わしはここから別行動するよ。ここまで大変お世話になりました」
「そ、そうだな。多聞丸よ、達者でな」
「うん、貞久さまもお達者で」
こうして、貞久と多聞丸は袂を別つた。
京を離れて、貞久は改めて膝が震えてくるのを感じた。
世の中は変わる。確信をもってそう思った。
突然、聞き覚えのあるしゃがれ声に声をかけられた。
嫌なやつに会ったと貞久は一瞬思ったが表情には出さずにそちらを振り返る。
「これは島津どの、お元気でしたかな」
足利貞氏、御家人の中でも一つ格上の御門葉という身分の一族の当主である。
「貞氏どの、大変ご無沙汰しております」
「なんのなんの、島津どののご領地は遠方故しかたあるまいて」
「恐れ入りまする」
「実は、当家に男児が産まれましてな、そのご報告にと貞時さまのもとに参っておりました」
「ほう、それはおめでとうございます」
「嫡男はすでにおるのですが、これが少し病弱でしてな。異母弟になりますが、こちらは元気に育ってくれるとよかれと願っておる次第です」
「左様でしたか。健やかなるご成長をお祈り致します」
「かたじけのうござる」
「貞久どのは今日はどのようなご用件で?」
貞氏は探るような目つきを一瞬みせたが、何事もなかったかのような表情に戻っている。
「これから国許に帰る予定でしてな、そのご挨拶に参った次第です」
「それはそれは、ご苦労なことですな。道中くれぐれもお気をつけてお帰りください」
「ありがとうございます」
「それでは失礼いたします」
対面している時のまとわりついてくるような視線が消えた。
貞久は、背中に嫌な汗が流れているのを感じた。
屋敷に戻ると、多聞丸が訪ねてきて、たっぷり飯を食べたあとそのまま寝てしまったとの報告を受けた。
妙に大人びたやつだと思っていたが、子どもらしいところがあると知って、ほっと一息ついた。
薩摩へ帰国する日がやってきた。多聞丸も意気揚々とついてくる。
東海道を下り、京に入ると、以前見た京とは様相が変わっていた。
今上帝には、大覚寺統で後宇多天皇の第一皇子である邦治親王が即位していた。この時、史上最多の5人の上皇が存在する状態であった。
京の町には、無足御家人と思しき、みすぼらしい武家姿の者や、耕作地を失って農村から出てきた下層農民などが溢れており、重苦しい空気が漂っている。
多聞丸にとっては初めての京だったようで、興味津々に様々なものを眺めている。
通りを歩いていると、風変わりな一団が反対側から歩いてくるのが見えた。
一団の中心にいるのは一際上等な着物を着て、笠を被っているが、明らかに高貴な人物であることが想像できた。
「何者か!」
一団から声を掛けられてしまった。
「は、某は島津上総介忠宗が嫡男、島津貞久にございます」
「ほほほ、島津どのか、某は、近衛家基が嫡男家平でございます」
一団の中の一人が名を名乗った。
近衛家と島津家は初代忠久の頃からの関係で、島津家が朝廷に出向く際はいつも仲介役となってもらっている家である。
「近衛さまでしたか、大変ご無礼をいたしました」
「なんのなんの、こちらからお声がけさせてもらったまでのこと」
「家平よ、島津とは、薩摩の島津か?」
集団の中で最も高貴な雰囲気の人物が声を発した。
「尊治親王さま、左様にございます」
「島津よ、余は今のこの京の有様を嘆いておる。そなたはどう感じたか」
貞久は、あまりのことに一瞬声を失った。
「誰だか知らんが、あんた、ずいぶんいい着物着てるな。京の町がこんな有様なのに、嘆くだけかい?」
「た、多聞丸!」
「偉い人なら、これをなんとかする力はあるんだろ?なげいているだけじゃ何も変わらんぜ」
「多聞丸、黙れ!このお方をどなたと心得る!後宇多上皇陛下の第二皇子に在らせられる、尊治親王さまじゃ」
「よいよい、子どもの申すことじゃ、気にしておらぬ」
そう言う尊治もそんなに年齢は変わらないのではないかと思うくらい若い。その滑稽さに貞久は内心吹き出してしまっていた。
「申し訳ございません。親王さま。田舎者ゆえ礼儀知らずでございましてな。何卒お赦しくださいませ」
「そこな、なんと申したか、」
「多聞丸です」
「多聞丸か。余はこの状態でよいとは思っておらん。余は力がほしい。今のままでは何者でもないが、力を持った暁には朝廷の力を回復し、幕府と協調してこの世を立て直したいと考えておる」
貞久は驚いた。朝廷は幕府の言いなりではないか。その状況を変えると言っているのか。皇族の中にこのような骨のある人物がいたのか。貞久は全身の震えが止まらなかった。
「決めた!」
多聞丸が叫んだ。
「わしはこの方の家来になる!」
「えっと、親王さま、それでよろしいでしょうか?」
「はっはっは、面白いやつじゃ、よかろうよかろう。ただ、先ほども申した通り、今のわしには何の力もない。多聞丸よ、その時まで世の中を見て周り見聞を広めよ。そして、時がきた時に余の手足となってくれい」
「わかったよ。親王さま。」
「貞久さま、そういうことだからさ、わしはここから別行動するよ。ここまで大変お世話になりました」
「そ、そうだな。多聞丸よ、達者でな」
「うん、貞久さまもお達者で」
こうして、貞久と多聞丸は袂を別つた。
京を離れて、貞久は改めて膝が震えてくるのを感じた。
世の中は変わる。確信をもってそう思った。
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