三州の太守

芙伊 顕定

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【第二十四話】足利高氏

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 南国の薩摩にも、幕府からの御教書が届いていた。
 幕府軍の一員として、畿内に参陣せよとの命であった。
 帝が、討幕計画をたて、笠置山に籠ったというのだ。

「頼久よ、兵の調練に抜かりはないであろうな」
 島津貞久は、すぐに出陣できる状態であるか息子に尋ねた。
「父上、調練は順調でございます。最初のうちは調練の最中に死人も何人か出ていましたが、最近では、それもなくなりました。厳しい調練の成果だと思っております」
 川上頼久と酒匂久景の調練は苛烈を極めているとは聞いていたが、そこまでしなければ実戦で役にたつ兵にはならないのであろう。
 元との戦を知る兵たちは歳を取り、今の兵たちは実戦を知らない若ものばかりである。
 しかし、そこまでの調練に耐え抜いた兵であるのであれば、問題ないであろう。

「頼久、よくぞそこまで兵を鍛えた。幕府からの御教書が届いており、畿内に参陣せよとの命だ。すぐに出立するぞ」
「はっ、畏まりました」

 すでにこのような事態になることを見越していた貞久は、嫡男の生松丸に、山門院の地頭職を譲っており、自分が戦死したとしても問題ないように手は打ってある。

 薩摩を出陣すると、京から様々な情報が入ってきた。
 帝と共に挙兵したのは、帝の皇子・護良親王、河内国の楠木正成ということであった。

「楠木正成?多聞丸のことか」
「以前、父上がお話されていた少年のことですね」
「もう30歳半ばにはなったであろうか。元気にしておったのじゃな」
「私の聞いている話ですと、随分著名な武将になっておられるようですぞ」
「武芸の腕は、幼き頃より確かなものがあったからの」
 貞久は、胸が熱くなった。
 あの、多聞丸がそこまで大きな存在になったか。
 自分のことのように嬉しくなっていることに気づき、貞久は苦笑した。

 畿内が近づいてくると、幕府からの命により、楠木正成が籠る河内国下赤坂城に向かうよう指示があった。

 下赤坂城に到着し、調べてみると、正成はわずか500人程度の少数で城に籠っているらしい。しかも、急造の城なのか、普請が完全に終わっているようには見えなかった。

「のう頼久、向こうは決死の少数精鋭。これはいたずらに突っ込んでも、こちらの被害が大きくなるだけだぞ」
「そのようにお見受けいたします。こちらには、鎌倉からの増援軍も向かっているとの由、大軍で包囲し、兵糧攻めにするのが上策と心得ます」

 そうこう話をしているうちに、城門が開き正成率いる軍勢が一塊になって突っ込んできた。
「まずい、迎撃態勢をとれ!」
 川上頼久・酒匂久景・和泉忠氏が馬を駆り三方向から正成軍を包み込む。
 さすがの正成軍も三方向から包囲され、勢いが弱まる。
 川上頼久が、正成に槍を合わせる。
 正成はひらりと槍をかわしつつ、第二波の酒匂久景の槍をがっちりと受け止めた。更に第三波の和泉忠氏の槍は脇に抱えて忠氏を馬から振り落とした。
「さすが、島津さまの軍じゃ!今までの相手とは勢いが違うわい!」
 正成は楽しげに、槍を振るっている。
「くっ、こや手強か!」
 3対1の対決にも関わらず、正成はリズミカルに3人と槍を合わせる。
「貞久さま、多聞丸は元気でおりますぞ!またお相手お願いいたしまする!」
 正成は叫ぶと、500の手勢と共に悠々と城へ引き上げていった。
「なんちゅう強さだ。そいどん、兵卒の強さは互角であったな」
 3人は肩で息をしながら陣へ戻ってきた。
「楠木正成、さすがにやりおるわい。しかし頼久、久景、忠氏、3人とも見事な働きであったぞ」
 貞久は、多聞丸の成長が、我が子の成長のように嬉しく感じていた。しかし、表情には出さずに、自分の胸の内に気持ちを収めた。

 10月も終わりに近づくと、笠置山にて、帝が捕えられたとの情報が入ってきた。そちらを攻撃していた幕府軍と鎌倉からの増援軍は一旦京にて合流し、幕府正規軍全四軍でこちらに向かうことが決定したようだ。

 そして、11月も半ば近くなると、下赤坂城は、幕府軍全軍によって蟻の這い出る隙間もないほどの包囲を受けたのである。
 幕府軍の一部が城に突撃を敢行したようだが、貞久の見ている範囲からも、彼らがおよび腰であるのがはっきりとわかった。逆に、城門から飛び出してきた楠木正成本隊はここが自分の死場所と言わんばかりに、決死の突撃をして幕府軍を瞬く間に蹴散らした。

 貞久は、胸の高揚を抑えるのに必死であった。500の手勢で、幕府全軍を完全に手玉に取る楠木正成。
 このような痛快な景色が他にあろうか。

 貞久の陣に、足利高氏がやってきた。
「貞久どの、ご無沙汰しております。又太郎でござるよ。
 遠路はるばるの参陣、まことにご苦労なことにございます」
 高氏は、他の幕府軍の大将が顔を見せない中、わざわざ顔を出し、労いの言葉をかけてくれた。
「これはこれは、高氏どの、今回は幕府軍の大将の一角を務められているとか。本来ならばこちらからご挨拶に伺わなければいけないところ、わざわざのご来訪かたじけなく存じます」
「貞久どの、そう固くなられますな。それがしは鎌倉におった時の又太郎のままですよ」
「お懐かしゅうございますな、まるで昨日のことのように思い出されますわい」
「はっはっは、その節は大変お世話になり申した。
 それにしても、貞久どの、あの楠木正成という男、なんとも痛快な御仁ですなあ」
「それがしは、彼が幼いころに一度一緒に旅をしたことがございますが、これほどの男になるとは想像もしておりませんでしたぞ」
「それにしても、我が方が到着する前に一度やり合うたそうではございませぬか。互角の戦いであったと伺いましたぞ」
「なんのなんの、手強い相手でございましたよ」
「左様でしたか、それがしは、胸の昂りがおさえられませんわい」
「ですな、それがしも、年甲斐もなく熱くなってしまいました」
「このような男が出てくるというのは、まさに乱世の証。幕府には見切りをつけた方がよいかもしれませんな」
 貞久は耳を疑った。確かに、楠木正成という男は快男児であり、自分も胸が熱くなることを抑えることが難しいほどであるが、幕府方の大将格の人間からそのような言葉が出てくるとは、足利高氏という男を、改めてまじまじと眺めた。
 高氏は、貞久の目を見てそれを捕えて離さず、軽い口調ではあったが、瞬き一つせず貞久を見つめている。
 しかし、その表情も一瞬で切り替わり、爽やかな笑顔と共に、城の方向を見つめていた。
「はっはっは、戯れでござるよ」
 高氏は何事もなかったかのように、それでは失礼仕ると会釈をして、貞久の陣を去っていった。

 足利高氏、あの男こそ、次の世代を担う一大巨頭なのではあるまいか。
 貞久は、高氏が去ってからしばらくその場を動くことができなかった。
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