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第4章:銀髪の執行官(5)
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夜の闇が辺りを包み込んだ頃、俺たちは塔の裏側に忍び寄った。
月明かりが塔の輪郭を銀色に縁取り、その名の「月光の塔」という名にふさわしい神秘的な光景だった。
しかし、その美しさの裏には危険が潜んでいる。
「結界が見えます」
エリスが低い声で言った。
彼女には魔力の流れが視えるらしい。
「塔全体を覆っていますが、屋上付近がわずかに薄くなっています」
「そこを突くしかないな」
俺たちは、エリスの導きで塔の真後ろに位置を取った。
ここなら、正面の見張りからは死角になる。
「まず結界に穴を開けます」
エリスは杖を掲げ、静かに呪文を唱え始めた。
魔法の波動が徐々に集まり、彼女の杖の先端が青白く輝く。
「次にミーシャの力を借ります」
ミーシャは素早く木を登り、エリスの魔法の届く範囲で待機した。
彼女の役目は、最初に侵入して内側から窓を開けることだ。
「準備ができました」
エリスの杖から青い光が放たれ、塔の結界に向かって飛んでいった。
光が結界に触れると、そこに小さな穴が開いた。
「今よ、ミーシャ!」
ミーシャは木から飛び出し、エリスの魔法「風の梯子」を伝って塔の屋上へと向かった。
彼女の身軽さは見事で、あっという間に屋上の窓に到達した。
「うまくいったわ!」
クロエが小声で喜んだ。
ミーシャは窓を調べ、何かの合図をした。
どうやら窓は施錠されているようだ。
「ここからが難しい……」
エリスが緊張した表情で呟いた。
「結界の穴を維持しながら、窓も開けなければ……」
「俺に任せて」
右手の紋様を窓に向け、意識を集中させる。
距離はあるが、『万物解錠』の力が届くはずだ。
「万物解錠」
低く呟くと、紋様から光が放たれ、窓に届いた。
カチリという小さな音とともに、窓の錠が外れる。
ミーシャは素早く窓を開け、中に入った。
「成功したぞ」
数秒後、窓からロープが下ろされた。
ミーシャが中から固定してくれたのだ。
「次はクロエの番だ」
クロエはロープを使って俊敏に登っていった。
彼女も商人とは思えない身のこなしの持ち主だ。
「シルフィア、次はお前だ」
シルフィアは少し重装備だが、騎士としての訓練のおかげか、難なくロープを登っていった。
「エリス、大丈夫か?」
「はい……」
彼女は明らかに魔力の消耗が激しく、額に汗を滲ませていた。
「結界の穴を維持するのが……難しくなってきました……」
「急ごう」
俺はエリスを支えながら、一緒にロープを登った。
彼女は体力的に厳しそうだったが、何とか屋上まで到達した。
全員が窓から中に入り、エリスは結界の穴を閉じる魔法を解いた。
「はぁ……はぁ……」
彼女は激しく息を切らしていた。
「少し……休ませてください……」
「大丈夫か?」
「問題ありません。少し魔力を使いすぎただけです」
屋上の部屋は、何かの観測室のようだった。
星を観測するための道具が配置されているが、長い間使われていない様子だ。
「ここから下の階への入口は?」
シルフィアが部屋を見回した。
「あった」
クロエが床の一部を指差した。
そこには小さな扉があり、下へと続く階段が見えた。
「静かに進もう。セラフィナは最上階の大広間にいるはずだ」
俺たちは音を立てないように慎重に階段を降りていった。
一階下はどうやら書庫のようで、古い本や巻物が並んでいた。
誰もいない。
さらに階段を降りると、今度は魔法の実験室らしき部屋だった。
様々な器具や薬品が並び、中央には大きな魔法陣が描かれている。
ここにも人の気配はなかった。
「変ね……」
クロエが小声で言った。
「警備が薄すぎるわ」
「油断するな」
シルフィアは手を剣の柄に置いたまま、神経を研ぎ澄ませていた。
さらに下の階に降りると、突然空気が重くなった。
強い魔力の波動を感じる。
「ここが『封印の間』だ」
エリスが小声で言った。
「セラフィナはこの先にいるはずです」
部屋の中央に大きな扉があり、そこからわずかに光が漏れていた。
扉に近づくと、中から声が聞こえてきた。
「……儀式の準備は整った。あとは『森の心臓』の力が最高潮に達するのを待つだけだ」
セラフィナの冷たい声だ。
「執行官様、このまま儀式を続行して良いのでしょうか?」
別の声が答えた。どうやら騎士団の部下のようだ。
「あの『開く者』が邪魔をする可能性があります」
「心配無用だ」
セラフィナの声には軽蔑が混じっていた。
「あの程度の力では、この塔の結界すら破れまい。それに……」
一瞬、沈黙があった。
「奴らはすでに罠にはまっている」
俺たちは顔を見合わせた。
まずい、気づかれているのか?
