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一章「四宝組編」
第十二話 魔女の真実
しおりを挟む時刻は夜。
ロアのあとを雨雲が這い寄る。
ウルフたちとの戦闘後。
真冬たちは予定通りに、心紅の家がある街に到着した。
「ロア、腕は痛むか?」
「問題ない」
「真冬殿、ロアにぃの腕が治るって本当か?」
「かもしれないってだけだけど、可能性はある」
心紅の回復薬、あれがどのくらいの傷まで癒せるかはわからないが、今はあれを頼るしかない。
千切れた腕をくっつけられる可能性があるのは、俺の知る限りあれだけだ。
ロアは右腕を失ったというのにも関わらず、平然とした顔で歩いている。止血をしてあるとはいえ、さすがは人造人間といったところだろうか。
剣術も凄まじかった、あの空から降ってきた······って、
「あれ? あの剣、天雲の剣は?」
「······忘れた」
「いつの間に忘れたんだ、大事な剣なんだろ?」
「問題ない、いずれ会える」
会える? あの剣のことをいってるのか? 生き物みたいな扱いしちゃって、実は、ぬいぐるみなんかと喋るのが趣味だったりするのかな。
「腕はなくしてないよな?」
「腕をなくすわけがないだろう」
ロアは何言ってんだこいつといった顔で見てくる。
どこに違いがあるんだよ!
「ぎゃああーーッ!」
住宅街をつんざくような悲鳴が響き渡った。
悲鳴だ。どこからだ? 心紅の家のあるほうから聞こえたような気がするが。
「なぁ、今の悲鳴」
「悲鳴? 悲鳴なんて聞こえないけど?」
ナナは首を傾げる。おかしいな、確かに聞こえたんだけど。
「ひぎゃああーーッ!」
いや、確実に悲鳴だ。同じ方向からしたぞ!
「聞こえないのか! この悲鳴が!」
「真冬殿······すまない、私には聞こえないよ······」
ナナはシュンとしている。レオンの件以降、少し落ち込みやすくなったような気がする。
ショックを受けているんだろう、肉体よりも精神のダメージのほうが厄介だ。
「俺も聞こえないが、本当に聞こえるのか?」
「ああ、これだけの音量で聞こえないとなると、俺だけに聞こえているようだな」
どういうことだ? まさか、すでに能力者から攻撃を受けているのか?
声のするほうに行ってみるしかないか、ちょうど心紅の家の方角だしな。真冬たちは駆け足で移動した。
数分後。
悲鳴のする家に到着した。
悲鳴の発生源は心紅の家からだ。
ナナとロアは、キョロキョロと辺りを見渡している。
そっか、この札がないと認識できないのか、だから家の中の悲鳴も俺以外には聞こえないと、納得いった。
「ナナ、この札を持ってみてくれ」
「わかった!」
疑いもせずに札を受け取るナナ。
悲鳴は、まだ続いている。
「うわっ! なんだこの家! いきなり出てきた! って悲鳴じゃん! 真冬殿! 悲鳴が聞こえるよ!」
「俺にも貸してみろ」
ロアはナナの持つ札を強引に奪い取る。
「······なんだこのステルス性は、まったく気づかなかった、強制的に別の物に意識を向けさせているのか」
「よし、二人とも悲鳴は聞こえたな」
さて、どうするか。とりあえず入るか。真冬が焦らないのは悲鳴を上げているのが男だからだ。
だが、四宝組と関係があるかもしれないと思い直し、扉を開き中に入る。
「坊主か」
「クロジカ」
クロジカが、入ってすぐ、正面の壁に寄りかかっていた。ズンズンと、こちらに向かってくる。
「······え?」
真冬は困惑した。クロジカが、あからさまな殺意を放っているからだ。
「魔物! 止まれ!」
ナナがクロジカの右腕を掴んだ。そして腕を鋼鉄に『変身』させて、万力のように締め上げる。
「魔物じゃねぇ、魔人だ、お嬢ちゃん」
「なんだこれ! 硬い!」
クロジカの鱗のほうが硬かったらしく、まるで効いていない。
「おい、やめろよ。クロジカ、うっ!」
「動くな。まったく、めんどくさいことをしてくれたもんだぜ」
