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【第四十四話】鎌倉殿
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新田義貞は、激しい抵抗を示し、京の攻防戦は続いていた。
その戦いの中で、先の帝の重要な配下であった、千種忠顕と名和長年は命を落とした。
楠木正成はすでに亡く、奥州の北畠顕家も妨害にあい遠路加勢に来ることが困難な状態で義貞は懸命に戦った。
しかし、足利直義は比叡山と新田陣のある東坂本の糧道を遮断し、新田勢を追い詰めていた。
建武3年の11月に入ると尊氏は、冬眠から覚めた熊のように突如動き出した。
足利直義と高師直を呼び出したのである。
「二人ともよいか、まずは京から比叡山に逃れた先の帝の件であるが、これと和議を結び、代わりに三種の神器を取り戻す。このことにより、今上帝の正当性を世にしらしめるのじゃ」
「兄上、先の帝は和議に応じましょうか」
直義が疑問を投げかけた。
「湊川の決戦で我らは勝利した。戦力で劣る新田勢では新たな戦には耐えられまい。そこでこちらから先の帝の顔を立てる形で和議を結ぶのよ」
「なるほど、それでしたら、先の帝の面目もたもたれますな」
師直が大きく頷いた。
尊氏は、目を輝かせながら二人の顔を交互に見つめる。
「和議が成れば、今上帝は我が方の味方。我が理想を叶えるために最高の形となるのじゃ」
「兄上、そのお顔はまだお話の続きがありそうですな」
尊氏は手に握っていた扇子をピシャリと叩いた。
「さすが我が弟よ。飲み込みが早いわ。
余は引きこもっていた期間に、明法家の是円・真恵兄弟に諮問して『建武式目』17条を完成させた。
これは新たな武家政権の基本方針を示したものじゃ。
余は『鎌倉殿』となり政権の先頭に立つ」
直義と師直は互いに顔を見合わせた。
「殿、よくぞご決意くださいました。我らは殿のそのお言葉を待ち侘びておりました。ついに足利尊氏が日の本中の武家の頂点に立つのですな」
師直は顔を紅潮させて興奮気味に叫んだ。
「兄上、その『建武式目』とやらを拝見させていただいてもよろしゅうございますか」
直義は冷静に兄の記した文書に目を通し始めた。
しばらく文書に目を通した直義は尊氏に文書を返した。
「兄上、お見事にございます。先の帝との和議が整い次第この式目を日の本中に触れとして発出しましょう」
直義も、師直と同様に気持ちの昂りが抑えられなくなっていた。
「新政権においては、余は軍事指揮権と恩賞権、そして守護の補任を行い武家の棟梁として君臨する。直義と師直には訴訟などの裁定などその他の業務を任せたいと考えておる。二人には重責を担ってもらうこととなるが、よろしく頼むぞ」
「はっ、襟を正す思いでございます」
「我らにお任せくだされ」
新政権では、尊氏が主従制的支配権を握り、直義・師直が統治権的支配権を所管することとなったのである。
11月2日、足利方は比叡山にいる先の帝に和議を申し入れ、先の帝はこれを受諾し、三種の神器を今上帝に譲り、京の都に戻ってきた。
一方、新田義貞は恒良親王と尊良親王を奉じ北国へ下向した。
11月7日に尊氏は『建武式目』を発布し、自ら『鎌倉殿』と名乗った。
北条得宗家が滅びて以来途絶えていた武家政権が、尊氏の手により復活したのである。
一方、先の帝である尊治は12月に京の都を脱出し、吉野へ逃れ、今上帝に譲った三種の神器は偽物であり、自分が帯同しているものが本物であると称して独自の朝廷(南朝)を樹立してしまったのである。
