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【第五十話】宗久の軌跡
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島津貞久が薩摩に帰国したのは暦応3年の桜の咲く頃であった。
「殿、おかえりなさいませ。長きにわたるお勤め、ご苦労様にございました」
お梅が暖かく迎えてくれた。
お梅の傍には次男と三男の師久・氏久が控えている。
お梅にも宗久の死は文で伝えた。
彼女は彼女なりに自分の中でその事実を消化できているように見えたが、貞久は、後でゆっくり話をしてみようと感じた。
「碇山城、よい城ではないか」
貞久は同じく出迎えにでてきた酒匂忠胤に話しかけた。
「殿、良き場所を見つくうこっができもした。殿のお指図どおい、守いよっか攻めを重視した位置で城を配置しておいもす」
忠胤は胸を張って答えた。
一度実戦で敵を退けたとも聞いていたので、忠胤も鼻が高いのであろう。
「父上、よくぞご無事でお戻りあそばしました。この時節でのご帰還、誠に頼もしゅうございます」
川上頼久がホッと安堵した表情を見せながら話しかけてきた。
「うむ、頼久、よくぞここまで持ち堪えてくれた。そなたの働きには感謝しておるぞ」
「はっ、ありがたきお言葉」
「皆、積もる話もあろう。じゃが、まだ城にも入っておらぬ。一旦城に入らせてもらって、それからまた話を聞かせてくれい」
「おお、殿のお戻いが嬉しゅて、色々順番が逆になってしまおいもしたわい。皆、一旦中に入って、殿にな旅装を解いていただいて、時間を空けてから評定の間に集まうこっとしごとほいならなかか」
酒匂久景が守護代らしいもっともなことを言ったため、全員大笑いした。
「それもそうほいなら。殿、まずはごゆういと旅装をお解きくだされ」
笑いながら酒匂忠胤が貞久を促した。
貞久は自室に入ると、お梅に話しかけた。
「宗久の件は、わしにとっても無念であった。そなたも余程心労がかかったであろう。大事ないか」
「殿、ありがとうございます。正直、心の傷が癒えたとは言えません。私は、あの子の最期を看取ってやることもできませんでした。ですが、これも戦の世の慣い。いつまでのくよくよしているわけにも参りませぬ」
「わしがついていながら、このようなことになって本当にすまぬ。宗久は跡目に相応しい男に育ちつつあった。しかしそのようなことは関係なく、我が子が自分より先に逝くことになるなど、想像もしておらなかった。わしはそれが一番悔しゅうてならぬ‥‥」
「‥‥」
貞久と梅は、どうにもならない感情を抑えきれず、声を押し殺して泣きじゃくった。
「‥‥の、殿、皆様が評定の間にお集まりにございます」
「‥う、うむ‥‥、それでは参るとしよう」
「‥殿、師久と氏久は利発な子にございます。宗久の代わりになれるかどうかはわかりませぬが、せめて生き残った子どもたちを大切にしてやりとうございます」
お梅が、泣きじゃくりながら声を振り絞って言った。
「であるな。わしの老い先は短いが、その間に立派に育て上げることとしよう。それが宗久の供養にもなるであろう」
貞久も、目に涙をいっぱいに溜めながらやっとの思いで声を発した。
貞久は、涙を拭い、皆の待つ評定の間へ向かうこととした。
「お梅、すまぬが、皆が待っておる故一旦評定の間へ参る。また後で宗久の思い出話など語り合おうではないか」
「殿、いってらっしゃいませ。梅は殿を信じております。宗久のためにも存分にお働きくださいませ」
「うむ、行って参る」
評定の間に出ると、国老衆から一門衆まで、集まれるだけの人間が所狭しとならんで待ちわびていた。
川上頼久、弟の和泉忠氏、佐多忠光、樺山資久、北郷資忠、叔父の伊作久長、従兄弟の伊作宗久、国老衆の酒匂兄弟、本田久兼たち、そのほか、島津家に味方する国人衆たちである。
「皆、今日まで薩摩の衆だけで南朝方とよくぞ渡り合ってくれた。まずは、そのことに礼を言うぞ。
わしが京から戻り、島津本隊がもどってきたからにはもうやつらの好きにはさせぬ。ここからは一気に攻勢に転じるぞ」
貞久は、高らかに宣言した。
「頼久、其方は敵方の情報に通じており、こちらでの戦経験も長い、攻勢に転じるにあたって策はあるか」