クロジカは尻尾を真冬の喉元に突き立てた。寸止めだが、いつでも貫くことができるだろう。
「ロアにぃ!」
ナナは、掴んでいない右手で背中に隠したあった包丁(戻るときにスーパーで入手)を取り出すと、ロアに向かって投擲した。
「ふっ!」
ロアはそれをキャッチ、そしてナナとは反対側に詰め寄る。
「隻腕で何ができる」
「ものは試しだ」
クロジカも左腕の手刀のみで、ロアが放つ斬撃の猛撃を受けきる。
「やるな、坊主」
クロジカの鱗は硬く、包丁程度の刃では傷一つつかない。
「お、おお?」
のように見えたが、クロジカは目を細める。
ロアは同じ箇所を、斬りつけ続けているのだ。
時たま、クロジカの鱗を利用して包丁を研いだりもしている。
「そんなエモノでよくやる、だがなぁ」
クロジカの腕の鱗が一箇所、削られてきたところで異変が起きる。
鱗の傷の内部が赤い光を放っているのだ。
「『噴火イラプション』」
クロジカの腕が噴火した。傷からマグマが飛び散ったのだ。
さらに、ロアは、それを包丁で全て受けきった。
包丁は熱に耐えられず、刃がどろどろに溶け落ちてしまった。
クロジカの腕から吹き出したマグマで、家が燃えるということはなかった。二メートルほど飛んで消えたのだ。
「グゲゲ、ゲゲ、もう終わりか?」
クロジカは魔人らしく邪悪に笑う。
魔人クロジカ。魔女、銀鏡 心紅を守護する者。実力者だとは思っていたが、これほどとは。
「クロジカ?」
「グゲ! ご主人様」
二階から降りてきた心紅の声に、クロジカはビクッと体を硬直させる。
「そこで何をしているのかしら、魔法を使ったようだけど、あら······」
心紅は真冬を発見して一瞬固まった、そしてすぐに話し始める。
「帰ってきたのね、よかったわ。けがはしていないかしら?」
「心紅」
真冬は、まじまじと心紅を見つめる。
「なによ? あ、クロジカは尻尾を下げなさい」
クロジカの尻尾がしゅるりと戻る。
それを見て、ナナは能力を解いて腕を離し、ロアは柄しか残っていない包丁をポイッと放り投げた。
「あの悲鳴はなんだ?」
「あら······そう、聞こえていたの」
心紅は顎に手を当てている。
悲鳴はもうしなくなっていた。
「上に誰かいるのか?」
「いるわね」
「上がるぞ」
「待って、片付けが済んでないわ」
階段を上る真冬を、心紅が立ちふさがり止める。
「頼むよ、心紅、教えてくれ。何をした」
「······はぁ。わかったわ、来て」
心紅は観念したように、二階へと歩を進める。
と、その前に、ロアの腕をなんとかしないとな。
「心紅、ロア······男のほうな、俺を助けてくれたんだが、そのときに腕をちぎられちゃってさ、なんとかならないか?」
「へぇ、ちぎられた腕はあるのかしら?」
「ある」
「そう、なら治せるわ。クロジカ、リビングでいいから治してあげなさい」
「へいへい、ご主人様。二人とも聞いてたろ? こっち来な」
リビングに向かう三人を横目に、二階にある心紅の部屋の前に移動した。
この部屋と三階にはまだ行ったことがないな。
「先に行っておくけど······」
「なんだ?」
「やっぱり、なんでもないわ」
心紅はそう言うと扉を開き中に入る。
真冬も続いて入る。
まず、気づいたのは、部屋に充満した異臭だ。
嗅ぎなれた血の臭い、それも鮮血。
体から滴ったばかりの血液の臭いだ。
「······」
真冬は絶句した。
死体がいくつも転がっていた。数はざっと数えて十体はあるだろうか。
部屋一面が飛び散った血で汚れている。木製のバケツの中には切断された腕や足が、机に置かれた小さな木箱には耳と眼球がそれぞれ入れられている。
壁に立てかけられているのは、ノコギリや鞭。机にはペンチとハンマー。
どの死体も状態が悪い。五体満足なのは中央に置かれた頑丈な椅子に鎖で固定された女くらいだ。
いや、あの女はまだ生きている。ピクピクと体を痙攣させている。
というか、鮫島がいたカフェの女マスターだ。なぜあいつがここに?