「今すぐ退くべきか?」
シルフィアが小声で尋ねた。
しかし、その時だった。
突然、扉が勢いよく開き、中から強烈な魔力の波動が押し寄せてきた。
「来るのが遅いぞ、『開く者』よ」
セラフィナが立っていた。
長い銀髪を後頭部でまとめ、黒と白の制服に身を包んだ彼女の姿は、前回会った時と変わらない。
しかし、その目には冷たい勝利の色が宿っていた。
「罠だったのか……」
俺たちは一斉に戦闘態勢を取った。
シルフィアは剣を抜き、クロエは投げナイフを手に取り、エリスは魔法の詠唱を始めた。
ミーシャは少し後ろに下がり、投石の準備をしている。
「無駄だ」
セラフィナは右手を軽く挙げ、「施錠」と呟いた。
その瞬間、クロエとミーシャの体が突然動かなくなった。
まるで空間そのものに閉じ込められたかのようだ。
「うっ……動けない!」
クロエが苦しそうに呟いた。
「ミーシャ!」
彼女も同様に動けなくなっていた。
怯えた表情で目だけを動かしている。
「汝の魔法、封じる」
セラフィナは次にエリスに向かって手を伸ばした。
エリスの周りの空気が凍りつき、詠唱中だった魔法が突然途切れた。
「な……私の魔力が……」
「さて、残るは二人か」
彼女の冷たい視線が、シルフィアと俺に向けられた。
「騎士の娘と『開く者』……いずれも排除すべき敵だ」
「お前の目的は何だ!」
シルフィアが剣を構えながら問いただした。
「なぜ『森の心臓』の力を暴走させる? 多くの人々が危険にさらされているぞ!」
「それは意図したことではない」
セラフィナは平然と答えた。
「お前たちが儀式を妨害したからだ。本来なら、世界に完全な『施錠』をかけ、混沌を永遠に封じるはずだった」
「世界に施錠だと? そんなことをして何になる?」
「秩序だ」
彼女の瞳に一瞬、感情の炎が宿った。
「無秩序な変化こそが世界の混沌の源。『施錠』によって、すべてを完璧に管理下に置くことこそが、真の平和への道なのだ」
「それは平和ではなく、停滞だ!」
俺は反論した。
「世界から可能性を奪い、変化を止めるなど、生きることの否定ではないか!」
「黙れ、『開く者』」
セラフィナの声が鋭くなった。
「お前のような存在こそ、最も危険だ。すべての『錠』を開き、無秩序と混沌をもたらす……」
彼女は俺に向かって歩み寄ってきた。
手には青白く光る小さな石切れを握っていた。
おそらく『封印の欠片』だ。
「だが、今回は手遅れだ。見よ」
彼女は窓の外を指差した。
空全体が緑色に染まり、稲妻のような光が走っている。
「『森の心臓』の力は暴走を始めた。これを鎮めるには、新たな『施錠』をかけるしかない」
「それこそが、お前の狙いではないのか?」
「ふん、少しは頭があるようだな」
セラフィナは冷笑した。
「そう、この混乱を利用して、より強力な『施錠』をかけるつもりだ。そのために『封印の欠片』を使う」
彼女は手の石を掲げた。
「これさえあれば、『森の心臓』の力を我が物とし、世界に永遠の秩序をもたらすことができる」
「させるか!」
シルフィアが一気に踏み込み、セラフィナに斬りかかった。
しかし、彼女は軽く左手を挙げただけで、シルフィアの体が宙に浮いた。
「な……!」
「施錠」
再び、あの呪文。
シルフィアの体も動かなくなった。
剣を振り上げたまま、空中に固定されている。
「無駄な抵抗だ」
セラフィナは視線を俺に戻した。
「さて、『開く者』よ。お前の力、永遠に封じよう」
彼女が右手を伸ばしてきた。
前回のような施錠をかけようとしているのだ。
しかし、今度は準備がある。
俺はミーシャの青い石を強く握りしめ、右手の紋様に力を込めた。
「万物解錠!」
光がセラフィナの「施錠」と衝突する。
二つの力がぶつかり合い、部屋全体に魔力の波動が広がった。
「なに……!?」
セラフィナの表情が初めて崩れた。
