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04. 私が「妊娠しないと出られない部屋」の入居を迫った理由②私の今世の事情
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ある日、私が暮らす部屋に、研究所の職員二人がやって来た。
「アイデシア! やったよ! 君の番候補の雄ドラゴンを捕獲したんだ」
「3LDKの部屋に寝かせているから、一緒に行きましょう!」
「え? 番? 雄ドラゴン?……一体、何の話でしょうか?」
何も聞かされていなかった私は驚き、慌てて職員たちに尋ねた。
「実は、ボク達、『アイデシアに最高の番を見つけよう計画』をこっそり進めていたんだ」
「え?! 何ですか、その計画は?!」
「アイデシアは外に出れないでしょう? だから、ワタシ達が代わりにアイデシアの番を探そうと思って」
「そしたら今日さ、研究所の近くの大きな木の下で、雄ドラゴンがヒト型のまま寝ていたんだ! ボク、『これは運命だ!』と思って。逃げられないように睡眠薬を注射して、研究所に連れて来たって訳なんだ!」
「えええええ?! 雄ドラゴンの同意なく連れて来たんですか?!」
私は絶叫した。
私の番を探すために、全く関係のない1匹のドラゴンの自由が侵害されてしまっただなんて……!
私は顔から血の気が引くのを感じた。
「それ、誘拐じゃありませんか?! そんなことしちゃダメですよ!」
「「え?」」
職員二人は驚いた。
私が職員たちの考えに異を唱えるのは、これが初めてだったからだろう。
しかしすぐに、職員の一人が口を開いた。
「でもさ、アイデシア! その雄ドラゴンが寝てる間に遺伝子検査をしてみたんだけど、君と最高に相性が良くてさ! 本当に、君の番に良いと思うんだよ!」
「ええ?! 本人の同意も得ず、勝手に遺伝子検査までしたんですか?!」
「だって、雄と雌の遺伝子の相性が良いと、番になりやすいのよ?」
「ドラゴンではまだだけど、他の生き物の研究でちゃんと結果も出てるんだ」
「だからって、同意も無く検査しちゃダメですよ! それに、相性が良かったからって、勝手に私の番にするのも絶対ダメです」
「え?! じゃあ番はどうするの?!」
「……えーと、例えばですが、番を欲している雄ドラゴンに向けて、街にポスターを貼ったりチラシを配布するなどして、私の番を募集するのはどうでしょうか? それで、応募者に遺伝子検査を行い、一番相性の良い方に、私の番になっていただけるようお願いするんです! 募集時に、遺伝子検査を行う旨もしっかり書いておけば、問題ないかと思います」
「え?! 番を募集?! ……じゃあ、アイデシアは連れて来た雄ドラゴンと番になる気は無いの?!」
「もちろんです! 同意なく連れて来られた雄ドラゴンと番になるなんてこと、私には出来ません」
「「ええ~~~!!! そんなぁ~~~!」」
職員二人は落胆した。
そして、何やら二人で相談を始める。
「……今回連れて来た雄ドラゴンはどうする?」
「睡眠薬が効いている間に、元いた場所に戻しておけばいいんじゃないかしら?」
それを聞いて、私は慌てて制止した。
「そんな! ダメです! ここまでのことをしたんですから、謝罪が必要でしょう! その雄ドラゴンには、私の方から今回の経緯を説明して謝罪し、研究所の出口までお見送りしようと思います」
「え?! アイデシア、もしかして、その雄ドラゴンに会ってくれるの?」
「もちろんです。人間であるあなた方よりも、同じ種族である私から謝罪した方が、お話を聞いていただけると思うので」
「……だったら、アイデシア! ついでに番になってもらえるか聞いてみるのはどうかしら?」
「ええ?!」
「ドラゴンってなかなか遭遇するチャンスが無いんだよ?しかも雄で、更に遺伝子の相性が最高なんだよ? ここまで最高の番候補、今後会える可能性はほぼゼロだと思うよ?」
「え? ……え?!」
職員二人の熱意に気圧され、私は何と答えていいかわからなくなってしまった。
「アイデシア、まずは顔よ! 寝顔だけでも、見てみましょう?」
そして、職員は私を連れて、雄ドラゴンの眠る部屋へと向かったのだった。
◇
広い寝室に置かれたキングサイズのベッド。
そこに寝かされている雄ドラゴンを一目見て、私は衝撃を受けた。
伏せられた長いまつ毛、少し薄い唇、スッと通った鼻筋。
に、似ている……!!!
