婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜

文字の大きさ
16 / 32

第16話 救済の陰

しおりを挟む
 その年のはじめ、エドの村で病が蔓延した。エドはレニュ穀倉地帯の中心であるウガ湖の北部に位置する小さい村である。この村には医者がいない。病は一気に広がった。 
 その病にかかった者は手足の痛みを訴え、悪魔を見たと叫びだした。 
 

 すぐに宮城から医師団が派遣されたが、ついに治療の術をみつけることはできなかった。 
 人々はこれが呪いだと噂するようになった。 

 人々は病人を担架にのせて、湖のほとりに建てた急ごしらえの小屋に連れて行った。 
 小屋の中には魔除けの品を並べ、病人をその品々の間に寝かした。 
 隔離し、封じることで、呪いから村を守ろうとしたのである。 

 小屋には1日に一度だけ、病人の家族が食べるものと水とを運ぶ。しかし、誰も中には入ろうとはしない。呪われた者のまわりには悪魔が控えており、次の獲物を狙っていると信じられていたためである。 


 この呪いはウガ湖北からはじまって、次々と湖畔の村々を襲った。 
 村長たちは神殿に水を捧げ、麦を捧げ、神への帰依を誓ったが、それでも呪いから救われることはなかった。 



 やがて呪いは穀倉地帯全域へ、そして国中へと広がった。 
 この呪いは「レニュの呪い」と呼ばれた。 
 農民たちはなす術がなかった。 

 ただ平伏し、この厄災が通り過ぎるのを身を硬くして待つほかにないのだ。 

 夜には湖畔に死体を燃やす炎がうつった。 
 その炎は消えることなく燃え続けた。 

 

 

 

「こりゃあひでぇ……」 

 ガラックは湖畔に目をやって、そうつぶやいた。湖畔には無数の小屋が建てられていたがしかし、そこに入りきらない者たち、または飢えと渇きで小屋を出たが、そこで力尽きた者たちが葦の茂みに折り重なるようにして倒れていた。 

 ガラックはゆっくりと小屋に近づいた。 
 湖畔はこの国でも有数の景勝地である。時はちょうど夕刻である。真っ赤に燃え上がる太陽が麦を染め、また湖畔を染めていた。 

 彼はエドの村の農夫である。彼には妻も子どももない。18歳になる弟と2人で麦を作って暮らしていた。 

 彼はその弟を探しにここにやって来た。 
 弟は「レニュの呪い」にかかって、この湖畔の小屋に連れて行かれたのだ。  
 それはちょうど彼が街へ道具類を買いに出て家を留守にしている間のことであった。 

 彼は家にあった薬草を持ってきていた。効果があるかどうかは誰も知らない。しかし、彼はただひとりの肉親を助けたい一心であった。 


 ようやく見つけた弟は、小屋の外壁にもたれかかっていた。 

 「おい、おい……! 大丈夫か、しっかりしろ」 

 声をかけるが、返事はない。 
 弟は肩に毛布をかけ、右手には食べかけのパンを持っている。 
 目は硬く閉ざされて、唇は青い。 

 もともとガラックの弟は病弱であった。それでも、愛嬌があり、いつもくるくると表情を変える明るい子だった。それゆえ、ガラックの亡くなった親も、またガラック自身も弟を溺愛していた。 

 ガラックは祈るような気持ちで弟に呼びかけ続けた。 

 何度目かの呼びかけに、ようやく弟は薄目を開けた。 

「にい……ちゃ……」 

 ガラックは胸が締め付けられるようだった。 

「薬を持ってきたからな。きっと良くなるからな」 

 まるで自分に言い聞かせるように言った。 
 すぐに薬を入れた水嚢の口を開く。  
 弟の口元に寄せたが、半分以上口の端から流れ落ちてしまった。 

 

 どうしたらいい、神よ――。 

 

 ガラックは祈った。 

 宮城から来た医師団は早々に皇都へと逃げ帰った。 
 神殿から来た神官も、この呪いは解けなかた。 
 学者、賢者、奇術師、賢者の弟子だという男……名のある者たちが立派な馬車に乗ってやってきては、レニュを見捨てて帰っていく。 

「俺たちがなにをしたっていうんだ」 

 こんな理不尽はあってはならない。許してはならない。 
 ガラックの胸には怒りがあった。 
 しかしそれをぶつける先がなかった。 
 そして、助けを求める先すらーー。 

「ちくしょう」 

 ようやく吐き出したその一言はしかし、湖畔の上に消えた。 

 





 その一団が到着したのは麦が実って首を垂れたころだった。 
 宮城からの使いだという彼らは、100人の兵士部隊であり、第一皇子からの勅命を受けていた。 

 最初、農民たちはその兵士たちの到着を喜んだ。 
 実った麦を刈り取ろうにも、動ける人数が足りずに稲を刈り取れないでいた。 
 このままでは今年の麦がだめになってしまう。 
 そんなときに現れた第一皇子が派遣したという兵士たち。 
 農民たちはほっと胸をなでおろした。 

 
 しかし、その夜、村に火があがった。 
 ガラックは家の窓からその火を見つけて、あわてて家から逃げ出した。 
 彼は善良な人間で、すぐに村の人々に避難を呼びかけた。
 村をひとまわりする途中、彼は皇子の兵士が火を放つ場面を見てしまった。 

