異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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エピソード

嘘が吐けない竜  no de lie DRAGON

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※ 9章7話(9-7)前後に出てくるキャラクターに向けた 説話 です ※
※ 元々独立した一つのお話。先でも後でも読まなくてもご自由にどうぞ ※


 多分、俺は生前酷い嘘吐きだったんじゃないかと思う。
 なんでかって?
 俺に、嘘を吐くという『技能』が備わっていないからだ。

 その前に生前、……『前世』なんてものがあるかどうかは知らないけどな。
 知らないが、ここの国には『悪い事をすると死んだ後、その償いの為に生きなければいけない』とか云う、言い伝えがあるらしい。死んだ後の生の事を『来世』というんだそうだ。その、来世も穏やかに生きる為に、この国の人達は現世で善行を積むように心掛ける、とか。
 そんな話をずっと前に、俺の前に立ち塞がった人から聞いた事がある。
 その事実に興味があったわけじゃない。俺がその時興味を得たのは別の事で、それについて尋ねた所、その人がそんな事を言って寄越したんだ。

 全て、来世の為だ、と。

 気だるく長い首を回し、毒のある吐息を小さく吐き出して俺は、目の前で身を竦めるちっぽけな少女に興味がないようにそっぽ背いた。俺が欲しいのはこんな、骨と筋ばっかりのやせ細った奴じゃない。もっと丸々と太って脂の乗った美味そうな奴が良いのに……いや。
 俺の方が少々、デカくなりすぎたのか。昔は人間一人くらいがこの腹に丁度良かったのはずなのだが、今は人間なんて一飲みだ。歯で砕いて鉄錆びに似た、痺れるような血の味を味わうにも一瞬。
 人間は、一人では足りない。
 そのように脅したところ人間以外の供物も山のように積まれて差し出されるようになった。
 それらを年に4回、平らげて寝て過ごした俺はあっという間に大きくなってしまった。

 お前、美味そうじゃないな。

 俺を『眠らせる』為に差し出された春の供物に向けて、俺はそのようにぼやいていた。
 とたん、目の前にした少女を喰らう意欲が削がれた。他の供物……豚や牛、酒、果実や穀物から作ったまんじゅうやらを平らげた後で俺はすっかり腹を満たしてしまったのだ。やせ細った少女なんて腹の足しになりそうにない。美酒を平らげた後じゃ、鉄錆びの血の甘さは不要な添加物でしかない。

「あのぅ……」

 すでに眼をまどろませていた俺に、少女は恐る恐る声を上げた。

「なんだ?俺の眠りを妨げるのか?」

 少女はあわてて首を振りながらも小さく、尋ねる。

「私は……どうすれば?」

 俺は大きな目を瞬いてから答える。

「お前は美味そうじゃない。だから要らない」
「ですが私は、今期の貴方様の……供物なので」

 消え入りそうな声で少女は言った。この子は俺の供物、ようするに……エサだ。
 俺の腹に収まる事で俺を満足させ、これから来る長い夏の間俺が幸せに惰眠を貪る為に国から差し出された生贄。彼女はそうやって自分を差し出す事によって俺を眠らせる。そうやって、国に平穏を齎す。
 そうやって彼女は徳を積む。来世を平穏に生きる為に。

「ああ、そうか」

 俺はめんどくさいと思いながら横たえていた首を持ち上げた。

 だらけていた四肢を伸ばし、森の木々をも超える巨体を起きあがらせる。その巨大な、醜いトカゲの怪物みたいな様相をしているだろう俺に目を奪われ立ちつくす少女を、俺は手に掴んだ。漏れ聞こえた悲鳴を無視し、背中に畳んでいた羽を広げて羽ばたいた。とたん風が木々をなぎ倒し、人間が作った石の祭壇が吹き飛ばされる。

 俺は、供物が『不味そうだ』という文句を言う為に数百年ぶりに町に出る事にした。

 約束が違う……俺は、年に4度美味い供物を差し出すように貴様らに言ったはずだ……と。


 *** *** ***


 久しぶりに体を動かすのはいいかもしれない。
 すっかり大きくなった体で訪れた街は、見ない間にずいぶん立派になっていた。大きな城を尻尾の一降りで崩すのは面白かったな。逃げ惑う人達を追い詰めて、毒のある吐息を吹きかけてもがき苦しむ様子は動きが奇妙で見ていて飽きない。

