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君の眼球を舐めたい
君の眼球を舐めたい(1)
しおりを挟む「あらら、こりゃまた酷くやられたね」
唇の端が切れていた。しかしそれ以外は決して、表だった傷はない。上級生の教室の机は高く、しゃがみ込んでしまうと、外から宮地の姿は見ない。こんなイジメはモウ何度も経験しているはずなのに、いまだに痛みには慣れなかった。
「誰だよ」
痛む脇腹を押さえながら立ち上がり、声のした方を見る。
すらりとした高身長の優男が、笑みを張り付け、腕組みをして立っていた。
「三木夕哉、四のD、園芸部、よろしく」
そう名乗ると、人好きのする表情を表に浮かべ、ゆっくりと近付いてくる。
「一年生相手にここまですることないのに、ねエ?」
手を差し出して、宮地の唇の切れた端を拭った。
「触んな! そもそも、俺が悪いんだ」
手を振り払い、鋭く睨む。目的のはっきりしない人物の登場に、宮地はいささか不信感を抱いていた。そんな宮地の心中を知ってか知らでか、三木は飄々とした様子を崩さない。
「会計のヘマをしたんだろう、あんなのは一年に任せるものじゃない」
「関係ないだろ! ていうか、何で知ってんだよ!」
「学級でうるさいやつらなのさ。どんなやつをイジメるのか、見たくなってね」
そう言って、綺麗に整った顔に笑みを浮かべる。
宮地は小さくため息をついた。いずれ飽きるだろうと、高をくくっていたが、モウ数ヶ月も続いていた。いい加減に嫌気が差す。
「助けてやろうか?」
不意に聞こえた耳元での声。それは甘い、救世主のような言葉だった。
「どうやって……」
おそるおそる、三木の顔を覗く。相変わらずの笑みを浮かべ、真意を図り知ることはできない。
「そうだな、――やつらを殺しちゃうとか」
「え?」
ひどく物騒なことを言う。この人物なら、本気でやってのけてしまいそうな気がして、寒気が走った。
怯えた瞳を、三木が覗き込む。
「いいね、その目」
嬉しそうな声に、背筋が寒くなる。何歩か後ずさると、壁に挟まれて身動きが取れなくなった。
「ひっ……!」
抵抗を見せるが、がっしりと腕を掴まれる。左目を無理矢理開かれると、口が近付いてくるのが見えた。
歯茎や、前歯が次第に近付いてくる。恐怖で瞼を閉じようとするが、固定された状態ではそれもかなわない。
「いッ……た」
温かい舌でべろりと舐めとられ、鈍い痛みが走った。
「どういうつもりだ!」
驚きと恐怖から、自分を奮いたたせるように大声を出す。しかし三木はそれに屈した様子もなく、ただ莞爾と微笑んで見せた。
「付き合ってくれよ」そんな言葉に、宮地はポカンと口を開ける。「恋人になって欲しい」
そう続ける三木に、宮地は怪訝そうに顔を歪ませた。
「バカかアンタ? 俺は男で――」
「この学校に女子がいないことくらい知っているさ」
的外れな回答に、宮地は頭を抱えるばかりだった。
「で、どう? いい考えだと思うんだけど」
「嫌だ」
少しだけ赤くなった瞳で睨む。三木は口角を吊り上げたまま返答をした。
「ふうん、そう」
不意に、顔面へ衝撃が来た。鈍く、慣れた痛み。左の頬が赤く染まる。
――殴られたのだ。
倒れ込みながら宮地はそう理解した。
「ごめんね、痛かった?」
三木は宮地に覆い被さるように近づいて、だらりと唇から垂れた血を、拭うように舐めとった。
「モウ痛いことはしないよ。志忌くんが、僕と恋人になってくれれば」そう言って、慈しむように優しく頬を撫でる。「愛してるんだ」
下の名前を呼ばれたことに面食らいながら、宮地は顔を背けた。
「よせ! 触るな!」
強い口調で制してみせる。初対面なのだから、「愛してる」と言われる筋合いなどない。
「そう、残念だけど仕方ないね」
キラリと光るものを衣嚢から取り出す。それが肉刀だと分かったのは、突き付けられた数秒後のことだった。
「僕は覚えているよ。君の全て、目も、口も、声も、体温だって、全部、だから……」
そう、呪文のように繰り返す。振り上げた肉刀に、何をしようとしているのか見当がつき、宮地は制止の声を上げた。
「待て! 何を――」
「君が他の奴のものになるなんて嫌だ」
駄々をこねる子供のように、言う。三木の顔にはモウ飄々とした笑みはなく、どこか切羽詰まった表情が浮かんでいる。
「わ、分かった」震える声を絞りだし、答える。「付き合えば、いいんだろ?」
「ほんとうに?」
ゆっくりと肉刀を下ろし、宮地を見下ろす。
「嬉しいよ」
直後、唇に接吻が落とされた。
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