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【第四十九話】島津宗久の死
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「若、若、しっかりなされませ!」
戦場から島津宗久が輿に乗って担ぎ込まれたのは、暦応3年の正月も過ぎたころであった。
「なんじゃ、騒々しい。いかがいたしたのじゃ」
島津貞久は何事かと思い玄関先まで出てきた。
「父上、大したことではございません。戦場で不覚をとり落馬してしまいました。脚が動かずこうして輿に乗ってきた次第でして‥」
宗久は落馬の衝撃で腰のあたりの骨が折れているようであった。
「なんと、それはいかん!直ぐに医者を呼べ!」
貞久は急いで医者を呼びにやらせた。
「申し訳ございません。このような無様な姿で帰陣するとは不覚にございました」
「よいよい、もう話をするでない。其方はよくがんばった。戦場では何が起こるかわからん。今後の教訓と致せば良い」
「はっ、ありがたきお言葉にございます」
医師がやってきて様子を診たところ、やはり、腰の骨や太ももの骨が複雑に骨折しているようであった。
「宗久、すまぬ。お主にかなりの負担をかけてしまっておった」
「何を申されますか。私は父上に必要とされて大変誇りに思っております」
「くっ、よいよい。しばらくはゆるりと養生するがよい」
「はっ、お役に立てず申し訳ありません‥‥」
宗久は数日間苦しんでいたが、あまり容体は芳しくなかった。
「父上、申し訳ございませぬ。宗久はどうやらここまでの命のようです‥‥」
「何を気弱なことを申すか!其方はまだわしの人生の半分も生きておらぬではないか。まだまだこれからじゃ」
「自分の身体のことは自分が一番よくわかります。私は、父上の背中を見て育って参りました。そしていずれは父上を超えたいと強く願っておりました。しかし、その夢は叶いそうにありません。それが悔しゅうございます」
「‥‥宗久‥‥、くっ」
貞久は涙が止まらなくなっていた。
自分はもう十分に生きた。なぜこのような若者が、20歳にもならない若者が命を奪われなければならぬのか。
自分の命がここで終わってもよい。代わりに我が息子を生かしてくれぬか!
貞久は声にならない声で絶叫していた。
宗久が死んだのはその日の晩のことであった。
貞久は魂が抜けたように呆然としていた。
大事な跡目を失ったという事実もそうであるが、これから先のある有望な若者の命を奪った天が許せなかった。
宗久は自分以上の器量を持った有望な若者であった。
宗久がおれば、自分はいつ死んでも島津は安泰だと思っていた。
このような虚無感を味わうのは父・忠宗が亡くなったとき以来であった。いや、それ以上の虚無感であるかもしれない。
楠木正成が死んだと聞いたときもそうであった。接した日々は短かったが、多聞丸のあの人懐っこい雰囲気は、自分の本当の息子のような気さえしていた。
若い者が自分より先に死んでいくという不条理に怒りにも似た感情を抱いたものであった。
その日から貞久は一人で自室に籠ることが多くなった。
足利尊氏は、島津宗久の死を人伝てに聞いた。
「のう、師直。島津のご老体はさぞ落ち込んでいることであろう。何かしてやれることはないか」
尊氏は高師直に独り言のように呟いた。
「左様、このような場合は、余計なことを考える暇がないほど忙しい毎日を送っていただくのが一番の特効薬にございましょう。現在、薩摩は南朝方の勢力がまだまだ力を持っております。ここは貞久どのに出向いていただき、戦に明け暮れる毎日を送っていただくのが一番よいのではありませぬか」
「なるほどの。幸い畿内は落ち着きを取り戻しておるし、貞久も国許の様子は気になっておるじゃろう。それはよい策かもしれぬな」
足利尊氏から薩摩に下向せよとの命令が届いたのは3月に入ってからであった。
従兄弟の伊作宗久にも同様の命令が下った。
「貞久どの、落ち込んでばかいもいられませぬ。上様から薩摩へ下向せよとのご命令にござおいもす。それがしも薩摩の様子は気になっておいもした。ここは薩摩の南朝方を一気に蹴散らしてしまいもそや」
伊作宗久は貞久を励ますように言った。
「‥‥そうか、確かに薩摩は弟たちが苦戦しておると聞いている。わが島津本隊をもって南朝方を蹴散らしに参るかの」
「貞久どの、そん勢いでござおいもす。宗久のこたあ無念でござおいもしたが、戦はまだ終わっておいません。宗久の無念を晴らすためいも薩摩でひと暴れしもんそ」
「宗久よ、其方の言葉で元気が出てきたわ。その通りじゃ、戦はまだまだ終わっておらぬ。もう一働きも二働きもせねば真の静謐は訪れぬ。死んだ息子の宗久のためにも残された我らが死に物狂いで静謐を取り戻さねばならぬの」
「そうです、そうござんで。わしも全力で貞久どのを援護しもんで貞久どのも全力で戦ってくだされ」
「よしわかった!島津全軍出陣じゃ!」