「何をしている!?」 

 兵士に食って掛かるが、彼らはまったく意に介さない。 

「皇子の命令だ」 

 それだけ言うと、彼らはまた手に持った松明を藁山に投げた。次いで、「湖畔の小屋も焼け」という声が聞こえた。 
 炎に照らされた兵士たちの顔は冷酷だ。
 ガラックは震えた。
 足が竦んで動けない彼を見て、ある兵士が近づき、「呪われた民は殺すべきだ」と言った。
 兵士が腰に佩いた剣に手を伸ばす。

 弾かれたように、ガラックは湖畔に駆け出していた。 

 湖畔に倒れ込む人を押しのけ、弟を見つけ出す。 

 「逃げるぞ!」 

 ガラックが言うがしかし、弟の足は黒ずみ、もう立つこともできない。 
 さらに、弟はもうガラックの言葉が理解できなかった。 
 彼はガラックに向かって意味のわからないことをぶつぶつと言ったあと、けたけたと笑った。 
 ガラックは唇を噛む。しかし彼は弟を見捨てることはできない。
 彼は弟を背負った。どうせ死ぬのなら、よき兄として死のうと思った。 

 
 兵士たちは容赦なく湖畔の葦に火を放った。 
 秋の乾燥した風は火を広げた。 

 煙にいぶされながら、それでもガラックは足を動かし続けた。 

「僕たちが何をしたっていうんだ」 

 ひとりのか弱い農民の言葉に耳を貸す者はいない。 

「助けて」 

 声は見渡す限りの麦畑に溶けていく。 
 足をとられて、地に倒れる。 
 息も絶え絶えだ。 
 弟の体は冷たく、そして重かった。 

「助けて」 

 もう一度言う。 

 歯を食いしばって立ちがろうとしたがしかし、精魂尽き果てて、もう足に力が入らない。 

 最後の抵抗、とばかりに爪で地面を掻く。 

「……助けて」 

 諦めにも似たつぶやきは、ついに届く。 

「助けに来たよ」 

 ふいに声がふってきて、手をとられた。 

「あ……」 

 黒い目に黒い髪。目の前にいる人物に、ガラックは目を見開く。 

「お待たせ」 

 畑の賢者、そして第二皇子ハンローレンの婚約者がそこにいた。 

 
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ
BL
「お前など、愛す価値もない」 ディディア・ファントム侯爵令息が階段から落ちる時見たのは、婚約者が従兄弟を抱きしめている姿。 (これって、ディディアーーBLゲームの悪役令息じゃないか!) 妹の笑顔を見るためにやりこんでいたBLゲーム。引くほどレベルを上げた主人公のスキルが、なぜかディディアに転生してそのまま引き継いでいる。 スキルなしとして家族に『失敗作』と蔑まれていたのは、そのスキルのレベルが高すぎたかららしい。 スキルと自分を取り戻したディディアは、婚約者を追いかけまわすのを辞め、自立に向けて淡々と準備をする。 もちろん元婚約者と従兄弟には近付かないので、絡んでこないでいただけます? 十万文字程度。 3/7 完結しました! ※主人公:マイペース美人受け ※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。完結までの12日間に渡り、ほとんど2〜5位と食い込めた作品となりました!あああありがとうございます……!。゚(゚´Д`゚)゚。 たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

元ヤンオメガは平穏に生きたい!〜中華風異世界に転生したら、過保護な最強生徒会長に溺愛されて番にされました〜

水凪しおん
BL
現代日本で喧嘩ばかりしていた不良の青年は、交通事故から子供をかばって命を落とした。 目を覚ますと、そこは中華風の文化が息づく架空の国「龍凰帝国」。 彼は、名門校・天耀学舎に通う華奢なオメガの少年「飛燕」として転生していた。 亡き祖母との「今度こそ真っ当に生きる」という約束を守るため、波風を立てずに平穏な学園生活を送ろうと心に誓う飛燕。 しかし、理不尽な身分制度がはびこる学園で、弱者が虐げられるのを黙って見過ごすことはできなかった。 「オメガだからって、舐めんじゃねえぞ」 我慢の限界を迎え、前世で培った喧嘩の腕と無意識に発現した気の力で、アルファの不良たちをぶっ飛ばしてしまった飛燕。 退学を覚悟するが、その現場を学園の絶対的支配者である生徒会長のアルファ「蒼龍」に見られてしまう。 怒られるかと思いきや、蒼龍は飛燕の強さと真っすぐな瞳に強烈に惹きつけられ、彼を生徒会役員に任命。 そこから、冷酷無比と噂される生徒会長による、異常なまでの激甘・過保護な溺愛生活が始まってしまった! 「お前は俺の宝だ。髪の毛一本すら、誰にも触れさせはしない」 最高級の食事を与えられ、少しの怪我でも大騒ぎされ、休日は密室に閉じ込められて甘やかされる日々。 理不尽な身分制度を壊そうとする最強の生徒会長と、彼に愛されすぎている元不良のオメガ。 喧嘩上等の華奢な少年が、最強の番として絶対君主の隣で幸せを掴む、中華風異世界オメガバース開幕!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

処理中です...