貞久は、頼久に尋ねた。
「父上、そのお言葉、待ちに待っておりましたぞ。
我ら島津勢は現在、薩摩北部の碇山に拠点を置いております。先年の戦で実現できなかった、南朝方を薩摩半島に押し込める作戦を此度こそ成功させたいと考えます。
作戦の概要は次の通りです。
南朝方の急先鋒である伊集院忠国の本拠一宇治城を狙いたいのですが、まずは全力で、市来時家の籠る市来城を奪取したいと思います。さすれば、一宇治城は孤立し、何もできなくなるでしょう。
その後は、一気に鹿児島郡へ兵を進め、錦江湾に出たいと思います。
鹿児島郡まで抑えることができれば、当方の拠点をそちらへ移し、対大隅、対薩摩半島、対薩摩北部いずれにも対応しやすくなろうかと思います。鹿児島郡こそ、三州統治の要となるべき地かと考えます。作戦の概要は以上です」
「鹿児島か。良き地に目をつけたの、頼久」
和泉忠氏が賛同の意を示した。
「伊集院忠国め、此度こそ目いもの見せてくれごとぞ」
佐多忠光も賛成のようであった。
「叔父上は、いかがお考えですかな」
貞久は、叔父の伊作久長に水を向けた。
「頼久の作戦は的を得ておう。作戦通いいけば我が伊作も安泰となう。良き策ほいならと思うぞ」
「頼久よ、わしも見事な策であると思う。鹿児島、まさに三州の中心として相応しき場所と思う。其方の見る目は大したものじゃ。皆、他に意見のあるものはおるか?」
「賛成ほいなら、賛成ほいなら」
国老衆も声を揃えて賛同した。
「よし、では頼久の作戦に沿って行動するぞ。今までは防戦一方であったが、此度はこちらから仕掛ける。7月の下旬から8月上旬を狙って動くぞ!そこに向けて準備を進めてくれ」
「かしこまりました!」
評定は全会一致で議決し、その後は酒宴となった。
酒宴を早々に切り上げた貞久は、梅の待つ自室へ戻った。
「評定はうまくいったぞ」
「それはようございました」
「今宵は、其方と語り明かしたい。わしらの胸のつかえが取れるまで存分にな」
「左様でございますね。私も、一人では抱えきれない気持ちでおりました。殿とお話できれば、少しは気持ちも和らぐのではないかと思います」
その夜、貞久と梅は宗久の思い出など、語り尽くせぬほどの話をお互いにたくさんした。
宗久の思い出話をすることによって、自分たちの中の宗久の生きた軌跡を改めて深く刻み込むように。
「殿、おかえりなさいませ。長きにわたるお勤め、ご苦労様にございました」
お梅が暖かく迎えてくれた。
お梅の傍には次男と三男の師久・氏久が控えている。
お梅にも宗久の死は文で伝えた。
彼女は彼女なりに自分の中でその事実を消化できているように見えたが、貞久は、後でゆっくり話をしてみようと感じた。
「碇山城、よい城ではないか」
貞久は同じく出迎えにでてきた酒匂忠胤に話しかけた。
「殿、良き場所を見つくうこっができもした。殿のお指図どおい、守いよっか攻めを重視した位置で城を配置しておいもす」
忠胤は胸を張って答えた。
一度実戦で敵を退けたとも聞いていたので、忠胤も鼻が高いのであろう。
「父上、よくぞご無事でお戻りあそばしました。この時節でのご帰還、誠に頼もしゅうございます」
川上頼久がホッと安堵した表情を見せながら話しかけてきた。
「うむ、頼久、よくぞここまで持ち堪えてくれた。そなたの働きには感謝しておるぞ」
「はっ、ありがたきお言葉」
「皆、積もる話もあろう。じゃが、まだ城にも入っておらぬ。一旦城に入らせてもらって、それからまた話を聞かせてくれい」
「おお、殿のお戻いが嬉しゅて、色々順番が逆になってしまおいもしたわい。皆、一旦中に入って、殿にな旅装を解いていただいて、時間を空けてから評定の間に集まうこっとしごとほいならなかか」
酒匂久景が守護代らしいもっともなことを言ったため、全員大笑いした。
「それもそうほいなら。殿、まずはごゆういと旅装をお解きくだされ」
笑いながら酒匂忠胤が貞久を促した。
貞久は自室に入ると、お梅に話しかけた。
「宗久の件は、わしにとっても無念であった。そなたも余程心労がかかったであろう。大事ないか」
「殿、ありがとうございます。正直、心の傷が癒えたとは言えません。私は、あの子の最期を看取ってやることもできませんでした。ですが、これも戦の世の慣い。いつまでのくよくよしているわけにも参りませぬ」
