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11~20話
喉の渇きの前では無力【上】
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「用が済んだのなら――」
「休憩室といえば、『ネズミ』の件はその後どうなりました? 死骸などは?」
こっそり様子を覗き見ようかとカップの縁にかけた手が、ギクリと止まる。
これはたぶん、私のことを言っているのではないだろうか。
「何も問題ない」
「やはり早々に逃げ出しましたか。『ネズミが紛れ込んだようだ』と伺ったときにはとうとう暗殺者でも忍び込んだのかと警戒しましたが、ただのネズミとなれば強力な魔力干渉で一日と持たず――」
「おまえもそろそろ逃げ出したほうがいい。顔色が悪くなってきたようだ」
「……先ほどから妙に急かされますね。何か私に見られて困るものでも? 随分と機嫌がよろしいことと関係があるのでは……?」
「気のせいだろう。ほら、魔力酔いで倒れる前にさっさと出ていけ」
「…………はぁ。では今回のところは気のせいということにしておきましょう」
不承不承応える声が遠ざかり、パタンと静かな音を立ててドアが閉まった。
カタッ……
持ち上げられたカップの隙間から眩しい光が差し込む。
私の姿を捉えると、クロはほっとしたように息を吐いた。
「待たせてしまってすまない」
「いえ、すぐだったので大丈夫ですよ」
「早く休憩室へ戻ろう。あそこなら誰も入ってこない」
「はい」
快適な乗り心地のワゴンテーブル号で休憩室を目指す。
『見えないドア』を開ける様子を瞬きもせずに注視していると、クロが何もない宙に手をかけた途端、元々そこにあったかのように出現したドアノブがクロの手を受け止めた。
前を見れば、平らな壁だった場所に立派な木製のドアが現れている。
「おぉー……」
クロ自身は特に何の感動もないようで、さっさと休憩室に入ってドアを閉めた。
ローテーブルの上に水差しやティーセットを移し、最後に私を左の手のひらに乗せて、クロがソファに腰を下ろした。
「クリーン」
クロはティーセットに手をかざすと、いつもの魔法を唱える。
傍目にわからないけれど、きっと目に見えない汚れなんかが綺麗になったはずだ。
「問題ないとは思うが、ヒナが口にするものだから念のため、な」
「ありがとうございます」
私が全身を収めたカップをそのまま使っては不衛生だと、配慮してくれたのだろう。
「水にするか? 多少冷めてしまっているだろうが、紅茶もある」
「えっと……じゃあ紅茶がいいです!」
「砂糖とミルクは?」
「ミルクだけお願いします」
クロは器用に片手だけで二つのカップに紅茶を注ぎ入れる。
「あの、私のことは降ろしてもらって大丈夫ですよ」
「支障ない」
片方にミルクを足してティースプーンでかき混ぜると、そのままティースプーンに紅茶をすくって、手のひらに座る私の口元へと差し出した。
「ほら、ヒナ」
「…………」
これは、なんというか……餌付け? ひな鳥への給餌?
もっとうまい手段なんていくらでもある気がするのだけれど、なにぶん今は喉の渇きが限界だ。
「……いただきますっ」
「休憩室といえば、『ネズミ』の件はその後どうなりました? 死骸などは?」
こっそり様子を覗き見ようかとカップの縁にかけた手が、ギクリと止まる。
これはたぶん、私のことを言っているのではないだろうか。
「何も問題ない」
「やはり早々に逃げ出しましたか。『ネズミが紛れ込んだようだ』と伺ったときにはとうとう暗殺者でも忍び込んだのかと警戒しましたが、ただのネズミとなれば強力な魔力干渉で一日と持たず――」
「おまえもそろそろ逃げ出したほうがいい。顔色が悪くなってきたようだ」
「……先ほどから妙に急かされますね。何か私に見られて困るものでも? 随分と機嫌がよろしいことと関係があるのでは……?」
「気のせいだろう。ほら、魔力酔いで倒れる前にさっさと出ていけ」
「…………はぁ。では今回のところは気のせいということにしておきましょう」
不承不承応える声が遠ざかり、パタンと静かな音を立ててドアが閉まった。
カタッ……
持ち上げられたカップの隙間から眩しい光が差し込む。
私の姿を捉えると、クロはほっとしたように息を吐いた。
「待たせてしまってすまない」
「いえ、すぐだったので大丈夫ですよ」
「早く休憩室へ戻ろう。あそこなら誰も入ってこない」
「はい」
快適な乗り心地のワゴンテーブル号で休憩室を目指す。
『見えないドア』を開ける様子を瞬きもせずに注視していると、クロが何もない宙に手をかけた途端、元々そこにあったかのように出現したドアノブがクロの手を受け止めた。
前を見れば、平らな壁だった場所に立派な木製のドアが現れている。
「おぉー……」
クロ自身は特に何の感動もないようで、さっさと休憩室に入ってドアを閉めた。
ローテーブルの上に水差しやティーセットを移し、最後に私を左の手のひらに乗せて、クロがソファに腰を下ろした。
「クリーン」
クロはティーセットに手をかざすと、いつもの魔法を唱える。
傍目にわからないけれど、きっと目に見えない汚れなんかが綺麗になったはずだ。
「問題ないとは思うが、ヒナが口にするものだから念のため、な」
「ありがとうございます」
私が全身を収めたカップをそのまま使っては不衛生だと、配慮してくれたのだろう。
「水にするか? 多少冷めてしまっているだろうが、紅茶もある」
「えっと……じゃあ紅茶がいいです!」
「砂糖とミルクは?」
「ミルクだけお願いします」
クロは器用に片手だけで二つのカップに紅茶を注ぎ入れる。
「あの、私のことは降ろしてもらって大丈夫ですよ」
「支障ない」
片方にミルクを足してティースプーンでかき混ぜると、そのままティースプーンに紅茶をすくって、手のひらに座る私の口元へと差し出した。
「ほら、ヒナ」
「…………」
これは、なんというか……餌付け? ひな鳥への給餌?
もっとうまい手段なんていくらでもある気がするのだけれど、なにぶん今は喉の渇きが限界だ。
「……いただきますっ」
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