めちゃくちゃ似ている、元カレに。
何を隠そう、私は前世の元カレに対して、いまだに恋心を抱いていた。
取りつく島もなく捨てられたのに、もう二度と会えないのに、今世ドラゴンに生まれ変わって早180年だというのに、である。
しかも、元カレはかなりの美形で、私の好みど真ん中の顔の持ち主であった。
前世、初めて話した日も、些細なきっかけから、強引に接点を作ってしまった程である。
という訳なので、私が元カレそっくりのその雄ドラゴンを見た瞬間、一気に顔に熱が集まった。
そして、この雄ドラゴンを私の番にしたい職員二人は、そんな私の変化を見逃すはずがなかった。
「アイデシア! あなた、顔が真っ赤よ! ……好みだったのね?」
私は余りの気恥ずかしさに、返事を躊躇った。
しかしすぐ、私の回答が研究の役に立つのかもしれないと思い直し、正直に答えた。
「……ハイ」
「よし、第一関門突破!」
「アイデシア。この雄ドラゴンの匂いを、嗅いでみてくれないかしら?」
「? ……わかりました」
匂いを嗅ぐことにどういう意図があるのか、私にはさっぱりわからなかったけど、言われた通りに雄ドラゴンに鼻を近づけた。
「どう? いい匂いがしない?」
職員の言う通り、雄ドラゴンからは、……とても良い匂いがした。
こちらも答えるのはかなり恥ずかしかったけど、これも研究の役に立つのかもしれないと思い、正直に答えた。
「……ハイ」
「よし! 第二関門突破!」
「……どういうことですか?」
「先ほども言った通り、この雄ドラゴンの遺伝子は君の遺伝子と相性が最高に良いんだよ! 例えば今みたいに体臭を『良い匂い』だと感じるんだ」
「それに顔も好みなんて、やっぱりアイデシアの番には、この雄ドラゴンしかいないわ!」
ガッツポーズをする職員二人がだんだん暴走し始める。
「アイデシア! この雄ドラゴンを全力で誘惑するのよ!」
「この部屋は、このまま君たち二人の新居として使ってね!」
「あっ! ちょうど寝てるし、このまま手籠めにしちゃうのはどうかしら?」
「そうだ! 今のうちに記憶操作の魔道具で外の記憶を消しておこうか? 外の記憶がなければこのまま一生外に出たいなんて思わないよね!」
「……」
不穏な発言のオンパレードに私が絶句していると、職員の一人が部屋にあるクローゼットから、ハンガーにかかった服を取り出した。
「アイデシア、雄ドラゴンと話す時はこの服を着て! アイデシアの番が来た日のために、ワタシ、準備しておいたの!」
なんとそれは、スケスケのワンピースと、非常に面積の狭い下着のセットであった。
「このワンピース、ふわふわしたシルエットが可愛いでしょう? 下着とお揃いの、小花の刺繍も可憐で、可愛いアイデシアにぴったりだわ!」
確かにふわふわしたシルエットと小花の刺繍はめちゃくちゃ可愛い。着る気は全くないのに、思わず「欲しい」と思ってしまった程だ。
しかし、自分が着ることを考えると……あまりにもスケスケである。私のぽっちゃり体型が丸見えではないか。
下着の方も、大事な部分にかろうじて布があるだけである。これ、私の体の太さだと、もしかしたら大事な部分すら隠し切れないかもしれない。
あまりにも刺激が強いワンピースと下着に、私は思わず両手で顔を覆う。
「こ、こんな扇情的な服、私なんかが着てたら……ど、ドン引きされますよぅ……」
何とも情けない、か細い声が出てしまった。
「そんなことないわ! どんな雄ドラゴンもイチコロよ!」
「いえ! そんなことは絶対にあり得ません!」
「アイデシア! お願い! ワタシ達を助けると思って!」
……そう。私はこの言葉に非常に弱かった。
というのも、私は研究所で飼育されている身である。私にとって多少抵抗感のあることでも、研究の役に立つならと、なるべく従ってきた。
今回も、おそらくドラゴンの繁殖に関する情報は、研究所にとって大変有益なのだろう。
だからこんなにも必死に、雄ドラゴンの自由を侵害してでも、私とこの雄ドラゴンを番わせ、繁殖活動をさせようとしているのだ。
……私は、どうすればいい?