 久しぶりに体を動かし、町を楽しんだ俺は満足して家と定めた腐食の森に帰り、夢を見る為に体を横たわらせる。疲労感さえ今は心地よい。久しぶりに深い眠りにつけそうだ……そうだ。今度からは食後、少し体を動かした方がいいかもしれない。
 そうした方が心地よく眠れるに違いない。

 毒の吐息を吐き、毒のある木に守られた森で俺は夢を見るべく目を閉じる。

 とはいっても、夢を見たという事は覚えているけど内容までは流石に覚えていられない。
 ただ、夢を見ているなという気配が心地よい。退屈な人生の中でただ夢の中でだけ、俺は充実感を得ているような気がするのだ。

 人間たちには感謝している。俺に、夢を見る方法を教えてくれたのは人間達だった。
 教えてもらうまで俺は夢を見る事も、そもそも『眠る』事さえ知らなかったんだ。逆に人間たちは驚いていたな、俺が眠らないって事。

 目を閉じて警戒を解く。眠るという行為は結構危険だ。意識している世界を意識しなくなるわけだろう?
 だから、俺はたぶん眠るという行為を失った、忘れていたんだ。
 改めて『寝る』という行為を教えてもらい、俺は今眠って夢を見る事が出来る通り。俺は眠れないわけじゃない。ただ長い生の中でその方法を忘れてしまっていただけに違いない。

 人間に限らずほとんどの生物は眠るらしい。そう言われてみればそうかもしれない。人間もそうだけど眠る時、無防備になるからその眠る姿を隠す事が多い。
 俺も大昔は自分の無防備を自覚しながら寝ていたのかもしれない。でも、いつからかその無防備を警戒して、眠る事を忘れてしまった。

 眠らなくても良い、俺がドラゴンという生物だった所為もあるだろう。

 人間は眠って夢を見るんだそうだ。夢を見るのは至上の幸せなんだと俺に教えてくれた人間には感謝している。本当だ、夢を見るというのは何を差し置いても優先したいほどに愛おしい、至高の一時だった。

 素晴らしい、何という甘美なまどろみなのだろう。
 眠りと夢は俺に、長らく失っていた安らぎを与えてくれた。

 その幸せを知ったのち、俺からその快楽を奪おうとする者がどれだけ憎らしく思えた事か。

 人間たちには感謝している……俺に、失っていた安らぎを与えてくれた事。
 そうやって俺に眠りと夢を教えた人間たちは、俺がその快楽を貪っているのを突然邪魔して来た。
 俺は彼らに感謝はしていたが、快楽を貪る一時を奪われる事はそれ以上に許す事が出来なかった。
 固い鱗に鋼を通す事に苦労していた彼らに毒の吐息を吐く。
 それだけで俺の眠りは守られる。もはや俺の眠りを邪魔する者はいない。誰も俺の眠りを妨げる事は出来ない。

 邪魔をした人間たちは俺の怒りに平伏し、その時俺と約束をした。

 彼らは俺の眠りを妨げないという事。俺も眠りを邪魔されない限り彼らに報復はしないという事。
 しかしそのうち、その約束はちょっとだけ変わった。たぶん、俺が安らかな眠りを得る為に人間たちの土地で暴れたからだ。
 ある時から、上手く眠れなくなってしまったのだ。眠る方法を忘れてしまったのだと焦った俺は、どうやったらもう一度眠れるか必死に探し、色々と方法を探して試したのだがその間に人間たちからすっかり恐れられてしまったようだ。

 そんなある日、俺に眠りを教えてくれた人間たちがもう一つ俺に教えてくれた。
 それは、容易く眠りにつくための方法。俺は喜々としてその方法を人間たちに教わる事になった。
 かわりに、ようやく俺は、眠る為の試行錯誤を辞めて大人しくする事を約束した。

 腹いっぱい食べれば良いのだという。

 そのように教えてくれた人間に感謝し俺は、それをすぐさま実行に移した。
 腹いっぱい食べれば良いと教えてくれた人間の腹を食い破り、骨を砕いて腹に収めた。
 何、人間たちは小賢しいだろう?俺と違って容易く嘘を吐く事も知っている。
 俺に眠る事を教えた人間も、俺にそれを教えてくれた癖にすぐに邪魔をしてきた。こうやってしまえばもう、邪魔されることはない。

