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野球好きな神様
4.
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「大丈夫かい? 痛くなかった?」
「そ、その……」
私は自分の顔が赤くなっていることがわかった。
顔に熱が出来てたからだ。
そう、私はぶつかった拍子に神さんに抱きしめられるような形になった。
「あんた達、そこまで仲が急接近してたの」
後ろから母さんの声が聞こえた。
まずい……この形はまずい……。
というか恥ずかしい……。
「離れて下さい」
私は両手で神さんを押し退けた。
そして、神さんが取ってくれたホームランボールを目の前に突き出す。
「このボールはお返しします」
私の申し出に神さんは笑って答えた。
「いいよ、そのボールはあげるから。君と僕が初顔合わせの記念に……」
「私はヒーローズのファンなんです。相手チームのホームランボールなんていりませんから」
しまった……。
私は何を言っているんだろ。
本当ならお礼を言わなくちゃならないのに、真逆のことを言っている。
「そうか」
神さんは特に怒りも反論もしない。
極めて大人の対応だ。
「これは福木選手のホームランボールだもんな」
神さんは私からボールを優しく受け取った。
そして、ボールの縫い目をまじまじと見つめ、
「それより声は聞こえたかい?」
と言った。
「声……」
「伊能選手の声さ。ちょいとイタズラを仕掛けたんだけどな」
神さんは何を言ってるんだろう。
伊能選手の声? さっぱり意味がわからない。
それにイタズラってなんの?
飄々とした態度に突拍子もない言動。
球場で出会った時もそうだったけど、この人はどうも雲のように掴みどころがない。
普通なら無視してもいいのに無視出来ない。
いつの間にか会話に引き込まれ、ぐいぐいとペースに乗せられる……。
「ホイサー!」
神さんはボールを私に投げ渡した。
白いボールが私の顔に迫る。
「今度は自分で取るんだよ」
神さんがからかう。
私は少しむきになってボールを掴んだ。
「あれ?」
神さんが消えていた。
先程まで確かにいたはずなのに。
「神さん?」
私は首を左右に降るがいない。
「自分の部屋に戻ったわよ」
母さんの声が聞こえた。
どうやら神さんは自分の部屋に戻ったようだ。
「それよりも星里奈」
私が振り向くと母の眉がつり上がっている。
どうにも怒っているようだ。
「神さんに失礼でしょう。それにさっき言ってたことと、やってることがちぐはぐよ? お礼を言うんじゃなかったの」
確かにそうだ。
助けてくれたお礼を言うはずだったのに。
「ご、ごめん」
「すぐにでも謝りに行きなさい」
「う、うん」
私は隣の部屋のインターホンを押す。
「出ない……」
何度か押しても神さんは出なかった。
母は呆れた表情でため息をついた。
「はあ、明日ちゃんと謝るのよ」
私はこくりと頷いた。
気分は悪い。
どうしてあんなことを言っちゃったんだろ。
***
その日の晩、ベッドで横になる私は眠れなかった。
スヤスヤと眠る母の横で、ボールを天井に向けて眺めていた。
「ふう……」
私は自分に呆れていた。
どうしてあんな態度をとってしまった。
「声ってなんだろう」
それに、神さんは伊能選手の声とか何とか言っていた。
言葉の意味がわからない。
なんだか落ち着かない。
今日は色々ありすぎて私は眠れなかった。
『高めへのストレートか』
ん?
誰の声だろ。
ボールから声がする。
『次は低めへのフォークだ』
また声がした……。
男の人の声?
誰の?
「何よこれ……」
私はこの不可思議な現象に戸惑っていた。
ボールが私に語りかけてきたのだ。
『しまった……打たれたか』
声は続く。
『フォークが抜けてしまった』
これは怪奇現象、きっとそうだ。
怨霊がボールに思念を送り私に語りかけているんだ。
ゾーッと背筋に冷たいものが走る。
私は怖くなって、急いでボールを枕元に置いた。
「あれ?」
すると声が消えた。
おかしいなさっきまで確かに……。
「待てよ……」
ボールから聞こえた声は、ストレートやフォークといった野球用語。
それに打たれたとか何とか、まるでピッチャーのような――。
「本当に伊能選手の声なの?」
私はベッドから飛び起きた。
神さんが言っていた「伊能選手の声」ってこれ?
