ダイヤモンドの星と神 「その名に祈りを込めて、私は歩き出す」

理乃碧王

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野球場へ行こうよ

30.

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 帰宅した私はベッドで横になっている。
 暗い部屋の中で、今日の出来事を思い出していた。

「神さん、何を妬いていたんだろう」

 掛け布団からちょいと顔を出す。
 神さんは、寿志さんを意識していた。
 それまで、全然興味もなかったのに突然だった。

「まさか……」

 まさかのまさかを考える。
 いやいや、そんなことがありえるわけない。
 突拍子もない言動や行動をとるのが神さんだ。
 そうやって人が動揺する姿を楽しむところがある。
 上月天神宮に人を呼び出しといて、呼んだだけと言っちゃう人だ。
 でも……。

「そんなわけない!」

 私は一人暗い部屋で叫んだ。
 ここに母さんがいたら飛び起きていただろう。
 誰もいないからこそ言える。

「もう寝よう……」

 恥ずかしくなった私は掛け布団を頭まで被る。
 早く寝なきゃ、寝坊して学校を遅刻する。

***

≪マンション・サンライズグラン 508号室≫

「友人として忠告する。あまり人の情というものを持つな」

 何もない部屋。
 あるのは、木のイスとテーブルのみ。
 ここは神翔琉の部屋である。
 神は椅子に座り、男と対峙して座っていた。
 男は顔にしわが刻まれ、老木のような顔をしている。
 それに肌は雪のように白い、まるで生気がないように――。

「それに、お前は自分の仕事を忘れている」

 また男の格好が不気味であった。
 男は黒一色に染まっていたのだ。
 黒い山高帽を被り、着ているトレンチコートも黒い。
 それに手には黒い革手袋をはめている。
 漆黒、男を形容するならその言葉が相応しい。

「人の情を持つなとか、仕事を忘れているとか……」

 神はこの不気味な男にひるまない、動じていない。
 口調ぶりから対等の付き合いのように見える。
 それに気心が知れた間柄にも見える。

「言っている意味がわからないよ、死神くん」

 神は言った。
 男を死神だと。
 死神と言われた男は肩を揺する。

「ククク……相も変わらず喰えぬ神よの」

 笑っていた。
 男は笑っていたのだ。

「私もお前も、わざわざ受肉して人間界に降りた理由を忘れたか」

 死神と呼ばれた男に神は答えた。

「死んだ人間の魂を天界へと導くため」
「そう、神の仕事の一つだ」
「それは死神である君の仕事だろう」
「生を司る神の一人であるお前の仕事でもあるだろ。健康なる幻想――それに拘る人間に崇められるお前の」

 時が流れる。
 約数秒。
 その間が何ともいえぬ緊張感を醸し出す。

「そうだね、生死は表裏一体。それが自然の理、世界のバランスだ」
「私とお前のような神が各地にいるからこそ、人間や動物などの生命に安寧をもたらせるのだぞ」
理解わかってるよ。その死んだ魂が地上に残り続けると、色々と問題が発生する」
「左様、生者を闇の世界へと引きずり込む可能性があるのだ。それは理、バランスを崩す」
「悪霊、怨霊、地縛霊……人や物、出来事に執着が残れば残るほど念は強くなる……」
「人間だけだ、そのような下らぬ存在は。動物は自然の理に従うというのに」
「人には意志という強い力があるからね」
「つまらぬ力だ」

 死神はゆっくりと首を横に振った。

「雪村修一、この人間の魂を浄化してやらねばならぬ。理、バランスを守るためにも」
「ああ、彼の魂はまだ地上に残り続けている」
「何が原因だと思う?」

 神には聞こえた。
 答えを知っているはずの死神。
 わざと自分にその質問をしていると。

「彼の娘、雪村星里奈の想いが邪魔している」
「あの子はまだ父親を想い続けているからね」
「忘れさせるのだ。死者を見ては未来には進めぬ」
「死神らしくない言葉だね」
「お前の方こそ、神らしい行動を取れ。どうにもお前は執着し始めている」
「何に?」
「雪村星里奈という人間にだ」

 死神は神を見据える。

「受肉して人の形を成し、人間の感情を持ったか?」
「だから『人の情というものを持つな』と言ったのか」
「そうだ」

 神は笑った。

「僕は自分の仕事をしているさ」
「お前が?」
「うん」
「バカな。人間の女と野球なる遊戯に現抜かしているだろ」
「見てたのかい」
「きちんと仕事しているかどうかの監視だ」
「厳しいね」

 今度は神が死神を見据える。

「野球という人間の作り出した遊戯――それが解決方法になる」
「解決方法になるだと?」
「そう、二人にとっての」

 死神は首を傾げた。
 神の「二人にとっての」という言葉が引っかかったのだ。

「二人とはどういう意味なのだ」
「それは君の気にすることじゃない。僕は僕で仕事を果たす」
「お前のやり方でか」
「君にとっては、まどろっこしいやり方に見えるだろうけどね」

 その言葉を聞き、死神はゆっくりと椅子から立ち上がった。

「待てぬぞ」

 そう述べる死神。
 神は手でバットを振る仕草を見せる。

「初球からボールを振るのは頂けないな」
「何を言っている」
「野球だよ野球」
「ふん……」

 死神は呆れた表情で消えた。
 黒い闇の中に、音も立てずに。
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