三州の太守

芙伊 顕定

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【第五十四話】島津の本貫

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 足利直冬が九州で勢力を拡大しているという事態を重く見た足利尊氏は、自らその討伐のため出陣し、備前まで進んだ。
 ところが、尊氏が出陣する直前、足利直義が京を出奔していたのである。
 直義は大和に入り、畠山国清に迎えられ河内石川城に入城し、高師直・師泰兄弟討伐を呼びかけた。
 その声に応じ、桃井直常・石塔頼房・細川顕氏・吉良貞氏・山名時氏・足利高経らが駆けつけ、戦乱が本格的に始まった。
 直義のこうした動きに、直冬討伐どころでなくなった尊氏は、軍を返し、高兄弟も加え、北朝の光厳上皇に直義追討令を出してもらうなどした。
 観応元年12月には直義は一転してこれまで敵対していた南朝方に降り対抗姿勢を見せたのである。

「師直、直義は本気のようだ。まさか、南朝方に付くとは思いもよらなかったぞ」
「上様、申し訳ございません。全てはこの師直の不徳の致すところ。直義さまをあそこまで追い詰めたのはそれがしに責任がございます」
「何を申すか。直義も直義じゃ。ここまで混乱を大きくしおって。足利の世を潰す気か」
「上様、事ここに至った以上、後に禍根を残さぬためには、対立の原因となっている両者を排除するしかありません」
「師直、何を申しておる。対立しているのは其方であるぞ」
「左様にございます。それがしを直義さまにお引き渡しください。それがしの命をもって、この騒ぎの責任を取りたいと思います」
「直義に申している和議の条件は其方の出家であるぞ。何も死に急ぐことはあるまい」
「いえ、それがしの出家では直義さまは納得しないでしょう。それがしはもはやこの混乱にいささか疲れ申した。それがしの死をもって直義さまと和議を結んでください。
 ただ、一つだけお願いがございます。我が一族の命はお助けいただけるようお願いします。我が願いはそれだけです」
「‥‥う‥うむ、わかった」

 直義は尊氏からの和議の打診を受け入れた。
 高師直・高師泰兄弟は一族とともに京へ護送されることとなった。
 しかし、直義は師直を裏切った。
 護送の途中に、上杉能憲の軍勢に待ち伏せをさせ、高一族もろとも、謀殺したのである。
「おのれ!直義!貴様だけは絶対に許さぬぞ!それがしの命だけで良いものを、一族もろとも滅ぼすとは!」
 師直の最後の願いも虚しく、高一族は滅亡した。


 薩摩では、島津貞久の容態が快方に向かっていた。一時は意識を失ったまま、生死の境を彷徨っていたが、数ヶ月後、意識を取り戻したのである。
「‥‥こ、‥‥こ、は‥ど‥‥じゃ」 
「殿!殿!梅にございます。わかりますか?」
「‥う‥‥め‥」
「奇跡でございます!あの状態から意識を取り戻されるとは!」
 医師が叫んだ。
「殿!よくぞ意識を取り戻されました!」
 寝る時以外は一時も貞久の元を離れず看病していた梅は涙が止まらなかった。
 一月もすると、なんとか言葉を話せるようになってきたが、病の影響か立ち上がることが難しくなっていた。
「お梅よ、心配をかけたな。なんとか言葉だけはとり戻したわ」
「殿!よくぞここまでがんばられました。梅は、梅は‥‥」
 梅は再び泣き出した。
「はっはっは、お梅よ、わしは生き返ったのじゃ、泣いてはまるでわしが死んだようではないか」
「‥‥でも、でも‥‥」
 梅の嬉し泣きは止まることを知らなかった。
「わしは、どれほど気を失っておったのじゃ?今の情勢はどうなっておる」

 川上頼久・伊作宗久が呼ばれた。
「父上!よくぞご無事でご帰還なされました!」
「以前のように元気には動けぬがな。なんとか言葉を話せるところまでは回復したわ」
「貞久どの、お見事にござおいもす!まさかここまで回復されうとは思っておいませんでしたぞ。
 現在の状況は非常に厳しか状態でござおいもす。直冬方と南朝方は協調路線を組んでおい、将軍方は押し込まれておいもす。
 まずはどちらにお味方すべきか。そこんとこいの判断は保留にしとお状態にござおいもす」
「そうであったな、島津は、将軍方を貫くぞ。京では、高師直どのと直義どのが争い、高一族は滅されたと聞いた。直義どのは政権に復帰したそうじゃが、上様に疎まれていると聞いている。時間はかかるかもしれぬが、上様が優勢であるのは確実であると思う」

 島津貞久の予想通り、足利直義はしばらくすると京にいられなくなり鎌倉へ逃亡した。

 京から直義派は排除したものの、西国では足利直冬が勢力を伸ばし、関東・北陸では直義が勢力を伸ばしていた。
 この状態を受けて尊氏は、直義と南朝方の分断を図るため、南朝から直義・直冬追討の綸旨を得るべく、南朝に和議を提案した。
 南朝は北朝にある三種の神器の返還と政権の返上などを条件としてきたが、尊氏は条件を容れて南朝に降伏し綸旨を得た。
 元号も北朝の観応2年が廃され南朝の正平6年に統一された。
 いわゆる正平の一統が成ったのである。

 尊氏は島津貞久に正平の一統が成ったことを報せ、貞久はすぐに南朝の征西大将軍懐良親王と和睦した。
 ここに、島津家はその最大の危機を脱したのであった。
 この時、貞久は83歳となっていた。

 三男・師久はこの時26歳、四男・氏久は23歳となっており、貞久は「老体病気」を理由に、息子たちに薩摩・大隅を派遣することを尊氏に通知し自らは隠居することとした。

 貞久が隠居した後、師久・氏久の兄弟は力を合わせ、南朝方と協調しながら薩摩・大隅の支配体制を確立しさらに日向まで手を広げていくことになる。

 正平17年、貞久は将軍足利義詮に対して申状を送っている。
 その中で貞久は、島津荘は薩摩・大隅・日向一帯を占める島津家の本貫であり、三国の守護は源頼朝から与えられたもので、大隅・日向の守護職は鎮西探題に貸したものに過ぎないとして三ヵ国守護であることの正当性を訴えた。
 貞久のこの訴えは彼の後継者や島津家の一族・家臣団に共有され後世に伝えられ、薩摩・大隅のみならず日向を支配する理論的主張として用いられた。

 正平18年、貞久は薩摩守護職を師久に、大隅守護職を氏久にそれぞれ譲り、その年の7月95歳でその波乱に満ちた生涯を閉じた。
 貞久の残した足跡は、その後の島津家の発展の礎となり、その血脈は現代まで続いている。
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