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伊能兄弟
35.
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大都会ドームは大勢の人達で埋まっている。
さながら人気歌手のライブ、フェスティバルだ。
閑古鳥が鳴くレジェンド球場とは大違い。
毎年、この交流戦では格差社会を感じさせてくれる。
「パパのバカ!」
結愛の叫びがビジター応援席に木霊する。
「何でヒーローズ側のチケットなのよ!」
「結愛のお父さん、うっかりさんだね」
今回、結愛の父親がチケットを3枚分用意してくれた。
何でも結愛の父親は大のドミネーターズファンらしい。
また、結愛の母親はドミネーターズの監督である碇監督の追っかけだったとのこと。
これまで野球に全く興味がなく、会話が少なくなっていた親子。
レジェンド球場で観戦したことをきっかけに興味を持ち、両親に野球のルールや選手 (テレビに出て来るイケメン選手)について尋ねることが多くなった。
野球という共通言語を得て、昔のように親子での会話が多くなったようだ。
「こんなエラーは許せないわ!」
「まあまあ、そう怒らなくても」
「帰ったら、口効いてやらないんだから!」
私は慰めるものの、結愛の怒りは収まらないようだ。
「金沢さん、厳しいですね。観戦できるからいいじゃないですか」
「ひまりは甘い!」
本来ならば今日の試合、金沢家総出で応援する予定だったようだ。
しかし、父親は急な仕事で来れなくなり、母親は風邪気味で大事をとってお休み。
そこで、誘われたのが私とひまりなわけだ。
「交流戦優勝をかけた大一番を何でここで!」
私の前でよく言えたものだと、呆れるが何も言えない。
ただで現地観戦に訪れているし、結愛と同じくヒーローズファンの私にとっても今日の試合は大一番だ。
今日勝てば、球団史上初の交流戦優勝、結愛には申し訳ないが負けられない。
「せめて試合には勝つわよ! 生で交流戦優勝の瞬間を見届けるの!」
両手拳を握り、顎前で構える結愛。
これはドミネーターズの碇監督がとる独特のポーズだ。
さながら選手のミスに厳しい野球の鬼、碇監督。
結愛は碇監督になりきっていた。
「刻報愛ッ!」
と結愛が叫ぶと、
――ギン!
刺すような視線が、
――ギン! ギン!
貫くのを感じた。
「やいやい! そこのお嬢さん!」
前の席にいた、気っ風のいいおじさんが結愛を睨む。
ねじり鉢巻きにヒーローズの法被姿。
口調も「やいやい」と江戸っ子風。
今どきこんな人いるのか?
「てやんでぃ! ここはヒーローズのビジター席だぞ!」
「だ、誰よ」
「俺っちは『宮本正幸』ってケチな野郎でぃ!」
「……どうでもいいわ」
「いいから聞きやがれぃ!」
宮本というおじさんは啖呵を切り始めた。
「野球と喧嘩は東京のお花だ! なんでィ! なんでィ! その薄汚れたオレンジ色のユニフォームは! オレンジ色はサンキストだけで十分でぃ!」
オレンジはドミネーターズのパーソナルカラー。
そう、結愛はレプリカユニフォームを着ている。
もちろん、贔屓の葵アロン選手のレプリカユニだ。
「それに顔だけの葵アロンのユニ! 背番号『67』の不吉な数字! 刻カスファンは失せやがれ! ばっきゃろうーっ!」
……思い出した。
この江戸っ子おじさん、時々レジェンド球場に応援に来る人だ。
よく選手に野次を飛ばしていたのを覚えている。
あまりにも、時代錯誤な口調と昭和な風貌で印象に残っている。
対する結愛も負けていない。
「バカって失礼ね。それに勇者様への暴言はギロチンものよ!」
「ギ、ギロチン!?」
結愛は腕まくりをしながら啖呵を切った。
「おじさんうるさいわよ! どこで観ようが、お金を払ってるんだから別にいいじゃない!」
「金を払えばいいってもんじゃねェんでぃ! マナーの問題でぃ!」
「マナーよりマネーよ。この金欠貧乏不人気球団!」
「はうわっ!?」
マズイ、結愛はタブー中のタブーに触れた。
――ブル! ブル! ブル!