 しかし、俺が腹に収めた人間の言っている事は嘘ではなく、事実だった。
 ほどなくして俺に、甘美なまどろみが訪れたのだ。

 眠りにつく。夢を見る……そして目が覚めて、再び眠りにつくために腹を満たす。

 人間たちは俺の目覚めを恐れた。

 あくる日目を覚ました俺の所に、人間たちは自ら供物を差し出すようになった。そうする事ですぐさま俺が眠りに落ちるように。
 目を覚ませば食べるものがある。目を覚ましてもすぐさま、いとしい夢を見る為に腹を満たす事が出来る。
 俺はその待遇にすっかり気分を良くした。
 同時に、人間たちが俺をすっかり恐れている事も理解した。別に俺は彼らに威張り散らしたい訳じゃない。俺は、俺がやりたいように生きている、ただそれだけなのだから。
 ただ、その退屈な生の中で眠る事、夢を見る事。それが甘美な快楽と知り、それをひたすら貪りたいだけだ。人間たちは俺がそのように眠る事で助かるのだという。俺と人間たちの利害が一致したというわけだ。俺に供物を差し出すのも、そういう利害の一致によるところらしい。

 なるほど。

 俺はお前たちの平穏の為に、供物を差し出すように要求する権利があるというわけだな。


 *** *** ***


 約束は何度目か、変更された。
 何しろ俺には、俺が眠りにつくために欲する供物を要求する権利がある。
 それが、お前たちに約束されるという『平穏』の代価だ。
 俺もまた、お前たちに約束する『平穏』を欲している。俺にとっての『平穏』は眠る事。
 俺を満足させて甘美な夢を俺に見せる事だ。

 俺が夢見る眠りを妨げない事。
 供物は人間に限らない事にした。というか、別に俺は人間にしろと文句を言った覚えはないけどな。
 先方が勝手に人間を差し出してきただけだろう。
 それでその『徳』とやらが稼げて、来世とやらで平穏に生きれるのだろう?
 それは人間たちの手段だ。俺はそれにとやかく文句は言わない。
 ただ、約束と違う場合は文句を言う権利が俺にはあるだろう。腹を満たすのに不味いものは食えない。

 山と積み上げられた供物とともに、一匹の巨大なモンスターがついてくる。

 食後の運動を所望した俺に、人間たちが差し出してきたのは捉えるのも苦労しただろう……砂漠に住む巨大なトカゲやサソリなど。
 しばらくはそれらが物珍しかった俺だったが……毎度同じじゃ飽きる。ひねりつぶした後に食べてみたがこれといって美味というわけでもないしな。そもそもそんなに楽しめる相手じゃない。
 人間たちで連れてこれるモンスターなんて、たかが知れているだろう。

 俺の不満に、ある日から……武装した戦士がついてくるようになった。

 これは……面白い。

 今まで俺が腹に収めてきた人間たちとは違う。食べられる事で『徳』とやらが積める、とか考えている人間じゃない。俺の所にやってくる武装した戦士は、事もあろうかこの俺を倒そうと本気で挑みかかってくる。
 それが面白い。獰猛なモンスターを相手にするよりよっぽど楽しい。
 毒の息をかいくぐり、俺の体に鋼を打ち込もうとした戦士も少なくない。挑みかかってくるだけあってなかなかに小賢しい。だが……それがよい。

 人間は人間でもそのつど、手段が違う。槍を構えたもの、飛び道具を使う者、魔法という手段を使うもの。
 一人ではなく多数の場合もあった。これもまた素晴らしく面白い。

 彼らは本気でこの俺を殺そうと襲いかかってくる。本気であればある程に楽しめる……俺は、彼らとの戦いを楽しんだ。
 楽しんだ後彼らをかみ殺し、供物を腹に収めて再び眠りにつく。

