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【第二十六話】楠木の魂
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その夜、城から突然火の手が上がった。
幕府軍は驚き、大混乱に陥った。
「なんじゃ、何の騒ぎか」
足利高氏は寝所から姿をあらわし、周囲に問うた。
さすがに足利の兵たちは、混乱に巻き込まれず粛然としている。
「はっ、先ほど、城から火の手が上がりましてございます」
高氏が城の方角を眺めると、なるほど、赤々と勢いよく火の手が上がっている。
「やはり、兵糧不足か、城を枕に自害するつもりかの」
しばらくして、高師直が高氏のもとにやってきた。
「どうやら、火は討幕軍側が自ら放ったようにございます」
「そうであったか、しかし、楠木正成、惜しい男を亡くしたな」
火は一昼夜燃え続けた。
ようやく火の手が下火になってくると、実況検分が始まったようだ。
高氏の考えた通り、立派な鎧武者と、束帯姿の首のない遺体が燃え跡から発見されたとのことであった。
楠木正成と護良親王の遺体で間違いなさそうであった。
島津貞久は、呆然と焼け落ちた城跡を眺めていた。
「久景、何かこう、言葉が出てこぬが、この虚無感は何なのであろうな。我が方の勝利ではあるものの、何か後味が悪いというか‥」
「殿は敵将に深か思い入れがあいもしたからな。致し方なかちゅうこつかと考えもす」
これで、討幕軍の討滅は片が付いた。
久景が言うように、楠木正成への思い入れだけなのであろうか。
戦が始まる前に感じていた高揚感。
それは、この勝利のためのものではなかったのではないか。
城に火の手が上がっただけで混乱する幕府軍の体たらく。島津軍においてはあり得ないことであった。
真の武家の棟梁を世が欲しているのではないか。
それは、現在の幕府では望むべくもない。
将軍はお飾りで、得宗が実権を握っている状態である。
足利高氏こそ、源頼朝のように武家の棟梁として担がれるべき人物なのではないか。
貞久はそのような思いが去来したのを慌てて頭から消し去った。
実況検分があらかた片がついたようで、幕府軍諸軍には帰国命令が順次出された。
島津家にも帰国の命が下された。
薩摩への道中、近衛家からの文で、帝が後鳥羽帝と同じく隠岐島へ島流しになることが決定したことを知った。
薩摩へ帰り着くと、皆が笑顔で出迎えてくれた。貞久自身も大戦を覚悟していただけに、再び薩摩の地に戻ってこれるとは、という感慨に耽らざるを得なかった。
お梅が、戦前に生まれた四男の又三郎をおぶってにこやかにこちらを見つめている。
嫡男の生松丸は10歳になっていた。
山門院木牟礼城は、主人の帰還を喜んでいるように湧き立っていた。
無事の帰還を祝って、腰を落ち着ける間もなく酒宴が始まった。
国老の本田親保は相変わらずであるが、よく留守を守ってくれている。
「殿、ゆうとぞご無事でお戻いくださおいもした。さあさあたっぷいお召し上がいくいやんせ」
「親保、そなたがきっちり留守を守っていてくれるおかげで我らは戦働きに集中できる。感謝しておるぞ」
「なんちゅう嬉しかお言葉。末代までん誇いにござおいもす」
本田親保は目に涙が溢れている。
「それと、久景に頼久、我が誇るべき弟たちよ、そなたらは見事な戦働きであった。今後ともよろしく頼むぞ」
「はっ、ありがたきお言葉にございます」
「近いうちに再び大きな戦になるやもしれぬ。久景、頼久は、抜かりなく兵の調練を頼むぞ」
「父上、討幕軍は完全に消滅しました。まだ戦が起こるとお考えですか」
川上頼久が皆を代表して質問してきた。
「お主らも見てきた通り、幕府軍は一部を除いて、大いに弱腰の大軍であった。あれで国が守れるか?わしは、疑問を感じたぞ。お主らも、あの楠木正成の幕府軍への突撃を見て何か感じたものがあったであろう。日の本中の心ある武士はあれを見て何も感じなかった者はおらぬと思うぞ」
「確かに、父上の仰る通り、楠木どのの働きは見事なものでございました。それがしも胸の鼓動が高まりましたぞ」
「必ず、第二第三の楠木正成が現れる。世の中の流れがその方向に風向きが変わってきていることは確かじゃ。だからこそ、その時のために我らも力を蓄えねばならぬ」
「父上の申されること、胸に刻みましてございます」
「兄上、我らも全力を尽くしますぞ」
和泉忠氏も頬が紅潮しているのが見てとれる。
島津貞久は、齢63歳となっていた。
若い時分から、世の中はいつかひっくり返ると考えることはよくあったが、まさかこのタイミングとは思っていなかった。
