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【第十七話】島津の覚悟
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島津貞久が薩摩国守護職を継承した同じ年、京では尊治親王が即位し、第96代天皇となった。
即位してからは、後宇多法皇が院政を行っていたが、法皇は、後二条天皇の遺児である邦良親王と尊治による大覚寺統体制を確立させて、持明院統に付け入る隙を与えないとの考えを基にしていた。
尊治の即位の前年には、邦良親王に男児が生まれ、邦良親王への皇位継承の時期が熟していたが、後宇多法皇は自分の第二皇子であった尊治への信任は揺るがず、尊治への皇位継承となったのである。
鎌倉の島津屋敷には、毎日のように足利又太郎が出入りして、飯などを食べていった。
確かに、いつでも遊びに来いとは言ったが、こう日参されるとは思っていなかったので、貞久は少々面食らっていた。
頼久などは、年の近い又太郎と意気投合したらしく、敬愛するようになっていた。
又太郎は、屋敷の小者の名前まで全て把握しており、貞久を驚かせた。
「又太郎どの、我が屋敷の居心地はどうかな」
ある日、貞久は又太郎に尋ねてみた。
「薩摩の雰囲気はとても居心地よく存じます。つい、足がこちらの屋敷に向いてしまいます。ご迷惑でしたら大変申し訳ありません」
「なんのなんの。迷惑など感じておりませぬよ。毎日のように訪ねていただいて、屋敷の者も喜んでおります」
そうなのだ。いつの間にか、屋敷の者たちは又太郎がやってくるのを待ち望むようになっていた。
「それはようございました。某、若輩者故、見聞を広めたく、あちこち出入りしております。特に島津屋敷には迷惑に思われているのではないかと案じておりました」
貞久もこの若者が訪ねてくることをいつの間にか心待ちするようになっていた。
この若者、人を惹きつける天性の何かを持っているようだ。
聞くところによると、又太郎は、西国の有力御家人の屋敷に足繁く通っているらしく、島津もその一環なのであろう。
しかし、貞久は悪い気はしていなかった。
この若者には何かを成し遂げる力がある。今の段階ではまだそれは小さなものかもしれないが、いずれ大きな求心力を発揮し、大きなことを成し遂げるのではないか。
そのような底の知れない大きさのある若者であることは確かであった。
「のう、又太郎どの、そなたはどこに向かって走っておるのじゃ」
「自分でも、まだよくわかりません。が、今のままではいずれ行き詰まります。それはなんとしも避けねばならぬと思っています」
「確かに、その通りであるな。この島津、又太郎どのの力になりますぞ」
「ありがたきお言葉。胸に刻みまする」
又太郎が屋敷を辞したあと、貞久は頼久を呼び出した。
「頼久よ。足利又太郎という男は、信ずるにたる男か」
「父上、それは愚問にございます。又太郎どのは十分に信ずるにたる男と思います」
「そうだな、わしもそのように見た」
「又太郎どのは、必ず大きなことを成し遂げると私は信じております」
「頼久よ、島津としてはあの男にかけてみようと思う」
「それがようございます」
「そう遠くない未来に何かが起きるであろう。その時までは島津家にとっても雌伏の時ぞ」
「はっ、心得ました」
「頼久、ここからは秘中の秘である。心して聞け」
「はっ」
「我が志は、初代忠久公が失われた、薩摩・大隅・日向の守護職を取り戻すことじゃ。元との戰での薩摩勢の働きによりそれは達せられるかと思っていたが、幕府は恩賞として大隅・日向を出し渋った。正直、そのことについては、幕府に対して見切りをつけた部分もある」
「確かにその通りと思います」
「ここからは、安寧の道ではないかもしれぬ。例え修羅の道であろうと、志を達するためなら、進まなくてはならない。よいか頼久。覚悟を決めよ」
「はっ、畏まりましてございます」