彼女の「施錠」が効かないことに驚いているようだ。
「前回とは違うぞ」
俺は一歩前に踏み出した。右手の光がさらに強くなる。
「万物解錠!」
今度は攻撃的に紋様の力を放った。
光がセラフィナを包み込む。
彼女は咄嗟に防御の魔法を展開したが、完全には防ぎきれなかったようだ。
「くっ……」
彼女がわずかに後退した。
その隙に、仲間たちにかけられた「施錠」が弱まった。
シルフィアが動けるようになり、床に降り立った。
「トオル、今だ!」
彼女の声に応え、俺はセラフィナに向かって突進した。
目指すは彼女の手にある『封印の欠片』だ。
セラフィナは素早く身をかわしたが、完全には避けられなかった。
俺の右手が彼女の腕に触れ、『封印の欠片』にも接触した。
その瞬間、予想外のことが起きた。
『封印の欠片』が強烈に反応し、まばゆい光を放ったのだ。
その光が俺の右手の紋様と共鳴し、部屋全体を白い閃光で満たした。
「なっ……何をした!?」
セラフィナの声には、初めて恐怖が混じっていた。
光が収まると、彼女の手から『封印の欠片』が消えていた。
代わりに、俺の右手に吸収されたようだ。
紋様の中に、欠片のパターンが追加されているのが見える。
「貴様……欠片を奪ったな!?」
「これが『開く者』の力か……」
俺自身も驚いていた。
意図したわけではないが、『万物解錠』の力が『封印の欠片』を取り込んだようだ。
「絶対に許さん!」
怒りに震えるセラフィナの姿は、もはや冷静な執行官のものではなかった。
彼女は両手を広げ、強大な魔力を集め始めた。
「今度こそ、お前たちを永遠に封じる!」
部屋全体が振動し、天井から塵が落ちてくる。
セラフィナの力は尋常ではない。
「みんな、撤退だ!」
俺は仲間たちに叫んだ。
既にクロエとミーシャも動けるようになっていた。
エリスの魔力も少しずつ戻ってきているようだ。
「逃がさん!」
セラフィナが強力な魔法を放った。
黒い光の束が俺たちに向かって飛んでくる。
「させるか!」
シルフィアが剣を振るい、光を切り裂いた。
彼女の剣が青く輝き、魔法を一時的に押し返す。
「トオル、みんなを連れて先に行け!」
「シルフィア!」
「心配するな! すぐに追いつく!」
彼女の決意に満ちた表情に、諦めざるを得なかった。
「分かった。必ず戻ってこい!」
クロエとミーシャを促し、エリスを助けながら階段を駆け上がる。
後ろでは、シルフィアとセラフィナの激しい戦いの音が聞こえていた。
「シルフィアは大丈夫?」
ミーシャが震える声で訊いた。
「彼女なら……」
言いかけた時、背後で巨大な爆発音がした。
塔全体が揺れ、階段の一部が崩れ落ちる。
「シルフィア!」
振り返ろうとした時、彼女の姿が見えた。
全身に傷を負いながらも、必死に階段を駆け上がってくる。
「急げ! この塔が崩れる!」
全員で急いで上階へと向かった。
観測室まで戻り、来た時の窓から外を見ると、塔全体が揺れ、亀裂が走っている。
「どうやって降りる?」
「こっちよ!」
クロエが反対側の窓を指差した。
そこには、塔に繋がる大きな木があった。
「あの木を伝って降りられるわ!」
みんなが次々と窓から木に移動していく。
エリスはまだ魔力が弱く、ミーシャが手伝いながら移動させた。
「シルフィア、早く!」
最後にシルフィアが窓に到達した時、塔の崩壊はさらに進んでいた。
彼女が木に飛び移った瞬間、塔の上部が大きく崩れ始めた。
「間一髪だ……」
全員が木を伝って地上に降り、塔から離れた。
振り返ると、「月光の塔」は見る見るうちに崩れ落ちていった。
最後に轟音と共に、塔は完全に崩壊した。
「セラフィナは?」
「分からない……」
シルフィアは疲れ切った様子で答えた。
「最後の爆発で吹き飛ばされたが……あの女、簡単には死なないだろう」
「『封印の欠片』は無事?」
エリスが俺の右手を見た。
