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【第四十八話】巨星堕つ
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足利尊氏は京の朝廷から征夷大将軍に任命された。
足利家の悲願であった将軍の座をついに手に入れたのである。
その話を聞いた吉野の尊治は、不思議と何の感情も湧いてこなかった。
足利尊氏とは考え方が異なっていたのは確かなことであった。
しかし、尊氏は尊氏なりの理想の形があり、自分の理想の形と一致しなかっただけのことなのだ。
「ごほっ‥、のう、親房よ‥、尊氏はついにやりおったな」
尊治の見舞いに来ていた北畠親房に尊治は話かけた。
「左様でございますな」
「親房、其方の息子の件は、誠に残念なことであった。最期まで朕に忠誠を尽くしてくれたこと、嬉しく思っておるぞ」
「なんの、顕家は顕家の生き方を貫いたまでのことです。私から申し上げることは何もございませぬ」
「みないなくなってしまったの‥‥。ごほっ‥、朕の理想を実現するために、みなよく働いてくれた。そして、朕よりも先にこの世を去っていった。数多の有能な武将を抱えながら、朕は尊氏との抗争に敗れた。尊氏のほうが一枚上手であったのかの‥」
「お上、そのようなことはございません。此度は確かに尊氏どのに軍配が上がりましたが、まだまだ勝負はこれからです」
「親房、朕の命はもう尽きようとしておる。しかし、この抗争はまだまだ続いていくであろう。朕の理想はあくまでも、帝が世の頂点に立ち、国政を担っていくことである。武家の好きなようにさせては、北条得宗家の二の舞になってしまうからな。このことは、皇太子にもよく言って聞かせてある。朕の命は尽きようとも、朕の理想は生き続けるのじゃ」
「お上、気弱な事を申されますな。お上はまだまだ生きてやらねばならぬことがたくさんございます。生きて理想を叶えてくだされ」
「‥‥」
「真の帝王には血筋と神器だけでなく、お上のような徳も必要でございます。よって、京の朝廷の存在を認めることはできません。この親房、お上の理想を叶えることができるよう必死で働きまする」
「ごほっ‥‥、親房、この先のことはお主に任せた。義良はまだ若い。朕の跡をついでもまだまだ力不足であろう。じゃが、其方がいれば安心じゃ」
尊治は皇位を義良親王に譲り、その翌日に崩御した。
時代に求められ、自らの理想に邁進したその生涯は、一つの時代の大きなうねりを作り出し、多くの有能な人材の運命を左右した。
しかし、その英雄たちの戦いの記憶は決して色褪せることなく、時代に大きな爪痕を残した。
「そうか、先の帝が崩御されたか‥‥」
足利尊氏は京でその報せを聞いた。
「一つの時代が終わりましたな」
協議の場にたまたま同席していた高師直が呟いた。
「余は、先の帝に対してなんの恨みもない。むしろ、先の帝がおられたからこそ、今日の余が存在できていると思っておる」
「左様でございますな。先の帝の決断と行動がなければ我らもここまで順調に足利将軍家を立ち上げることはできなかったと思います」
「なにかと癖の強い御仁ではあったが、理想のためには自ら動くことを厭わないその姿勢は、帝王として見事なお働きであった」
「‥‥しかし、これからが大変でございますな」
「うむ、まだまだ南朝方の勢力が衰えた訳ではない。一時的に勢いは衰えるかもしれぬが、まだまだ人材は豊富じゃ。必ずや勢いを取り戻してくるであろう。それまでに、足利武家政権の基礎を固めねばならぬ」
「はっ、それにつきましては、万事怠りなく、それがしと直義さまとで着々と準備を整えておりまする」
「余の両輪は頼もしき限りじゃ。引き続きよろしく頼むぞ」
「はっ、お任せくだされ」
足利尊氏は、先の帝の菩提を弔うため、臨済宗夢窓疎石を開山として天龍寺を開基し、京都五山第一とした。
薩摩では、島津家の新しい拠点として、川内川のほとりに碇山城が完成していた。
城代には酒匂久景が入ったが、薩摩国全体でみると、南朝方の勢いが増し、各地で苦戦を強いられていた。
暦応2年4月には南朝方の伊集院忠国が薩摩給黎院領主の和泉実忠が守る上籠城と網屋城を落城させた。
