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北風と太陽
43.
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食事を終え、私はスマホの画面の見ていた。
リビングに母さんはいない、先にお風呂に入っている。
時刻は20時を回っていた。
「うーん……」
私はメッセンジャーアプリを開いている。
返信欄の文字を打ったり、消したりを繰り返す。
暗い部屋の中、スマホからの光が私の顔を照らす。
ここは父さんが使っていた部屋。
仏壇には、元気だった頃の父さんの写真が飾られている。
「交流戦優勝したけどさァ」
ブツブツと写真に向かって呟く。
そこに父さんがいないのは理解している。
でも、
「寿志さんと次郎さん、仲が悪くなっちゃったのかな」
今は自分が感じた不安を言いたい。
交流戦優勝のセレモニーが終わった後のあの光景だ。
次郎さんはグービルくん、つまり寿志さんとハイタッチしなかった。
本来なら喜ぶべきことだ。
それなのに――。
「はあ……」
自然とため息が漏れる。
寿志さんは、次郎さんのFA宣言を止めようと勝負を挑んだ。
そのことが原因がだとすると、どっちもどっちだ。
寿志さんも、引退してから5年は過ぎている。
無謀だと私は思うが、本人は勝つ気でいる。
ハッキリ言おう。
私としてはドン・キホーテにしか見えない。
それにFAは選手の権利だ。
好きなようにさせてあげたらいいのに。
(ま、ファンとしては主力選手が抜けて欲しくはないけどね)
とか心の中で呟きつつ、次郎さんのことを考える。
現役選手、それもヒーローズのエースがムキになり過ぎている。
そもそも、お兄さんは既に現役を引退している。
今はただのスーツアクターだ。
勝負を挑まれたとしても勝つだろう。
「どっちもどっち、男の人って子供なのかな」
そう呆れながら、私は返信欄のメッセージをどう打つか悩んでいた。
メッセージを送る相手は寿志さん。
交流戦優勝のお祝い、弟さんのこと、勝負のこと。
どれも同時に送りたいが、私の文章力では上手く表現できない。
「父さん、もうちょっと真面目に勉強しとけばよかったね」
写真の父さんはニコリと笑っているだけ。
何も答えては――。
――全部やる必要はないだろう。
「え?」
誰……。
耳元に誰かが囁いた。
――問題が一気に片付くことはない。
私はキョロキョロと周りを見る。
母さんじゃない。
これは男性の声だ。
――丁寧に一つづつやるんだ。
「父さん!」
そうだ! これは父さんの声だ!
しかし、声はすぐに聞こえなくなった。
空耳だったのだろうか。
「そうか」
私は深呼吸し、メッセンジャーアプリの返信欄を睨む。
まるでマウンドに立つ投手のように。
まずは第一球目は……。
「交流戦優勝おめでとうございますっと……」
最初はストレート。
送ったメッセージは交流戦優勝のお祝いだ。
グービルくんとして、寿志さんも闘っている。
例え、選手でなくとも同じグラウンドにいるのだ。
きっと嬉しいはずだ。
「さて……来るかな?」
何も起きない。
10秒、20秒、30秒と時間が経つ。
やがて1分が経過、既読の状態にもならずヤキモキする。
待っても、待っても、反応がない。
「星里奈、お風呂あがったわよ」
遠くから母さんの声が聞こえた。
どうやらお風呂が終わったらしい。
「やっぱりそうだよね」
私が雪村修一の娘だとしても、相手は高校生だ。
根は真面目な人だし、大の大人が返事をしてはマズいと思ったのだろう。
「はーい!」
私は返事をした時だ。
伊能寿志:ありがとう。君もファンとして嬉しいよね。
既読が表示され、簡素な返事が来た。
寿志さんからメッセージが返ってきたのだ。
「やった!」
私は小さくガッツポーズをする。
好きなプロ野球選手からファンレターの返事が来たかのように。
寿志さんと次郎さんを、子供と言っちゃったけど……。
「寿志さんから返ってきた!」
そう、まだまだ私も子供だったことを忘れていた。
***
「誰かにお返事?」
「恩人の娘さんにね」
俺、伊能寿志は都内のイタリア料理店に来ている。
店の名前はアレサンドロ、都内では洒落た店で知られている。
木のテーブルには、白いテーブルクロスが敷かれている。
そのテーブルにはグラスが置かれ、中には赤ワインが注がれていた。
他には肉料理やサラダ、スープがあり、普段は食べられないような豪勢な料理だ。
「ああ、雪村さんの娘さんかしら」
「正解だ」
目の前には、女性が座り頬杖をついている。
前髪なしのミディアム、掘りの深い顔立ちは西洋人と見間違う。
大人の雰囲気を出す、彼女の名前は都築玲夢。
ヒーローズのチアリーディングチーム『Harmonics』のメンバーだ。
彼女と次郎とは幼馴染で、俺も彼女を小さい頃から知っている。
「子供を騙しちゃダメですよ」
「ん?」
「若い子は年上の男性が魅力的に見えますから」
「バ、バカ! 俺はそんなつもりじゃない!」
「わかってますよ。寿志さんは真面目ですもの」
彼女は微笑みながらグラスを持ち、私に差し出す。
「交流戦優勝を祝いましょう、二人で」
「ああ……」
俺はグラス持ち、彼女のグラスに当てる。
これは交流戦優勝の祝い。
彼女がわざわざセッティングしたものだ。
だけども、本来招待すべき客は俺ではない。
俺はあいつの代わりだ。
