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1~10話

公文書偽造【上】

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 退屈だ。
 退屈すぎる。
 しかも隣ではディノが忙しそうに仕事をしているので、非常に居たたまれない。

 本の一冊でも持ってくるんだった……。

 執務室内にも本棚はあるけれど、ずらりと並んだ団法全書を読破しようという気にはなれない。

 やることもなくディノの手元を眺めていると、書類にサインをする工程でひどく手間取っているのに気付いた。

 ディノいわく、騎士というのは片腕を負傷したときに備え、どちらの手でも支障なく活動できるよう訓練を受けているものらしい。
 利き手が封じられているにも関わらず、ディノがさしたる不便さも見せずに過ごしていたのも納得である。

 しかしながらさすがの訓練も、サインをすることまでは想定していなかったようだ。

 ディノの大きな手は細かな作業に向いていないらしく、思い通りに動かないペンを無理に運ぼうとしてペン軸がミシミシと悲鳴を上げている。

「……ねえ、ちょっといい?」

「あ?」

「ディノが右手で書いたサインってないかしら?」

「あー、そんなもんどっかこの辺に…………ほらよ」

 眼前にそびえる書類の山を探り、適当な書類を投げ寄越す。
 よほど処理に追われているらしく、ディノはそれ以上何を言うこともなく新たな書類へと視線を落とした。

「これね。ふむふむ……」

 無造作に転がるペンの一つを手に取った私は、『不要』として分類された書類を一枚拝借すると、ペン先をインクに浸した。





「――ちっ、またサインか! どんだけ書きゃあ終わんだ!!」

 ディノがたった今殉職じゅんしょくしたペンを投げ捨てて声を荒げる。

「隊長、いくら怒鳴っても書類は逃げ出してくれませんよ」

「くそっ!」

 思うようにペンが動かせないことに加え、この書類の山。しかも書類に目を通す時間より、サインにかかっている時間のほうが長いのだ。ストレスが溜まるのも無理はない。

 悪態をつきながらもぐしゃりとシワの寄った書類に視線を戻すディノの、繋がった手を引っ張った。

「ディノ、ディノっ!」

「あぁん!?」

 泣く子も逃げ出す凶悪顔に、うきうきと瞳を輝かせて右手を差し出す。

「その書類、ちょっと貸してちょうだい!」
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