紋様はまだ強く輝いており、その中に『封印の欠片』のパターンが組み込まれていた。
「ああ、なんとか……」
「目的は果たせたわね……」
クロエがひどく疲れた表情で言った。
普段の余裕はなく、真剣な表情だ。
「でも、ぎりぎりだったわ……」
「早くアルカニアに戻るぞ」
シルフィアが空を見上げた。
緑の光はさらに強くなっており、時折稲妻のような光が走っている。
「『森の心臓』の暴走は加速している。時間がない」
「行こう」
全員が疲労困憊だったが、急いでアルカニアへと向かい始めた。
夜空を覆う緑の光の下、俺たちはセラフィナとの激闘を辛うじて生き延び、『封印の欠片』を手に入れることができた。
しかし、これで全てが終わったわけではない。
むしろ、本当の挑戦はこれからだ。
アルカニアに戻り、『究極ツール』を作り、『森の心臓』の暴走を止めなければならない。
その道のりは、決して平坦ではないだろう。
月明かりが塔の輪郭を銀色に縁取り、その名の「月光の塔」という名にふさわしい神秘的な光景だった。
しかし、その美しさの裏には危険が潜んでいる。
「結界が見えます」
エリスが低い声で言った。
彼女には魔力の流れが視えるらしい。
「塔全体を覆っていますが、屋上付近がわずかに薄くなっています」
「そこを突くしかないな」
俺たちは、エリスの導きで塔の真後ろに位置を取った。
ここなら、正面の見張りからは死角になる。
「まず結界に穴を開けます」
エリスは杖を掲げ、静かに呪文を唱え始めた。
魔法の波動が徐々に集まり、彼女の杖の先端が青白く輝く。
「次にミーシャの力を借ります」
ミーシャは素早く木を登り、エリスの魔法の届く範囲で待機した。
彼女の役目は、最初に侵入して内側から窓を開けることだ。
「準備ができました」
エリスの杖から青い光が放たれ、塔の結界に向かって飛んでいった。
光が結界に触れると、そこに小さな穴が開いた。
「今よ、ミーシャ!」
ミーシャは木から飛び出し、エリスの魔法「風の梯子」を伝って塔の屋上へと向かった。
彼女の身軽さは見事で、あっという間に屋上の窓に到達した。
「うまくいったわ!」
クロエが小声で喜んだ。
ミーシャは窓を調べ、何かの合図をした。
どうやら窓は施錠されているようだ。
「ここからが難しい……」
エリスが緊張した表情で呟いた。
「結界の穴を維持しながら、窓も開けなければ……」
「俺に任せて」
右手の紋様を窓に向け、意識を集中させる。
距離はあるが、『万物解錠』の力が届くはずだ。
「万物解錠」
低く呟くと、紋様から光が放たれ、窓に届いた。
カチリという小さな音とともに、窓の錠が外れる。
ミーシャは素早く窓を開け、中に入った。
「成功したぞ」
数秒後、窓からロープが下ろされた。
ミーシャが中から固定してくれたのだ。
「次はクロエの番だ」
クロエはロープを使って俊敏に登っていった。
彼女も商人とは思えない身のこなしの持ち主だ。
「シルフィア、次はお前だ」
シルフィアは少し重装備だが、騎士としての訓練のおかげか、難なくロープを登っていった。
「エリス、大丈夫か?」
「はい……」
彼女は明らかに魔力の消耗が激しく、額に汗を滲ませていた。
「結界の穴を維持するのが……難しくなってきました……」
「急ごう」
俺はエリスを支えながら、一緒にロープを登った。
彼女は体力的に厳しそうだったが、何とか屋上まで到達した。
全員が窓から中に入り、エリスは結界の穴を閉じる魔法を解いた。
「はぁ……はぁ……」
彼女は激しく息を切らしていた。
「少し……休ませてください……」
「大丈夫か?」
「問題ありません。少し魔力を使いすぎただけです」
屋上の部屋は、何かの観測室のようだった。
星を観測するための道具が配置されているが、長い間使われていない様子だ。
「ここから下の階への入口は?」
シルフィアが部屋を見回した。
「あった」