「わしがついていながら、このようなことになって本当にすまぬ。宗久は跡目に相応しい男に育ちつつあった。しかしそのようなことは関係なく、我が子が自分より先に逝くことになるなど、想像もしておらなかった。わしはそれが一番悔しゅうてならぬ‥‥」
「‥‥」
貞久と梅は、どうにもならない感情を抑えきれず、声を押し殺して泣きじゃくった。
「‥‥の、殿、皆様が評定の間にお集まりにございます」
「‥う、うむ‥‥、それでは参るとしよう」
「‥殿、師久と氏久は利発な子にございます。宗久の代わりになれるかどうかはわかりませぬが、せめて生き残った子どもたちを大切にしてやりとうございます」
お梅が、泣きじゃくりながら声を振り絞って言った。
「であるな。わしの老い先は短いが、その間に立派に育て上げることとしよう。それが宗久の供養にもなるであろう」
貞久も、目に涙をいっぱいに溜めながらやっとの思いで声を発した。
貞久は、涙を拭い、皆の待つ評定の間へ向かうこととした。
「お梅、すまぬが、皆が待っておる故一旦評定の間へ参る。また後で宗久の思い出話など語り合おうではないか」
「殿、いってらっしゃいませ。梅は殿を信じております。宗久のためにも存分にお働きくださいませ」
「うむ、行って参る」
評定の間に出ると、国老衆から一門衆まで、集まれるだけの人間が所狭しとならんで待ちわびていた。
川上頼久、弟の和泉忠氏、佐多忠光、樺山資久、北郷資忠、叔父の伊作久長、従兄弟の伊作宗久、国老衆の酒匂兄弟、本田久兼たち、そのほか、島津家に味方する国人衆たちである。
「皆、今日まで薩摩の衆だけで南朝方とよくぞ渡り合ってくれた。まずは、そのことに礼を言うぞ。
わしが京から戻り、島津本隊がもどってきたからにはもうやつらの好きにはさせぬ。ここからは一気に攻勢に転じるぞ」
貞久は、高らかに宣言した。
「頼久、其方は敵方の情報に通じており、こちらでの戦経験も長い、攻勢に転じるにあたって策はあるか」
貞久は、頼久に尋ねた。
「父上、そのお言葉、待ちに待っておりましたぞ。
我ら島津勢は現在、薩摩北部の碇山に拠点を置いております。先年の戦で実現できなかった、南朝方を薩摩半島に押し込める作戦を此度こそ成功させたいと考えます。
作戦の概要は次の通りです。
南朝方の急先鋒である伊集院忠国の本拠一宇治城を狙いたいのですが、まずは全力で、市来時家の籠る市来城を奪取したいと思います。さすれば、一宇治城は孤立し、何もできなくなるでしょう。
その後は、一気に鹿児島郡へ兵を進め、錦江湾に出たいと思います。
鹿児島郡まで抑えることができれば、当方の拠点をそちらへ移し、対大隅、対薩摩半島、対薩摩北部いずれにも対応しやすくなろうかと思います。鹿児島郡こそ、三州統治の要となるべき地かと考えます。作戦の概要は以上です」
「鹿児島か。良き地に目をつけたの、頼久」
和泉忠氏が賛同の意を示した。
「伊集院忠国め、此度こそ目いもの見せてくれごとぞ」
佐多忠光も賛成のようであった。
「叔父上は、いかがお考えですかな」
貞久は、叔父の伊作久長に水を向けた。
「頼久の作戦は的を得ておう。作戦通いいけば我が伊作も安泰となう。良き策ほいならと思うぞ」
「頼久よ、わしも見事な策であると思う。鹿児島、まさに三州の中心として相応しき場所と思う。其方の見る目は大したものじゃ。皆、他に意見のあるものはおるか?」
「賛成ほいなら、賛成ほいなら」
国老衆も声を揃えて賛同した。
「よし、では頼久の作戦に沿って行動するぞ。今までは防戦一方であったが、此度はこちらから仕掛ける。7月の下旬から8月上旬を狙って動くぞ!そこに向けて準備を進めてくれ」
「かしこまりました!」
評定は全会一致で議決し、その後は酒宴となった。
酒宴を早々に切り上げた貞久は、梅の待つ自室へ戻った。
「評定はうまくいったぞ」
「それはようございました」
「今宵は、其方と語り明かしたい。わしらの胸のつかえが取れるまで存分にな」
「左様でございますね。私も、一人では抱えきれない気持ちでおりました。殿とお話できれば、少しは気持ちも和らぐのではないかと思います」
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