「わしは再び、薩摩に戻る。そのほうもついて参れ」
貞久は、鎌倉で見るべきものは見たと判断し、帰国する決意を固めた。
即位してからは、後宇多法皇が院政を行っていたが、法皇は、後二条天皇の遺児である邦良親王と尊治による大覚寺統体制を確立させて、持明院統に付け入る隙を与えないとの考えを基にしていた。
尊治の即位の前年には、邦良親王に男児が生まれ、邦良親王への皇位継承の時期が熟していたが、後宇多法皇は自分の第二皇子であった尊治への信任は揺るがず、尊治への皇位継承となったのである。
鎌倉の島津屋敷には、毎日のように足利又太郎が出入りして、飯などを食べていった。
確かに、いつでも遊びに来いとは言ったが、こう日参されるとは思っていなかったので、貞久は少々面食らっていた。
頼久などは、年の近い又太郎と意気投合したらしく、敬愛するようになっていた。
又太郎は、屋敷の小者の名前まで全て把握しており、貞久を驚かせた。
「又太郎どの、我が屋敷の居心地はどうかな」
ある日、貞久は又太郎に尋ねてみた。
「薩摩の雰囲気はとても居心地よく存じます。つい、足がこちらの屋敷に向いてしまいます。ご迷惑でしたら大変申し訳ありません」
「なんのなんの。迷惑など感じておりませぬよ。毎日のように訪ねていただいて、屋敷の者も喜んでおります」
そうなのだ。いつの間にか、屋敷の者たちは又太郎がやってくるのを待ち望むようになっていた。
「それはようございました。某、若輩者故、見聞を広めたく、あちこち出入りしております。特に島津屋敷には迷惑に思われているのではないかと案じておりました」
貞久もこの若者が訪ねてくることをいつの間にか心待ちするようになっていた。
この若者、人を惹きつける天性の何かを持っているようだ。
聞くところによると、又太郎は、西国の有力御家人の屋敷に足繁く通っているらしく、島津もその一環なのであろう。
しかし、貞久は悪い気はしていなかった。
この若者には何かを成し遂げる力がある。今の段階ではまだそれは小さなものかもしれないが、いずれ大きな求心力を発揮し、大きなことを成し遂げるのではないか。
そのような底の知れない大きさのある若者であることは確かであった。
「のう、又太郎どの、そなたはどこに向かって走っておるのじゃ」
「自分でも、まだよくわかりません。が、今のままではいずれ行き詰まります。それはなんとしも避けねばならぬと思っています」
「確かに、その通りであるな。この島津、又太郎どのの力になりますぞ」
「ありがたきお言葉。胸に刻みまする」
又太郎が屋敷を辞したあと、貞久は頼久を呼び出した。
「頼久よ。足利又太郎という男は、信ずるにたる男か」
「父上、それは愚問にございます。又太郎どのは十分に信ずるにたる男と思います」
「そうだな、わしもそのように見た」
「又太郎どのは、必ず大きなことを成し遂げると私は信じております」
「頼久よ、島津としてはあの男にかけてみようと思う」
「それがようございます」
「そう遠くない未来に何かが起きるであろう。その時までは島津家にとっても雌伏の時ぞ」
「はっ、心得ました」
「頼久、ここからは秘中の秘である。心して聞け」
「はっ」
「我が志は、初代忠久公が失われた、薩摩・大隅・日向の守護職を取り戻すことじゃ。元との戰での薩摩勢の働きによりそれは達せられるかと思っていたが、幕府は恩賞として大隅・日向を出し渋った。正直、そのことについては、幕府に対して見切りをつけた部分もある」
「確かにその通りと思います」
「ここからは、安寧の道ではないかもしれぬ。例え修羅の道であろうと、志を達するためなら、進まなくてはならない。よいか頼久。覚悟を決めよ」
「はっ、畏まりましてございます」
「わしは再び、薩摩に戻る。そのほうもついて参れ」
貞久は、鎌倉で見るべきものは見たと判断し、帰国する決意を固めた。
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