三州の太守

芙伊 顕定

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【第四十六話】北畠顕家の最期

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 島津軍は川上頼久の作戦通り行動を開始した。
 南朝方が伊作荘の中原城で挙兵し、その鎮圧のため、伊作久長が鎮圧に向かう。
 南朝方の益山四郎・古木彦五郎を討ち取り幸先の良い戦いとなった。
 7月に入ると、伊集院忠国・鮫島家藤・谷山隆信・市来時家・知覧忠世・矢上高純らが伊作荘を再び攻撃する。
 伊作久長・山田友久は阿多郡高橋口でこれを迎え撃った。
「伊作どの、南朝方も本気で攻めて参いましたな」
「そうほいならのう。ここが踏ん張いどころほいならの」
 久長・友久は敵の動きを見定めつつ冷静に陣を敷いた。
 南朝方は寄せ集めの軍勢らしく足並みが揃っていなかったため、久長は事なく南朝方を退けた。

 南朝方を野戦で破った直後、川上頼久は南朝方の市来時家が立て篭もる市来城を包囲していた。
 市来城は、大手は江口川に削られ、小さな平野部が広がっているが、搦手は細い谷のようになっており、多勢で攻め込むことは難しそうな構造となっている。
 さらに、背後には山が迫っており、そちらからの攻撃も不可能に見えた。
 頼久は、軍奉行の町田助久と共に城を眺めながら連日協議を重ねていた。
「助久どの、この城はなかなか手強いですぞ」
「左様。大手から正攻法で攻むうしか手がなさそうじぁんどん、相手もそや百も承知でしょうな」
「兵糧の蓄えも充分にありそうですし、やっかいな城攻めになりそうですな‥」

 何度か南朝方の援軍が市来城に現れたがいずれも単発で、頼久たちは個々に撃破しつつ城の包囲を続けていたが、9月に入ると、三条泰季が指宿氏と共に援軍として来襲した。
 これも見事に打ち破ったが、島津方も討死が出るなどの被害を被っていた。

「頼久さま、これではきいがあいもはん。こちらの兵力は削られうばかいじぁんどん、敵方は体制を整えては援軍を出してきておいもす」
 山田友久が半ば愚痴気味に軍議の席で発言した。
「左様。大隅の肝付兼重らも力を盛い返しとっちゅう風聞もござおいもす」
 町田助久も重い口調で発言した。
 頼久は苦渋の決断を迫られていた。
 友久や助久の言うとおり、市来城だけに島津軍が釘付けにされているという状況は望ましい状況ではなかった。
 南朝方に味方する国人衆が多く、各地で島津方の城が攻撃され始めているという情報もあった。
「友久どの、助久どのの申す事もっともであると存じます。このまま島津方が市来に縛り付けられられる状況は望ましいものではありません。無念ではありますが、我らも体制を整え直すため、ここは一旦引き上げることといたしましょう」
 軍議に参加している誰もが悔しい思いをしていることは確かであった。しかし、このままでは状況が好転しないこともみなわかっていた。
 勇気ある撤退。今のうちであれば、南朝方が勢いを盛り返す前にこちら側も体制を立て直してそれに対抗することが可能である。
 川上頼久の見事な決断であると、皆が思った。
「頼久さま、見事な決断ほいならぁと考えもす。我らみな同じ意見にござおいもす。無念ではあいもすが、ここは一旦引きもそや。そしてそや頼久さまの責任ではございません」
 町田助久が皆を代表して応えた。

 市来城の包囲が解かれ、島津方は一旦各々の所領に戻ることとなった。
 頼久は川内川のそばまでくると、酒匂忠胤に尋ねた。
「そういえば、父上がこの辺りに拠点を移したいと申しておったが、進捗状況はいかがかな」
「縄張いの絵図面も完成し、貞久さまに書簡と共にお送いしておい、お返事をいただいておいもす。今年中にな工事に着手し、2年後を目指して木牟礼城から移転でくうごとに段取いが進んでおいもす」
「左様であったか。この辺りであれば、薩摩支配にもってこいの場所であるな。してこの辺りの地名はなんと申すのじゃ?」
「碇山と申しもんで」
「碇山城か。よい名じゃの。完成が楽しみじゃ」
 頼久は、自分はまだまだ父には及ばぬなと心の中で苦笑いした。父は京に居ながら薩摩ことを余さず見ている。しかし、いずれは自分も父を追い越していかねばならぬと決意を新たにした。


 尊治は、京の都を奪還するため陸奥国多賀城にいる鎮守府大将軍である北畠顕家に再度上洛するよう要請していた。
 建武4年の8月に入ると顕家は周辺の情勢を整理し、義良親王を奉じて西上を開始した。
 顕家軍は、足利尊氏の嫡男義詮や斯波家長・桃井直常らが守る鎌倉に向けて進軍する。
 途中、下野国小山城での攻防に時間を要し3ヶ月かかったがこれを攻略。
 12月に入ると鎌倉を制圧し、翌暦応元年1月には東海道を京へ向けて進軍した。
 このとき、足利尊氏は、勢力を回復していた北陸の新田義貞の対応に苦慮しており、北畠勢の早い西上に対応することができずにいた。
 美濃でも、足利勢を破った北畠顕家は北陸の新田義貞と連携を取ろうとしたが上手くゆかず、近江に集結している足利勢主力を破ることは困難であると判断し、京への直進を諦める。
 近江国にいた足利勢の主力が美濃に入ったことを知った顕家は伊勢へ逃れ体制の立て直しを図り、2月には一旦大和国を占領するが、般若坂で桃井直常に敗れ敗走する。
 顕家は義良親王を密かに吉野に送ったあと、河内国から和泉国に転戦し戦力再建を図った。
 5月に入ると、石津・堺浦を焼き討ちにして細川顕氏・日根野盛治ら現地の足利勢と交戦を続けた。
 これに対し、足利尊氏は、高師直に顕家討伐を命じる。
 師直は、天王寺から堺浦に向かって出撃し、顕家を待ち構えていた。
「最早これまでのようだな」
 顕家は疲れ果てた表情で独りごちた。
 石津で完全に包囲されたが、最後は吉野を目指そうと顕家は必死の奮戦を試みた。
 足利勢の顕家への集中攻撃が続いた。
 顕家は必死に馬上で槍を振り続け、足利勢を大いに蹴散らしたが、体は限界を通り越していた。
 一瞬、空が視界を横切った。
 落馬したのにも気付かぬほど、感覚が疲労しきっていた。
「お上、どうやら私はここまでのようです。最後までお供できず申し訳ございません」
 顕家の首と胴が離れたのはその直後であった。
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