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【第二十話】平和なとき
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島津貞久は57歳になっていた。
薩摩国山門院の木牟礼城ではひとときの穏やかな時間が流れていた。
3年前に嫡男の生松丸(のちの宗久)が生まれ、この年は三男の生駒丸(のちの師久)が誕生し、充実した毎日を送っていた。
正中の変については大まかな概要について、近衛家平からの文で承知していたが、朝廷が一枚岩でないことを改めて知った。
大覚寺統と持明院統に割れているのは知っていたが、まさか、帝と甥の仲がそこまで悪いとは初耳であったので、正直驚きを隠せなかった。
幕府についても、朝廷内のいざこざについて、うまい差配ができず、指導力のある人間が不足していることを内外に示しただけになってしまった。
従兄弟の伊作宗久が久しぶりに顔を出した。
「貞久どの、久しいの」
「おう、宗久。達者であったか」
「達者、達者。毎日が忙し過ぎて目が回りそうじゃわい」
伊作宗久は、元との戦以降、西国警固番などの出役で多大な負担を強いられていた御家人たちが、先祖代々の土地を手放し、商人から借金をして生計を立てているのを、幕府の許可を得て、御家人と商人の仲裁を生業としていた。
「幕府はこれ以上我ら西国御家人い恩賞を出す気はんでしょうな」
「そうじゃのう。先年の朝廷の揉め事も、元を糺せば幕府が力を失っておるから謀略の種に使われてしまったわけであるしの」
「そうでしたか。そこまで幕府の力は落ちとうのなあ」
「宗久よ、時代は動くぞ」
「ご安心くいやんせ。こん宗久、いつでん貞久どのの力にんもすぞ」
「心強いの。頼りにしておるぞ。必ずや戦になろう。伊作に戻ったら、戦支度を怠らぬように頼みますぞ」
「かしこまいもした。怠いなきごと励みもす」
貞久も抜かりはなかった、酒匂久景と息子の川上頼久に命じ、すでに兵の調練を始めさせている。
他に味方になってくれそうな親族は、弟の忠氏、忠光、時久、資久、資忠、久泰たちは問題なさそうであったが、祖父の兄弟たちは代替わりもしており、どのような動向かは不明である。いずれにせよ、島津一族で力を合わせ乗り切らなねばならぬ難局が必ずくると、貞久は確信していた。
その年の暮れ、病がちであった島津忠宗が危篤に陥った。
忠宗は、7人の息子に囲まれ、安心し切っていた。
父・久経と共に戦った元との戦、一番の思い出はそれであった。
長男の貞久は父が言っていた通り、大将の器であることをその成長とともに目の当たりにしてきた。
忠宗にとって、思い残すことは何一つなかった。
「貞久よ」
「はっ、父上、こちらに控えております」
「そなたは、我が父が申していた通り、先を見通す目も確かで、島津の舵取りを誤ることはないと安心しておる」
「もったいなきお言葉にございます」
「そして、6人の弟たちよ、其方たちは兄をよく支えよ」
「はっ、畏まりましてございます」
和泉忠氏が答える。
「久長よ、わしは先に逝くが、島津の年長者として、わが息子たちの良き相談相手となってやってくれ」
「はっ、兄上、お任せくだされ」
「島津が一枚岩でことに当たれば、日の本一の働きができると確信しておる。そのほうたちは誇りを持って戦え」
「わしは、元との戦で父・久経と共に戦った時にそのように感じた」
「父上、あとのことは、我らにお任せください。必ずや道を誤ることのないよう、島津が末長く続くことのみに心を砕きやって参りたいと思っております」
貞久の覚悟は固まっていた。
「あいわかった。よろしく頼んだぞ。少し疲れた。休ませてくれい」
父・島津忠宗が息を引き取ったのはその夜のことであった。鎌倉幕府の有力御家人として自分の持てる力全てを発揮し、生き抜いた生涯であった。
薩摩国山門院の木牟礼城ではひとときの穏やかな時間が流れていた。
3年前に嫡男の生松丸(のちの宗久)が生まれ、この年は三男の生駒丸(のちの師久)が誕生し、充実した毎日を送っていた。
正中の変については大まかな概要について、近衛家平からの文で承知していたが、朝廷が一枚岩でないことを改めて知った。
大覚寺統と持明院統に割れているのは知っていたが、まさか、帝と甥の仲がそこまで悪いとは初耳であったので、正直驚きを隠せなかった。
幕府についても、朝廷内のいざこざについて、うまい差配ができず、指導力のある人間が不足していることを内外に示しただけになってしまった。
従兄弟の伊作宗久が久しぶりに顔を出した。
「貞久どの、久しいの」
「おう、宗久。達者であったか」
「達者、達者。毎日が忙し過ぎて目が回りそうじゃわい」
伊作宗久は、元との戦以降、西国警固番などの出役で多大な負担を強いられていた御家人たちが、先祖代々の土地を手放し、商人から借金をして生計を立てているのを、幕府の許可を得て、御家人と商人の仲裁を生業としていた。
「幕府はこれ以上我ら西国御家人い恩賞を出す気はんでしょうな」
「そうじゃのう。先年の朝廷の揉め事も、元を糺せば幕府が力を失っておるから謀略の種に使われてしまったわけであるしの」
「そうでしたか。そこまで幕府の力は落ちとうのなあ」
「宗久よ、時代は動くぞ」
「ご安心くいやんせ。こん宗久、いつでん貞久どのの力にんもすぞ」
「心強いの。頼りにしておるぞ。必ずや戦になろう。伊作に戻ったら、戦支度を怠らぬように頼みますぞ」
「かしこまいもした。怠いなきごと励みもす」
貞久も抜かりはなかった、酒匂久景と息子の川上頼久に命じ、すでに兵の調練を始めさせている。
他に味方になってくれそうな親族は、弟の忠氏、忠光、時久、資久、資忠、久泰たちは問題なさそうであったが、祖父の兄弟たちは代替わりもしており、どのような動向かは不明である。いずれにせよ、島津一族で力を合わせ乗り切らなねばならぬ難局が必ずくると、貞久は確信していた。
その年の暮れ、病がちであった島津忠宗が危篤に陥った。
忠宗は、7人の息子に囲まれ、安心し切っていた。
父・久経と共に戦った元との戦、一番の思い出はそれであった。
長男の貞久は父が言っていた通り、大将の器であることをその成長とともに目の当たりにしてきた。
忠宗にとって、思い残すことは何一つなかった。
「貞久よ」
「はっ、父上、こちらに控えております」
「そなたは、我が父が申していた通り、先を見通す目も確かで、島津の舵取りを誤ることはないと安心しておる」
「もったいなきお言葉にございます」
「そして、6人の弟たちよ、其方たちは兄をよく支えよ」
「はっ、畏まりましてございます」
和泉忠氏が答える。
「久長よ、わしは先に逝くが、島津の年長者として、わが息子たちの良き相談相手となってやってくれ」
「はっ、兄上、お任せくだされ」
「島津が一枚岩でことに当たれば、日の本一の働きができると確信しておる。そのほうたちは誇りを持って戦え」
「わしは、元との戦で父・久経と共に戦った時にそのように感じた」
「父上、あとのことは、我らにお任せください。必ずや道を誤ることのないよう、島津が末長く続くことのみに心を砕きやって参りたいと思っております」
貞久の覚悟は固まっていた。
「あいわかった。よろしく頼んだぞ。少し疲れた。休ませてくれい」
父・島津忠宗が息を引き取ったのはその夜のことであった。鎌倉幕府の有力御家人として自分の持てる力全てを発揮し、生き抜いた生涯であった。
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