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【第二十五話】楠木正成
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笠置山で帝を捕らえた幕府軍は、一旦京へ向かった。
未だ、討幕勢力として、河内国下赤坂城に籠る楠木正成が残っていた。
「楠木正成とはいかなる人物か」
足利高氏は執事の高師直に問うた。
「高氏さま、記憶にございませんか?10数年前に鎌倉で遠乗りをしていた際に一緒に賊退治をした青年でございます。我々よりも10歳ほど年上だったので、現在は30歳半ばほどかと思われます」
「おう、あの時の多聞丸どのか!それは手強そうじゃの」
「はい、武芸の腕は確かなものがございました。その後の噂では、用兵にも優れていると人伝てに伺っております」
「なるほど、幕府軍もその噂を知っておるということか」
「敵勢小なりといえども、やっかいな相手にございます」
下赤坂城。河内平野の南東に位置し、金剛山地の麓にある。背後は山に囲まれ、一方向しか攻め手がない。
こちらも天然の要害であった。
幕府軍は、楠木正成という名前を初めから警戒していた。
幕府正規軍、全四軍が京に集結してからの出陣の予定としていた。
11月中旬、笠置山攻めをした軍と、鎌倉からの増援軍が合流し、一斉に京を出陣した。
大仏貞直は宇治方面から大和国方面に東進、金沢貞冬は石清水八幡宮から河内国讃良郡へ南進、江間越前入道は山崎から淀川を沿って四天王寺へ出る西南方面へ進軍、足利高氏は伊賀路を西進した。
翌日には、各方面軍が下赤坂城に到着し、万全の包囲を固めた。
「相手は500人程度かの?師直」
「左様ですな。しかし、油断はなりませぬぞ」
足利高氏は感心していた。
笠置山が落ち、捕らえられなかった護良親王が合流しており、すでに帝が捕えられたことは承知しているはずである。
そして、味方は500人程度の小勢。
1万を超える幕府軍に完全に包囲され勝ち目があるわけがなかった。
よく見ると、急造の城らしく、まだ普請の最中であるように見える箇所もあるが、要所は固めているようである。
楠木正成という男。やはり、自分の直感は間違っていなかった。このような男が現れるのが乱世である。
高氏は、胸の鼓動の高まりを感じずにはいられなかった。
楠木正成は、城から大軍に囲まれているのを眺めていた。
先日までは、先遣隊のような小部隊が攻めてくる程度で、この程度の相手であれば何の問題もなく退けられると思っていた。
しかし、どうやら笠置山が落ちて、残っているのはこの下赤坂城だけになったようである。
幕府正規軍の軍容は衰えたりといえどもさすがであった。
自分が暴れるのに相応しい舞台が整えられたのである。
正成は雄叫びを上げたいほど気持ちが高揚していた。
せっかく、舞台は整ったにも関わらず惜しいかな、下赤坂城は急造の城であり、兵糧も一月もつかもたないか程度の量しか運びこめていなかった。
戦いは、幕府軍の攻勢から始まった。しかし、圧倒的な人数差で勝利が見えている戦で、大軍側の兵はなかなか死に物狂いになれない。勝つのは目に見えているので自分も生き残って勝利の美酒を味わいたいと考えてしまうからだ。
そんな気弱な攻撃に、正成は全く動じていなかった。
城門を開くと、攻め寄せる幕府軍に向けて一大突撃を敢行したのである。
幕府軍は大いに崩され、正成は悠々と引き揚げていった。
幕府軍には打つ手がなくなっていた。
「師直、これは、落とせぬぞ」
高氏は、まるで他人事のように呟いた。
「左様でございますな。あんな攻撃をしているようでは、何回攻めても埒があきません」
「何か打つ手はないか」
「そうですな、このような場合は、策など弄せず、大軍をもって多少の犠牲は覚悟の上で城を揉み潰すしかないと思われますが、現状の幕府軍では、それだけ骨のある兵は全くおらぬでしょうな」
「ということは、打つ手なしか」
「敵方にどれほど兵糧があるかわかりませぬが、この場合は兵糧攻めが上策と考えます」
「であるな、冬も近づいていることであるし、兵糧攻めが妥当な策か。
しかし、楠木正成という男、おもしろい、おもしろいぞ!」
高氏は高揚する自分の気持ちを抑えることができなかった。
楠木正成は初回の大勝利で、敵にさほどの戦意がないことを知った。しかし、こちらも、兵糧がない。
勝ことは不可能でも、負けぬ方法を考える必要があった。
「護良親王さま、条件さえ整っていれば、このような腑抜けた幕府軍など恐るるに足らずといったところですが、いかんせん、こちらには兵糧がありません。一旦それぞれ落ち延びて潜伏し、再度の機会をうかがうのが上策と心得ますがいかがでございましょう」
正成は、護良親王に状況説明を行った。
「うむ、正成がそのように申すのであれば致し方あるまい。して、どのようにこの場を落ち延びる?」
「それにつきましては、一案ございますのでご安心ください。いずれにしましても、帝は捕えられてしまいましたが我らが戦い続ければ必ず他にも立ち上がるものが出てくるはずです。その者らと連携できるようになれば、今の腑抜けた兵の幕府軍などあっという間に蹴散らせましょう」
