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【第五十一話】対立の火種
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暦応3年8月に入ると、島津貞久は軍を動かした。
貞久自身が、禰寝清種・重種・和泉保末らを率いて、伊集院忠国の本拠地である薩摩国伊集院の一宇治城に攻めかかったのである。
併せて、市来院の市来城を攻め、城主市来時家を降伏させ、一宇治城を孤立させることに成功した。
「殿、川上頼久さまからの文にございます」
文には、鹿児島郡の矢上高純・中村忠秀が挙兵し、東福寺城には中村忠秀が入り、大隅から肝付兼重の援軍もここに合流、矢上高純は催馬楽城に入ったとの報せが書かれていた。
「鹿児島郡の守りを固めてきたようじゃな」
貞久は独りごちた。
「忠光はおるか」
「はっ、こちらに」
「我らは、伊集院から軍を動かしそなたを先鋒として東福寺城を攻めるぞ。資久、資忠はおるか」
「はっ」
「其方らは、催馬楽城を攻めてくれ。伊集院は孤立しておる故何もできぬであろう。全軍、鹿児島へ向けて出陣じゃ!」
鹿児島郡の両城は簡単にはいかなかった。何度か攻撃を仕掛けたが、包囲すること4ヶ月近くが経ち、年が変わろうとしていた。
「兄上、東福寺城ですが、夜襲をかけてみようと思います」
佐多忠光が満を持して発言した。
「夜襲か、おもしろそうじゃ。禰寝清種・重種を其方に付ける故、やってみるがよい」
「はっ、お任せください」
11月27日の月のない晩、佐多忠光は夜襲を敢行した。
敵方は完全に油断しており、禰寝清種・重種の活躍もあって敵方に絶大な被害を与えたが、落城させるまでにはいかなかった。
年が明け、2月には、催馬楽城にも再度攻撃を仕掛けたがこちらも落城までには至らなかった。
暦応4年4月26日、佐多忠光は東福寺城に総攻撃を仕掛ける。敵方は8ヶ月近い包囲に疲弊し切っており、ついにこれを落城させた。
翌月には、催馬楽城も落城した。
東福寺城を落とした貞久は、鹿児島郡の拠点をここに置くこととした。
「一年かかってしまったが、頼久の作戦通りようやく鹿児島郡を手に入れたぞ」
「はい、兄上。これで南朝方の勢いもだいぶ削うこっができましたな」
佐多忠光がしみじみと語った。
「しかし、戦はまだまだこれからぞ」
「はい、そん覚悟はできておいもす」
貞久は、東福寺城からうっすらと煙を吐き続ける桜島を眺めながら今後の戦いについて頭を巡らせていた。
南朝の征西大将軍である懐良親王が薩摩入りしたとの報が貞久の元に届いたのは、さらに年が明けた康永元年5月のことであった。
懐良親王は、後醍醐天皇の皇子であり、谷山郡郡司の谷山隆信に迎え入れられ、谷山城近くに御所を設けて南朝方の薩摩での本拠地としたようであった。
その後数年に渡り、南朝方との戦は続くが、島津方も南朝方も決定的な勝利を得ることはできなかった。
貞和3年、河内国の楠木正行が挙兵した。
正行はあの楠木正成の嫡男である。
正行は寡兵ながら、足利軍の大軍を各所で破り、足利武家政権としても無視できない存在となっていった。
足利軍は高師直を総大将とし、高師泰を第二軍の将として、本格的な南朝討伐軍を編成した。
師直は、山城国と河内国の国境あたりで年を越した。
「師泰よ、戦場はどのあたりを想定しておる」
「兄上、私の案としては、東高野街道が深野池と生駒山地に挟まれている箇所があるのですが、寡兵の楠木軍はそのあたりに陣取るのではないかと考えています。われらは、敢えてその手に乗ってあげましょう。兄上の本隊は東高野街道を楠木軍に向かって南下し、生駒山地経由の別働隊を佐々木道誉どのに任せたいと思います。本隊は楠木軍と正面からぶつかり、別働隊がその脇腹から横槍を入れることにより勝利を掴みたいと思います。ただし、戦場予定地は沼地と聞いておりますので騎馬武者がうまく運用できないことにご留意ください」
「なるほど、ますます別働隊の動きが鍵になりそうじゃな」
