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1章 REM SLEEP革命 『望んで迷い込む作法と方法』
書の1 M-未来型F-家族的C-機械群 『ロゴあわせは強引でも勢いで行くべし』
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■書の1■ M-未来型F-家族的C-機械群 HARD-MFC
人間が一日の睡眠で見る事の出来る夢は、実際に眠った時間の三分の一。
レム睡眠。
眼球が動き、脳が働いている事を示している眠り。
だがしかし、人は自分が見た夢を正しく、正確に現実世界の持ち帰る術が無い。
憶えていると思っている昨日の夢の内容は大体後から理論立てて、物語に組み替えているに過ぎないのだ。
人は、物語を夢で見る事は無いし、夢の中で『これは夢だ』と自覚する事もない。
そもそも夢の中には自覚というものがない。
つまり、『君』という概念は、無いのだ。
ともすると、断片的な記憶の連続が夢だとする。
映像、音、感触、匂い、様々な感覚の残骸たる記憶が、バラバラと無秩序に行き交う夢の果て。
現実に戻って来た時にそれら無意味な連続は、人はあまりにも上手く時に筋立てて、時に荒唐無稽な、自分だけの物語を組み立ててしまう。
『君』とか『僕』とかいうものが現実には必ず在って、それにとって無秩序な記憶は、混乱を引き起こすだけの物なのかもしれない。
バラバラで無秩序な記憶の断片を、夢と言う形で関連付けて物語化する。
それで断片だった記憶は繋がりあい、『君』の中で秩序を持って整理される。
思い出は、時にそういう作業によって蓄積され。
思い出は、時にそういう作業によって捏造される。
ああ、話しが少しずれてしまったかもしれない。
とにかくだ。
人の脳というのは『凄い』のだよ。
人間は誰しも、素晴らしい物語を作り出せる機能を持っているんだ。
「で―――」
俺は大半は見知らぬ人で構成される、会議室を見回してしまう。
ジロジロと誰しもが俺を窺う。
顔見知りの一人である阿部瑠の奴ぁ、大人しく座ってろという種類であろう視線を投げてよこしているが、無視する。と、隣でナッツも苦笑して抑えてとジェスチャーするし。
ああ、どうせ俺は落ち着きないですよ。
てゆーかあれだ、こんな蛍光灯がバンバン灯った明るい部屋って、どうも生理的にダメなんだよな。
俺が最も心を癒されるのは薄暗くて、時にチカチカ光が点滅してて、低い音から高い音まで、様々な雑音で声さえ掻き消される空調の利きまくった空間……そう、ゲームセンターとかさ。いや、最近のゲーセンは煌びやかで明るい所も多いけど。俺は昔からの根っからゲーマーだから古き良きビデオゲームって奴を思い浮かべているんだ。
そこで目の前のディスプレイに集中しているのが一番、心が落ち付く。
でなきゃぁ自分の家の部屋にしっかり立てこもる準備して、ひたすらゲームだな。
どうせここにいる見知らぬ大半も含め、そういう奴等ばっかりが集ってんだろ?
「キミ達を募集したのは、他でもない」
さっきのちょっと脱線気味だと言う、訳の分からない夢だか脳だか記憶だかの話を長々とやっていたおっさんが顔を突き出した。
いやごめん、その話は俺、半分以上理解不能デシタ。
度のキツそうなメガネのズレを直し、背後のプロジェクターに映し出した映像を左手を掲げて、おっさんは高らかにも示し口を開いた。
「このMFCのテストプレイヤーをやってもらいたいのだ」
「エムエフシーって、まだ聞いた事も無いハードだけど、まだコードネームっていう事なんですか?」
顔見知りの一人、俺の同級生だったナッツの質問には、おっさんの隣の結構なイケメンが答えた。正しく形容するならばイケオジかもしれない。
眼鏡で背が高く長身で、知性的、とか言うの?冷たいイメージを思わず感じ取ってしまう、……振り分ければ美形だろう、でももう若くないっぽいのでかつてはイケメンでキャァキャァされてただろう過去が垣間見える、そんな整った容姿の人だ。
「そうだな、実際売りに出す頃には、もう少しとっつきやすい名前を上の方で考えて付ける事だろう」
ナッツの予測、すなわち未公開の何らかのゲームハードである、ってのはどうやら当たりらしい。流石だ、ナッツは俺と違ってちゃんと定職についてるが、おっとりしたその外見と裏腹に……相当な『やり手』だ。
給料と休暇は、全て『それ』につぎ込んでいる。
何って、勘違いすんなよ?