このことにより、京と吉野に二つの朝廷が並び立つ南北朝鼎立の時代が到来した。
「北陸に逃れた新田義貞じゃが‥」
尊氏は手に余る新田義貞の扱いに辟易していた。
「高師泰、其方を大将に、足利高経、仁木頼章、小笠原貞宗、今川頼貞、細川頼春、川上頼久に兵を預ける故、片付けて参れ」
「はっ、必ずや、義貞の首を挙げて参ります」
高師泰は師直の弟である。兄と違い、武勇に優れ戦ごとを得意としていた。
建武4年1月、高師泰は新田勢の籠る金ヶ崎城を包囲した。
「仁木どの、此度こそ義貞を討ち漏らさぬようにせねばなりませんな」
「左様、上様の御為にもなんとかしなければなりません」
しかし、情勢はそれを許さなかった。
新田勢の瓜生保が足利軍の兵糧補給中継点である新善光寺城を陥落させたのである。
「まずいことになった。兵糧が届かねば戦にならぬ」
高師泰は爪を噛んだ。
「師泰どの、ここは一つ、金ヶ崎の周辺集落を焼き討ちし、民衆たちを金ヶ崎城内に追い込み、逆にやつらの兵糧を消費させましょう」
川上頼久の提案は採択され、即実行に移された。
金ヶ崎城内は兵糧が尽きてゆき、城中は飢餓に襲われた。
飢餓ほど苦しい地獄は他にないであろう。
城内は阿鼻叫喚の渦となっていった。
そんな中、新田勢の瓜生保とその弟たち、里見時義らが杣山城から兵糧を金ヶ崎城に運び込もうとしたが、足利軍の今川頼貞に迎撃され壊滅し、瓜生兄弟と里見時義は戦死した。
後がなくなった新田勢は2月に入ると城内から出撃し足利軍の背後にある杣山城の脇屋義助をはじめとする諸将と連携し足利軍を挟撃した。
しかし、風雪がひどくうまく連携が取れず、挟撃は失敗に終わる。
3月に入ると足利軍による総攻撃が行われ、金ヶ崎城はついに陥落した。
義貞は難を逃れたが、義貞の息子の義顕及び尊良親王は自害して果てた。
義貞の勢いは一旦は削がれたが、尊治が吉野に入り南朝を打ち立てたことにより再び勢いを取り戻していくこととなる。
その戦いの中で、先の帝の重要な配下であった、千種忠顕と名和長年は命を落とした。
楠木正成はすでに亡く、奥州の北畠顕家も妨害にあい遠路加勢に来ることが困難な状態で義貞は懸命に戦った。
しかし、足利直義は比叡山と新田陣のある東坂本の糧道を遮断し、新田勢を追い詰めていた。
建武3年の11月に入ると尊氏は、冬眠から覚めた熊のように突如動き出した。
足利直義と高師直を呼び出したのである。
「二人ともよいか、まずは京から比叡山に逃れた先の帝の件であるが、これと和議を結び、代わりに三種の神器を取り戻す。このことにより、今上帝の正当性を世にしらしめるのじゃ」
「兄上、先の帝は和議に応じましょうか」
直義が疑問を投げかけた。
「湊川の決戦で我らは勝利した。戦力で劣る新田勢では新たな戦には耐えられまい。そこでこちらから先の帝の顔を立てる形で和議を結ぶのよ」
「なるほど、それでしたら、先の帝の面目もたもたれますな」
師直が大きく頷いた。
尊氏は、目を輝かせながら二人の顔を交互に見つめる。
「和議が成れば、今上帝は我が方の味方。我が理想を叶えるために最高の形となるのじゃ」
「兄上、そのお顔はまだお話の続きがありそうですな」
尊氏は手に握っていた扇子をピシャリと叩いた。
「さすが我が弟よ。飲み込みが早いわ。
余は引きこもっていた期間に、明法家の是円・真恵兄弟に諮問して『建武式目』17条を完成させた。
これは新たな武家政権の基本方針を示したものじゃ。
余は『鎌倉殿』となり政権の先頭に立つ」
直義と師直は互いに顔を見合わせた。