人生ここからが大勝負だと感じていた。
幕府軍は驚き、大混乱に陥った。
「なんじゃ、何の騒ぎか」
足利高氏は寝所から姿をあらわし、周囲に問うた。
さすがに足利の兵たちは、混乱に巻き込まれず粛然としている。
「はっ、先ほど、城から火の手が上がりましてございます」
高氏が城の方角を眺めると、なるほど、赤々と勢いよく火の手が上がっている。
「やはり、兵糧不足か、城を枕に自害するつもりかの」
しばらくして、高師直が高氏のもとにやってきた。
「どうやら、火は討幕軍側が自ら放ったようにございます」
「そうであったか、しかし、楠木正成、惜しい男を亡くしたな」
火は一昼夜燃え続けた。
ようやく火の手が下火になってくると、実況検分が始まったようだ。
高氏の考えた通り、立派な鎧武者と、束帯姿の首のない遺体が燃え跡から発見されたとのことであった。
楠木正成と護良親王の遺体で間違いなさそうであった。
島津貞久は、呆然と焼け落ちた城跡を眺めていた。
「久景、何かこう、言葉が出てこぬが、この虚無感は何なのであろうな。我が方の勝利ではあるものの、何か後味が悪いというか‥」
「殿は敵将に深か思い入れがあいもしたからな。致し方なかちゅうこつかと考えもす」
これで、討幕軍の討滅は片が付いた。
久景が言うように、楠木正成への思い入れだけなのであろうか。
戦が始まる前に感じていた高揚感。
それは、この勝利のためのものではなかったのではないか。
城に火の手が上がっただけで混乱する幕府軍の体たらく。島津軍においてはあり得ないことであった。
真の武家の棟梁を世が欲しているのではないか。
それは、現在の幕府では望むべくもない。
将軍はお飾りで、得宗が実権を握っている状態である。
足利高氏こそ、源頼朝のように武家の棟梁として担がれるべき人物なのではないか。
貞久はそのような思いが去来したのを慌てて頭から消し去った。
実況検分があらかた片がついたようで、幕府軍諸軍には帰国命令が順次出された。
島津家にも帰国の命が下された。
薩摩への道中、近衛家からの文で、帝が後鳥羽帝と同じく隠岐島へ島流しになることが決定したことを知った。
薩摩へ帰り着くと、皆が笑顔で出迎えてくれた。貞久自身も大戦を覚悟していただけに、再び薩摩の地に戻ってこれるとは、という感慨に耽らざるを得なかった。
お梅が、戦前に生まれた四男の又三郎をおぶってにこやかにこちらを見つめている。
嫡男の生松丸は10歳になっていた。
山門院木牟礼城は、主人の帰還を喜んでいるように湧き立っていた。
無事の帰還を祝って、腰を落ち着ける間もなく酒宴が始まった。
国老の本田親保は相変わらずであるが、よく留守を守ってくれている。
「殿、ゆうとぞご無事でお戻いくださおいもした。さあさあたっぷいお召し上がいくいやんせ」
「親保、そなたがきっちり留守を守っていてくれるおかげで我らは戦働きに集中できる。感謝しておるぞ」
「なんちゅう嬉しかお言葉。末代までん誇いにござおいもす」
本田親保は目に涙が溢れている。
「それと、久景に頼久、我が誇るべき弟たちよ、そなたらは見事な戦働きであった。今後ともよろしく頼むぞ」
「はっ、ありがたきお言葉にございます」
「近いうちに再び大きな戦になるやもしれぬ。久景、頼久は、抜かりなく兵の調練を頼むぞ」
「父上、討幕軍は完全に消滅しました。まだ戦が起こるとお考えですか」
川上頼久が皆を代表して質問してきた。
「お主らも見てきた通り、幕府軍は一部を除いて、大いに弱腰の大軍であった。あれで国が守れるか?わしは、疑問を感じたぞ。お主らも、あの楠木正成の幕府軍への突撃を見て何か感じたものがあったであろう。日の本中の心ある武士はあれを見て何も感じなかった者はおらぬと思うぞ」
「確かに、父上の仰る通り、楠木どのの働きは見事なものでございました。それがしも胸の鼓動が高まりましたぞ」
「必ず、第二第三の楠木正成が現れる。世の中の流れがその方向に風向きが変わってきていることは確かじゃ。だからこそ、その時のために我らも力を蓄えねばならぬ」
「父上の申されること、胸に刻みましてございます」
「兄上、我らも全力を尽くしますぞ」
和泉忠氏も頬が紅潮しているのが見てとれる。
島津貞久は、齢63歳となっていた。
若い時分から、世の中はいつかひっくり返ると考えることはよくあったが、まさかこのタイミングとは思っていなかった。
人生ここからが大勝負だと感じていた。
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