俺達が『やりこんでいる』のは基本的に『ゲーム』の事だ。
「でも、全く発表が無いなんて……」
「まぁ、それも仕方の無い事でしょう。ある程度、実用できる事を見込まなければ、発表すら出来ない内容なのですよ、これは」
俺の椅子一つ空けて隣に座っている、ああ、こいつもスカした顔してやがるな……。黒髪を肩あたりで切りそろえたこれまた、メガネ野郎が、ブリッジを押し上げながら言った。
「タカマツさんの話を窺うに、つまりこれは人の脳に深く関連するハードであるらしい。それなら、データ取りは、慎重にならざるを得ないでしょう」
「流石はレッド君、鋭いな」
「当然の推理です」
「勝手に話進めんなっての。で、具体的な話をしてくれよ。さっきから、なんかどうでもいい話ばっかりしてて、俺、眠くなってきたっつーか、」
「そりゃぁアンタがバカだからでしょう」
「んだと、」
後ろを振り向き、ナッツの隣に座る阿部瑠を睨む俺。
元々ショートカットの髪は現在少し伸びて邪魔そうだ。茶色に染めたらしい髪も、所々黒く戻ってきている。明らかに活発そうなのは、ワイシャツにジーンズというその格好からも察する事ができそうな奴だ。俺のゲーム友人、阿部瑠の何時もの格好だな。
この生意気な女も色々あって腐れ縁なんだよなぁ……。趣味の方向性は一致してるからな、どうしようもないのかもしれないが、ガチすぎてケンカしてばっかりしている。
ナッツが言うには、それだけ仲がいいって事だとか言うが……。おいおい冗談よせよ、って感じ。
「私も、端的にお願いしたい」
と、一番奥の端に座っていたやたらと体格と乳のデカい女がぶっきらぼうに言った。
「ふむ、じゃぁスズキ君、次のコンセプトに行こうか」
「はい、タカマツ」
美形イケオジの助手はてきぱきと答えて、プロジェクター画像を操作するリモコンを手にとった。
『コンセプトは、共有する夢の世界』
現れた画像は画像ではなく、文字だった。
「はぁ」
俺は思わず溜め息を漏らす。
「まさか、本当に夢にアクセスする、とか」
レッド、とか呼ばれた黒髪お河童眼鏡野郎の向こう側に据わっている、明らかに学生っぽい童顔の奴が、ちょっと困った顔で質問していた。
夢にアクセスだぁ?
おいおい、いくら俺達が他の追随を許さないゲームオタクを自負していても、だからって一線は越えないだろ。
そんな今時ベタなシチュエーション、むしろ恥ずかしくて言えねぇよ。なぁ。
と、後の二人に目配せしようとして、ふいと、その童顔の奴の後ろに座っている人と目が合ってしまった。
そして、恐らくは『ガン』を飛ばされた。
ぬ、
しかし俺は対人関係は元々、得意ではない。
視線を合わせるのはぶっちゃけ、苦手だ。
先に俺が目を逸らし、後を振り向くのを止めて前に集中する。
と、なんだかその事がデジャヴして、突然あの男が誰なのかを思い出した。
あれは、テリーか!
誰なのか判って内心酷くドキドキしてしまう。
間違いない、今ここに居るのが何よりの証拠って奴だろう、学生時代に通信対戦でつど戦ったアイツに間違いが無い!