楠木正成の生涯をかけた戦いの火蓋は切って落とされたばかりであった。
未だ、討幕勢力として、河内国下赤坂城に籠る楠木正成が残っていた。
「楠木正成とはいかなる人物か」
足利高氏は執事の高師直に問うた。
「高氏さま、記憶にございませんか?10数年前に鎌倉で遠乗りをしていた際に一緒に賊退治をした青年でございます。我々よりも10歳ほど年上だったので、現在は30歳半ばほどかと思われます」
「おう、あの時の多聞丸どのか!それは手強そうじゃの」
「はい、武芸の腕は確かなものがございました。その後の噂では、用兵にも優れていると人伝てに伺っております」
「なるほど、幕府軍もその噂を知っておるということか」
「敵勢小なりといえども、やっかいな相手にございます」
下赤坂城。河内平野の南東に位置し、金剛山地の麓にある。背後は山に囲まれ、一方向しか攻め手がない。
こちらも天然の要害であった。
幕府軍は、楠木正成という名前を初めから警戒していた。
幕府正規軍、全四軍が京に集結してからの出陣の予定としていた。
11月中旬、笠置山攻めをした軍と、鎌倉からの増援軍が合流し、一斉に京を出陣した。
大仏貞直は宇治方面から大和国方面に東進、金沢貞冬は石清水八幡宮から河内国讃良郡へ南進、江間越前入道は山崎から淀川を沿って四天王寺へ出る西南方面へ進軍、足利高氏は伊賀路を西進した。
翌日には、各方面軍が下赤坂城に到着し、万全の包囲を固めた。
「相手は500人程度かの?師直」
「左様ですな。しかし、油断はなりませぬぞ」
足利高氏は感心していた。
笠置山が落ち、捕らえられなかった護良親王が合流しており、すでに帝が捕えられたことは承知しているはずである。
そして、味方は500人程度の小勢。
1万を超える幕府軍に完全に包囲され勝ち目があるわけがなかった。
よく見ると、急造の城らしく、まだ普請の最中であるように見える箇所もあるが、要所は固めているようである。
楠木正成という男。やはり、自分の直感は間違っていなかった。このような男が現れるのが乱世である。
高氏は、胸の鼓動の高まりを感じずにはいられなかった。
楠木正成は、城から大軍に囲まれているのを眺めていた。
先日までは、先遣隊のような小部隊が攻めてくる程度で、この程度の相手であれば何の問題もなく退けられると思っていた。
しかし、どうやら笠置山が落ちて、残っているのはこの下赤坂城だけになったようである。
幕府正規軍の軍容は衰えたりといえどもさすがであった。
自分が暴れるのに相応しい舞台が整えられたのである。
正成は雄叫びを上げたいほど気持ちが高揚していた。
せっかく、舞台は整ったにも関わらず惜しいかな、下赤坂城は急造の城であり、兵糧も一月もつかもたないか程度の量しか運びこめていなかった。
戦いは、幕府軍の攻勢から始まった。しかし、圧倒的な人数差で勝利が見えている戦で、大軍側の兵はなかなか死に物狂いになれない。勝つのは目に見えているので自分も生き残って勝利の美酒を味わいたいと考えてしまうからだ。
そんな気弱な攻撃に、正成は全く動じていなかった。
城門を開くと、攻め寄せる幕府軍に向けて一大突撃を敢行したのである。
幕府軍は大いに崩され、正成は悠々と引き揚げていった。
幕府軍には打つ手がなくなっていた。
「師直、これは、落とせぬぞ」
高氏は、まるで他人事のように呟いた。
「左様でございますな。あんな攻撃をしているようでは、何回攻めても埒があきません」
「何か打つ手はないか」
「そうですな、このような場合は、策など弄せず、大軍をもって多少の犠牲は覚悟の上で城を揉み潰すしかないと思われますが、現状の幕府軍では、それだけ骨のある兵は全くおらぬでしょうな」
「ということは、打つ手なしか」
「敵方にどれほど兵糧があるかわかりませぬが、この場合は兵糧攻めが上策と考えます」
「であるな、冬も近づいていることであるし、兵糧攻めが妥当な策か。
しかし、楠木正成という男、おもしろい、おもしろいぞ!」
高氏は高揚する自分の気持ちを抑えることができなかった。
楠木正成は初回の大勝利で、敵にさほどの戦意がないことを知った。しかし、こちらも、兵糧がない。
勝ことは不可能でも、負けぬ方法を考える必要があった。
「護良親王さま、条件さえ整っていれば、このような腑抜けた幕府軍など恐るるに足らずといったところですが、いかんせん、こちらには兵糧がありません。一旦それぞれ落ち延びて潜伏し、再度の機会をうかがうのが上策と心得ますがいかがでございましょう」
正成は、護良親王に状況説明を行った。
「うむ、正成がそのように申すのであれば致し方あるまい。して、どのようにこの場を落ち延びる?」
「それにつきましては、一案ございますのでご安心ください。いずれにしましても、帝は捕えられてしまいましたが我らが戦い続ければ必ず他にも立ち上がるものが出てくるはずです。その者らと連携できるようになれば、今の腑抜けた兵の幕府軍などあっという間に蹴散らせましょう」
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