「そんなバカな」
そう述べ、私は枕元に置いたボールを再び握る。
「あれ……? 声がしない……」
私は手のひらにあるボールを見つめる。
まるで大投手が集中力を高めるときの作法だ。
「何をぶつぶつ言ってんの?」
母が起きたようだ。
当然ながら眠そうな顔で私を見つめる。
「早く寝なさい」
「うん……」
さっき聞こえてたはずの声が消えていた。
まるでキツネに化かされたようだ。
「そ、その……」
私は自分の顔が赤くなっていることがわかった。
顔に熱が出来てたからだ。
そう、私はぶつかった拍子に神さんに抱きしめられるような形になった。
「あんた達、そこまで仲が急接近してたの」
後ろから母さんの声が聞こえた。
まずい……この形はまずい……。
というか恥ずかしい……。
「離れて下さい」
私は両手で神さんを押し退けた。
そして、神さんが取ってくれたホームランボールを目の前に突き出す。
「このボールはお返しします」
私の申し出に神さんは笑って答えた。
「いいよ、そのボールはあげるから。君と僕が初顔合わせの記念に……」
「私はヒーローズのファンなんです。相手チームのホームランボールなんていりませんから」
しまった……。
私は何を言っているんだろ。
本当ならお礼を言わなくちゃならないのに、真逆のことを言っている。
「そうか」
神さんは特に怒りも反論もしない。
極めて大人の対応だ。
「これは福木選手のホームランボールだもんな」
神さんは私からボールを優しく受け取った。
そして、ボールの縫い目をまじまじと見つめ、
「それより声は聞こえたかい?」
と言った。
「声……」
「伊能選手の声さ。ちょいとイタズラを仕掛けたんだけどな」
神さんは何を言ってるんだろう。
伊能選手の声? さっぱり意味がわからない。
それにイタズラってなんの?
飄々とした態度に突拍子もない言動。
球場で出会った時もそうだったけど、この人はどうも雲のように掴みどころがない。
普通なら無視してもいいのに無視出来ない。
いつの間にか会話に引き込まれ、ぐいぐいとペースに乗せられる……。
「ホイサー!」
神さんはボールを私に投げ渡した。
白いボールが私の顔に迫る。
「今度は自分で取るんだよ」
神さんがからかう。
私は少しむきになってボールを掴んだ。
「あれ?」
神さんが消えていた。
先程まで確かにいたはずなのに。
「神さん?」
私は首を左右に降るがいない。
「自分の部屋に戻ったわよ」
母さんの声が聞こえた。
どうやら神さんは自分の部屋に戻ったようだ。
「それよりも星里奈」
私が振り向くと母の眉がつり上がっている。
どうにも怒っているようだ。
「神さんに失礼でしょう。それにさっき言ってたことと、やってることがちぐはぐよ? お礼を言うんじゃなかったの」
確かにそうだ。
助けてくれたお礼を言うはずだったのに。
「ご、ごめん」
「すぐにでも謝りに行きなさい」
「う、うん」
私は隣の部屋のインターホンを押す。
「出ない……」
何度か押しても神さんは出なかった。
母は呆れた表情でため息をついた。
「はあ、明日ちゃんと謝るのよ」
私はこくりと頷いた。
気分は悪い。
どうしてあんなことを言っちゃったんだろ。
***
その日の晩、ベッドで横になる私は眠れなかった。
スヤスヤと眠る母の横で、ボールを天井に向けて眺めていた。
「ふう……」
私は自分に呆れていた。
どうしてあんな態度をとってしまった。
「声ってなんだろう」
それに、神さんは伊能選手の声とか何とか言っていた。
言葉の意味がわからない。
なんだか落ち着かない。
今日は色々ありすぎて私は眠れなかった。
『高めへのストレートか』
ん?
誰の声だろ。
ボールから声がする。
『次は低めへのフォークだ』
また声がした……。
男の人の声?
誰の?
「何よこれ……」
私はこの不可思議な現象に戸惑っていた。
ボールが私に語りかけてきたのだ。
『しまった……打たれたか』
声は続く。
『フォークが抜けてしまった』
これは怪奇現象、きっとそうだ。
怨霊がボールに思念を送り私に語りかけているんだ。
ゾーッと背筋に冷たいものが走る。
私は怖くなって、急いでボールを枕元に置いた。
「あれ?」
すると声が消えた。
おかしいなさっきまで確かに……。
「待てよ……」
ボールから聞こえた声は、ストレートやフォークといった野球用語。
それに打たれたとか何とか、まるでピッチャーのような――。
「本当に伊能選手の声なの?」
私はベッドから飛び起きた。
神さんが言っていた「伊能選手の声」ってこれ?
「そんなバカな」
そう述べ、私は枕元に置いたボールを再び握る。
「あれ……? 声がしない……」
私は手のひらにあるボールを見つめる。
まるで大投手が集中力を高めるときの作法だ。
「何をぶつぶつ言ってんの?」
母が起きたようだ。
当然ながら眠そうな顔で私を見つめる。
「早く寝なさい」
「うん……」
さっき聞こえてたはずの声が消えていた。
まるでキツネに化かされたようだ。
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