クロエが床の一部を指差した。
そこには小さな扉があり、下へと続く階段が見えた。
「静かに進もう。セラフィナは最上階の大広間にいるはずだ」
俺たちは音を立てないように慎重に階段を降りていった。
一階下はどうやら書庫のようで、古い本や巻物が並んでいた。
誰もいない。
さらに階段を降りると、今度は魔法の実験室らしき部屋だった。
様々な器具や薬品が並び、中央には大きな魔法陣が描かれている。
ここにも人の気配はなかった。
「変ね……」
クロエが小声で言った。
「警備が薄すぎるわ」
「油断するな」
シルフィアは手を剣の柄に置いたまま、神経を研ぎ澄ませていた。
さらに下の階に降りると、突然空気が重くなった。
強い魔力の波動を感じる。
「ここが『封印の間』だ」
エリスが小声で言った。
「セラフィナはこの先にいるはずです」
部屋の中央に大きな扉があり、そこからわずかに光が漏れていた。
扉に近づくと、中から声が聞こえてきた。
「……儀式の準備は整った。あとは『森の心臓』の力が最高潮に達するのを待つだけだ」
セラフィナの冷たい声だ。
「執行官様、このまま儀式を続行して良いのでしょうか?」
別の声が答えた。どうやら騎士団の部下のようだ。
「あの『開く者』が邪魔をする可能性があります」
「心配無用だ」
セラフィナの声には軽蔑が混じっていた。
「あの程度の力では、この塔の結界すら破れまい。それに……」
一瞬、沈黙があった。
「奴らはすでに罠にはまっている」
俺たちは顔を見合わせた。
まずい、気づかれているのか?
「今すぐ退くべきか?」
シルフィアが小声で尋ねた。
しかし、その時だった。
突然、扉が勢いよく開き、中から強烈な魔力の波動が押し寄せてきた。
「来るのが遅いぞ、『開く者』よ」
セラフィナが立っていた。
長い銀髪を後頭部でまとめ、黒と白の制服に身を包んだ彼女の姿は、前回会った時と変わらない。
しかし、その目には冷たい勝利の色が宿っていた。
「罠だったのか……」
俺たちは一斉に戦闘態勢を取った。
シルフィアは剣を抜き、クロエは投げナイフを手に取り、エリスは魔法の詠唱を始めた。
ミーシャは少し後ろに下がり、投石の準備をしている。
「無駄だ」
セラフィナは右手を軽く挙げ、「施錠」と呟いた。
その瞬間、クロエとミーシャの体が突然動かなくなった。
まるで空間そのものに閉じ込められたかのようだ。
「うっ……動けない!」
クロエが苦しそうに呟いた。
「ミーシャ!」
彼女も同様に動けなくなっていた。
怯えた表情で目だけを動かしている。
「汝の魔法、封じる」
セラフィナは次にエリスに向かって手を伸ばした。
エリスの周りの空気が凍りつき、詠唱中だった魔法が突然途切れた。
「な……私の魔力が……」
「さて、残るは二人か」
彼女の冷たい視線が、シルフィアと俺に向けられた。
「騎士の娘と『開く者』……いずれも排除すべき敵だ」
「お前の目的は何だ!」
シルフィアが剣を構えながら問いただした。
「なぜ『森の心臓』の力を暴走させる? 多くの人々が危険にさらされているぞ!」
「それは意図したことではない」
セラフィナは平然と答えた。
「お前たちが儀式を妨害したからだ。本来なら、世界に完全な『施錠』をかけ、混沌を永遠に封じるはずだった」
「世界に施錠だと? そんなことをして何になる?」
「秩序だ」
彼女の瞳に一瞬、感情の炎が宿った。
「無秩序な変化こそが世界の混沌の源。『施錠』によって、すべてを完璧に管理下に置くことこそが、真の平和への道なのだ」
「それは平和ではなく、停滞だ!」
俺は反論した。
「世界から可能性を奪い、変化を止めるなど、生きることの否定ではないか!」
「黙れ、『開く者』」
セラフィナの声が鋭くなった。
「お前のような存在こそ、最も危険だ。すべての『錠』を開き、無秩序と混沌をもたらす……」
彼女は俺に向かって歩み寄ってきた。
