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【第五十三話】薄氷の駆け引き
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足利直義の一連の動きに対して、高師直は冷静に対処した。
河内から弟の高師泰の軍勢を呼び寄せ、直義を一気に追い落とす構えを見せたのである。
これに驚いた直義は、足利尊氏を頼って将軍御所に逃げ込んだ。
しかし、師直は容赦しなかった。
あろうことか、軍勢をもって将軍御所を包囲したのである。
「師泰よ、この一戦、足利政権の中での高一族の存亡がかかっておる。直義を絶対に許すことはできぬ」
「兄上、しかし、将軍御所まで包囲するとはちと度が過ぎているのではございませぬか」
「上様にはわしの意思をご理解いただけると信じておる。聞けば、わしの罷免は直義が上様を脅してまで実施されたそうではないか。そのような暴挙が許されるわけがない。まあそういう意味ではわしもやっていることは同じであるが‥。しかし先に直義方が仕掛けてきたこと。こちらもそれ相応の対応をさせてもらうぞ」
「兄上、御覚悟の程はよくわかりました」
「‥‥」
将軍御所内では、尊氏と直義が向かい合って座っていた。
「直義よ、師直は相当怒っておるぞ。いかがいたすつもりじゃ」
「上様、すべてはそれがしが引き起こしたこと。お許しくださいませ」
「師直は、上杉重能と畠山直宗の身柄の引き渡しを要求してきておるが、それは可能か」
「上様、両名の身柄を引き渡すことはそれがしの両腕をもがれるも同じこと。その要求を飲むことはできませぬ」
「しかし、それでは師直も引き下がらぬぞ」
「上様にはご迷惑をおかけして申し訳ございませぬが、今しばらく他に交渉の余地がないか探らせてくださいませ」
「其方がそこまで申すのであれば、時間を取らぬわけにはいくまいが、あまり長引かせるなよ。長引けば南朝方にもつけ込まれるぞ」
「はっ、よくよく理解しております故、今しばらくのご猶予を賜りたく存じます」
「余から、条件がある。交渉の仲介には、夢窓疎石和尚を立てること。それが飲めぬのであれば直ちにお主の身柄を師直に引き渡すぞ」
「かしこまりました。その件は問題ございません。早速和尚に会わせていただけますか」
尊氏の一言により、両者の仲介に夢窓疎石和尚が立つこととなった。
和尚は何度も両者の間を行き来したが、両者ともなかなか折れず、師直は包囲をさらに固め兵糧攻めの構えを見せた。
「直義、もはやこれまでぞ。お主が引かねば、師直は納得せぬぞ」
「上様、申し訳ございませぬ。まさかここまでことが長引くとは想定しておりませんでした。上様の仰せのとおり、それがしが折れるしかなさそうにございます」
師直が兵を引き上げたのは、上杉重能・畠山直宗の配流及び直義が出家し政権から隠退することが決定してからのことであった。
直義の後任には尊氏の嫡男、足利義詮が就任することとなり、鎌倉から京へ上洛することとなった。
義詮の代わりに鎌倉に入ったのは初代鎌倉公方として関東の統治を任された義詮の弟の足利基氏であった。
基氏には実務者として上杉憲顕を付け関東執事としてその補佐にあたることになったが、憲顕は配流となった上杉重能の兄弟であったため師直はこれを警戒し、高師冬も関東執事に還任させその目付とした。
足利武家政権を揺るがした足利直義と高師直の対立であったが一旦はこれで決着をみたのである。
貞和5年の4月に長門探題に任命されて備後に滞在していた、尊氏の庶子で直義の養子となっていた足利直冬は、この事件を知り、義父の直義に味方するため中国地方の兵を集め上洛しようとしていたが、尊氏にが直冬討伐令を出したために九州に敗走し、直冬は九州で地盤を固め始める。
このことは、九州の混乱を一層加速化させることになる。