 甘美な夢を見る為に。
 その夢を見る間にふっと、俺は考えていた。
 時に小さな傷を受ける時があって、その小さな痛みを思いながら考えたんだ。

 人間たちはもしかして、俺に眠ってもらいたいのではなくて……。

 死んでもらいたいのかもしれないな……と。

 俺はドラゴンだ。俺は死というものがある人間やその他の生物とは違う。死なない訳ではないが、死に怯える時代はとうに過ぎ去った。
 怯える時代は、眠って無防備になる事を恐れていたに違いない。そうやってドラゴンの俺は眠るという方法を失ってしまった。
 今は、その失った方法を教えられ眠りにつける。たとえ眠りについても誰一人俺を殺す事は出来ない。
 眠りながら無意識に吐く毒の息で毒の木が育ち、毒の沼で出来、毒の森が出来た。
 誰もそこに入る事は出来ない。俺はその毒の森で、誰にも邪魔される事のない夢を貪っている。


 *** *** ***


 あくる季節。

 目を覚ました俺に差し出された戦士には、見取り人がついていた。
 なんでも、これから俺と戦う戦士の友人なのだそうだ。共闘するのかと問えば、それは出来ないと戦士の方が答えた。

 戦いを見届ける、青年はこの国の王子なのだと言う。

 俺は、腕を組み平然と友人を供物に差し出す、国の王子をまじまじと見つめた。

「見届けたいという事は、その友人という関係は、お前にとって大切という事だろう?」
 王子は腕を組んだままそっけなく答える。
「だが、国を守る事の方が大切だ。お前が、自分の眠りを得る事が至上であるように」

 なるほど。王子は後に国を治める王になる者だと云うからな。国を平穏に収めるのが王の仕事であるなら、国の平穏の為に供物を差し出すのは王子にとって、重要な事に違いない。その為になら友人を差し出す事など大したことではない……そういう事か。
 俺は納得して頷いた。正直人間の都合などどうでもいい事だが、戦いをただ見届けるという人間はこの王子が初めてだ。今まで何度か、どういう理由か見学していた人間がいたが……それらは途中で逃げ出すか、最後に俺に挑みかかってきたり果ては、俺達の戦いを邪魔してきたりする。
 手を出されるのは嫌だ。
 だから、邪魔はするなよと王子と約束をする。

 違えるようであれば王子だとかいう肩書は関係ないと伝え、俺と王子の友人との戦いは始まった。

 一人で挑んで来るだけの事はある。毒の吐息を無効化するためにまず、戦士はもっと強い毒を仰いで剣を抜いた。薬の効果か、人間とは思えない力で俺の鱗を数枚たたき割る。だが、その都度に血を吐き出す。どうやらかみ殺す事はしない方がよさそうだ。
 あの戦士は不味そうだな……。そんな事を思いながら、肉体強化についていけなくなったらしい、全身から血を噴き出しながら迫ってくる戦士が力尽きるのを待った。
 鋼の剣を尻尾の一振りで叩き割り、素手で殴りかかってくる戦士を腕で振り払う。
 体液の全てを失った青白い体が砂の地面に転がる頃、俺は何時にない空腹を感じていた。これから差し出された供物をいただく。良い眠りにつけそうだ。

 ふっと俺は振り返り、約束通り全てを見届けた王子を伺った。

 先に仰いだ毒によって肌が紫色に変色して事切れている戦士を、上からじっと見下ろしている。

「王子、」

 呼びかけてみたら少し慌てたように王子は顔をあげた。

「なんだ、ノーデライ」

 ノーデライ。それは、俺の名前。
 嘘を吐けない、とかいう名前だという。どこの言葉かは知らないが……いつだったか、魔法使いが供物になった時にそんな名前が付いた。俺は俺だ。名前なんてどうでもいい。それでも多少不便なので一応名前は持っていたんだが……その、名前を聞いた魔法使いが笑いながら言ったのだ。

 ライ、嘘か。
 嘘を知らない癖にライ。

 それで魔法使いが俺をノーデライと呼んだ。以来、俺の名前はノーデライになった。
 というか、それまで俺は人間たちに名前なんて名乗った事なかったんだけどな。

「やっぱり『それ』は、大切だったんじゃないのか」

 俺の問いに王子は顔色一つ変えずに答えた。

「何度も言わせるな。国の平穏が第一だ」
「そのためになら大切なものでも差し出せるのか?人間というものは」

 王子は目を閉じて少し考えてから答えた。

「……そうかもしれないな」
「俺だったらそんな事しないけどな」
「お前はいいだろう、大切なものが『眠り』だけなんだから。俺には…守るべきものがたくさんある」

 そこで初めて少しだけ、悲しそうな顔をして慌ててその顔をそむけ、王子はそう言った。

「……この人を食べないのか?」
「見るからに不味そうじゃないか。そんなもの食べたら腹を壊す」

 明らかに王子が舌うちしたように思えて俺は、目を細める。

「まさか、俺に毒を盛ろうとでも思ったのか?」
「だから俺は供物に毒を入れろと言ったんだ」
「……そんな事をして見ろ。お前が大切だと思っている国の平穏が崩れる事になるぞ?」
「知っている」