この雄ドラゴンの自由を守り、かつ、私が繁殖活動をして、研究の役に立つためには。
私は混乱する頭で考えた。
「……わかりました。この雄ドラゴンに、この部屋で私と繁殖活動をしていただけないか打診してみます」
「「アイデシア……!!!」」
職員二人が希望に満ちた目を光らせた。
「しかし繁殖活動を行うのは、あくまでこの雄ドラゴンの同意を得られた場合のみです。それに、繁殖活動が終わり次第解放する、と説明するつもりです。手籠めにはしませんし、記憶を消すなんて言語道断です」
「えー……でも、同意を得られなかったらどうするの? 今のうちに手籠めにしておいて、番になりたいと思わせてしまうのがいいと思うわ」
「えー……でも、こんなに遺伝子の相性が良い雄なんて、きっともう見つからないよ? だから、外の記憶を消しちゃおうよ」
「絶対にしません!!! もしこの雄ドラゴンに、既に番がいたらどうするんですか?!」
職員二人は青ざめた。
「「……確かに」」
「お忘れかもしれませんが、……この雄ドラゴンも、人間と同程度の知性と意思を持つのですよ? もしこの雄ドラゴンに番がいた場合、愛し合う相手と無理やり引き離され、記憶を奪われ、手籠めにされ、別の雌ドラゴンと番わせられるなんて……あんまりです!」
「「……!!!」」
職員二人はハッとしたような顔をした。
「……ごめん、アイデシア。ボクたちの可愛い可愛いアイデシアに最高の番を用意したくて暴走しちゃってた。そうだよね、相手はドラゴンなのに。他の生き物の番を探す時と同じように考えていたよ」
「……ごめんなさい、アイデシア。『溺愛する娘に、めちゃくちゃ好条件の結婚相手を探したい!』って心境で、周りが見えなくなってたわ。でも、この雄ドラゴンにも、アイデシアのように知性と意思があるんだものね」
「いえ。お二人は私のためを思ってやってくださったのですから……。私こそ、勝手を言ってしまい、すみません」
「いいんだよ、アイデシア。ボク達は、アイデシアの幸せが一番なんだから」
「そうよ。だから、この雄ドラゴンが目を覚ました後は、アイデシアの考えた通りに進めてもらって構わないわ。……でも」
職員は、ニッコリ微笑んで言った。
「このワンピースは着てくれるわよね? ワタシ、この日のために、わざわざ準備したのよ?」
「え? ……いや、でも、私がこんな服を着たら、逆効果になるかと……」
「アイデシア! お願い! ワタシ達を助けると思って!」
「……ハイ」
◇
スケスケワンピースに着替えた私は、雄ドラゴンが起きるのを待つ間、彼の寝顔を見つめていた。
やはり、何度見ても元カレそっくりだ。
職員たちが去ったことで、ひときわ目立つようになった彼の匂いも、元カレに似ている気がする。
だけど、元カレの匂いは、至近距離で嗅いだ時にやっと感じる程度のものだったと思う。
キングサイズのベッドの中央に寝ている彼と、ベッド横の椅子に腰掛けている私。これだけ離れているのに、匂いがわかるということは、流石になかった。
しかもこの匂い……、理性を溶かされていくような、とてもキケンな香りに感じる。
その時、ふと雄ドラゴンの耳が目に入った。
ヒト型をとった時のドラゴン特有の尖った耳は、雄ドラゴンが元カレとは違うことを如実に物語っている。
それ以外にも、元カレに似ていない部分はたくさんあった。