貞和4年1月2日、足利軍は河内国に入り、讃良郡野崎の辺りに逗留した。
その3日後、足利軍と楠木軍はついに激突した。
生駒山地は足利軍の占領下にあったため楠木軍はまっすぐ東高野街道を足利軍本隊に向けて一直線に突っ込んできた。
楠木軍の勢いは凄まじく、寡兵にも関わらず、足利本隊を押しに押し込んだ。
師直も必死で指揮をとるが、押し込まれじりじりと戦線は後退していった。
しかし、戦闘が夕刻まで続き、楠木軍もついに力尽きた。
楠木正行はじめ27人の武将が討ち取られ、足利軍はなんとか勝利に漕ぎつけた。
高師直は勝利の勢いのまま、吉野の朝廷まで一気に攻め込んだ。
吉野を焼き払い、南朝の今上帝は賀名生まで撤退せざるを得なかった。
足利直義はこの行為に大いに怒っていた。
「上様、師直の今回の戦いは楠木正行を討つだけではなかったのですか。吉野まで焼き討ちするとは、不敬にもほどがあります」
「むむむ‥‥、しかし、南朝の勢いを削ぐには格好の時節であったと思うがの」
「上様まで何を仰せですか。正統性の有無は別としても、仮にも相手は帝でございますぞ。それに対して刃をむけるとは許し難き蛮行ではありませんか。私は認めませぬぞ」
直義はそう言い残すと、尊氏の前から下がっていった。
高師直が京に戻ったと聞くと、足利直義は直ちに師直の屋敷に赴いた。
「師直!今回の戦、どのような了見で吉野まで攻撃したのじゃ」
「直義さま、何をそこまで急いておられるのですか」
「吉野は帝がおられるのじゃぞ。それを何と心得るか」
「南朝に正統性はございません。正統性がなければ帝を名乗っていても帝ではございませぬ」
「正統性など関係ない!帝はあくまで帝じゃ!南朝であろうと北朝であろうとそれは関わりなきこと。帝を焼き討ちするとは不敬千万であると思わぬのか」
「先ほども申し上げましたが、帝ではございませぬ。上様の政敵である以上、これは打ち滅ぼさねばなりません」
「もうよいわ!わしには理解できぬ。お主とこれ以上話をしても無駄であるわ」
直義は、飛び跳ねるように師直の屋敷を後にした。
盤石に見えていた足利武家政権の中でも内部対立の火種が表面化しようとしていた。
貞久自身が、禰寝清種・重種・和泉保末らを率いて、伊集院忠国の本拠地である薩摩国伊集院の一宇治城に攻めかかったのである。
併せて、市来院の市来城を攻め、城主市来時家を降伏させ、一宇治城を孤立させることに成功した。
「殿、川上頼久さまからの文にございます」
文には、鹿児島郡の矢上高純・中村忠秀が挙兵し、東福寺城には中村忠秀が入り、大隅から肝付兼重の援軍もここに合流、矢上高純は催馬楽城に入ったとの報せが書かれていた。
「鹿児島郡の守りを固めてきたようじゃな」
貞久は独りごちた。
「忠光はおるか」
「はっ、こちらに」
「我らは、伊集院から軍を動かしそなたを先鋒として東福寺城を攻めるぞ。資久、資忠はおるか」
「はっ」
「其方らは、催馬楽城を攻めてくれ。伊集院は孤立しておる故何もできぬであろう。全軍、鹿児島へ向けて出陣じゃ!」
鹿児島郡の両城は簡単にはいかなかった。何度か攻撃を仕掛けたが、包囲すること4ヶ月近くが経ち、年が変わろうとしていた。
「兄上、東福寺城ですが、夜襲をかけてみようと思います」
佐多忠光が満を持して発言した。
「夜襲か、おもしろそうじゃ。禰寝清種・重種を其方に付ける故、やってみるがよい」
「はっ、お任せください」
11月27日の月のない晩、佐多忠光は夜襲を敢行した。
敵方は完全に油断しており、禰寝清種・重種の活躍もあって敵方に絶大な被害を与えたが、落城させるまでにはいかなかった。
年が明け、2月には、催馬楽城にも再度攻撃を仕掛けたがこちらも落城までには至らなかった。
暦応4年4月26日、佐多忠光は東福寺城に総攻撃を仕掛ける。敵方は8ヶ月近い包囲に疲弊し切っており、ついにこれを落城させた。
翌月には、催馬楽城も落城した。
東福寺城を落とした貞久は、鹿児島郡の拠点をここに置くこととした。