島津貞久と伊作宗久は京に釘付けになっていた島津軍本隊を率いて一路薩摩へ向かって出陣した。
戦場から島津宗久が輿に乗って担ぎ込まれたのは、暦応3年の正月も過ぎたころであった。
「なんじゃ、騒々しい。いかがいたしたのじゃ」
島津貞久は何事かと思い玄関先まで出てきた。
「父上、大したことではございません。戦場で不覚をとり落馬してしまいました。脚が動かずこうして輿に乗ってきた次第でして‥」
宗久は落馬の衝撃で腰のあたりの骨が折れているようであった。
「なんと、それはいかん!直ぐに医者を呼べ!」
貞久は急いで医者を呼びにやらせた。
「申し訳ございません。このような無様な姿で帰陣するとは不覚にございました」
「よいよい、もう話をするでない。其方はよくがんばった。戦場では何が起こるかわからん。今後の教訓と致せば良い」
「はっ、ありがたきお言葉にございます」
医師がやってきて様子を診たところ、やはり、腰の骨や太ももの骨が複雑に骨折しているようであった。
「宗久、すまぬ。お主にかなりの負担をかけてしまっておった」
「何を申されますか。私は父上に必要とされて大変誇りに思っております」
「くっ、よいよい。しばらくはゆるりと養生するがよい」
「はっ、お役に立てず申し訳ありません‥‥」
宗久は数日間苦しんでいたが、あまり容体は芳しくなかった。
「父上、申し訳ございませぬ。宗久はどうやらここまでの命のようです‥‥」
「何を気弱なことを申すか!其方はまだわしの人生の半分も生きておらぬではないか。まだまだこれからじゃ」
「自分の身体のことは自分が一番よくわかります。私は、父上の背中を見て育って参りました。そしていずれは父上を超えたいと強く願っておりました。しかし、その夢は叶いそうにありません。それが悔しゅうございます」
「‥‥宗久‥‥、くっ」
貞久は涙が止まらなくなっていた。
自分はもう十分に生きた。なぜこのような若者が、20歳にもならない若者が命を奪われなければならぬのか。
自分の命がここで終わってもよい。代わりに我が息子を生かしてくれぬか!
貞久は声にならない声で絶叫していた。
宗久が死んだのはその日の晩のことであった。
貞久は魂が抜けたように呆然としていた。
大事な跡目を失ったという事実もそうであるが、これから先のある有望な若者の命を奪った天が許せなかった。
宗久は自分以上の器量を持った有望な若者であった。
宗久がおれば、自分はいつ死んでも島津は安泰だと思っていた。
このような虚無感を味わうのは父・忠宗が亡くなったとき以来であった。いや、それ以上の虚無感であるかもしれない。
楠木正成が死んだと聞いたときもそうであった。接した日々は短かったが、多聞丸のあの人懐っこい雰囲気は、自分の本当の息子のような気さえしていた。
若い者が自分より先に死んでいくという不条理に怒りにも似た感情を抱いたものであった。
その日から貞久は一人で自室に籠ることが多くなった。
足利尊氏は、島津宗久の死を人伝てに聞いた。
「のう、師直。島津のご老体はさぞ落ち込んでいることであろう。何かしてやれることはないか」
尊氏は高師直に独り言のように呟いた。
「左様、このような場合は、余計なことを考える暇がないほど忙しい毎日を送っていただくのが一番の特効薬にございましょう。現在、薩摩は南朝方の勢力がまだまだ力を持っております。ここは貞久どのに出向いていただき、戦に明け暮れる毎日を送っていただくのが一番よいのではありませぬか」
「なるほどの。幸い畿内は落ち着きを取り戻しておるし、貞久も国許の様子は気になっておるじゃろう。それはよい策かもしれぬな」
足利尊氏から薩摩に下向せよとの命令が届いたのは3月に入ってからであった。
従兄弟の伊作宗久にも同様の命令が下った。
「貞久どの、落ち込んでばかいもいられませぬ。上様から薩摩へ下向せよとのご命令にござおいもす。それがしも薩摩の様子は気になっておいもした。ここは薩摩の南朝方を一気に蹴散らしてしまいもそや」
伊作宗久は貞久を励ますように言った。
「‥‥そうか、確かに薩摩は弟たちが苦戦しておると聞いている。わが島津本隊をもって南朝方を蹴散らしに参るかの」
「貞久どの、そん勢いでござおいもす。宗久のこたあ無念でござおいもしたが、戦はまだ終わっておいません。宗久の無念を晴らすためいも薩摩でひと暴れしもんそ」
「宗久よ、其方の言葉で元気が出てきたわ。その通りじゃ、戦はまだまだ終わっておらぬ。もう一働きも二働きもせねば真の静謐は訪れぬ。死んだ息子の宗久のためにも残された我らが死に物狂いで静謐を取り戻さねばならぬの」
「そうです、そうござんで。わしも全力で貞久どのを援護しもんで貞久どのも全力で戦ってくだされ」
「よしわかった!島津全軍出陣じゃ!」
島津貞久と伊作宗久は京に釘付けになっていた島津軍本隊を率いて一路薩摩へ向かって出陣した。
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