三州の太守

芙伊 顕定

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【第二十七話】謀略の始まり

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 名和長年は悩んでいた。
 佐々木道誉という怪しげな僧が訪ねてきてからだ。
 佐々木道誉は、幕府の御相伴衆であると名乗っていたが、名和長年に話した内容はあまりにも面妖な話であった。
 道誉は、元弘の乱で捕らえられた帝を隠岐に送り届けるため供奉してきていたのだが、帝を送り届けると、名和長年にあること伝えた。

「帝の隠岐島脱出に力を貸してほしい」

 道誉は、何度も念を押して頼みこんできた。

「北条得宗家の世はもう終わりである。新しい世は足利高氏さまが作る。そのためには旗頭として帝の力が必要である」

 というのだ。

 海運業を営んでいる長年は、諸国の事情に通じている。恩賞問題で特に西国御家人の不満が溜まっていることや、幕府の経済対策の失敗など、数えあげればきりがないほど不安要素が山積していることは十分過ぎるほど理解していた。
 人は不安な状態になるとき、必ず何かにすがりたい気持ちになるものである。
 そのすがりつく新たな柱を建てようということか。

 しかし、長年は足利高氏という人物をよく知らない。
 佐々木道誉からは、鎌倉御家人の中でも御門葉という一段格上の名門であり、源氏の名門でもあるということ、そして、新たな武家の棟梁として相応しい人柄であることなどを聞いた。

 しばらく道誉は、長年の屋敷に滞在した。
 佐々木道誉という男自身も、人を食ったような男で、すぐさま屋敷の中に溶け込んでいた。
 商売の差配をしていたかと思えば、下働きのような働きまでし、調理場に居座っては味見などをして、調理人たちに指示を出したりしている。
 一時として、ひとところに落ち着いていることはなかった。
 いつのまにか、屋敷中の人間が道誉の魅力に引き込まれるように彼を慕うようになっていた。
 長年自身も、彼に惹かれている自分を抑えることに必死であった。


 京から鎌倉に戻った足利高氏は、一族を集めて労いの宴席を設けていた。
 弟・直義、新田義貞、足利高経、山名時氏、今川範国、上杉憲房、仁木頼章、畠山国清、吉良貞家、高師直・師秋の従兄弟同士の二人、大高重成、今回の帝の討幕計画を見事に阻止できたのも、ここに集まっている皆のおかげであった。
 宴は、夜半まで続き、皆ほどよく酔いが回ってきていた。
「みな、今回の戦では、よくがんばって働いてくれた。鎌倉幕府に足利一門ありと世間に強く印象づけることができたと思う。これもひとえに、みなの働きのおかげである」
 高氏は、労いの言葉を皆にかけた。
「しかし、兵の質では、足利兵は抜きん出て高かったですのう」
 大高重成が日頃の兵の調練担当として素直な感想を述べた。
「であるな、重成には引き続き、兵の調練をよろしく頼むぞ。足利兵は常に強くなくてはいかん」
 高氏も上機嫌であった。
「再びこのような事態が起きぬとも限らぬ。皆には日頃から準備に関して怠りなきよう頼みたい。よろしく頼むぞ」
 高氏は、改めて皆の気を引き締めた。

 宴も散会となり、高氏は、高師直を自身の居室に呼んだ。
「師直、正直、今回の戦で、幕府軍全体の質というものがよくわかった。数は多けれど、決して士気は高くなく調練が行き届いているわけでもない」
「左様でございましたな」
「京でのそちの進言通り、佐々木道誉を伯耆の名和長年の元に送り込んだぞ。道誉がうまくやれば、再び戦になるはずじゃ」
「高氏さま、お見事な采配でございます。それがしも道誉であればうまく名和の気持ちを揺さぶれると確信しております」
「うむ、ことは、一気に片付けねばならぬ。鎌倉、六波羅、鎮西探題の3箇所をほぼ同時に落とすぞ。帝が隠岐島から無事脱出できればそこから各所へ綸旨を発する手筈となっておる。わしは、再び討幕軍潰しの大将に任じられ上洛することになろう。よって、六波羅はわし自らがやる。鎌倉は、新田義貞に任せようと思っておる。九州は少弐貞経にこちらの意思を伝えてある故、島津・大友らと共にうまくやってくれるであろう。特に、島津は薩摩・大隅・日向の三州太守への復帰を悲願としておるからの。わしからの根回しもしておくつもりじゃ」
「薩摩兵の強さは本物にございます。是非とも味方に引き入れたいところですな」

 高氏の討幕計画は静かに動き始めていた。
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