 王子はため息を漏らして肩をすくめた。

「安心しろ、供物には毒なんか入ってない。そもそも……こいつが含んだ毒で毒竜のお前を殺せるかどうかもわからないしな。全部俺がたくらんだ事だ。国は悪くないんだ…気を悪くしたか?」

 少し困ったように俺をうかがう王子。
 俺は笑いながら首を回す。

「いいや、お前……変な奴だな」

 変わった王子だ。多くの人間が恐れる俺とこれだけ雑談を交わした人間は珍しいだろう。俺が、怖くないわけではないようだ。それでもその恐怖を顔に出さず、友人の死を目の前にして感情を押し殺しているのが俺にはわかる。

 この王子、必死に自分に対して嘘をついている。
 嘘がつけない俺には出来ない芸当だ。

「王子殿、」

 俺は少しわざとらしく改まって尋ねた。かつて、俺をノーデライと呼んだ魔法使いの作法を習う。

「良ければ名前を教えてくれないかな?」
「……そんなもの、知ってどうする」
「そうだな、そんなものを知ってどうするのか俺もよくわからないが」

 魔法使いから名前を尋ねられた時まさしく、俺はそのように答えたと思いだして口の中で笑う。

「……ラスハルト・A・ファイアーズだ」
「長いんだなぁ」

 俺の正直な感想に、ラスハルト王子は苦笑する。

「ならラスでいいよ」


 *** *** ***


 どんな夢を見たのか。そんな事は覚えてない。
 覚えていないけど……俺は、もしかしたら彼と夢の中で会っているような気がする。

 あれ以来、ラス王子は時々俺の戦いを見に来るようになった。その度にどうでもいい雑談を交わすようになり、いつしか俺はそれを秘かな楽しみとして感じるようになっていた。

 都合で王子がこれない時は供物の中に、手紙が入っていた。でも俺は文字なんか読めないんだよなぁ。仕方がないのでいつの間にやら出来ていた神殿みたいなところで管理人をやっている神官役とかいう人を呼びつけて、読んでもらったり文字を教えてもらう事にしたり。
 腹を満たして眠くなるまでの数日間。自分から積極的に人間との会話や意思疎通を試みるようになっていた。
 俺は長らく自分の事にしか興味がなく、自分が眠る事、そしてその眠りの中で夢を貪る事だけしか望まなかった。それ以外の楽しみなど無い。人間たちは俺に眠りを教えてくれた頃から変わらず小賢しく、付き合うとろくな事にならないと俺は思っていた所もある。
 正直、ラス王子もその典型と言えばそうだ。ただ一つ違う事は……。
 彼は自分に嘘は吐く癖に、俺に対しては嘘はつかないという事だ。
 というか、たぶん他人に嘘を吐くのがヘタなんじゃないのかな?割と感情が顔に出る。いろいろ悪だくみした事を指摘すると素直に、実はそうだと明かす。その必死に騙そうとする様子と、素直に白状する様子が見ていて滑稽でなんだか面白い。

 お前、王子のくせに変わっているなと言ったら、隣の国程じゃないと返された。
 それで俺はちょっと……びっくりした。

 隣の国……か。この国以外にも国が、あるって事だよな。

 俺は明らかに俺を恐れている神官を捕まえて、隣の国とやらについて教えてもらった。
 俺がいるこの国はファイアーズという国で、その隣にカルケードという国がある事を俺は、そうやって初めて知った。どうやら他にも国があるらしい事はしっていたが、その他の国のひとつ、隣にカルケードという国があるのをようやく認知したわけだ。