「殿、よくぞご決意くださいました。我らは殿のそのお言葉を待ち侘びておりました。ついに足利尊氏が日の本中の武家の頂点に立つのですな」
師直は顔を紅潮させて興奮気味に叫んだ。
「兄上、その『建武式目』とやらを拝見させていただいてもよろしゅうございますか」
直義は冷静に兄の記した文書に目を通し始めた。
しばらく文書に目を通した直義は尊氏に文書を返した。
「兄上、お見事にございます。先の帝との和議が整い次第この式目を日の本中に触れとして発出しましょう」
直義も、師直と同様に気持ちの昂りが抑えられなくなっていた。
「新政権においては、余は軍事指揮権と恩賞権、そして守護の補任を行い武家の棟梁として君臨する。直義と師直には訴訟などの裁定などその他の業務を任せたいと考えておる。二人には重責を担ってもらうこととなるが、よろしく頼むぞ」
「はっ、襟を正す思いでございます」
「我らにお任せくだされ」
新政権では、尊氏が主従制的支配権を握り、直義・師直が統治権的支配権を所管することとなったのである。
11月2日、足利方は比叡山にいる先の帝に和議を申し入れ、先の帝はこれを受諾し、三種の神器を今上帝に譲り、京の都に戻ってきた。
一方、新田義貞は恒良親王と尊良親王を奉じ北国へ下向した。
11月7日に尊氏は『建武式目』を発布し、自ら『鎌倉殿』と名乗った。
北条得宗家が滅びて以来途絶えていた武家政権が、尊氏の手により復活したのである。
一方、先の帝である尊治は12月に京の都を脱出し、吉野へ逃れ、今上帝に譲った三種の神器は偽物であり、自分が帯同しているものが本物であると称して独自の朝廷(南朝)を樹立してしまったのである。
このことにより、京と吉野に二つの朝廷が並び立つ南北朝鼎立の時代が到来した。
「北陸に逃れた新田義貞じゃが‥」
尊氏は手に余る新田義貞の扱いに辟易していた。
「高師泰、其方を大将に、足利高経、仁木頼章、小笠原貞宗、今川頼貞、細川頼春、川上頼久に兵を預ける故、片付けて参れ」
「はっ、必ずや、義貞の首を挙げて参ります」
高師泰は師直の弟である。兄と違い、武勇に優れ戦ごとを得意としていた。
建武4年1月、高師泰は新田勢の籠る金ヶ崎城を包囲した。
「仁木どの、此度こそ義貞を討ち漏らさぬようにせねばなりませんな」
「左様、上様の御為にもなんとかしなければなりません」
しかし、情勢はそれを許さなかった。
新田勢の瓜生保が足利軍の兵糧補給中継点である新善光寺城を陥落させたのである。
「まずいことになった。兵糧が届かねば戦にならぬ」
高師泰は爪を噛んだ。
「師泰どの、ここは一つ、金ヶ崎の周辺集落を焼き討ちし、民衆たちを金ヶ崎城内に追い込み、逆にやつらの兵糧を消費させましょう」
川上頼久の提案は採択され、即実行に移された。
金ヶ崎城内は兵糧が尽きてゆき、城中は飢餓に襲われた。
飢餓ほど苦しい地獄は他にないであろう。
城内は阿鼻叫喚の渦となっていった。
そんな中、新田勢の瓜生保とその弟たち、里見時義らが杣山城から兵糧を金ヶ崎城に運び込もうとしたが、足利軍の今川頼貞に迎撃され壊滅し、瓜生兄弟と里見時義は戦死した。
後がなくなった新田勢は2月に入ると城内から出撃し足利軍の背後にある杣山城の脇屋義助をはじめとする諸将と連携し足利軍を挟撃した。
しかし、風雪がひどくうまく連携が取れず、挟撃は失敗に終わる。
3月に入ると足利軍による総攻撃が行われ、金ヶ崎城はついに陥落した。
義貞は難を逃れたが、義貞の息子の義顕及び尊良親王は自害して果てた。
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