実際に本人と筐体を挟み戦う闘劇で、初めて顔を合わせた時も確か、あんな風に睨まれた事を憶えている。それで思い出したんだ。
久しく会ってないが俺の事、憶えてんのかな、あいつ……。
途端、俺はちょっと自身の落ち着きの無さに今更ながら恥ずかしくなってきた。
「オンラインゲーム、ですか?」
阿部瑠の隣に座っている、この面子の中で間違い無く可愛い顔をしている女が聞いた。
彼女は……えっと、名前なんだっけな。阿部瑠に聞いたはずだけど、あんま顔合わせてないから憶えてないや。
しかし、噂通り彼女も『この場』に現れるほどのやり手、って事か……。
やれやれ、この業界狭いよなぁ。
「オンラインでは新しくないよ君ィ」
「ええ、オンラインも最終的な視野には入っていますが、これはそういう新ハードではないのです」
二人の担当は、口々にオンライン説を否定した。
じゃぁ『MFC』ってどんな『ゲーム機』だ?
「ただ……アクセスという言葉は使用します」
「じゃぁ、何にアクセスするか、って事?」
阿部瑠の声に、鈴木、らしい美形イケオジの助手はリモコンを操作する。
すると画面が切り替わり、ええと、これも文字。
M- 未来型なM
F- 家族的なF
C- 機械群なC
……という、実に、安直といわざるを得ない、短い解説分が現れたのだった。
……おいおいいくらメーカーとはいえ、今更FCはないだろ、FCは。
これが数十年前なら解かるぜ?
FCがあって、SFC(スーパー)があった頃、な。
その後は残念ながらファミリーなコンピューターという名称は止めたみたいだが、ええと、何だったかな、ちょと古い話で流石の俺でも忘れたが……。確か、世界的に通用するであろう、大変分かりやすい名前に変えたんだよな。
今となっては、ゲームオタクの間だけで流通するだろうこれらの歴史を、俺も含めて一同、知らないわけは……無いだろう。
何しろ、ここにいる担当二人以外の総勢八名、各々得意分野は別であるが、相当なゲームマニアがこうやって集っているのである。
きっと、一同呆れた顔をしていたに違いない。
それを察して、まぁ諸君待ちたまえとか何とか高松は言うと、目でイケオジに合図した。
画面が切り替わり、これまた文字。
M-奇跡的なM
F-幻想的なF
C-交流的なC
「全ッ然わからねぇ」
「フフフ」
しかし高松は何やら余裕で、ちょっと不気味な微笑みを漏らしている。
俺に理解出来ない事など、すでに予測済みか?
あっと、俺だけじゃないみたいだな。伺う所ここにいる八人全員、理解不能そうな顔をしている。
よかった、全員仲間だ。
「言葉で言っても理解できるのは恐らく二割でしょう」
鈴木が、そう言って少し微笑んだ。
「皆さん、新しいゲームソフトを買ってきたらまず、する事はなんですか?」
俺は手を上げて答える。
「まず、梱包を開けます」
「はい次~」
多分スルーされたのだろう。阿部瑠が呆れた口調で俺に続けた。
「ゲーム機を機動して、さっそくデモを見ますね」
「ああ、同じく」
「僕はすぐ始めますけどね、」
「いや、やっぱりデモは最初に抑えておくべきでしょ、」
「例え先行データで見てても、ねぇ」
「皆さん、説明書は?」
一同顔を合わせ、……どうやら、読む派と読まない派に分かれたようだ。
俺は、読まない派だ。
後で困った時に読む事はあるが、基本的には不要だな。必要な事は、大体先にゲーム雑誌などで理解していたりする。大体、今はペーパーレスの時代で説明書の類はネット上に上がってるなんてこともザラだ。ゲーム冒頭に全部組み込むものもあるし、ヘルプとして項目作ってある作品が今は基本設計だろう。
高松はその一同の答えになぜかしきりに頷いている。
「そうでしょう、そうでしょうとも。時に早くゲームをやりたいがために、説明書など後、と言う事は少なからずある事でしょう。とすればましてや皆さん、ゲーム機本体である『ハード』の取り説なんか、お読みになる事はないのでしょうね?」
「あぁ、それは無いなぁ」
「チュートリアルが入っているハードも少なくないしな」
「ゲームするだけなら、ソフトを読ませればそれで済む話ですしね」
「まぁ、そういう事ですね」
どういう事だ?