 カルケードの王子はラス王子曰く、もっと変わり者だという事だろう?
 どんな奴なんだ?ちょっと興味がわいた理由は……多分。おそらく、それはラス王子に興味があったからだろうと思う。ラスに興味があったから、ラスよりも変だという王子ってどんなんだろうと俺は考えたのだろう。

「カルケードの王子はお前より変わり者なのか?」

 次にラスに会った時、俺はそんな疑問を早速ぶつけていた。

「なんだお前、唐突に」

 俺にとっては4か月なんて一瞬だが、人間のラスにとってはそうではない。俺が突然聞いた理由を少し考えてから思いだしてラス王子は顔をあげた。

「今の王子じゃないぞ。数世代前の王子の話で……その後王様になった人の話だ」
「それが、お前より変わり者だったのか」
「……俺はそんなに変わり者か?」
「俺とこうやって会話する時点で変わり者だと思わないのか?」

 ラスは苦笑して俺の言葉にうなだれた。

「確かに正気かと心配されているけどな……要するに、俺がやっているのはその変わり者の王子の真似だろうって言われて心配されているんだ」
「真似?」
「カルケードの王子は……その、まぁ」

 少し困ったように頭を掻きながら、ラスは俺を見上げる。

「人間ながらモンスターと仲良くなろう、という思想を持っていて、だな」
「…仲良く、」

 俺は反芻して首をかしげてしまっていた。

「その果てに、魔物のお嫁さんを貰って魔種との共存を唱えた。有名な王様なんだよ」
「……それが、変わっているのか?」
「お前、知らないのか?お前だって長らく人から恐れられているだろ?ウチの国以外でもそれは同じだ。モンスター……魔種は強いから人間から恐れられている。ところがそういう魔種と仲良くしようと唱えて、多くの魔種と本当に仲良くなった。そういう変わり者の王子だったそうだ」

 カルケードの変わり者の王子の話をする、ラスがご機嫌な様子に気がついて俺は笑う。

「お前、その王子の真似がしたいんだろう?」
「……いや、だから……」
「その王子が好きなんだな?」

 そうだ、俺はカルケードのあの王子が羨ましいと素直に、ラスは白状した。

「羨ましいのと好きなのは違うだろう」

 俺は長い首を揺らしながら言った。するとラスも同意して笑う。

「それはそうだ、俺は……どうしたってお前と仲良くは出来そうにない。お前は俺の国の邪魔者だ。お前をどうにかしたいと思っているが、その為にカルケードの王子のように『仲良く』だなんて選択肢は考えられそうにない。俺には……それは無理だ。だから羨ましい」
「必死に俺を倒すために強い戦士、連れてくるもんな」
「なぁ、いい加減ウチに居座るの止めろよ」

 ラスの訴えは結構直球だ。俺は鼻息を噴き出して王子の訴えを笑う。

「何を言う、お前らが俺の庭に国を作ったんだろ?俺はずっとずっと昔からここに住んでいるんだからな」

 そんな俺と『平穏』に共存するために、人間たちは俺と約束を交わしたんだろ?
 互いの『平穏』を守るために、互いに義務と権利が生まれたわけじゃないか。
「だがな、お前は寝ているだけだが俺達はお前が眠る為に、あれこれ準備しなくちゃいけないだろ?」
「それはお前たちが俺に眠ってもらいたいからそうするんだろうが」
 王子は少し困ったように口を閉じた。
「……何だよ、言いたい事があるなら言え」
 俺は、嘘のヘタなラスの様子にそのように促してみた。
「……この所、隣国の発展が目覚ましいんだ。いや、昔から大きな国だったけどな。それはまぁいい、いいんだけど……去年。作物が不作だった」
「収穫量が良くなかったらしい事は神官から聞いている。おかげで俺の供物も少なかったな。仕方がない事だと思うからそれには文句言ってないぞ?」
「お前、食わなくても死なないんだろ?」

 ラスの問いに俺は、再び鼻を鳴らした。
 俺はドラゴンだ。寿命が無いとさえ言われる……そういう生物らしい。確かに。
 一年食わなくても死にはしない。ただ……その間俺は愛する眠りを好きなだけ貪る事が出来ないだけだ。眠る為に、食べて腹を満たす以外の方法を講じなければいけない。
「なぁ、少しだけ我慢は出来ないのか?去年の不作がまだ響いていて……国は今、貧困にあえいでいる層があるんだ。隣国みたいに不作の年に、他国から食料を輸入する余裕も、外交手段もウチの国にはない。対策が打ち出せない、お前みたいな悪竜が住み着いている国に愛想を尽かして隣の国に逃げて行ってしまう家も少なくない。このままじゃ、お前が好きな眠りを約束する食料の調達もままらなないんだぞ?」