寝顔だけ見ても、元カレは上品で繊細な印象だったけど、この雄ドラゴンはワイルドで豪胆な印象だ。
元カレは黒髪マッシュをいつも綺麗にセットしていたけど、この雄ドラゴンは赤髪の短髪無造作ヘアで、この雄ドラゴンの活発そうな顔つきに何ともマッチしている。
身長は元カレと同じぐらいだが、細身だった元カレに対し、この雄ドラゴンはかなり筋肉質だ。
元カレより首が太い気がするし、布団の上に出された腕も筋肉が隆々としている。
腕の先にある手も、元カレは細長く美しかったけど、この雄ドラゴンは横幅もしっかりあってゴツゴツして大きい。
もちろん元カレとは別人なんだと思う。……それなのに。
愚かな私は、それでも妄想を止められなかった。
雄ドラゴンが目を覚ます。
私を一目見た彼は、目を見開き、息を呑む。
そして、彼が言う。
「葵、会いたかった……! 君が死んで、僕は後悔したんだ。君に会いたくて、僕もこの世界に、ドラゴンに転生したんだよ。もう二度と離さない。僕の愛しい番……!」
……みたいな。
この雄ドラゴンが元カレの転生ドラゴンだった……みたいな奇跡、起きないかなー、……なんて。
私の見た目で、前世から変わったところは、髪の色、瞳の色、耳の形、八重歯ぐらいだ。
顔も、髪型も、体型もほぼ同じ。
だから、もしこの雄ドラゴンが元カレだったら、起きた瞬間、気付いてくれるんじゃないかなー、……なんて。
そんなバカな妄想をする自分に、自分でも呆れていた、その時。
雄ドラゴンの瞼がゆっくりと開いた。
瞳は美しい金色。
元カレの黒い瞳とは違うけれど、涼しげな目元が元カレそっくりだった。
私の心臓が跳ねる。
その瞳が、私を捉えた瞬間、見開かれた。
そして、彼は息を呑んだ。
妄想と全く同じシチュエーション。
思わず私の心は期待に高鳴る。
ーーーしかし、次の瞬間、雄ドラゴンが放った言葉は。
「おい、そこの女! ここはどこだ?!」
……ですよね。
もちろん赤の他人ですよね。
外で寝てたはずなのに、起きたら全然知らない部屋にいたら、当然そうなりますよね。
愚かな希望を見事に打ち砕かれた私は、雄ドラゴンに答えた。
「ここは『妊娠しないと出られない部屋』です」
……こうして私はスケスケワンピースを着て、元カレそっくりの見知らぬ雄ドラゴンに、『妊娠しないと出られない部屋』の入居を迫ったのだった。
「アイデシア! やったよ! 君の番候補の雄ドラゴンを捕獲したんだ」
「3LDKの部屋に寝かせているから、一緒に行きましょう!」
「え? 番? 雄ドラゴン?……一体、何の話でしょうか?」
何も聞かされていなかった私は驚き、慌てて職員たちに尋ねた。
「実は、ボク達、『アイデシアに最高の番を見つけよう計画』をこっそり進めていたんだ」
「え?! 何ですか、その計画は?!」
「アイデシアは外に出れないでしょう? だから、ワタシ達が代わりにアイデシアの番を探そうと思って」
「そしたら今日さ、研究所の近くの大きな木の下で、雄ドラゴンがヒト型のまま寝ていたんだ! ボク、『これは運命だ!』と思って。逃げられないように睡眠薬を注射して、研究所に連れて来たって訳なんだ!」
「えええええ?! 雄ドラゴンの同意なく連れて来たんですか?!」
私は絶叫した。
私の番を探すために、全く関係のない1匹のドラゴンの自由が侵害されてしまっただなんて……!