「ゆ、雪村さん、何だか雰囲気が……」
周りにいる、ヒーローズファン達が体を震わせている。
事実の指摘に悔しがっていた。
「はあ……」
私も思わずため息を漏らした。
私達ヒーローズファンは、一種のコンプレックスを抱えている。
同じ東京のプロ球団でありながら、ヒーローズとドミネーターズの人気も選手層も雲泥の差。
ヒーローズはドラフトでは入団拒否されたり、FAで選手がよく他球団に移籍されてしまう。
一方のドミネーターズは人気も高く、ドラフト指名された選手に拒否されることもなく、資金面も豊富でFAの選手が毎年のように移籍。
球場にはドミネーターズファンが多く埋まるが、ビジター席に集まるヒーローズファンの数。
今日の試合でわかるように、本当に少数で悲しい限り。
ホーム側の席を取れなかったであろう、ドミネーターズファンの方が多いくらいだ。
その証拠に、私達の左横側にオレンジ色の集団が見える。
「負けられねえ! 負けられねえぜ! チクショウ!」
宮本さんの言葉を合図にしたのか、
「勝つぞ! 勝つぞ! ヒーローズ!」
「倒すぞ! 倒すぞ! ドミネーターズ!」
少数ながらヒーローズファン達が大合唱を始めた。
「粋だね」
どこかで聞いた声が耳元で小さく響いた。
ふと私が隣を見ると、
「ジュース飲みねぇ、ホットドッグ食いねぇ、ヒーローズっ子だってねぇ」
「じ、神さん。いたんですか」
「いたんだ。それに偶然にも、星里奈ちゃんの隣の席に」
神さんはニッコリ笑う。
おかしい……。
傍にいたなら絶対に気付いてたはずなのに。
その名の通り、本当に神出鬼没な人だ。
さながら人気歌手のライブ、フェスティバルだ。
閑古鳥が鳴くレジェンド球場とは大違い。
毎年、この交流戦では格差社会を感じさせてくれる。
「パパのバカ!」
結愛の叫びがビジター応援席に木霊する。
「何でヒーローズ側のチケットなのよ!」
「結愛のお父さん、うっかりさんだね」
今回、結愛の父親がチケットを3枚分用意してくれた。
何でも結愛の父親は大のドミネーターズファンらしい。
また、結愛の母親はドミネーターズの監督である碇監督の追っかけだったとのこと。
これまで野球に全く興味がなく、会話が少なくなっていた親子。
レジェンド球場で観戦したことをきっかけに興味を持ち、両親に野球のルールや選手 (テレビに出て来るイケメン選手)について尋ねることが多くなった。
野球という共通言語を得て、昔のように親子での会話が多くなったようだ。
「こんなエラーは許せないわ!」
「まあまあ、そう怒らなくても」
「帰ったら、口効いてやらないんだから!」
私は慰めるものの、結愛の怒りは収まらないようだ。
「金沢さん、厳しいですね。観戦できるからいいじゃないですか」
「ひまりは甘い!」
本来ならば今日の試合、金沢家総出で応援する予定だったようだ。
しかし、父親は急な仕事で来れなくなり、母親は風邪気味で大事をとってお休み。
そこで、誘われたのが私とひまりなわけだ。
「交流戦優勝をかけた大一番を何でここで!」
私の前でよく言えたものだと、呆れるが何も言えない。
ただで現地観戦に訪れているし、結愛と同じくヒーローズファンの私にとっても今日の試合は大一番だ。
今日勝てば、球団史上初の交流戦優勝、結愛には申し訳ないが負けられない。
「せめて試合には勝つわよ! 生で交流戦優勝の瞬間を見届けるの!」
両手拳を握り、顎前で構える結愛。
これはドミネーターズの碇監督がとる独特のポーズだ。
さながら選手のミスに厳しい野球の鬼、碇監督。
結愛は碇監督になりきっていた。
「刻報愛ッ!」
と結愛が叫ぶと、
――ギン!
