三州の太守

芙伊 顕定

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【第十六話】器の大きさ

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 島津貞久は45歳になっていた。
 父、島津忠宗は貞久に薩摩守護職を譲り、隠居生活に入った。
 貞久は、薩摩国守護職就任の挨拶廻りのため、何度目かの鎌倉へ来ていた。

 幕府は諸問題について抜本的な対策を打つことができず、時間だけが虚しく過ぎ、状況は悪い方へ悪い方へ流れていくばかりであった。
 執権は目まぐるしく変わり、つい先年、第14代の北条高時が執権となっていた。

 貞久は執権への挨拶を済ませ、屋敷に戻っていた。
「殿、足利貞氏さまがお越しとのことですが」
 貞氏とはなんとなく相性が悪いというか、貞久としてはできれば会いたくない人間の一人であったが、足利家は幕府における名門中の名門御家人の家である。無下に追い返すわけにもゆくまい。
「お通ししなさい」
 しばらくすると、足利貞氏が少年を連れて通されてきた。
「貞久どの、大変ご無沙汰しております。こちらは我が息子、又太郎にございます。だいぶ以前になりますが、執権どののお屋敷で貞久どのにお会いした時に産まれた子でしてな。だいぶ大きゅうなった故、一度ご挨拶にと連れて参った次第です」
「足利又太郎にございます。今年で14になります。以後お見知り置きください」
「左様でございましたか。又太郎どの、それがしは島津貞久と申します」
 又太郎は父貞氏とは違い随分覇気のある声と表情をしている。まだ少年であるのに、人を惹きつける何かを持っているような、器の大きさを感じた。
「貞久さまはこの度薩摩国守護職をお継ぎになられたとうかがいました。改めまして、大変おめでとうございます」
「又太郎どの、ありがたきお言葉、痛み入ります」
 なんと卒のない少年であろうか。貞久は、背筋が凍りつくような気味の悪さを感じた。
「実は、又太郎が島津どのが薩摩からこちらに来られているという話を聞きつけまして、それでどうしてもお会いしたいと申しましてな。ご無礼を承知でお伺いしたしだいです」
 足利貞氏が言った。
「元との戦いでの薩摩勢のお働きは、大変なものだったと伺いました。それで、居ても立ってもおられずに、父上にせがんで連れてきてもらったのです」
 足利又太郎、この少年はとてつもない野望を秘めている。貞久は本能的に何かを察知していた。
「元との戦の際はわしはまだ10歳になるかならないかの少年でしてな、戦自体は経験しておらんのです。申し訳ございませぬな」
「しかし、この薩摩お屋敷の方々の身のこなしは、他の家にはない真の強さをもっておられる。とても見事なものと存じます」
「はっはっは、これは大変なお褒めに預かり、恐悦至極に存じます。いつでも好きな時に我が屋敷に遊びにきてくだされ」
「ありがたきお言葉、痛み入りまする。ぜひお言葉に甘えさせていただきとうございます」
「いや、貞氏どのはよき息子どのをお持ちですな。わしは未だ一人しか子がおりませぬ故、うらやましゅうございます」
「なんのなんの、滅法なやんちゃ坊主で苦労しております」
 貞氏は、又太郎と共に帰っていった。

 貞久は、次の間に控えていた頼久に声をかけた。
「頼久こちらへ参れ」
「はっ、父上」
 頼久が入ってくる。
「あの足利又太郎という少年、なかなか人を食ったような男じゃったわい」
「はっはっ、左様ですな。完全に島津を探ることを目的として訪問してきたのでしょうな」
「頼久よ、そなたは、あのような男を相手に世を渡り歩いていかねばならぬ。なかなか油断のならぬ男ぞ」
「覚悟はできております」
「そなたは庶子故、お梅に男児が産まれた場合は家督はそちらに譲らねばならぬ。我が跡取りを末長く補佐してくれ」
「自分の立場はよくわかっておりまする。なのでご安心くださいませ。父上」
「すまぬのう。そなたには苦労をかける」
 頼久は本当に良くできた息子である。庶子でなければ後継に指名したいところだが、お梅ひいては大友家が黙っていないだろう。
 そればかりはいくら嘆いてもしかたあるまい。
 貞久はそれ以上そのことについて考えることをやめた。
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