私は顔から血の気が引くのを感じた。
「それ、誘拐じゃありませんか?! そんなことしちゃダメですよ!」
「「え?」」
職員二人は驚いた。
私が職員たちの考えに異を唱えるのは、これが初めてだったからだろう。
しかしすぐに、職員の一人が口を開いた。
「でもさ、アイデシア! その雄ドラゴンが寝てる間に遺伝子検査をしてみたんだけど、君と最高に相性が良くてさ! 本当に、君の番に良いと思うんだよ!」
「ええ?! 本人の同意も得ず、勝手に遺伝子検査までしたんですか?!」
「だって、雄と雌の遺伝子の相性が良いと、番になりやすいのよ?」
「ドラゴンではまだだけど、他の生き物の研究でちゃんと結果も出てるんだ」
「だからって、同意も無く検査しちゃダメですよ! それに、相性が良かったからって、勝手に私の番にするのも絶対ダメです」
「え?! じゃあ番はどうするの?!」
「……えーと、例えばですが、番を欲している雄ドラゴンに向けて、街にポスターを貼ったりチラシを配布するなどして、私の番を募集するのはどうでしょうか? それで、応募者に遺伝子検査を行い、一番相性の良い方に、私の番になっていただけるようお願いするんです! 募集時に、遺伝子検査を行う旨もしっかり書いておけば、問題ないかと思います」
「え?! 番を募集?! ……じゃあ、アイデシアは連れて来た雄ドラゴンと番になる気は無いの?!」
「もちろんです! 同意なく連れて来られた雄ドラゴンと番になるなんてこと、私には出来ません」
「「ええ~~~!!! そんなぁ~~~!」」
職員二人は落胆した。
そして、何やら二人で相談を始める。
「……今回連れて来た雄ドラゴンはどうする?」
「睡眠薬が効いている間に、元いた場所に戻しておけばいいんじゃないかしら?」
それを聞いて、私は慌てて制止した。
「そんな! ダメです! ここまでのことをしたんですから、謝罪が必要でしょう! その雄ドラゴンには、私の方から今回の経緯を説明して謝罪し、研究所の出口までお見送りしようと思います」
「え?! アイデシア、もしかして、その雄ドラゴンに会ってくれるの?」
「もちろんです。人間であるあなた方よりも、同じ種族である私から謝罪した方が、お話を聞いていただけると思うので」
「……だったら、アイデシア! ついでに番になってもらえるか聞いてみるのはどうかしら?」
「ええ?!」
「ドラゴンってなかなか遭遇するチャンスが無いんだよ?しかも雄で、更に遺伝子の相性が最高なんだよ? ここまで最高の番候補、今後会える可能性はほぼゼロだと思うよ?」
「え? ……え?!」
職員二人の熱意に気圧され、私は何と答えていいかわからなくなってしまった。
「アイデシア、まずは顔よ! 寝顔だけでも、見てみましょう?」
そして、職員は私を連れて、雄ドラゴンの眠る部屋へと向かったのだった。
◇
広い寝室に置かれたキングサイズのベッド。
そこに寝かされている雄ドラゴンを一目見て、私は衝撃を受けた。
伏せられた長いまつ毛、少し薄い唇、スッと通った鼻筋。
に、似ている……!!!