手には青白く光る小さな石切れを握っていた。
おそらく『封印の欠片』だ。
「だが、今回は手遅れだ。見よ」
彼女は窓の外を指差した。
空全体が緑色に染まり、稲妻のような光が走っている。
「『森の心臓』の力は暴走を始めた。これを鎮めるには、新たな『施錠』をかけるしかない」
「それこそが、お前の狙いではないのか?」
「ふん、少しは頭があるようだな」
セラフィナは冷笑した。
「そう、この混乱を利用して、より強力な『施錠』をかけるつもりだ。そのために『封印の欠片』を使う」
彼女は手の石を掲げた。
「これさえあれば、『森の心臓』の力を我が物とし、世界に永遠の秩序をもたらすことができる」
「させるか!」
シルフィアが一気に踏み込み、セラフィナに斬りかかった。
しかし、彼女は軽く左手を挙げただけで、シルフィアの体が宙に浮いた。
「な……!」
「施錠」
再び、あの呪文。
シルフィアの体も動かなくなった。
剣を振り上げたまま、空中に固定されている。
「無駄な抵抗だ」
セラフィナは視線を俺に戻した。
「さて、『開く者』よ。お前の力、永遠に封じよう」
彼女が右手を伸ばしてきた。
前回のような施錠をかけようとしているのだ。
しかし、今度は準備がある。
俺はミーシャの青い石を強く握りしめ、右手の紋様に力を込めた。
「万物解錠!」
光がセラフィナの「施錠」と衝突する。
二つの力がぶつかり合い、部屋全体に魔力の波動が広がった。
「なに……!?」
セラフィナの表情が初めて崩れた。
彼女の「施錠」が効かないことに驚いているようだ。
「前回とは違うぞ」
俺は一歩前に踏み出した。右手の光がさらに強くなる。
「万物解錠!」
今度は攻撃的に紋様の力を放った。
光がセラフィナを包み込む。
彼女は咄嗟に防御の魔法を展開したが、完全には防ぎきれなかったようだ。
「くっ……」
彼女がわずかに後退した。
その隙に、仲間たちにかけられた「施錠」が弱まった。
シルフィアが動けるようになり、床に降り立った。
「トオル、今だ!」
彼女の声に応え、俺はセラフィナに向かって突進した。
目指すは彼女の手にある『封印の欠片』だ。
セラフィナは素早く身をかわしたが、完全には避けられなかった。
俺の右手が彼女の腕に触れ、『封印の欠片』にも接触した。
その瞬間、予想外のことが起きた。
『封印の欠片』が強烈に反応し、まばゆい光を放ったのだ。
その光が俺の右手の紋様と共鳴し、部屋全体を白い閃光で満たした。
「なっ……何をした!?」
セラフィナの声には、初めて恐怖が混じっていた。
光が収まると、彼女の手から『封印の欠片』が消えていた。
代わりに、俺の右手に吸収されたようだ。
紋様の中に、欠片のパターンが追加されているのが見える。
「貴様……欠片を奪ったな!?」
「これが『開く者』の力か……」
俺自身も驚いていた。
意図したわけではないが、『万物解錠』の力が『封印の欠片』を取り込んだようだ。
「絶対に許さん!」
怒りに震えるセラフィナの姿は、もはや冷静な執行官のものではなかった。
彼女は両手を広げ、強大な魔力を集め始めた。
「今度こそ、お前たちを永遠に封じる!」
部屋全体が振動し、天井から塵が落ちてくる。
セラフィナの力は尋常ではない。
「みんな、撤退だ!」
俺は仲間たちに叫んだ。
既にクロエとミーシャも動けるようになっていた。
エリスの魔力も少しずつ戻ってきているようだ。
「逃がさん!」
セラフィナが強力な魔法を放った。
黒い光の束が俺たちに向かって飛んでくる。
「させるか!」
シルフィアが剣を振るい、光を切り裂いた。
彼女の剣が青く輝き、魔法を一時的に押し返す。
「トオル、みんなを連れて先に行け!」
「シルフィア!」
「心配するな! すぐに追いつく!」
彼女の決意に満ちた表情に、諦めざるを得なかった。
「分かった。必ず戻ってこい!」