6月には、南朝方の渋谷経重・村田如巌らが、渋谷重棟が守る薩摩温田城を攻撃しこれを落城させた。
渋谷重棟は、牛屎高元・和泉忠氏らの力を借りて温田城の奪還を試みるが南朝方の抵抗の前に敗走した。
そして、ついに南朝方は、渋谷経重に南薩摩から北上してきた、谷山隆信らが合流し、さらに肥後国の相良氏の援軍も得て南朝方連合軍を結成し、碇山城向けて進軍してきたのである。
「南朝方の勢いは凄まじいですな」
酒匂久景は一緒に城に籠った延時法彿・河田慶喜らと軍議を重ねていた。
碇山城は、西側の川内川を天然の堀とし、東側は山がそびえ天然の城壁としている、川沿いの丘陵にそびえる城であった。
「石原忠充どの、市来小太郎どのにな援軍の要請をしておいもす。また、新田宮いも援軍要請をしておいほいならっで、援軍が到着すれば城内と城外から包囲勢を挟み撃ちにすうこっがでくうと考えておいもす」
延時法彿が作戦の概要を説明した。
「延時どの、見事な作戦にござおいもす。それであれば敵方を追い払うこっも可能んそ。いずれにしても、川上頼久さまは別の戦場に出ておられう故、ここは何としても我らで守らなにゃんもはん」
南朝方の兵たちは重厚な包囲を敷いてきていた。こちらに援軍がなければこのまま落城するしかないであろう。
「石原どの、市来どの、新田宮さまの援軍が到着したごとござおいもす」
「よし!城から撃って出るぞ!」
酒匂久景が槍を構えて馬に跨った。
城門が開かれると、城内の島津勢が勢いよく突撃を開始した。
それを皮切りに、包囲勢の背後に迫っていた援軍が突撃を開始した。
「我こそは、薩摩守護代酒匂久景である!」
久景は、自らが鍛えに鍛え抜いた500の兵たちと敵勢深くまで切り込んだ。
この勢いを止められるものは南朝方にはいなかった。
久景が槍を振るえば、3、4人の敵兵が一気に倒れた。
それほど凄まじい突撃であった。
「くっ、島津勢の勢いが強すぎる!撤退じゃ!」
南朝方はなすすべもなく、碇山城の包囲を解き、ほうほうの体で撤退していった。
「我らの勝利ぞ!勝鬨をあげい!」
「えいえいおう!」
なんとか、碇山城は死守したものの、南朝方の勢いが弱まったわけではなかった。
しかし、島津勢の底力を見せつけることができたのは大きな収穫であったと久景は思った。
足利家の悲願であった将軍の座をついに手に入れたのである。
その話を聞いた吉野の尊治は、不思議と何の感情も湧いてこなかった。
足利尊氏とは考え方が異なっていたのは確かなことであった。
しかし、尊氏は尊氏なりの理想の形があり、自分の理想の形と一致しなかっただけのことなのだ。
「ごほっ‥、のう、親房よ‥、尊氏はついにやりおったな」
尊治の見舞いに来ていた北畠親房に尊治は話かけた。
「左様でございますな」
「親房、其方の息子の件は、誠に残念なことであった。最期まで朕に忠誠を尽くしてくれたこと、嬉しく思っておるぞ」
「なんの、顕家は顕家の生き方を貫いたまでのことです。私から申し上げることは何もございませぬ」
「みないなくなってしまったの‥‥。ごほっ‥、朕の理想を実現するために、みなよく働いてくれた。そして、朕よりも先にこの世を去っていった。数多の有能な武将を抱えながら、朕は尊氏との抗争に敗れた。尊氏のほうが一枚上手であったのかの‥」
「お上、そのようなことはございません。此度は確かに尊氏どのに軍配が上がりましたが、まだまだ勝負はこれからです」
「親房、朕の命はもう尽きようとしておる。しかし、この抗争はまだまだ続いていくであろう。朕の理想はあくまでも、帝が世の頂点に立ち、国政を担っていくことである。武家の好きなようにさせては、北条得宗家の二の舞になってしまうからな。このことは、皇太子にもよく言って聞かせてある。朕の命は尽きようとも、朕の理想は生き続けるのじゃ」
「お上、気弱な事を申されますな。お上はまだまだ生きてやらねばならぬことがたくさんございます。生きて理想を叶えてくだされ」
「‥‥」
「真の帝王には血筋と神器だけでなく、お上のような徳も必要でございます。よって、京の朝廷の存在を認めることはできません。この親房、お上の理想を叶えることができるよう必死で働きまする」