島津貞久の元には、京の高師直から足利直冬に上洛を促し、従わない場合には討伐するよう命令書がもたらされた。伊作宗久の元にも同様の命令書がとどいていた。
「貞久どの、京の足利政権は余程混乱しとおごとですな」
伊作宗久が東福寺城の貞久を訪ねてきて言った。
「ふむ、直冬どのからもしきりに九州内の有力者に下文やら命令書やら、果てには恩賞まで与えているらしい。直冬どのに味方する者も出てきておるようじゃの。これで九州は尊氏どのに味方する者、直冬方、南朝方の三つ巴で訳がわからなくなってきてしもうたわ」
「我が島津はいかがいたしもんそか」
「う‥‥む‥‥、」
「貞久どのいかがなされた!」
貞久は目の前が真っ暗になりそのまま意識を失った。
「大変ほいなら、誰か誰か!早く医者を呼べ!貞久どの、しっかいなされよ!」
貞久は意識を失ったまま寝所まで運ばれた。
伊作宗久は取り急ぎ、貞久の兄弟衆を集めた。
「貞久どのが倒れられもした。そいどん、今後の方針だけでん取い急ぎ決めねばないませぬ。みなさまから何かご意見はござおいもすか」
和泉忠氏は難しい顔をしていた。
「兄上いもしものこっがあった場合、島津宗家は師氏が継ぐしかあうまい。高師直どのの命令書については一旦は保留とし、兄上の容態を見てから決めても遅くはんではあうまいか」
「左様ですな。今下手に旗色を鮮明にしては袋叩きに遭う可能性もあいもす。尊氏方から直冬方に回ったものもずんばい、味方は手薄になっておいもす。そけきて、南朝方は勢いが強く厳しか状況にあうこたあ確かです」
佐多忠光が現状分析を申し添えた。
「日向の畠山直顕も直冬方に付きもした。もし南朝方と直冬方が組んよなこっがあれば、我らは挟み撃ちに遭おいもす。兄上が目覚められうと信じて、ちっと様子を見うのが得策かと存じもす」
日向の情勢に詳しい新納時久も自重論を展開した。
「皆さまのご意見をまとむうと、ちっと様子を見うべきとの意見が多かったごと感じましたがそれでよろしかですかな」
伊作宗久は改めて島津貞久という人間の偉大さを感じながら皆に問うた。
評議は、貞久の容態を見つつ、様子を見るという結論に至った。
島津家最大の危機が訪れようとしていた。
河内から弟の高師泰の軍勢を呼び寄せ、直義を一気に追い落とす構えを見せたのである。
これに驚いた直義は、足利尊氏を頼って将軍御所に逃げ込んだ。
しかし、師直は容赦しなかった。
あろうことか、軍勢をもって将軍御所を包囲したのである。
「師泰よ、この一戦、足利政権の中での高一族の存亡がかかっておる。直義を絶対に許すことはできぬ」
「兄上、しかし、将軍御所まで包囲するとはちと度が過ぎているのではございませぬか」
「上様にはわしの意思をご理解いただけると信じておる。聞けば、わしの罷免は直義が上様を脅してまで実施されたそうではないか。そのような暴挙が許されるわけがない。まあそういう意味ではわしもやっていることは同じであるが‥。しかし先に直義方が仕掛けてきたこと。こちらもそれ相応の対応をさせてもらうぞ」
「兄上、御覚悟の程はよくわかりました」
「‥‥」
将軍御所内では、尊氏と直義が向かい合って座っていた。
「直義よ、師直は相当怒っておるぞ。いかがいたすつもりじゃ」
「上様、すべてはそれがしが引き起こしたこと。お許しくださいませ」
「師直は、上杉重能と畠山直宗の身柄の引き渡しを要求してきておるが、それは可能か」
「上様、両名の身柄を引き渡すことはそれがしの両腕をもがれるも同じこと。その要求を飲むことはできませぬ」
「しかし、それでは師直も引き下がらぬぞ」
「上様にはご迷惑をおかけして申し訳ございませぬが、今しばらく他に交渉の余地がないか探らせてくださいませ」
「其方がそこまで申すのであれば、時間を取らぬわけにはいくまいが、あまり長引かせるなよ。長引けば南朝方にもつけ込まれるぞ」
「はっ、よくよく理解しております故、今しばらくのご猶予を賜りたく存じます」