刺すような視線が、
――ギン! ギン!
貫くのを感じた。
「やいやい! そこのお嬢さん!」
前の席にいた、気っ風のいいおじさんが結愛を睨む。
ねじり鉢巻きにヒーローズの法被姿。
口調も「やいやい」と江戸っ子風。
今どきこんな人いるのか?
「てやんでぃ! ここはヒーローズのビジター席だぞ!」
「だ、誰よ」
「俺っちは『宮本正幸』ってケチな野郎でぃ!」
「……どうでもいいわ」
「いいから聞きやがれぃ!」
宮本というおじさんは啖呵を切り始めた。
「野球と喧嘩は東京のお花だ! なんでィ! なんでィ! その薄汚れたオレンジ色のユニフォームは! オレンジ色はサンキストだけで十分でぃ!」
オレンジはドミネーターズのパーソナルカラー。
そう、結愛はレプリカユニフォームを着ている。
もちろん、贔屓の葵アロン選手のレプリカユニだ。
「それに顔だけの葵アロンのユニ! 背番号『67』の不吉な数字! 刻カスファンは失せやがれ! ばっきゃろうーっ!」
……思い出した。
この江戸っ子おじさん、時々レジェンド球場に応援に来る人だ。
よく選手に野次を飛ばしていたのを覚えている。
あまりにも、時代錯誤な口調と昭和な風貌で印象に残っている。
対する結愛も負けていない。
「バカって失礼ね。それに勇者様への暴言はギロチンものよ!」
「ギ、ギロチン!?」
結愛は腕まくりをしながら啖呵を切った。
「おじさんうるさいわよ! どこで観ようが、お金を払ってるんだから別にいいじゃない!」
「金を払えばいいってもんじゃねェんでぃ! マナーの問題でぃ!」
「マナーよりマネーよ。この金欠貧乏不人気球団!」
「はうわっ!?」
マズイ、結愛はタブー中のタブーに触れた。
――ブル! ブル! ブル!
「ゆ、雪村さん、何だか雰囲気が……」
周りにいる、ヒーローズファン達が体を震わせている。
事実の指摘に悔しがっていた。
「はあ……」
私も思わずため息を漏らした。
私達ヒーローズファンは、一種のコンプレックスを抱えている。
同じ東京のプロ球団でありながら、ヒーローズとドミネーターズの人気も選手層も雲泥の差。
ヒーローズはドラフトでは入団拒否されたり、FAで選手がよく他球団に移籍されてしまう。
一方のドミネーターズは人気も高く、ドラフト指名された選手に拒否されることもなく、資金面も豊富でFAの選手が毎年のように移籍。
球場にはドミネーターズファンが多く埋まるが、ビジター席に集まるヒーローズファンの数。
今日の試合でわかるように、本当に少数で悲しい限り。
ホーム側の席を取れなかったであろう、ドミネーターズファンの方が多いくらいだ。
その証拠に、私達の左横側にオレンジ色の集団が見える。
「負けられねえ! 負けられねえぜ! チクショウ!」
宮本さんの言葉を合図にしたのか、
「勝つぞ! 勝つぞ! ヒーローズ!」
「倒すぞ! 倒すぞ! ドミネーターズ!」
少数ながらヒーローズファン達が大合唱を始めた。
「粋だね」
どこかで聞いた声が耳元で小さく響いた。
ふと私が隣を見ると、
「ジュース飲みねぇ、ホットドッグ食いねぇ、ヒーローズっ子だってねぇ」
「じ、神さん。いたんですか」
「いたんだ。それに偶然にも、星里奈ちゃんの隣の席に」
神さんはニッコリ笑う。
おかしい……。
傍にいたなら絶対に気付いてたはずなのに。
その名の通り、本当に神出鬼没な人だ。
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