と、そんなことは今はどうでもいい。
こんなときは、なんて言えばいいんだ。
「·····」
「真冬がいなくなるからよ」
心紅は沈黙に耐えられなかったのか、そう呟いた。
真冬は、それを聞き逃さなかった。
俺がいなくなると人を殺すのか。
死体は見慣れてるし、知り合いは人を殺してない奴のほうが少ないくらいだけど。それでもやっぱり無意味に殺すのとはわけが違う。
意味があれば殺していいってわけじゃないけどさ。
「いなくなったから探したのよ」
真冬が、そう考えていると、心紅はそう言葉を続けた。
俺を探していたのか、どれ。真冬は死体を観察する。
四宝組のバッチや、支給されているスーツを着ている者もいる。
ああ、なるほどな。こいつら全員、四宝組の関係者だ。
「四宝組に捕まったか、もしかしたら殺されたんじゃないかって思って、四宝組の人を捕まえて拷問したわ。口が堅くて苦労したけど、そこの女はベラベラと喋ったわ」
その女マスターは俺の脅威性を伝える生き証人として殺さないでおいたから知ってて当然なんだけどな。
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「なんで黙ってるのよ」
心紅は、いつもと同じ顔をしている。
「ひいてるの?」
心紅は真冬を見据えている。
人を殺すことよりも、俺に嫌われることのほうが嫌って感じがひしひしと伝わってくる。
だとしたら、やっぱり俺のせいなんだろうな。出かける時にクロジカには一言だけ言ったけど、心紅には相談してなかったし、一週間くらい音信不通だったからな。
謝るべきなんだろうか、叱るべきなんだろうか。
なんとも判断に困る。俺を思っての強行なら、俺一人くらいは許してやらないと。他の奴が代わりに怒るだろうしな。
「悪かったな」
「なんで謝るのよ、私は人を殺したのよ」
「俺のためだろ、なら俺が殺したようなもんだ、ほら死体を処理しよう。ぶっちゃけ、かなり臭う」
真冬は『崩壊』のオーラを拳に纏わせて、死体を次々に小突いていく。目を開いている死体は目を閉じてから小突く。
小突いた先から崩壊していく。今回は砂すら残らない。
次に真冬は、壁や床に付着した血だけを崩壊させたり、足のつくもの全てを手当りしだいに崩壊させた。
武装警察が調べに来ても、わからないくらい、完璧な隠蔽工作だ。
「手馴れてるわね」
「悪いやつだからな俺は」
「真冬は悪くないわよ。それで、本当に許してくれるの?」
「こいつらは殺されても仕方ないことをしてきた、これからもそうしただろうし。俺だって殺されることもあるだろうしな。そもそも俺は、倫理観しっかりしてるほうじゃないからな。許すも何もないけど、どちらかと言われれば俺は許すよ」
ただ釘をさしておかないとな。
「次、俺がいなくなっても、もう、殺しはーー」
真冬が言い切る前に、心紅は真冬に抱きついていた。
背中に手を回しきつく抱きしめてくる。
「わかってるわ。でも、もし······仮に私の前からいなくなるのなら、今度は、ちゃんと教えて欲しいわ」
「それも魔女の気まぐれか?」
「あれは嘘よ」
嘘か、やっぱり理由があるのか。
「じゃあ、なぜ俺に固執するんだ?」
「クロジカが言ったらしいじゃない、一目惚れよ」
心紅は、頬を赤く染めて言った。
「一目惚れね、あの無様な姿を見てか?」
「はぁ······本当に何も覚えてないのね」
心紅はやれやれと言った感じで、首を振った。
そして真冬から一歩離れる。赤らめた顔もいつしか元のポーカーフェイスに戻っていた。
「七年前、あなたは私と会っているわ」
「七年前」
七年前、俺が十七歳の時か、何してたっけ?