 俺は必死に訴える王子を見降ろして……言った。

「俺が今まで生きていた間、食料が不作だった時が何度かあったな。その時は……」
「その時は?」
「仕方がないのでそういう、国を逃げようとする裏切り者が俺に差し出されていたが」

 絶句するラスに、俺は首を突き出して念を押す。

「俺を悪竜だとかノーデライだとか呼ぶのはいいが、ここだけは間違えるな。俺はお前の国に居座っているんじゃない。お前らが俺の庭に居座っているんだ。別に酒を増やせと我儘言っているんじゃないんだぞ俺は?美味ってわけじゃないが俺は人間も食う。食い扶持も減らせる、お前は頭が悪い王子だな」

 ラスは項垂れて地面に視線を落とした。

「俺の国が……カルケード程勢いがあれば……」

 その悔しそうな呟きを聞いて、俺は小さくため息を漏らす。
 一応、今は知っているんだよな。ここの国と隣のカルケード国について色々、神官を強請って話を聞いている。隣の国、カルケードがさらに西にある国と交通の便も良く、ファイアーズ国より圧倒的に発展して栄えているらしい。それに対しファイアーズは……。
 カルケードと隔たる広大な沙漠が壁となり、南側にある森や草原の恵みに頼って暮らしている。ファイアーズ国はどん詰まりにあるらしく、隣の国がカルケードしかない。他は深い森、高い山。広い海だとか。

「お前、さんざん俺に言うよな。俺はこの国のお荷物だって」

 俺は翼を広げ、羽ばたいてラスを威嚇する。

「ようするにお前は、俺もお前の国で一緒に暮らしている存在だろ、だから国に協力しろと言いたいんだろう。だから俺に我慢をしろと言いたい訳だ」
「ノーデライ!」

 羽ばたき、ゆっくり空中に浮かびあがった俺を慌ててラスは止める。

「気分を害したなら謝る!これ以上俺の国から搾取するのは止めてくれ!」
「謝るなラス、」

 俺は吠えた。

「お前の国から必要以上を得ようとは思っていない。俺は、俺の眠りを妨げるものが許せないだけだ」

 巻き起こる風に吹き飛ばされないように身を固めているラスに、俺は上空から言った。

「お前の国が困っているならその困難はすなわち俺の困難だ。お前の国が俺との約束を守る限り、俺の眠りは保障されている……そういう、約束だ。その約束を守るのが難しい、困難だというわけだろう?隣国のように豊かではないから……つまり、隣の国には俺との約束を守るだけの余裕があるという事だろう」
「待て、ちょっと待て!止めろ、」

 俺が何をしようとしているのか。それをどうやらラスは悟ったようだ。
 そう、俺は。
 その豊かだというカルケード国と『約束』を交わしに行こうとしているのだ。

「まさか、本当にそんな事をするだなんて思っていなかったんだ!降りて来い、戻って来いノーデライ、ノイ!」

 必死に叫んでいる様子を上空で旋回しなが俺はうかがう。
 嘘は言っていない。俺にはそう思う。そもそも……嘘がつけない俺には嘘かどうか測るのが上手いとは言えないのだけれど。嘘か真実かよくわからないから、俺は時々人に騙されてしまったりもする。
 俺が眠りを手に入れたのも、眠りにつくために腹を満たすのも。
 俺を騙そうと嘘をついたからじゃないのか?当初はそうだと思っていなかったけど今は、どうやらそうらしいと俺は知っている。

 上手くいかなかったのはたまたま俺にとって、眠りは何よりも耐えがたい快楽で、夢は手放し難い甘美なまどろみだったという事だ。
 自らの命よりも重要なものとして俺が、執着してしまったのが人間たちにとっての誤算だったろう。
 だがそれを逆手にとり、俺を眠らせることで人間たちは平穏を手に入れたんだろう?
 いずれ俺を倒してしまおうと、戦いを所望した俺に強敵をぶつけてくるのだって人間の都合だ。
 今更それを止めろとは言わないし止めてもらいたくはない。
 運動の後の眠りは心地が良い。
 ここ暫く思いっきり暴れていなかったのだ。
 久しぶりに人々を困らせてやろうと思いながら、俺は気安く、言ってしまった。