めちゃくちゃ似ている、元カレに。
何を隠そう、私は前世の元カレに対して、いまだに恋心を抱いていた。
取りつく島もなく捨てられたのに、もう二度と会えないのに、今世ドラゴンに生まれ変わって早180年だというのに、である。
しかも、元カレはかなりの美形で、私の好みど真ん中の顔の持ち主であった。
前世、初めて話した日も、些細なきっかけから、強引に接点を作ってしまった程である。
という訳なので、私が元カレそっくりのその雄ドラゴンを見た瞬間、一気に顔に熱が集まった。
そして、この雄ドラゴンを私の番にしたい職員二人は、そんな私の変化を見逃すはずがなかった。
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私は余りの気恥ずかしさに、返事を躊躇った。
しかしすぐ、私の回答が研究の役に立つのかもしれないと思い直し、正直に答えた。
「……ハイ」
「よし、第一関門突破!」
「アイデシア。この雄ドラゴンの匂いを、嗅いでみてくれないかしら?」
「? ……わかりました」
匂いを嗅ぐことにどういう意図があるのか、私にはさっぱりわからなかったけど、言われた通りに雄ドラゴンに鼻を近づけた。
「どう? いい匂いがしない?」
職員の言う通り、雄ドラゴンからは、……とても良い匂いがした。
こちらも答えるのはかなり恥ずかしかったけど、これも研究の役に立つのかもしれないと思い、正直に答えた。
「……ハイ」
「よし! 第二関門突破!」
「……どういうことですか?」
「先ほども言った通り、この雄ドラゴンの遺伝子は君の遺伝子と相性が最高に良いんだよ! 例えば今みたいに体臭を『良い匂い』だと感じるんだ」
「それに顔も好みなんて、やっぱりアイデシアの番には、この雄ドラゴンしかいないわ!」
ガッツポーズをする職員二人がだんだん暴走し始める。
「アイデシア! この雄ドラゴンを全力で誘惑するのよ!」
「この部屋は、このまま君たち二人の新居として使ってね!」
「あっ! ちょうど寝てるし、このまま手籠めにしちゃうのはどうかしら?」
「そうだ! 今のうちに記憶操作の魔道具で外の記憶を消しておこうか? 外の記憶がなければこのまま一生外に出たいなんて思わないよね!」
「……」
不穏な発言のオンパレードに私が絶句していると、職員の一人が部屋にあるクローゼットから、ハンガーにかかった服を取り出した。
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確かにふわふわしたシルエットと小花の刺繍はめちゃくちゃ可愛い。着る気は全くないのに、思わず「欲しい」と思ってしまった程だ。
しかし、自分が着ることを考えると……あまりにもスケスケである。私のぽっちゃり体型が丸見えではないか。
下着の方も、大事な部分にかろうじて布があるだけである。これ、私の体の太さだと、もしかしたら大事な部分すら隠し切れないかもしれない。
あまりにも刺激が強いワンピースと下着に、私は思わず両手で顔を覆う。
「こ、こんな扇情的な服、私なんかが着てたら……ど、ドン引きされますよぅ……」
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「そんなことないわ! どんな雄ドラゴンもイチコロよ!」
「いえ! そんなことは絶対にあり得ません!」
「アイデシア! お願い! ワタシ達を助けると思って!」
……そう。私はこの言葉に非常に弱かった。
というのも、私は研究所で飼育されている身である。私にとって多少抵抗感のあることでも、研究の役に立つならと、なるべく従ってきた。
今回も、おそらくドラゴンの繁殖に関する情報は、研究所にとって大変有益なのだろう。
だからこんなにも必死に、雄ドラゴンの自由を侵害してでも、私とこの雄ドラゴンを番わせ、繁殖活動をさせようとしているのだ。
……私は、どうすればいい?