高松は微笑んで、パチリとプロジェクターの電源を落としてしまった。
……って、プロジェクターの役割これだけッ?
意味ねーッ!
鈴木はその間、素早く黒カーテンを開ける。高松は垂れ幕を上げるスイッチを押して操作しながら言った。
「早速ですがテストプレイを行います」
「説明、無しにか」
テリーが少し苦笑して言葉を噛み締める。
なるほどな。
こいつら『新規ハード』の説明する気が無かったんだ。
説明するのがある意味無駄な時間を割く行為だと、連中は判ってた。
そう、俺達はそれなりに様々なコンピューターゲームに対する知識と、実力と、嗜みってもんが備わっている。
だから、
俺達にはむしろ、直にそのゲームとやらを触って貰ったほうが理解できるだろうと、高松は考えたのだろう。
その為の回りくどいデモンストレーションってわけだ。
まぁ言葉で言って理解できないだろう八割に、俺は間違いなく属するわけだし……。
いいんじゃね?
実際、俺達はこの時を今か今かと待っていたわけだしな。
実験前に怯えてるわけじゃない。何しろ、俺達は重度のゲーマーだ。
好きでこうやってここに居る。
全く新しいタイプの次世代ゲーム機の、テストプレイヤーになる権利をそれぞれに獲得してこうやって今、この場にいるわけだからな。
そうとも、ずっとこの日を待っていた。
全く新しいタイプ、だもんな。
どれくらい衝撃的なモノなのか。しっかり、堪能させてもらおうじゃないか。
人間が一日の睡眠で見る事の出来る夢は、実際に眠った時間の三分の一。
レム睡眠。
眼球が動き、脳が働いている事を示している眠り。
だがしかし、人は自分が見た夢を正しく、正確に現実世界の持ち帰る術が無い。
憶えていると思っている昨日の夢の内容は大体後から理論立てて、物語に組み替えているに過ぎないのだ。
人は、物語を夢で見る事は無いし、夢の中で『これは夢だ』と自覚する事もない。
そもそも夢の中には自覚というものがない。
つまり、『君』という概念は、無いのだ。
ともすると、断片的な記憶の連続が夢だとする。
映像、音、感触、匂い、様々な感覚の残骸たる記憶が、バラバラと無秩序に行き交う夢の果て。
現実に戻って来た時にそれら無意味な連続は、人はあまりにも上手く時に筋立てて、時に荒唐無稽な、自分だけの物語を組み立ててしまう。
『君』とか『僕』とかいうものが現実には必ず在って、それにとって無秩序な記憶は、混乱を引き起こすだけの物なのかもしれない。
バラバラで無秩序な記憶の断片を、夢と言う形で関連付けて物語化する。
それで断片だった記憶は繋がりあい、『君』の中で秩序を持って整理される。
思い出は、時にそういう作業によって蓄積され。
思い出は、時にそういう作業によって捏造される。
ああ、話しが少しずれてしまったかもしれない。
とにかくだ。
人の脳というのは『凄い』のだよ。
人間は誰しも、素晴らしい物語を作り出せる機能を持っているんだ。
「で―――」
俺は大半は見知らぬ人で構成される、会議室を見回してしまう。
ジロジロと誰しもが俺を窺う。
顔見知りの一人である阿部瑠の奴ぁ、大人しく座ってろという種類であろう視線を投げてよこしているが、無視する。と、隣でナッツも苦笑して抑えてとジェスチャーするし。
ああ、どうせ俺は落ち着きないですよ。
てゆーかあれだ、こんな蛍光灯がバンバン灯った明るい部屋って、どうも生理的にダメなんだよな。
俺が最も心を癒されるのは薄暗くて、時にチカチカ光が点滅してて、低い音から高い音まで、様々な雑音で声さえ掻き消される空調の利きまくった空間……そう、ゲームセンターとかさ。いや、最近のゲーセンは煌びやかで明るい所も多いけど。俺は昔からの根っからゲーマーだから古き良きビデオゲームって奴を思い浮かべているんだ。
そこで目の前のディスプレイに集中しているのが一番、心が落ち付く。
でなきゃぁ自分の家の部屋にしっかり立てこもる準備して、ひたすらゲームだな。
どうせここにいる見知らぬ大半も含め、そういう奴等ばっかりが集ってんだろ?
