陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥

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第29章:そして、俺たちの日常が始まる

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 文化祭の喧騒が、遠くに聞こえる。
 まるで、世界の祝福を告げる、心地よいBGMのように。

 俺と美月さんは、あの日と同じ、夕焼けに染まる屋上に、二人きりでいた。
 違うのは、もう、俺たちの間に、見えない壁も、嘘も、何一つないということだ。

 隣に立つ彼女は、ステージの上での、あの激しい感情の奔流が嘘のように、穏やかで、少しだけ、恥ずかしそうな顔をしている。
 風が、彼女の美しい黒髪を、優しく撫でていく。

「……ごめんなさい、優人くん」

 最初に、沈黙を破ったのは、彼女の方だった。
 その声は、か細く、震えている。

「あんな、酷いことを言って……。あなたを、たくさん、傷つけてしまったわ」
「……いいんですよ、美月さん」

 俺は、そっと、彼女の、冷たくなった指先を取った。
 ビクッ、と、彼女の肩が、小さく跳ねる。

「俺こそ、気づいてやれなくて、ごめん。一人で、全部、背負わせてしまって」
「……優人くん」
「でも、もう、一人じゃない」

 俺は、彼女の手を、優しく、引き寄せた。
 彼女は、何も言わずに、こくり、と頷く。
 その、潤んだ大きな瞳が、夕日を反射して、キラキラと、宝石みたいに輝いている。

 どちらからともなく、俺たちの顔が、ゆっくりと、近づいていく。
 シャンプーの、甘い香り。
 彼女の、吐息の、温かさ。
 そして――俺たちの唇は、ごく、自然に、重なり合った。

 それは、これまでの、どんな刺激的な「実験」よりも、ずっと、ずっと、甘くて、優しくて、そして、心臓が、溶けてしまいそうなくらい、熱いキスだった。
 これが、俺たちの、本当の、始まりの合図。

「おーおー、やってるねぇ、お二人さん! 青春だねえ!」
「もう! 邪魔しちゃダメでしょ!」

 突然、背後から聞こえてきた、野次と、それに続く、呆れたような声に、俺たちは、慌てて、唇を離した。
 顔を真っ赤にして振り返ると、そこには、ニヤニヤと笑う健太と、やれやれといった顔で肩をすくめる花音が、立っていた。

「け、健太! 花音さんまで!」
「もう、美月ったら、隅に置けないんだから! ま、でも、良かった。本当に、良かったね」

 花音は、そう言って、心の底から、嬉しそうに、微笑んだ。
 その笑顔は、もう、俺に向けられた、疑念や、敵意の色なんて、どこにもない。
 ただ、親友の幸せを、祝福する、温かい光に満ちていた。

「おう、優人! やるじゃねえか、俺の親友! ま、お前のことだから、どうせ尻に敷かれるんだろうけどな!」
「う、うるさい!」

 健太が、俺の背中を、バンバンと、力強く叩く。
 痛いけど、その痛みすらも、なんだか、心地よかった。

「じゃ、俺たちは、お邪魔みたいだから、退散しますかね」
「そうね。お幸せにね、二人とも!」

 二人は、悪戯っぽくウインクを残すと、嵐のように、去っていった。
 屋上に、再び、静寂が戻る。

 俺は、隣で、顔を真っ赤にして俯いている、美月さんの、手を、もう一度、ぎゅっと、握りしめた。
 彼女が、俺の手を、優しく、握り返してくる。

 もう、言葉は、いらなかった。
 ただ、こうしているだけで、心が、満たされていく。

 夕日が、完全に沈み、街に、きらきらと、宝石のような、灯りが、灯り始める。
 美月さんは、そっと、俺の肩に、頭を、こてん、と、預けてきた。
 その、甘えるような仕草に、俺の心臓は、またしても、大きく、跳ね上がる。

「……ねえ、優人くん」

 彼女は、俺の耳元で、囁いた。
 その声は、とろとろに、甘く、そして、いつかの、あの、女王様の、色を、帯びていた。

「今日の、ステージでの、あの興奮と、スリル……。全校生徒の前で、あんなことになって……」
「……うん」
「なんだか、私……また、少し、うずうずしてきちゃった、かも」

 その、あまりにも、彼女らしい言葉に、俺は、思わず、吹き出してしまった。
 ああ、そうだ。
 この人は、こういう人だった。
 完璧で、気高くて、弱くて、そして、どうしようもなく、変態で。

 そんな、彼女の、すべてが、俺は、たまらなく、愛おしい。

 俺は、呆れたように、しかし、心の底から、愛おしそうに、微笑み返した。
 そして、彼女の、その小さな耳に、唇を寄せて、囁く。

「お手柔らかに、お願いしますよ」
「……え?」
「俺の、可愛くて、ちょっと変態な、お姫様」

 その、俺の言葉に、美月さんは、一瞬、きょとんとした顔をした後、ふふっ、と、声を立てて、笑った。
 それは、俺が、世界で一番、大好きな、彼女の、本当の笑顔だった。

 俺たちの、奇妙で、倒錯的で、そして、たまらなく愛おしい日常は、まだ、始まったばかりだ。
 
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