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1~10話

こうかはばつぐんだ!【上】

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 起きませんように、起きませんようにと心の中で唱えつつ、ソファの座面に乗り上げる。

 顔を上げれば、すぐそこに艶やかな黒髪があった。
 家主はクッションを枕代わりにして、ローテーブル側を向いて寝そべっているようだ。

 張りのあるクッションに登り、足音を立てないよう慎重に家主へと歩み寄る。
 髪を踏まないよう気をつけながら額の前を通る最中、ふと気になって比べてみると、家主のと私の身長とでは僅かに私の身長が負けていた。
 なんだか悔しい。

 そーっと進み、手が挟まりそうなほど深い眉間のシワの前で足を止める。
 男らしくきりりとした眉は苦しげにぐっと寄せられ、瞼もきつく閉ざして――うわ、まつ毛ながっ! 鼻も、たっっっか!!

「……ぅ…………」

 あ、そうだそうだ。そんなことを気にしている場合ではなかった。

 喘ぐように薄く開かれた唇からは、絶えず微かなうめき声が洩れる。
 今にも目の前の双眸そうぼうが開かれそうで恐ろしいけれど、今は心配な気持ちが勝つ。

 『手当て』という言葉は文字通り、痛む箇所に手を当てる行為から来ていると聞いたことがある。
 おじいちゃんも、腰を擦ってあげるといつも、痛みが和らぐと言って喜んでくれた。

 こんなことくらいしかできないけど……。

 少しでも苦しみが和らぎますようにと祈りながら、苦しそうにシワを刻む眉間に触れた。


 どくん


「っ――!?」

 バッと手を離す。
 裏を見て、表を見て、自分の手に異常がないことを確認する。

 なに、今の……。

 触れた瞬間、手のひらを通じて何かが流れ込んでくる感覚があった。
 温かくて、穏やかな――そう、ぬるめの温泉のような。

 気のせい? それとも、熱が高いとか……?

 もう一度、今度はちゃんと心の準備をして家主の眉間に触れてみる。


 どくん……、どくん……、


 やはり気のせいではない。
 大きく波打つようにしながら、だくだくとぬるま湯の流れ込んでくる感覚。

 熱はないみたいだけど……。

 接触面の温度は自分より少し高い程度で、発熱と呼ぶほどの熱さはない。
 ならば、この温かな流入はなんなのだろう。

 決して嫌な感覚ではない。むしろ、心地よくてずっと触れていたくなるくらい――。
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