「キミ達を募集したのは、他でもない」
さっきのちょっと脱線気味だと言う、訳の分からない夢だか脳だか記憶だかの話を長々とやっていたおっさんが顔を突き出した。
いやごめん、その話は俺、半分以上理解不能デシタ。
度のキツそうなメガネのズレを直し、背後のプロジェクターに映し出した映像を左手を掲げて、おっさんは高らかにも示し口を開いた。
「このMFCのテストプレイヤーをやってもらいたいのだ」
「エムエフシーって、まだ聞いた事も無いハードだけど、まだコードネームっていう事なんですか?」
顔見知りの一人、俺の同級生だったナッツの質問には、おっさんの隣の結構なイケメンが答えた。正しく形容するならばイケオジかもしれない。
眼鏡で背が高く長身で、知性的、とか言うの?冷たいイメージを思わず感じ取ってしまう、……振り分ければ美形だろう、でももう若くないっぽいのでかつてはイケメンでキャァキャァされてただろう過去が垣間見える、そんな整った容姿の人だ。
「そうだな、実際売りに出す頃には、もう少しとっつきやすい名前を上の方で考えて付ける事だろう」
ナッツの予測、すなわち未公開の何らかのゲームハードである、ってのはどうやら当たりらしい。流石だ、ナッツは俺と違ってちゃんと定職についてるが、おっとりしたその外見と裏腹に……相当な『やり手』だ。
給料と休暇は、全て『それ』につぎ込んでいる。
何って、勘違いすんなよ?
俺達が『やりこんでいる』のは基本的に『ゲーム』の事だ。
「でも、全く発表が無いなんて……」
「まぁ、それも仕方の無い事でしょう。ある程度、実用できる事を見込まなければ、発表すら出来ない内容なのですよ、これは」
俺の椅子一つ空けて隣に座っている、ああ、こいつもスカした顔してやがるな……。黒髪を肩あたりで切りそろえたこれまた、メガネ野郎が、ブリッジを押し上げながら言った。
「タカマツさんの話を窺うに、つまりこれは人の脳に深く関連するハードであるらしい。それなら、データ取りは、慎重にならざるを得ないでしょう」
「流石はレッド君、鋭いな」
「当然の推理です」
「勝手に話進めんなっての。で、具体的な話をしてくれよ。さっきから、なんかどうでもいい話ばっかりしてて、俺、眠くなってきたっつーか、」
「そりゃぁアンタがバカだからでしょう」
「んだと、」
後ろを振り向き、ナッツの隣に座る阿部瑠を睨む俺。
元々ショートカットの髪は現在少し伸びて邪魔そうだ。茶色に染めたらしい髪も、所々黒く戻ってきている。明らかに活発そうなのは、ワイシャツにジーンズというその格好からも察する事ができそうな奴だ。俺のゲーム友人、阿部瑠の何時もの格好だな。
この生意気な女も色々あって腐れ縁なんだよなぁ……。趣味の方向性は一致してるからな、どうしようもないのかもしれないが、ガチすぎてケンカしてばっかりしている。
ナッツが言うには、それだけ仲がいいって事だとか言うが……。おいおい冗談よせよ、って感じ。
「私も、端的にお願いしたい」
と、一番奥の端に座っていたやたらと体格と乳のデカい女がぶっきらぼうに言った。
「ふむ、じゃぁスズキ君、次のコンセプトに行こうか」
「はい、タカマツ」
美形イケオジの助手はてきぱきと答えて、プロジェクター画像を操作するリモコンを手にとった。
『コンセプトは、共有する夢の世界』
現れた画像は画像ではなく、文字だった。
「はぁ」
俺は思わず溜め息を漏らす。
「まさか、本当に夢にアクセスする、とか」
レッド、とか呼ばれた黒髪お河童眼鏡野郎の向こう側に据わっている、明らかに学生っぽい童顔の奴が、ちょっと困った顔で質問していた。
夢にアクセスだぁ?
