ドレスデンのドリルきゅん

つなかん

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八章 ギムナジウム編

ピアス

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 針を取り出して、熱々のお湯をぶっかける。少し歪んでしまうけれど仕方がない。ここでは、軍隊のような厳しい規則はない。やっと自由にできる。
 エルマーはメガネを外して洗面台を覗き込んだ。鏡に顔を近づけて、コンタクトがズレていないか確認する――大丈夫そうだ。
 舌を出し裏側からニードルを刺す。エルマーの予想に反して多くの血がドバドバ溢れて、服やタオルを汚した。位置をミスってしまったのかもしれない。口の中に血の味が広がった。ねばねばまとわりついて、思わず洗面台にペッと吐き出した。
 ぬるぬるした手元では金属を接続することは難しいだろう。ときには諦めも肝心。エルマーは舌に刺さったままのニードルを引き抜いた。すると余計に血が吹き出して、もう自分の意思でどうこうできるレベルではない。唾液と混ざった血液がとめどなく流れる。おぇ、気持ち悪い。

「なにしてんの?」

 洗面台の扉がガラリと開かれてリドルが顔を出した。眠そうに目を擦っている。防音の魔法をかけていたはずなのに、エルマーは血まみれのタオルを口に当てた。リドルの前ではどんな魔法も、おまじない程度の意味しか持たない。舌がピリピリ痺れた。

「もう軍人公務員じゃないんだし、いくら開けたっていいっしょ」
「別にいーけど、耳にも開けまくってんじゃん」

 リドルの蒼く、冷ややかな視線が鏡越しにエルマーに刺さった。どうやら、ピアスというファッションは、リドルには理解できないようだ。フッと鼻で笑う。

「それで、また変な喋り方するわけ?」

 タオルが真っ赤に染まりきって、やっと血が止まった。こんなことは慣れっこだった。幼少期は、味覚音痴になるほど開けていた。
 エルマーの奇抜なセンスは、癖の強い彼の姉たちですら奇妙だとたびたび首を傾げた。だから慣れている、冷たいことを言われるのは。エルマーはヘラヘラ笑顔を浮かべて血液の残る唇を舐めた。

「ちょ……リドルくんひどいッスよ~」
「髪」
「はいはい」

 リドルは不遜な態度で椅子に腰を下ろした。寝起きの長い金髪が、おとぎ話の世界の黄金の滝のように流れている。こうやって毎朝リドルの髪を結う。以前はずっと、姉たちの髪をセットしてきたエルマーには朝飯前だ。
 櫛を入れ、ちょっと魔法で熱を加えてアレンジする。リドルにはできない繊細な芸当。虐殺が得意なリドルならばきっと、相手の頭をチリチリに燃やすくらいのことしかできない。

「リドルくん、なーんか最近冷たくないっスか?」
「そんなことないだろ」

 リドルはそっけなく答えた。この学院にやってきてからというもの、ずっと不満げだ。エルマーは小さく首を傾げた。黙って作業をするしかなさそうだ。リドルは以前から、朝はいつも機嫌が悪い。

 いつものドリルのようなツインテールはやめて、三つ編みを作ってそれを輪にしてみる。ドーナツみたいでかわいい。

「かんせー! どうッスか? かわいいでしょ」
「俺はいつだってカワイイ」

 そっけない返事だったが、鏡を見つめているその表情が高揚していることは容易に見て取れた。エルマーは満足げに微笑んで、ポケットから小さな箱を取り出す。

「あーそう、それからこれ」
「なに」

 リドルは眉をひそめたが、すぐに大きく目を見開いた。ずっと求めていたマルボロ・レッド。降り続ける雨のせいで外に出ることが叶わず、イライラしていた原因。あんなに食い下がったのに、売店ではとうとう売って貰えることはなかった代物。

「お前、どうやって……」
「えへへ。売店のお姉さん、すっごくいい人だったッスよ!」

 エルマーはニッコリ笑った。人好きのする笑顔。女性に好かれる振る舞いを彼は知っていた。生まれたときから四人も姉がいれば身について当然かもしれない。本能的に染み付いた習性。リドルには絶対に真似できないものだった。
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