彼氏更生計画(失敗)

十一月

「月冴！」

　休日だというのに、大事な話があると家に呼び寄せられた。

　玄関を開けた瞬間、抱きつかれる。

「僕、大学受かった」

「そうか、おめでとう」

　聞けば地元の私立大学だそうで、電車で一本で行けるらしい。

「本当に東京の大学、行かなくていいのか？　外国、とか」

「遠くに行っても大丈夫って、よく言うけど、そんなことない。やっぱり距離は大事」

「そうかよ」

　照れでそっぽを向く。

「月冴も、同じ学校来て」

　抱擁を解かれ、目を見て言われる。

「またかよ、嫌だよ。だいたい俺お前みたいにそんな頭良くな――」

　言い終える前に、唇を塞がれる。

「そういうこと、言わないで」

　にっこりと優しい笑みを見せる。

「大丈夫だよ。教えるし、ね？」

　気持ちは嬉しかったが、素直に喜べなかった。



「月冴、誕生日おめでとう！」

　帰宅時に、そう言われる。クラスメイトに祝いの言葉はもらっていたが、桐生に言われると、やはり嬉しい。

「はいこれ」

　鞄から紙袋を取り出して、手渡す。

　中身を覗くと、淡い青色のマフラーが入っていた。

「ありがとう」

　受け取ったそれを手に持ち、自然と自宅ではなく、桐生の家へと足が向かった。

「あのさ、毎回言ってるけど、こんな高いやつじゃなくていいんだぞ」

　部屋に入り、まじまじとプレゼントを見ると、どこかわからないがお高いブランド物であることが分かった。

「いいよ、そんなの。ねぇ、月冴、そんなことより、これやろ」

　そう言いながら、桐生が持ってきたのは、スティック状のチョコレート菓子だった。

「調べたんだけど、今日ってこのお菓子の日なんだね」

　そう言って、袋を開ける。

「これ、食うのか？」

「なんかゲームがあるみたい」

　そう言って、一本取り出す。

「こっち、咥えて」

　言われるままに口に含むと、桐生は反対側に口を付けた。そしてゆっくりと菓子を食べていく。

　近づいていく顔に戸惑い。なにもできない。

　ついに菓子の部分がなくなり、目を瞑る。

「ん……はっ」

　唇を舐められ、舌が歯の間を通り抜ける。

　チョコレートの甘い味が口の中に広がった。

　唇が離れると、桐生は満足したような表情をしていた。

「これ、どういう趣旨のゲームなんだ？」

「わかんない」

　勝ち負けも、よく分からなかった。



　文化祭は、学校中が浮き足立った雰囲気になる。

　吉村のクラスではなぜか、女子の意見が反映され、クレープ屋をすることになった。

　吉村は販売係で、精一杯の笑顔を振りまく。

「クレープ、おいしいよね」

　聴き慣れた声に顔を上げると、桐生がいた。それまで作っていた外向けの笑顔が引きつる。

「あ、どうも」

　そう言うと、桐生は不満げな顔をして、なにかぶつぶつ呟いた。

　「でもまぁ。いっか」と一人納得し、メニューを眺める。

「よっ」

　桐生の後ろから出てきたのは夕午だった。

「兄さん……なんでいるの？」

「母さんの彼氏に頼んだら、なんかお金くれてさぁ、ラッキーだよね。だから今は、モーテル……じゃなくて、宿に泊まってる」

　攻撃的な桐生とは対照的に、夕午はにこやかだ。

　桐生が拳を握り締めるのを見て。ハラハラする。

「クレープかぁ。あ、お姉さん、俺これね」

　販売をしていた女子生徒に声をかけ、夕午は向こうへ行ってしまった。

　見た目が良いだけあって、なにやら複数の女子に囲まれている。

「月冴、あんまりニコニコしないで」

　桐生はそれだけ言うと、その場をあとにした。



　片付けや、打ち上げの関係で桐生とは別々に帰路についた。暗くなった道を急ぐ。

「ねぇ」

　角から突然人影が出てきて驚く。夕午の姿に、思わず顔をしかめる。

「てかさ、もしかして童貞？　だったら俺に突っ込んでもいいよ」

　軽い調子でそんな事を言う。なにを言っているのか、頭沸いてるんじゃないだろうか。

　そう思っていると、そこでまた人が現れた。普通にこの人は外国の人っぽい。英語っぽい言葉を早口でまくし立てている。聞き取れない。

「あー、ごめん。お目付け役の登場ってとこかな。じゃ！」

　そう言うと、夕午は手を振って去っていった。