「一年かかってしまったが、頼久の作戦通りようやく鹿児島郡を手に入れたぞ」
「はい、兄上。これで南朝方の勢いもだいぶ削うこっができましたな」
佐多忠光がしみじみと語った。
「しかし、戦はまだまだこれからぞ」
「はい、そん覚悟はできておいもす」
貞久は、東福寺城からうっすらと煙を吐き続ける桜島を眺めながら今後の戦いについて頭を巡らせていた。
南朝の征西大将軍である懐良親王が薩摩入りしたとの報が貞久の元に届いたのは、さらに年が明けた康永元年5月のことであった。
懐良親王は、後醍醐天皇の皇子であり、谷山郡郡司の谷山隆信に迎え入れられ、谷山城近くに御所を設けて南朝方の薩摩での本拠地としたようであった。
その後数年に渡り、南朝方との戦は続くが、島津方も南朝方も決定的な勝利を得ることはできなかった。
貞和3年、河内国の楠木正行が挙兵した。
正行はあの楠木正成の嫡男である。
正行は寡兵ながら、足利軍の大軍を各所で破り、足利武家政権としても無視できない存在となっていった。
足利軍は高師直を総大将とし、高師泰を第二軍の将として、本格的な南朝討伐軍を編成した。
師直は、山城国と河内国の国境あたりで年を越した。
「師泰よ、戦場はどのあたりを想定しておる」
「兄上、私の案としては、東高野街道が深野池と生駒山地に挟まれている箇所があるのですが、寡兵の楠木軍はそのあたりに陣取るのではないかと考えています。われらは、敢えてその手に乗ってあげましょう。兄上の本隊は東高野街道を楠木軍に向かって南下し、生駒山地経由の別働隊を佐々木道誉どのに任せたいと思います。本隊は楠木軍と正面からぶつかり、別働隊がその脇腹から横槍を入れることにより勝利を掴みたいと思います。ただし、戦場予定地は沼地と聞いておりますので騎馬武者がうまく運用できないことにご留意ください」
「なるほど、ますます別働隊の動きが鍵になりそうじゃな」
貞和4年1月2日、足利軍は河内国に入り、讃良郡野崎の辺りに逗留した。
その3日後、足利軍と楠木軍はついに激突した。
生駒山地は足利軍の占領下にあったため楠木軍はまっすぐ東高野街道を足利軍本隊に向けて一直線に突っ込んできた。
楠木軍の勢いは凄まじく、寡兵にも関わらず、足利本隊を押しに押し込んだ。
師直も必死で指揮をとるが、押し込まれじりじりと戦線は後退していった。
しかし、戦闘が夕刻まで続き、楠木軍もついに力尽きた。
楠木正行はじめ27人の武将が討ち取られ、足利軍はなんとか勝利に漕ぎつけた。
高師直は勝利の勢いのまま、吉野の朝廷まで一気に攻め込んだ。
吉野を焼き払い、南朝の今上帝は賀名生まで撤退せざるを得なかった。
足利直義はこの行為に大いに怒っていた。
「上様、師直の今回の戦いは楠木正行を討つだけではなかったのですか。吉野まで焼き討ちするとは、不敬にもほどがあります」
「むむむ‥‥、しかし、南朝の勢いを削ぐには格好の時節であったと思うがの」
「上様まで何を仰せですか。正統性の有無は別としても、仮にも相手は帝でございますぞ。それに対して刃をむけるとは許し難き蛮行ではありませんか。私は認めませぬぞ」
直義はそう言い残すと、尊氏の前から下がっていった。
高師直が京に戻ったと聞くと、足利直義は直ちに師直の屋敷に赴いた。
「師直!今回の戦、どのような了見で吉野まで攻撃したのじゃ」
「直義さま、何をそこまで急いておられるのですか」
「吉野は帝がおられるのじゃぞ。それを何と心得るか」
「南朝に正統性はございません。正統性がなければ帝を名乗っていても帝ではございませぬ」
「正統性など関係ない!帝はあくまで帝じゃ!南朝であろうと北朝であろうとそれは関わりなきこと。帝を焼き討ちするとは不敬千万であると思わぬのか」
「先ほども申し上げましたが、帝ではございませぬ。上様の政敵である以上、これは打ち滅ぼさねばなりません」
「もうよいわ!わしには理解できぬ。お主とこれ以上話をしても無駄であるわ」
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