三州の太守

芙伊 顕定

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【第二十二話】戦いのはじまり

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 まさか吉田定房が六波羅探題に密告するなど、思いもよらなかった。
 日野俊基、僧侶の文観・円観ら側近が六波羅探題に捕縛された。
 幕府としても、二度目の討幕計画であったために厳しい態度で臨み、六波羅探題の兵はまさに御所を包囲し、尊治を捕らえようとしていた。
 兵はすぐそこまで迫ってきており、尊治は大急ぎで御所を脱出する必要があった。
「お上、こちらにお召し替えを!」
 用意された女装に着替え、御所をなんとか脱した。
 幕府側の追跡をかわすため、尊治に変装した花山院師賢を比叡山に向かわせた。
 尊治は、四条隆資らと共に奈良東大寺を経て鷲峰山金胎寺に移った。
 そこから大和との国境に近い笠置山を目指すこととなった。山には笠置寺という寺があり、そこを御在所とすることとし、同時に兵を集めることとした。
 笠置山に到着すると、北畠親房が血相を変えて現れた。
「お上、河内にて事情は伝え聞きました。ご無事で何よりでございます」
「おう、親房。無事であったか。多聞丸には会えたか?」
「そのことにございます。多聞丸どのは既に元服し、楠木正成と名乗っておられます。正成どのも事情を伝え聞いており、是非ともお上に馳走したいとのことですぐ挙兵の準備に取り掛かられましてございます」 
「楠木正成か。橘の流れの家柄ではないか。頼もしいやつじゃ!」
「それと、道中に聞いた情報によりますと、皇子の護良親王も挙兵されたとの由」
「護良もか!皆頼もしいのう」
「それがしは、引き続き京に戻り情報収集にあたりたいと存じます」
 北畠親房は急ぎ退出していった。

 思いもよらない形ではあったが、尊治の長き戦いの幕は切って落とされたのである。もう後戻りはできない。

 足利又太郎は元服して足利高氏と名乗りを変えていた。
 父・足利貞氏が病死し、家督も継いで第8代当主となった。26歳の若さである。

 帝が倒幕計画を立てていたという話に驚きはしなかった。
 自分が追討軍の一翼を担うと聞かされた時は、父の喪中を理由に従軍を断りたかったが幕府には受け入れられなかった。
 大将軍として北条一門の大仏貞直、金沢貞冬と同格の待遇での従軍であった。
 承久の乱の際に当時の当主であった足利義氏が大将として北条泰時を助けて勝利に導いて以来、対外的な戦では足利家が大将を務めることが嘉例となっていた。

 同じく従軍していた新田小太郎も名乗りを改め、新田義貞と名乗っていた。義貞も10年以上前に父・朝氏が死に、家督を継いでいた。

「小太郎よ、あまり気乗りせぬ戦よの」
「高氏さま、私にはよくわかりません」
「正直言って、幕府は腐りきっておる。先の正中の事件も、朝廷の調略にまんまと踊らされただけじゃ。皆、私利私欲で物事を判断しておる。
 此度の戦も、お上のほうが正しいような気がしてならぬわ」
「そのようなものですかのう。いずれにしても我が新田は、高氏さまと運命を共にする所存にございます」
「はっはっはっ、それはありがたいお言葉じゃ。じゃがのう、義貞どのよ、己の運命は己で掴んでいかねばなりませぬぞ。この高氏が常に正しいとも限らん。その時は新田としてどう動くかは、そなたが曇りなき眼で判断せねばならぬぞ」
「はっ、畏まりましてございます」
「それにしても、よい天気であるな。実はの、義貞どのよ、わしは今自分専属の親衛隊を作ろうと考えおってな。兵卒の中から相応しい人材を少しずつ集めているところじゃ。いずれ専属の指揮官も育てたいと考えておる。どのような形になるかはわからぬが、幕府があの体たらくでは源平の頃のような戦乱が再び巻き起こるに違いないとわしは考えておる。その時に備えて力を蓄えておきたいというのが本当のところじゃ」

 まあ、その命運はこのわしが握っておるのであろうな。
 高氏は、声にならない声で呟いた。義貞には聞こえなかったようである。
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