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【第二十八話】尊治の再起
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下赤坂城の戦いで戦死したと思われていた楠木正成が生きていた、との報が日の本中を駆け巡ったのは元弘2年の年の瀬に入ったころであった。
島津貞久は、その報に接し、複雑な心境を抱いていた。
しかし、彼の気持ちの中で一番大きな部分を占めていたのはやはり嬉しいの一言に尽きた。
またすぐに鎮圧されるかと思っていたが、年を越しても、金剛山の千早城に籠った楠木正成は、幕府の大軍を翻弄し、もう2ヶ月以上も持ちこたえているという。
「頼久、楠木正成という男、やはり転んでもただでは起きない男であったな」
丁度、調練の報告に来ていた川上頼久に貞久は問うた。
「はい、父上。まさか、自分の死を擬装に使うとは、想像もつきませんでした」
「幕府は、早く対処せぬと討幕の機運が一気に高まってしまうぞ」
貞久の頭には、あの日の足利高氏の言葉が蘇ってきた。
「‥幕府に見切りをつけた方がよいのではないか‥」
足利高氏は、楠木正成挙兵の報に接し、時が思ったよりも早くやってきたことを知った。高揚する気持ちを胸中深くに隠し、新田義貞を屋敷に呼んだ。
「義貞どの、楠木正成の話は聞いておりますかな?」
「高氏さま、もちろんにございます。幕府軍の大軍相手の戦いっぷり、ぜひこの目で直に拝みたかったものでござる」
「はっはっは、左様ですな。
ところで‥、今日お呼びしたのは義貞どのにある大切なお役目をお願いしたく考えておりましてな」
「高氏さま、足利と新田は一心同体。なんなりとお申し付けくだされ」
「義貞どの、わしは幕府を倒すことを考えておる」
「‥!? ぼんやりとではありますが、高氏さまにそのようなお考えがあろうことは承知しておりました」
「それなら話は早い。実は、隠岐島に流されている帝をお救い申し上げるために、我が方の佐々木道誉という者を動かしておりましてな。その計画がうまく運べば、帝は再び討幕のための挙兵をされることととなる」
「‥はい」
「その際は、幕府も放置は出来ず、わしを鎮圧軍として派兵することになろう。わしは、帝の挙兵地点の手前まで軍を進めた時点で幕府に対して反旗を翻す予定でおる」
「‥なるほど」
「わしはそのまま京へ引き返し、六波羅探題を攻め落とすつもりじゃ。義貞どのにお願いしたいのはその後間髪入れずに鎌倉を攻め落としてもらいたいということじゃ。誠意の証として我が息子千寿王をそなたに預ける。どうじゃ、ここまで話したからには、承諾してもらえねばそなたをここで討たねばならぬ。そなたとは長年親しんできた仲である。よき返事を聞かせてほしい」
「高氏さま、お覚悟、よくわかりました。その話承諾いたしますぞ。共に幕府を倒しましょう」
「おおう、承諾してくれるか。かたじけない!百万の味方を得たに等しいぞ!」
「それでは、抜かりなく準備を進めて参ります」
隠岐島に流された尊治は、隠岐守護の佐々木清高の黒木御所に幽閉されていた。
畿内での楠木正成挙兵の情報も得ていた清高は、帝奪還を警戒し御所を厳しく監視していた。
しかし、佐々木道誉からすれば田舎侍の警護などたかがしれていた。
元弘3年4月19日、道誉は帝の幽閉場所を特定すると直ちに帝の保護に成功した。
月明かりが桜を照らす夜であったが、月明かりが翳った瞬間を狙っての見事な仕事であった。
「お上、こちらにございます」
尊治は一瞬何が起きているのか全く理解できなかったが、すぐに、自分が救出されていることを悟るとその者たちに身を委ねることにした。
道誉は、帝の身柄を名和の手の者に預けると自らも姿を消した。
尊治を乗せた船は伯耆国の名和の港に到着した。
「お上、よくぞご無事でご帰還なされました」
名和長年というその地の地頭が挨拶にやってきて、自らの屋敷へと尊治を案内した。
「お上、それがしは、足利高氏さまより、お上をお助け参らせ奉るよう命を受けております」
「足利高氏じゃと?幕府の御家人の中でも名門中の名門の一族の男ではないか。そのような男がなぜ‥」
「高氏さまは、先年の笠置山より、幕府の弱腰姿勢にほとほと愛想が尽きているご様子で、ご自身にも討幕の意思があると仰っておられると伺っております」
「また、楠木正成さまの戦いっぷりにも感服しておられるとのことで、お上に是非馳走させていただきたいとのことでございます」
「‥にわかには信じがたいが左様であったか。して、そのほうは朕に力を貸してくれると申すのであるな?」
「一族郎党をあげてお助け参らせ奉ります」
「それはありがたい。挙兵の準備は整っておるのか」
「ご心配には及びません。すでにいつでも出陣できるよう支度は整ってございます」
