ダイヤモンドの星と神 「その名に祈りを込めて、私は歩き出す」

理乃碧王

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野球場へ行こうよ

29.

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 神さんに秘密を知られてしまった。
 もう黙っている必要もないので話すことにした。

「――ということでして」
「なるほど、なるほど。エースを流出させないために勝負をすると」

 はぁ……。
 どうしてこんなことになっちゃったんだろ?
 ……自分のせいか。
 言葉のトリックではめられた。
 大失投をして逆転ホームランを打たれた気分だ。
 私が投手だったら、ベンチでグラブを叩きつけたい。

「ご、ごめんなさい」

 私は寿志さんに頭を下げた。

「しょうがない……」

 寿志さんは苦笑いを浮かべている。
 申し訳なさいっぱいになる。
 二人だけの秘密だったのに……。

「この子にも言ったけど、秘密にしておいてくれよ?」
「そらそうよ」

 神さんは大きく頷く。
 しかし「そらそうよ」って……。
 ジャガーズの岡野監督の口癖で、ネットで面白がられている。
 ネットに毒され過ぎてないか、神さん。

「人には言わないし、SNSでも情報は拡散しない。変な噂話はみんな大好きだからね」
「……頼んだよ」
「あれ? その顔は信じてなさそうだけど」
「君は口が軽そうだから……」

 亀の甲より年の劫。(寿志さんはまだ30代だけど)
 この胡散臭い人の性格を見抜いている。
 理解わかる。
 私も思うもん、神さんは口が軽そうだって。

「星里奈ちゃんも疑っているんだ……」
「え?」
「顔に書いてるよ」
「神さんが普段から、お茶らけた態度をしているからです」
「軽い男だと」
「そうなります」
「参ったなこりゃ」

 私達の会話を聞く寿志さん。
 固くなった表情が少し柔らかくなった。

「まっ……いつか情報が洩れるかもしれないしな」

 小さく呟く寿志さん。
 私達に手を挙げる。

「それじゃ話はここまで。夜も遅いからお帰り」
「は、はい」
「お疲れ」
「寿志さんも」

 それに対し、私はペコリと頭を下げる。
 頭を下げた神さんは私を見ている。

「何を見ているんですか?」
「伊能さん呼びじゃないから」
「ダメですか?」
「差別だよ。僕のことも翔琉って呼んでくれよ」
「イヤです」
「ハッキリ言うね」
「それが私の持ち味ですので」
「技巧派め……」

 コントや漫才のようなやり取り。
 寿志さんはにこやかな表情を見せる。

「君達はベストカップルだね」

 カップルという火の玉ストレート発言。
 私の顔は火よりも熱くほてった。

「わ、私達はカップルじゃありません!」
「そうなのかい」
「そうです! この人はただの知り合い! ご近所さんです!」

 絶対否定する私。
 一方の神さんは、

「どちらかというと、ゴールデンコンビ?」

 ナイスプレーな言葉の選択だ。
 これは魔術師。
 そう、私達はカップルじゃない。
 ゴールデンコンビ。
 ――なのか?

「でも、カップルでもいいかも」
「な、何を言っているんですかーっ!」

 ノリツッコミ。
 そんな私達を見て、寿志さんは大きく笑った。

「ハハハッ! 君達は本当に面白いな」

 やはり寿志さんは似ている。
 父さんに……。
 豪快でどこか繊細なところがそっくりだ。

「それじゃこれで!」
「寿志さん、また会いましょう」
「ああ、また今度」
「おやすみなさい」
「おやすみ」

 そう述べると、寿志さんは球場の中へと入っていった。
 寒い夜空、東京では珍しいほど満天の星空。
 私は寿志さんの大きな背中を見つめていた。

「星里奈ちゃん、僕達も帰ろうか」
「そうですね」

 神さんが話しかける。
 もう遅い時間で帰らないといけない。
 早く寝ないと、朝に弱い私は寝坊して学校に遅刻する。

「僕がエスコートするよ」

 そう思っていると、神さんが私の手を取った。
 その手は柔らかく、暖かかった。
 いきなりの大胆な行動……。
 ど真ん中に直球を投げ込ますような配球だ。

「な、何をするんですか?」
「高校生が一人でブラブラしてると危ないから。それに警察の職務質問を受けるかもしれないし」
「高校生の手を引いてるシチュエーションの方が危ないですよ」
「そう?」
「え、ええ。それよりその手を……」
「いいじゃないか別に」

 神さんは断ろうとする私におかまいなし。
 ぐんぐんと手を引いていく。
 されるがまま、流されるまま、私は引かれていく。
 大雑把なリードだ。

「僕と手をつなぐのは嫌かい?」
「な、何を突然……」
「いいから答えて」

 真剣な表情と口調だ。
 一体どうしたんだろう。

「……嫌じゃないですけど」
「じゃあ、このまま」
「好きでもないです」
「なるほど……」

 突然立ち止まり、私の手を放した。
 神さんは帽子を深く被り直し、両手をポケットに入れた。

「ごめんね突然」

 急に謝られた。
 何が何だかさっぱりだ。
 神さんはとぼとぼと先を歩く。
 冗談ばかり言う神さんが謝るなんて、見たことがなかった。
 普段の調子と違うだけで、どうしてこんなに心に響いてしまうんだろう。

「あ、あの……急にどうしたんですか?」

 私が質問すると、

「負けたくないと思ってね」

 と神さんは謎の回答を出す。

「負けたくない?」

 私の言葉に神さんは答えた。

「妬いたのさ、伊能寿志って人間に」

 妬いた?
 嫉妬したということ?
 この時、私は神さんの気持ちを理解することが出来なかった。
 普段はおどけた表情しか見せない神さんの顔に、初めて真剣さが差した気がした。
 それは私にとって、不意に風向きが変わったような違和感でもあった。
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