おいおい、いくら俺達が他の追随を許さないゲームオタクを自負していても、だからって一線は越えないだろ。
そんな今時ベタなシチュエーション、むしろ恥ずかしくて言えねぇよ。なぁ。
と、後の二人に目配せしようとして、ふいと、その童顔の奴の後ろに座っている人と目が合ってしまった。
そして、恐らくは『ガン』を飛ばされた。
ぬ、
しかし俺は対人関係は元々、得意ではない。
視線を合わせるのはぶっちゃけ、苦手だ。
先に俺が目を逸らし、後を振り向くのを止めて前に集中する。
と、なんだかその事がデジャヴして、突然あの男が誰なのかを思い出した。
あれは、テリーか!
誰なのか判って内心酷くドキドキしてしまう。
間違いない、今ここに居るのが何よりの証拠って奴だろう、学生時代に通信対戦でつど戦ったアイツに間違いが無い!
実際に本人と筐体を挟み戦う闘劇で、初めて顔を合わせた時も確か、あんな風に睨まれた事を憶えている。それで思い出したんだ。
久しく会ってないが俺の事、憶えてんのかな、あいつ……。
途端、俺はちょっと自身の落ち着きの無さに今更ながら恥ずかしくなってきた。
「オンラインゲーム、ですか?」
阿部瑠の隣に座っている、この面子の中で間違い無く可愛い顔をしている女が聞いた。
彼女は……えっと、名前なんだっけな。阿部瑠に聞いたはずだけど、あんま顔合わせてないから憶えてないや。
しかし、噂通り彼女も『この場』に現れるほどのやり手、って事か……。
やれやれ、この業界狭いよなぁ。
「オンラインでは新しくないよ君ィ」
「ええ、オンラインも最終的な視野には入っていますが、これはそういう新ハードではないのです」
二人の担当は、口々にオンライン説を否定した。
じゃぁ『MFC』ってどんな『ゲーム機』だ?
「ただ……アクセスという言葉は使用します」
「じゃぁ、何にアクセスするか、って事?」
阿部瑠の声に、鈴木、らしい美形イケオジの助手はリモコンを操作する。
すると画面が切り替わり、ええと、これも文字。
M- 未来型なM
F- 家族的なF
C- 機械群なC
……という、実に、安直といわざるを得ない、短い解説分が現れたのだった。
……おいおいいくらメーカーとはいえ、今更FCはないだろ、FCは。
これが数十年前なら解かるぜ?