「ラス、お前を隣国の王にしてやるよ」
「バカな事を言うな!」

 大声でラスが叫んでいるのが聞こえる。
 そうだな、ちょっと……大袈裟を言ったかもしれない。ちょっとカルケードで大暴れしないと難しいかもしれない。俺は自分で言った言葉が少し軽率だったかな、と空中で旋回を繰り返しながら上昇していく。嘘はついてない。言ったからにはやりきるつもりだ。

「お前には無理だ、冗談だ、冗談なんだよ!不作なんて嘘だ、作り話だ!」
「ふん、」

 俺は王子の嘘を鼻で笑う。

「お前は嘘を吐くのがヘタだな」

 必死に叫ぶ王子の顔が、俺には。
 笑っているように見える。


 *** *** ***


 俺は嘘は吐けない。
 そういう技能が無い。

 なら、嘘をついたらその時はどうなるのだろう。

 多分……その時は嘘をついた報いを受ける事になるのだろう。
 前世というものがあるなら俺は多分、生前ものすごい嘘吐きで、次の生で嘘を吐く事を許されていないとか……そんな事をまぶたの裏で夢想する。

 いや、前世とか来世なんてものがあるのかどうかは知らないけれど。
 ……カルケードに赴いた俺は、かの国で熱烈な歓迎を受けた。
 待ち伏せされていた気配すらするな。
 いや、間違いなく……俺がこうやって来る事は分かっていたようだ。だって俺の姿を見て誰も驚かなかったもんなぁ。俺を指差し、あれが例のファイアーズ国の悪竜だと叫んだ人間もいた。
 俺はそれだけ有名になっていたんだな、国を内側から食い散らかす悪竜として。

 決して穏やかではない、しかしこれも何時も貪るのと等しい『眠気』だ。

 俺は今まで味わった事のない強烈な眠気に素直に、意識を沈めて行く。
 その俺の眠りを妨げる声に唸り声をあげて答える。感覚がまだ残っている俺の鼻先を、叩く者に威嚇の唸り声を上げて落としていた重い瞼を開けた。

 霞の掛かる視線の先に、ラスハルトが立っているのをなんとか見出して俺は、大きくなり過ぎた口の端を引き上げて笑うように努める。
 俺は嘘なんて吐けない。
 嬉しいよラス、俺は。たとえお前に騙されていても。悲しくなんかない。
 お前は俺の最後の眠りを祝福に来たのだろう?
 お前は俺の最後の眠りを喜びにここに来たんだ。

 ラスが何かを言っている。だけどその声はもう聞こえない。あまりにすぐ近くに居すぎて……視界の焦点を合わせるのだって辛い。一瞬捉えた姿もすぐにぼやけてしまった。

 恨み辛みでも言っているのかもしれないな。
 俺は悪竜で、お前の国のお荷物だ。俺の庭で俺に怯えて暮らしている人間の癖に、ついには俺をそそのかしてこうやって、お前の望む通りの結末に追いやった。

 俺は静かに瞼を落とし、痛みで痺れた感覚を少しずつ手放していく。
 安らかではない。でも、今俺に打ち寄せているこの感覚は間違いなく俺が愛する眠りの気配。

 再び誰かが鼻先を叩く気配がする。そのわずかな振動が傷に響く。

「まだ俺の眠りを妨げるのか?」

 一言そのように呟いたとたん俺の名前を呼ぶ声も、俺の鼻先を叩く感覚も失われる。
 俺はそれに満足し、もう一度口の端を持ち上げる。

「ラス……俺は、お前に嘘をついた。その報いだ」

 お前をこの国の王にする事は俺には出来なかった。
 その代り、永久の眠りを俺は、手に入れて良いものだろうか?

 大切な、何よりも愛しい眠りと夢。
 だけどそれは途中で途切れて覚醒し、夢を見たと感じるからこそ得られる至福だったのだと気が付きながら。
 ならば俺は幸せとは言い難い。
 これは俺が嘘を告げた報いなのだ……と。



 おわり
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