この雄ドラゴンの自由を守り、かつ、私が繁殖活動をして、研究の役に立つためには。
私は混乱する頭で考えた。
「……わかりました。この雄ドラゴンに、この部屋で私と繁殖活動をしていただけないか打診してみます」
「「アイデシア……!!!」」
職員二人が希望に満ちた目を光らせた。
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「絶対にしません!!! もしこの雄ドラゴンに、既に番がいたらどうするんですか?!」
職員二人は青ざめた。
「「……確かに」」
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「「……!!!」」
職員二人はハッとしたような顔をした。
「……ごめん、アイデシア。ボクたちの可愛い可愛いアイデシアに最高の番を用意したくて暴走しちゃってた。そうだよね、相手はドラゴンなのに。他の生き物の番を探す時と同じように考えていたよ」
「……ごめんなさい、アイデシア。『溺愛する娘に、めちゃくちゃ好条件の結婚相手を探したい!』って心境で、周りが見えなくなってたわ。でも、この雄ドラゴンにも、アイデシアのように知性と意思があるんだものね」
「いえ。お二人は私のためを思ってやってくださったのですから……。私こそ、勝手を言ってしまい、すみません」
「いいんだよ、アイデシア。ボク達は、アイデシアの幸せが一番なんだから」
「そうよ。だから、この雄ドラゴンが目を覚ました後は、アイデシアの考えた通りに進めてもらって構わないわ。……でも」
職員は、ニッコリ微笑んで言った。
「このワンピースは着てくれるわよね? ワタシ、この日のために、わざわざ準備したのよ?」
「え? ……いや、でも、私がこんな服を着たら、逆効果になるかと……」
「アイデシア! お願い! ワタシ達を助けると思って!」
「……ハイ」
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しかもこの匂い……、理性を溶かされていくような、とてもキケンな香りに感じる。
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ヒト型をとった時のドラゴン特有の尖った耳は、雄ドラゴンが元カレとは違うことを如実に物語っている。
それ以外にも、元カレに似ていない部分はたくさんあった。
寝顔だけ見ても、元カレは上品で繊細な印象だったけど、この雄ドラゴンはワイルドで豪胆な印象だ。
元カレは黒髪マッシュをいつも綺麗にセットしていたけど、この雄ドラゴンは赤髪の短髪無造作ヘアで、この雄ドラゴンの活発そうな顔つきに何ともマッチしている。
身長は元カレと同じぐらいだが、細身だった元カレに対し、この雄ドラゴンはかなり筋肉質だ。
元カレより首が太い気がするし、布団の上に出された腕も筋肉が隆々としている。
腕の先にある手も、元カレは細長く美しかったけど、この雄ドラゴンは横幅もしっかりあってゴツゴツして大きい。
もちろん元カレとは別人なんだと思う。……それなのに。
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顔も、髪型も、体型もほぼ同じ。
だから、もしこの雄ドラゴンが元カレだったら、起きた瞬間、気付いてくれるんじゃないかなー、……なんて。
そんなバカな妄想をする自分に、自分でも呆れていた、その時。
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瞳は美しい金色。
元カレの黒い瞳とは違うけれど、涼しげな目元が元カレそっくりだった。
私の心臓が跳ねる。
その瞳が、私を捉えた瞬間、見開かれた。
そして、彼は息を呑んだ。
妄想と全く同じシチュエーション。
思わず私の心は期待に高鳴る。
ーーーしかし、次の瞬間、雄ドラゴンが放った言葉は。
「おい、そこの女! ここはどこだ?!」
……ですよね。
もちろん赤の他人ですよね。
外で寝てたはずなのに、起きたら全然知らない部屋にいたら、当然そうなりますよね。
愚かな希望を見事に打ち砕かれた私は、雄ドラゴンに答えた。
「ここは『妊娠しないと出られない部屋』です」
……こうして私はスケスケワンピースを着て、元カレそっくりの見知らぬ雄ドラゴンに、『妊娠しないと出られない部屋』の入居を迫ったのだった。
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