「よくわかった。それではありがたく馳走に預かることとしよう」
尊治の戦いの火蓋は再び切って落とされたのであった。
島津貞久は、その報に接し、複雑な心境を抱いていた。
しかし、彼の気持ちの中で一番大きな部分を占めていたのはやはり嬉しいの一言に尽きた。
またすぐに鎮圧されるかと思っていたが、年を越しても、金剛山の千早城に籠った楠木正成は、幕府の大軍を翻弄し、もう2ヶ月以上も持ちこたえているという。
「頼久、楠木正成という男、やはり転んでもただでは起きない男であったな」
丁度、調練の報告に来ていた川上頼久に貞久は問うた。
「はい、父上。まさか、自分の死を擬装に使うとは、想像もつきませんでした」
「幕府は、早く対処せぬと討幕の機運が一気に高まってしまうぞ」
貞久の頭には、あの日の足利高氏の言葉が蘇ってきた。
「‥幕府に見切りをつけた方がよいのではないか‥」
足利高氏は、楠木正成挙兵の報に接し、時が思ったよりも早くやってきたことを知った。高揚する気持ちを胸中深くに隠し、新田義貞を屋敷に呼んだ。
「義貞どの、楠木正成の話は聞いておりますかな?」
「高氏さま、もちろんにございます。幕府軍の大軍相手の戦いっぷり、ぜひこの目で直に拝みたかったものでござる」
「はっはっは、左様ですな。
ところで‥、今日お呼びしたのは義貞どのにある大切なお役目をお願いしたく考えておりましてな」
「高氏さま、足利と新田は一心同体。なんなりとお申し付けくだされ」
「義貞どの、わしは幕府を倒すことを考えておる」
「‥!? ぼんやりとではありますが、高氏さまにそのようなお考えがあろうことは承知しておりました」
「それなら話は早い。実は、隠岐島に流されている帝をお救い申し上げるために、我が方の佐々木道誉という者を動かしておりましてな。その計画がうまく運べば、帝は再び討幕のための挙兵をされることととなる」
「‥はい」
「その際は、幕府も放置は出来ず、わしを鎮圧軍として派兵することになろう。わしは、帝の挙兵地点の手前まで軍を進めた時点で幕府に対して反旗を翻す予定でおる」
「‥なるほど」
「わしはそのまま京へ引き返し、六波羅探題を攻め落とすつもりじゃ。義貞どのにお願いしたいのはその後間髪入れずに鎌倉を攻め落としてもらいたいということじゃ。誠意の証として我が息子千寿王をそなたに預ける。どうじゃ、ここまで話したからには、承諾してもらえねばそなたをここで討たねばならぬ。そなたとは長年親しんできた仲である。よき返事を聞かせてほしい」
「高氏さま、お覚悟、よくわかりました。その話承諾いたしますぞ。共に幕府を倒しましょう」
「おおう、承諾してくれるか。かたじけない!百万の味方を得たに等しいぞ!」
「それでは、抜かりなく準備を進めて参ります」
隠岐島に流された尊治は、隠岐守護の佐々木清高の黒木御所に幽閉されていた。
畿内での楠木正成挙兵の情報も得ていた清高は、帝奪還を警戒し御所を厳しく監視していた。
しかし、佐々木道誉からすれば田舎侍の警護などたかがしれていた。
元弘3年4月19日、道誉は帝の幽閉場所を特定すると直ちに帝の保護に成功した。
月明かりが桜を照らす夜であったが、月明かりが翳った瞬間を狙っての見事な仕事であった。
「お上、こちらにございます」
尊治は一瞬何が起きているのか全く理解できなかったが、すぐに、自分が救出されていることを悟るとその者たちに身を委ねることにした。
道誉は、帝の身柄を名和の手の者に預けると自らも姿を消した。
尊治を乗せた船は伯耆国の名和の港に到着した。
「お上、よくぞご無事でご帰還なされました」
名和長年というその地の地頭が挨拶にやってきて、自らの屋敷へと尊治を案内した。
「お上、それがしは、足利高氏さまより、お上をお助け参らせ奉るよう命を受けております」
「足利高氏じゃと?幕府の御家人の中でも名門中の名門の一族の男ではないか。そのような男がなぜ‥」
「高氏さまは、先年の笠置山より、幕府の弱腰姿勢にほとほと愛想が尽きているご様子で、ご自身にも討幕の意思があると仰っておられると伺っております」
「また、楠木正成さまの戦いっぷりにも感服しておられるとのことで、お上に是非馳走させていただきたいとのことでございます」
「‥にわかには信じがたいが左様であったか。して、そのほうは朕に力を貸してくれると申すのであるな?」
「一族郎党をあげてお助け参らせ奉ります」
「それはありがたい。挙兵の準備は整っておるのか」
「ご心配には及びません。すでにいつでも出陣できるよう支度は整ってございます」
「よくわかった。それではありがたく馳走に預かることとしよう」
尊治の戦いの火蓋は再び切って落とされたのであった。
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