三州の太守

芙伊 顕定

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【第四十七話】新田義貞の最期

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 金ヶ崎城の陥落により、新田義貞は大打撃を受けていた。
 しかし、義貞は越前国の寺社勢力などを糾合し次第に勢力を挽回していた。
 暦応元年2月、義貞の弟の脇屋義助は3千の兵をもって足利高経の拠る越前国府を奪い、その勢いのまま、高経の本城である小黒丸城を攻撃に向かった。

 足利高経は冷静であった。
 彼は越前に入ったころから、越前の寺社勢力とは積極的に交流を深めていたからである。
 特に、最大勢力であった、平泉寺とは特に懇意にしてきていた。
 その日高経は極秘に平泉寺の住職と会談をしていた。
「ご住職どの、御寺が長年に渡って延暦寺と係争中である所領に関してですが‥」
「高経どの、藤島荘のことですかな」
「単刀直入に申しまして、上様は延暦寺との係争について、穏便に事を収めたいとお考えです。藤島荘については、所領安堵の方向で調整を進めるつもりでおります」
「左様でございますか。それは大変ありがたきお話にございます。して、何がお望みですかな」
「はっはっは、ご住職どのはなんでもお見通しですな‥。ずばり、我らの希望は、新田勢への援軍をやめていただきこちら側に寝返っていただきたいのでございます」
「造作もないことでございます。所領安堵のお約束がいただけたのです。新田には何の恩も義理もございませぬ故、当方は高経どのにお味方いたしましょう」
「ありがたきお言葉。まもなく戦になるでしょう。その際はよろしくお願い申し上げます」
 高経は再び隠密裏に寺を抜け出し、居城に戻った。

 新田義貞は兵力を整え、小黒丸城への攻撃を開始した。
「殿、味方の平泉寺が参陣しておりません」
「なんじゃと?」
 義貞は、血の気の引いていく音が聞こえた。
「裏切りか?」
「どうやらそのようにございます。藤島城に向かった我らの一隊が平泉寺勢から攻撃を受けているとのことです」
「ぐっ、許せぬ!本隊は藤島城へ向かうぞ!」
「はっ」
 平泉寺勢が全て裏切ったとなると、足利勢との戦力差は逆転する。
 そうなれば、新田勢に勝ち目はなかった。
 怒りに我を忘れて突進する新田勢は、燈明寺畷に差し掛かった。
「殿!横槍にございます!」
「なんじゃと!」
「足利勢が我が方の横腹に突っ込んで参ります」
 新田勢は大混乱に陥った。
「くそっ!迎えう‥」
 新田義貞の体は宙を舞っていた。


 島津貞久は京にいて、南朝方との戦いに忙殺されていた。
 島津貞久、齢68、近頃ではめっきり体力も衰え、自分の代行として、嫡男の島津宗久や重臣の本田久兼に戦を任せることも多くなってきていた。
 その日は、久しぶりに屋敷でのんびりと過ごしていると突然の来客が来たとのことで慌てて客間に入った。
 驚いたことに、来客とは足利尊氏であった。
「これは上様、わざわざのご来訪、いかがされましたかな」
 貞久は自分の息子ほど歳の離れた鎌倉殿を見つめて話の端緒を切った。
「貞久どのから上様と呼ばれるとは、こそばゆいの」
 尊氏は笑いながら答えた。
「何、つい近くまで来たので、ご老体がどうなされておられるのか表敬訪問したまでよ」
「ご老体とはしたり。まだまだ若いものには負けませぬぞ」
 貞久はにこやかに尊氏の軽口に答えた。
「新田義貞をついに討ち破りました」
 尊氏は憂鬱そうに語り出した。
「あの新田どのをついに討ち取られましたか。それは、大変なことでございましたな」
「義貞とは、幼い頃はずっと一緒につるんでいましてな。そもそも、新田の家は足利と同じ血筋の一族、鎌倉の頃は足利のみが優遇されており、新田はずいぶん下に置かれていたのだ。じゃが、同じ一族のよしみで随分親しくしていたものだ」
「左様でございましたか。そう言われてみれば、鎌倉の頃、よく一緒におられるのを見かけたことがございましたな」
「しかし、義貞の存在は、余にとっては脅威であった。何せ、あの鎌倉を一人で滅ぼしてしまうほどの実力者に育っていたのだからな。あの時は、余も鎌倉に援軍に駆けつける予定でおったのだが、あやつは一人でやり切ってしまった。恐怖心が芽生えたのはその頃からじゃ」
「‥‥」
「恐怖心が憎しみに似た感情になるまでに、それほど時間はかからなかった。やつが、先の帝に味方するよう仕向けたのもわしの策じゃ。さすれば、遠慮なく討ち破ることができるからの」
「上様、それをなぜそれがしにお話になるのですか」
「島津家も、頼朝公のご落胤のお血筋と聞いておる。その意味では、我が一門も同然だからな。それと、貞久どのは余の幼き頃より、我が父の様な存在であると勝手に思っていた故、ついつい話をしたくなってしまうのよ」
「なんと、それはもったいなきお言葉」
「ともあれ、義貞は死んだ。この結果はいつかくるとわかってはいたことであるが、何故か心が虚しゅうなってきて‥‥」
 尊氏の目には涙のようなものが浮かんでいるのが、貞久にもはっきりと見えた。
「‥‥」
「これで、楠木正成、北畠顕家、新田義貞と南朝方の有力武将は全ていなくなったわけじゃ。しばらくは、南朝方も静かになろう。わしは、近いうちに征夷大将軍に補任していただくことになっておる。ついに長年の悲願であった、足利将軍家を立ち上げるのじゃ」
「それは、おめでとうございます」
「しかし、世が完全に静謐になったわけではない。まだまだやらねばならぬことがたくさんある。貞久どのの国では南朝方が優勢と聞いておる故、わしの方からも援軍を差し向けたいところであるが、畿内が完全に治ったわけではないからのう。今しばらく自力で堪えてもらえるとありがたい。苦労をかけてすまぬが」
「なんのなんの、それがしの手が空けば直ちに国許に戻り南朝方など蹴散らしてご覧にいれましょう。現状でも、我が息子の頼久がよくやってくれておりますわ」
「すまぬ、今しばらく苦労をかけるが、堪えてくれ。わしも出来うる限りの手を打っていくつもりじゃ」
 尊氏は鎌倉にいた頃の又太郎に戻ったように、軽やかに島津屋敷を後にした。
 貞久は、自分の息子たちも含めて、尊氏の様な次世代の人間たちが立派に育ち世を動かしていることを喜ばしく思った。
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