「余から、条件がある。交渉の仲介には、夢窓疎石和尚を立てること。それが飲めぬのであれば直ちにお主の身柄を師直に引き渡すぞ」
「かしこまりました。その件は問題ございません。早速和尚に会わせていただけますか」
尊氏の一言により、両者の仲介に夢窓疎石和尚が立つこととなった。
和尚は何度も両者の間を行き来したが、両者ともなかなか折れず、師直は包囲をさらに固め兵糧攻めの構えを見せた。
「直義、もはやこれまでぞ。お主が引かねば、師直は納得せぬぞ」
「上様、申し訳ございませぬ。まさかここまでことが長引くとは想定しておりませんでした。上様の仰せのとおり、それがしが折れるしかなさそうにございます」
師直が兵を引き上げたのは、上杉重能・畠山直宗の配流及び直義が出家し政権から隠退することが決定してからのことであった。
直義の後任には尊氏の嫡男、足利義詮が就任することとなり、鎌倉から京へ上洛することとなった。
義詮の代わりに鎌倉に入ったのは初代鎌倉公方として関東の統治を任された義詮の弟の足利基氏であった。
基氏には実務者として上杉憲顕を付け関東執事としてその補佐にあたることになったが、憲顕は配流となった上杉重能の兄弟であったため師直はこれを警戒し、高師冬も関東執事に還任させその目付とした。
足利武家政権を揺るがした足利直義と高師直の対立であったが一旦はこれで決着をみたのである。
貞和5年の4月に長門探題に任命されて備後に滞在していた、尊氏の庶子で直義の養子となっていた足利直冬は、この事件を知り、義父の直義に味方するため中国地方の兵を集め上洛しようとしていたが、尊氏にが直冬討伐令を出したために九州に敗走し、直冬は九州で地盤を固め始める。
このことは、九州の混乱を一層加速化させることになる。
島津貞久の元には、京の高師直から足利直冬に上洛を促し、従わない場合には討伐するよう命令書がもたらされた。伊作宗久の元にも同様の命令書がとどいていた。
「貞久どの、京の足利政権は余程混乱しとおごとですな」
伊作宗久が東福寺城の貞久を訪ねてきて言った。
「ふむ、直冬どのからもしきりに九州内の有力者に下文やら命令書やら、果てには恩賞まで与えているらしい。直冬どのに味方する者も出てきておるようじゃの。これで九州は尊氏どのに味方する者、直冬方、南朝方の三つ巴で訳がわからなくなってきてしもうたわ」
「我が島津はいかがいたしもんそか」
「う‥‥む‥‥、」
「貞久どのいかがなされた!」
貞久は目の前が真っ暗になりそのまま意識を失った。
「大変ほいなら、誰か誰か!早く医者を呼べ!貞久どの、しっかいなされよ!」
貞久は意識を失ったまま寝所まで運ばれた。
伊作宗久は取り急ぎ、貞久の兄弟衆を集めた。
「貞久どのが倒れられもした。そいどん、今後の方針だけでん取い急ぎ決めねばないませぬ。みなさまから何かご意見はござおいもすか」
和泉忠氏は難しい顔をしていた。
「兄上いもしものこっがあった場合、島津宗家は師氏が継ぐしかあうまい。高師直どのの命令書については一旦は保留とし、兄上の容態を見てから決めても遅くはんではあうまいか」
「左様ですな。今下手に旗色を鮮明にしては袋叩きに遭う可能性もあいもす。尊氏方から直冬方に回ったものもずんばい、味方は手薄になっておいもす。そけきて、南朝方は勢いが強く厳しか状況にあうこたあ確かです」
佐多忠光が現状分析を申し添えた。
「日向の畠山直顕も直冬方に付きもした。もし南朝方と直冬方が組んよなこっがあれば、我らは挟み撃ちに遭おいもす。兄上が目覚められうと信じて、ちっと様子を見うのが得策かと存じもす」
日向の情勢に詳しい新納時久も自重論を展開した。
「皆さまのご意見をまとむうと、ちっと様子を見うべきとの意見が多かったごと感じましたがそれでよろしかですかな」
伊作宗久は改めて島津貞久という人間の偉大さを感じながら皆に問うた。
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