「ごほっ‥‥、親房、この先のことはお主に任せた。義良はまだ若い。朕の跡をついでもまだまだ力不足であろう。じゃが、其方がいれば安心じゃ」
尊治は皇位を義良親王に譲り、その翌日に崩御した。
時代に求められ、自らの理想に邁進したその生涯は、一つの時代の大きなうねりを作り出し、多くの有能な人材の運命を左右した。
しかし、その英雄たちの戦いの記憶は決して色褪せることなく、時代に大きな爪痕を残した。
「そうか、先の帝が崩御されたか‥‥」
足利尊氏は京でその報せを聞いた。
「一つの時代が終わりましたな」
協議の場にたまたま同席していた高師直が呟いた。
「余は、先の帝に対してなんの恨みもない。むしろ、先の帝がおられたからこそ、今日の余が存在できていると思っておる」
「左様でございますな。先の帝の決断と行動がなければ我らもここまで順調に足利将軍家を立ち上げることはできなかったと思います」
「なにかと癖の強い御仁ではあったが、理想のためには自ら動くことを厭わないその姿勢は、帝王として見事なお働きであった」
「‥‥しかし、これからが大変でございますな」
「うむ、まだまだ南朝方の勢力が衰えた訳ではない。一時的に勢いは衰えるかもしれぬが、まだまだ人材は豊富じゃ。必ずや勢いを取り戻してくるであろう。それまでに、足利武家政権の基礎を固めねばならぬ」
「はっ、それにつきましては、万事怠りなく、それがしと直義さまとで着々と準備を整えておりまする」
「余の両輪は頼もしき限りじゃ。引き続きよろしく頼むぞ」
「はっ、お任せくだされ」
足利尊氏は、先の帝の菩提を弔うため、臨済宗夢窓疎石を開山として天龍寺を開基し、京都五山第一とした。
薩摩では、島津家の新しい拠点として、川内川のほとりに碇山城が完成していた。
城代には酒匂久景が入ったが、薩摩国全体でみると、南朝方の勢いが増し、各地で苦戦を強いられていた。
暦応2年4月には南朝方の伊集院忠国が薩摩給黎院領主の和泉実忠が守る上籠城と網屋城を落城させた。
6月には、南朝方の渋谷経重・村田如巌らが、渋谷重棟が守る薩摩温田城を攻撃しこれを落城させた。
渋谷重棟は、牛屎高元・和泉忠氏らの力を借りて温田城の奪還を試みるが南朝方の抵抗の前に敗走した。
そして、ついに南朝方は、渋谷経重に南薩摩から北上してきた、谷山隆信らが合流し、さらに肥後国の相良氏の援軍も得て南朝方連合軍を結成し、碇山城向けて進軍してきたのである。
「南朝方の勢いは凄まじいですな」
酒匂久景は一緒に城に籠った延時法彿・河田慶喜らと軍議を重ねていた。
碇山城は、西側の川内川を天然の堀とし、東側は山がそびえ天然の城壁としている、川沿いの丘陵にそびえる城であった。
「石原忠充どの、市来小太郎どのにな援軍の要請をしておいもす。また、新田宮いも援軍要請をしておいほいならっで、援軍が到着すれば城内と城外から包囲勢を挟み撃ちにすうこっがでくうと考えておいもす」
延時法彿が作戦の概要を説明した。
「延時どの、見事な作戦にござおいもす。それであれば敵方を追い払うこっも可能んそ。いずれにしても、川上頼久さまは別の戦場に出ておられう故、ここは何としても我らで守らなにゃんもはん」
南朝方の兵たちは重厚な包囲を敷いてきていた。こちらに援軍がなければこのまま落城するしかないであろう。
「石原どの、市来どの、新田宮さまの援軍が到着したごとござおいもす」
「よし!城から撃って出るぞ!」
酒匂久景が槍を構えて馬に跨った。
城門が開かれると、城内の島津勢が勢いよく突撃を開始した。
それを皮切りに、包囲勢の背後に迫っていた援軍が突撃を開始した。
「我こそは、薩摩守護代酒匂久景である!」
久景は、自らが鍛えに鍛え抜いた500の兵たちと敵勢深くまで切り込んだ。
この勢いを止められるものは南朝方にはいなかった。
久景が槍を振るえば、3、4人の敵兵が一気に倒れた。
それほど凄まじい突撃であった。
「くっ、島津勢の勢いが強すぎる!撤退じゃ!」
南朝方はなすすべもなく、碇山城の包囲を解き、ほうほうの体で撤退していった。
「我らの勝利ぞ!勝鬨をあげい!」
「えいえいおう!」
なんとか、碇山城は死守したものの、南朝方の勢いが弱まったわけではなかった。
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