十歳の頃には幹部だったから、伯龍の護衛をしていたか、伯龍とバトっていたか、街で誰か相手にバトっていたか。内容が濃すぎてどれだかわからないな。
「三匹の魔物、覚えてる?」
「ああ!」
思い出した! 見たこともない、めちゃくちゃ強い魔物、それを三匹も相手取って大立ち回りしたことがあったっけ。懐かしいなぁ。
「あの魔物たちは、私を抹殺する使命を帯びていたのよ」
それは初耳だった、心紅は異世界から来たんだよな、てことは奴らも、異世界産、本場の魔物ってわけか。道理で強いわけだ。
「そうだったのか、でもどうしてだ?」
「私が魔女だからよ」
「魔女だからって、それだけの理由で殺そうとしてくるのか?」
「そうよ、こっちの世界にも『魔女狩り』があったらしいじゃない、世界の歴史を学んでいるときに知って戦慄したものよ」
異世界とは意味合いが違うと思うけどな。だが文体だけで反応するくらい、心紅は経験したのだろう。本当の魔女狩りを。
「家族と一緒に私も捕まったわ。私の目の前で父と母、そして妹が拷問されたのよ。特に何を聞き出すわけでもなく、殺すために拷問されたのよ」
「······ッ」
真冬のコメカミに青筋が立つ。もちろん心紅を襲った卑劣外道な行いに対してだ。
「そして、私の番になったわ。これからされるであろう恐ろしいことに対する恐怖も、無抵抗な家族を嬲り殺した奴らへの怒りも、私の持つ『精神耐性』が抑えてくれたわ。じゃなかったら震えて動けなかったと思うわ」
真冬は、無言で心紅の目を見つめ頷く。
すべてを吐き出させてやるために。
「私がこっちの世界に来れたのは、運が良かっただけなのよ。拘束を解いて私を逃がして、狩猟用に飼い慣らされた魔物を使って狩る。それを奴らは遠目で見て、談笑しながら食事をするのよ。まるでバラエティ番組を見るようにね」
「私は走ったわ。死にたくなかったから、生き残れるとは思っていなかったけど、魔物の牙と爪が私に到達するのを少しでも遅らせようとしたわ」
「傷も負ったけど、魔法を駆使して、私が住んでいた村にたどり着けたわ。父が完成させた転移魔法陣が地下室にあったから、それを使ってどこかに逃げようとしたのよ」
「まさか、異世界に飛ばされるとは思わなかったけどね」
「それに使用すると建物ごと爆発するようになっていたから、魔物も追ってこれないと思ったわ」
「でも、来たのよ。爆発する前に来たみたいね。考えてみれば転移が終わるまで爆発するわけがないのに、あの時の私は相当テンパっていたのね」
「追い詰められたわ。元の世界に帰る方法もないのに律儀に魔物たちは私を殺そうと追ってきたのよ」
「諦めたわ、体力も魔力も限界だったし、すれ違う人々も、魔物を見るや建物の中に入っちゃったわ。こっちの世界もそうなんだって絶望したわ」
「そこで、貴方が現れたのよ、真冬」
覚えている。少女が魔物に追われていた。
それを見た当時の俺はブチ切れて、奥の手を使って暴れ回ったんだっけ。
あの少女が心紅だったのか。
「真冬は、戦う前から血だらけだったわね」
ああ、他の組の連中と喧嘩した帰りだったからな。
「まだニッポンの言葉も知らなかったし、真冬がなんて言っているかもわからなかったけど、 貴方が理不尽をぶっ飛ばしてくれたのよ」
無茶苦茶したもんな、犬のように駆けずり回って、ひたすら暴れたもんな。
「絶望から救ってくれたのよ、あの大きな背中は今でも目に焼き付いているわ。これで一目惚れの意味がわかったかしら?」
「ああ、わかったよ」
「それから、貴方をつけ回したわ」
「へ?」
それから先は、心紅のカミングアウトを聞くことになった。
『認識ずらし』を駆使して、トウキョウでサバイバル生活を送りつつ、真冬をつけ回していたこと。
真冬が酷い傷を負った時に、こっそりと回復薬と治癒魔法をかけていたこと。
真冬を不意打ちしようとしている敵を始末したこと。
最後に、組織から追われているところを匿ったこと。
そうか、ずっと影から助けられていたんだな。
「嫌よね、まるでストーカーみたいだもの。自分でもわかっていたけど止められなかったのよ」
「ありがとう」
「え? ちょっと真冬、何をしているのよ」
真冬は深々と頭を下げた。
心紅は戸惑っている。
「頭をあげて、困るわ」
真冬は頭を起こし、心紅の目を見つめる。
「心紅」
「なによ」
「こらからもよろしく頼む」
「こ、こちらこそよ」
心紅は微笑み、手を差し伸べる。
「悪い、握手はしないことにしているんだ」
「知ってるわよ。人を殴り崩してきた手だから握手はしないんでしょう?」
そう言って心紅は真冬の手を取り合わせる。
伯龍との会話も聞いていたのか、恥ずかしいな。
「怖くないわ、この手は私の希望だもの」
こうして二人は、本当の仲間になることができたのであった。
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