「ふぅ……」
彼女はワインを一口し、ため息をつく。
その琥珀色の瞳は哀しさを帯びていた。
リビングに母さんはいない、先にお風呂に入っている。
時刻は20時を回っていた。
「うーん……」
私はメッセンジャーアプリを開いている。
返信欄の文字を打ったり、消したりを繰り返す。
暗い部屋の中、スマホからの光が私の顔を照らす。
ここは父さんが使っていた部屋。
仏壇には、元気だった頃の父さんの写真が飾られている。
「交流戦優勝したけどさァ」
ブツブツと写真に向かって呟く。
そこに父さんがいないのは理解している。
でも、
「寿志さんと次郎さん、仲が悪くなっちゃったのかな」
今は自分が感じた不安を言いたい。
交流戦優勝のセレモニーが終わった後のあの光景だ。
次郎さんはグービルくん、つまり寿志さんとハイタッチしなかった。
本来なら喜ぶべきことだ。
それなのに――。
「はあ……」
自然とため息が漏れる。
寿志さんは、次郎さんのFA宣言を止めようと勝負を挑んだ。
そのことが原因がだとすると、どっちもどっちだ。
寿志さんも、引退してから5年は過ぎている。
無謀だと私は思うが、本人は勝つ気でいる。
ハッキリ言おう。
私としてはドン・キホーテにしか見えない。
それにFAは選手の権利だ。
好きなようにさせてあげたらいいのに。
(ま、ファンとしては主力選手が抜けて欲しくはないけどね)
とか心の中で呟きつつ、次郎さんのことを考える。
現役選手、それもヒーローズのエースがムキになり過ぎている。
そもそも、お兄さんは既に現役を引退している。
今はただのスーツアクターだ。
勝負を挑まれたとしても勝つだろう。
「どっちもどっち、男の人って子供なのかな」
そう呆れながら、私は返信欄のメッセージをどう打つか悩んでいた。
メッセージを送る相手は寿志さん。
交流戦優勝のお祝い、弟さんのこと、勝負のこと。
どれも同時に送りたいが、私の文章力では上手く表現できない。
「父さん、もうちょっと真面目に勉強しとけばよかったね」
写真の父さんはニコリと笑っているだけ。
何も答えては――。
――全部やる必要はないだろう。
「え?」
誰……。
耳元に誰かが囁いた。
――問題が一気に片付くことはない。
私はキョロキョロと周りを見る。
母さんじゃない。
これは男性の声だ。
――丁寧に一つづつやるんだ。
「父さん!」
そうだ! これは父さんの声だ!
しかし、声はすぐに聞こえなくなった。
空耳だったのだろうか。
「そうか」
私は深呼吸し、メッセンジャーアプリの返信欄を睨む。
まるでマウンドに立つ投手のように。
まずは第一球目は……。
「交流戦優勝おめでとうございますっと……」
最初はストレート。
送ったメッセージは交流戦優勝のお祝いだ。
グービルくんとして、寿志さんも闘っている。
例え、選手でなくとも同じグラウンドにいるのだ。
きっと嬉しいはずだ。
「さて……来るかな?」
何も起きない。
10秒、20秒、30秒と時間が経つ。
やがて1分が経過、既読の状態にもならずヤキモキする。
待っても、待っても、反応がない。
「星里奈、お風呂あがったわよ」
遠くから母さんの声が聞こえた。
どうやらお風呂が終わったらしい。
「やっぱりそうだよね」
私が雪村修一の娘だとしても、相手は高校生だ。
根は真面目な人だし、大の大人が返事をしてはマズいと思ったのだろう。
「はーい!」
私は返事をした時だ。
伊能寿志:ありがとう。君もファンとして嬉しいよね。
既読が表示され、簡素な返事が来た。
寿志さんからメッセージが返ってきたのだ。
「やった!」
私は小さくガッツポーズをする。
好きなプロ野球選手からファンレターの返事が来たかのように。
寿志さんと次郎さんを、子供と言っちゃったけど……。
「寿志さんから返ってきた!」
そう、まだまだ私も子供だったことを忘れていた。
***
「誰かにお返事?」
「恩人の娘さんにね」
俺、伊能寿志は都内のイタリア料理店に来ている。
店の名前はアレサンドロ、都内では洒落た店で知られている。
木のテーブルには、白いテーブルクロスが敷かれている。
そのテーブルにはグラスが置かれ、中には赤ワインが注がれていた。
他には肉料理やサラダ、スープがあり、普段は食べられないような豪勢な料理だ。
「ああ、雪村さんの娘さんかしら」
「正解だ」
目の前には、女性が座り頬杖をついている。
前髪なしのミディアム、掘りの深い顔立ちは西洋人と見間違う。
大人の雰囲気を出す、彼女の名前は都築玲夢。
ヒーローズのチアリーディングチーム『Harmonics』のメンバーだ。
彼女と次郎とは幼馴染で、俺も彼女を小さい頃から知っている。
「子供を騙しちゃダメですよ」
「ん?」
「若い子は年上の男性が魅力的に見えますから」
「バ、バカ! 俺はそんなつもりじゃない!」
「わかってますよ。寿志さんは真面目ですもの」
彼女は微笑みながらグラスを持ち、私に差し出す。
「交流戦優勝を祝いましょう、二人で」
「ああ……」
俺はグラス持ち、彼女のグラスに当てる。
これは交流戦優勝の祝い。
彼女がわざわざセッティングしたものだ。
だけども、本来招待すべき客は俺ではない。
俺はあいつの代わりだ。
「ふぅ……」
彼女はワインを一口し、ため息をつく。
その琥珀色の瞳は哀しさを帯びていた。
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