FCがあって、SFC(スーパー)があった頃、な。
その後は残念ながらファミリーなコンピューターという名称は止めたみたいだが、ええと、何だったかな、ちょと古い話で流石の俺でも忘れたが……。確か、世界的に通用するであろう、大変分かりやすい名前に変えたんだよな。
今となっては、ゲームオタクの間だけで流通するだろうこれらの歴史を、俺も含めて一同、知らないわけは……無いだろう。
何しろ、ここにいる担当二人以外の総勢八名、各々得意分野は別であるが、相当なゲームマニアがこうやって集っているのである。
きっと、一同呆れた顔をしていたに違いない。
それを察して、まぁ諸君待ちたまえとか何とか高松は言うと、目でイケオジに合図した。
画面が切り替わり、これまた文字。
M-奇跡的なM
F-幻想的なF
C-交流的なC
「全ッ然わからねぇ」
「フフフ」
しかし高松は何やら余裕で、ちょっと不気味な微笑みを漏らしている。
俺に理解出来ない事など、すでに予測済みか?
あっと、俺だけじゃないみたいだな。伺う所ここにいる八人全員、理解不能そうな顔をしている。
よかった、全員仲間だ。
「言葉で言っても理解できるのは恐らく二割でしょう」
鈴木が、そう言って少し微笑んだ。
「皆さん、新しいゲームソフトを買ってきたらまず、する事はなんですか?」
俺は手を上げて答える。
「まず、梱包を開けます」
「はい次~」
多分スルーされたのだろう。阿部瑠が呆れた口調で俺に続けた。
「ゲーム機を機動して、さっそくデモを見ますね」
「ああ、同じく」
「僕はすぐ始めますけどね、」
「いや、やっぱりデモは最初に抑えておくべきでしょ、」
「例え先行データで見てても、ねぇ」
「皆さん、説明書は?」
一同顔を合わせ、……どうやら、読む派と読まない派に分かれたようだ。
俺は、読まない派だ。
後で困った時に読む事はあるが、基本的には不要だな。必要な事は、大体先にゲーム雑誌などで理解していたりする。大体、今はペーパーレスの時代で説明書の類はネット上に上がってるなんてこともザラだ。ゲーム冒頭に全部組み込むものもあるし、ヘルプとして項目作ってある作品が今は基本設計だろう。
高松はその一同の答えになぜかしきりに頷いている。
「そうでしょう、そうでしょうとも。時に早くゲームをやりたいがために、説明書など後、と言う事は少なからずある事でしょう。とすればましてや皆さん、ゲーム機本体である『ハード』の取り説なんか、お読みになる事はないのでしょうね?」
「あぁ、それは無いなぁ」
「チュートリアルが入っているハードも少なくないしな」
「ゲームするだけなら、ソフトを読ませればそれで済む話ですしね」
「まぁ、そういう事ですね」
どういう事だ?
高松は微笑んで、パチリとプロジェクターの電源を落としてしまった。
……って、プロジェクターの役割これだけッ?
意味ねーッ!
鈴木はその間、素早く黒カーテンを開ける。高松は垂れ幕を上げるスイッチを押して操作しながら言った。
「早速ですがテストプレイを行います」
「説明、無しにか」
テリーが少し苦笑して言葉を噛み締める。
なるほどな。
こいつら『新規ハード』の説明する気が無かったんだ。
説明するのがある意味無駄な時間を割く行為だと、連中は判ってた。
そう、俺達はそれなりに様々なコンピューターゲームに対する知識と、実力と、嗜みってもんが備わっている。
だから、
俺達にはむしろ、直にそのゲームとやらを触って貰ったほうが理解できるだろうと、高松は考えたのだろう。
その為の回りくどいデモンストレーションってわけだ。
まぁ言葉で言って理解できないだろう八割に、俺は間違いなく属するわけだし……。
いいんじゃね?
実際、俺達はこの時を今か今かと待っていたわけだしな。
実験前に怯えてるわけじゃない。何しろ、俺達は重度のゲーマーだ。
好きでこうやってここに居る。
全く新しいタイプの次世代ゲーム機の、テストプレイヤーになる権利をそれぞれに獲得してこうやって今、この場にいるわけだからな。
そうとも、ずっとこの日を待っていた。
全く新しいタイプ、だもんな。
どれくらい衝撃的なモノなのか。しっかり、堪能させてもらおうじゃないか。
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子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
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