クロエとミーシャを促し、エリスを助けながら階段を駆け上がる。
後ろでは、シルフィアとセラフィナの激しい戦いの音が聞こえていた。
「シルフィアは大丈夫?」
ミーシャが震える声で訊いた。
「彼女なら……」
言いかけた時、背後で巨大な爆発音がした。
塔全体が揺れ、階段の一部が崩れ落ちる。
「シルフィア!」
振り返ろうとした時、彼女の姿が見えた。
全身に傷を負いながらも、必死に階段を駆け上がってくる。
「急げ! この塔が崩れる!」
全員で急いで上階へと向かった。
観測室まで戻り、来た時の窓から外を見ると、塔全体が揺れ、亀裂が走っている。
「どうやって降りる?」
「こっちよ!」
クロエが反対側の窓を指差した。
そこには、塔に繋がる大きな木があった。
「あの木を伝って降りられるわ!」
みんなが次々と窓から木に移動していく。
エリスはまだ魔力が弱く、ミーシャが手伝いながら移動させた。
「シルフィア、早く!」
最後にシルフィアが窓に到達した時、塔の崩壊はさらに進んでいた。
彼女が木に飛び移った瞬間、塔の上部が大きく崩れ始めた。
「間一髪だ……」
全員が木を伝って地上に降り、塔から離れた。
振り返ると、「月光の塔」は見る見るうちに崩れ落ちていった。
最後に轟音と共に、塔は完全に崩壊した。
「セラフィナは?」
「分からない……」
シルフィアは疲れ切った様子で答えた。
「最後の爆発で吹き飛ばされたが……あの女、簡単には死なないだろう」
「『封印の欠片』は無事?」
エリスが俺の右手を見た。
紋様はまだ強く輝いており、その中に『封印の欠片』のパターンが組み込まれていた。
「ああ、なんとか……」
「目的は果たせたわね……」
クロエがひどく疲れた表情で言った。
普段の余裕はなく、真剣な表情だ。
「でも、ぎりぎりだったわ……」
「早くアルカニアに戻るぞ」
シルフィアが空を見上げた。
緑の光はさらに強くなっており、時折稲妻のような光が走っている。
「『森の心臓』の暴走は加速している。時間がない」
「行こう」
全員が疲労困憊だったが、急いでアルカニアへと向かい始めた。
夜空を覆う緑の光の下、俺たちはセラフィナとの激闘を辛うじて生き延び、『封印の欠片』を手に入れることができた。
しかし、これで全てが終わったわけではない。
むしろ、本当の挑戦はこれからだ。
アルカニアに戻り、『究極ツール』を作り、『森の心臓』の暴走を止めなければならない。
その道のりは、決して平坦ではないだろう。
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本来のゲームでは外道の悪役貴族だったはずのギリアム。ミューゼアは外道貴族に蹂躙される破滅エンドだったはずなのに、なぜかこの世界線では彼ギリアムは想定外に頑張り屋の好青年。彼はミューゼアのゲーム知識をことごとく超えて彼女を仰天させるイレギュラー、『ゲーム世界のルールブレイカー』でした。
ギリアムとミューゼアは、破滅回避のために力を合わせて領地開拓をしていきます。
スローライフ+悪役転生+領地開拓。これは、ゆったりと生活しながらもだんだんと世の中に(意図せず)影響力を発揮していってしまう二人の物語です。
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四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
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気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る
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