三州の太守

芙伊 顕定

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【第十八話】雌伏のとき

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 足利又太郎は弟の彦次郎、それと幼馴染の高五郎、新田小太郎と共に鎌倉から出て駿河近郊まで遠出して馬を駆っていた。
 最近では以前のように治安がよくなく、「悪党」と呼ばれる、荘園領主に反抗し幕府に抵抗する集団がいくつも出没するようになっていた。
 まだ14歳という年齢でここまで遠出するとは浅はかだったかと後悔もしたが、鎌倉ばかりにいても気が滅入るような事ばかりであったし、広い世界をこの目で見てみたいという欲求には敵わなかった。
 春の日差しと風は心地よく、富士山が少しずつ大きく見えるようになってきた。山頂はまだ真っ白だ。

 父と執事の高師重には幼い頃から武芸やら学問やらを五郎と共に一日中叩き込まれた。
 そんな中でも、馬術は性に合っていたらしく、めきめきと上達し、上達すればするほど楽しくなってきた。
 今日は、ほんのそこまでとしか屋敷の者には言ってこなかったので、後で父から大目玉をくらいそうだ。

「彦に五郎、小太郎よ、今日は気持ちがよいの」
「はっ、兄上。しかし、こんな遠くまで来てしまって障ございませぬか」
 弟は父と似て、慎重で実直である。兄の自分の目から見ると少しつまらないと感じる時もあるが、それも有能な力として大いに評価している。
「若さま、私も少し気になります。賊でも出てきたら太刀打ちできませぬぞ」
 五郎は、師重の息子だが、王佐の才が備わっている。武芸百般に長け、古今東西の学問にも通じており、歌人としての才能まである。
「又太郎さま、そんなものが出てきたら、私が追い払って見せましょう」
 新田小太郎は病弱な父朝氏の息子かと疑いたくなるほど、学問よりも武芸のほうが得意である。兵法にも通じており、いざとなれば頼りになる男だ。

「はっはっはっ、彦に五郎はえらく消極的じゃの。じゃが小太郎の申すこともなかなか困難なことではあるな。ここらで昼飯にでもするか」

 家の者が持たせてくれた弁当を広げる。

 春の暖かい日差しの中で食べる食事は最高だ。
 相模の海も穏やかである。

 昼飯を食べ終わり仰向けになって寝転ぶと、とんびが獲物を狙って旋回している。

 獲物にはなるまいぞ!

 又太郎は心の中で叫んだ。

 世の中が乱れているのはなぜだ?

 幕府に軸はなく、朝廷にも力がない。

 なぜそうなった?

 幕府に将軍なく、朝廷には後鳥羽帝のような帝がおわさないからだ。

 将軍になれるのは誰だ?

 足利の家があるではないか。

「それは私だ!」
「!?兄上、どうなされましたか?」
「‥いや、なんでもない」
 今はまだ雌伏の時だ。おくびにも出してはならない。

 ふと、周りが騒がしくなってきた。

 どうやらこの近辺で暴れている賊のようだ。

 ひゅん、と弓が耳元を掠める。
「やるぞ!彦、五郎、小太郎、構えろ!」
 声を発した時には、小太郎が賊の一人に斬りかかっていた。
「助太刀いたす!」
 何者かが自分たちの援護に入ってくれたらしい。
 小太郎の立ち捌きに勝るとも劣らぬ見事な動きで、すでに賊一人の胴と体が別れ別れになっている。

「くっ‥、こいつら餓鬼のくせに強すぎる‥、ひけっひけっ!」

 賊はあっという間にちりぢりに逃げ出していった。

「助太刀、感謝いたす。某は、又太郎と申す」
「わしは、多聞丸じゃ」
「多聞丸どのか、みごとな腕前じゃな。」
「大層な武芸の腕前じゃが、師はどなたかな?」
「自分で毎日山の中で鍛えておるんじゃ」
「なんと、左様か!」
 郎党に加えたいと思った。しかし、まだ何者でもない自分が御せる相手でもなさそうだと直感した。
「多聞丸どの、いずれまたどこかでお会いしたいものだな」
「ふふふっ、きっとどこかでお会いするでしょう」
「楽しみにしているぞ」
 多聞丸は風のように姿を消していた。
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