訛りがエグい田舎娘に扮した子爵令嬢のわたしが、可愛がった子犬に何故か求婚される話を聞きたいですか?

バナナマヨネーズ

文字の大きさ
14 / 17

第三章 運命は動き出す(5)

しおりを挟む
 非常識にも扉をぶち破って登場したスターレットに対して、すぐに我に返っていたホークァンが突っ込みを入れていた。
 
「で……、殿下!? って、人様の家の扉を壊すなど……。いやいや、そうではなくな。何故王太子殿下がここに?」

 驚くホークァンに向かって、豪快に笑って答えたスターレット。
 
「ははは! 俺の愛してやまないヴェルファイアを迎えに来ただけだ! ふっ、扉の修繕はきちんと行うから安心してくれ。さぁ、ヴェル。帰ろうか」

 そういって、それとなく気品を感じるもののどこか豪快な仕草でスターレットは、ヴェルに向かって両手を広げて満面の笑みを浮かべたのだ。
 しかし、ヴェルに至ってはどう見てもドン引きしている表情で小さく唸り声をあげるばかりだった。
 そんなヴェルに向かって、何も気にした風もなくスターレットは、白い歯を見せて笑うだけだった。
 
「ほら、ヴェル。アレが手に入ったから、何も憂うことはないぞ? さぁ、俺の胸に飛び込んでおいで!」

 スターレットの言葉を聞いたヴェルは、やれやれといった様子でとことこと歩き出していた。
 それを見たアルシオーネは、スターレットの嫌になるほどの異常なテンションに引き気味だったが、はっと我に返ったのだ。
 そして、思わず手を伸ばしていた。
 
「ルーちゃん!」

 アルシオーネの悲し気な呼びかけに、ヴェルは立ち止まり振り向いたのは一瞬だった。
 尻尾を垂らして、肩を落とすようにしてスターレットの元に歩いて行ってしまったのだ。
 もともと、ヴェルは、スターレットから預かっただけ。そう自分に言い聞かせながら、ぐっと眉を寄せて別れの言葉を口にするアルシオーネ。
 
「ルーちゃん……。よかったね。おうちに帰れるって……。さ…さよなら……。ルーちゃん」

 苦し気なアルシオーネの声を聴いたヴェルは、堪らないとばかりに振り向き、全力で駆け出していた。
 そして、アルシオーネのスカートに縋りつくようにして数度「わんわん」と吠えたのだ。
 別れを惜しむかのような、それにしては情熱的なヴェルの鳴き声にアルシオーネが膝をついて小さな体を抱き上げる。
 抱き上げられたヴェルは、何度もアルシオーネの頬を口の端を舐めた。
 ヴェルからの好意をひしひしと感じ、アルシオーネは柔らかい笑みを浮かべた。それは、田舎娘の姿であってもとても美しいものに見えたのだ。
 
 その場にいたスターレットとホークァンは、野暮ったいはずの田舎娘がとても愛らしい姿に見えることに何度も瞬きをすることとなった。
 
 
 ひとしきり別れを惜しんだアルシオーネは、そっとヴェルを床に降ろしていた。床に降りたヴェルは、何度も振り返りながらもアルシオーネの元を離れて行ったのだ。
 スターレットは、アルシオーネに今までのお礼と多くの謝礼を残して屋敷を後のした。
 
 それまで、無言でいたホークァンは、いろいろと察した様子でアルシオーネに別れの言葉を残して花街に戻っていった。
 
 一人残されたアルシオーネは、ぽっかりと胸に穴が開いたかのような喪失感を感じつつも、ここにいる意味がもうないことを理解したのだった。
 
 
 そして、王都で出会った人たちに一通り別れの挨拶を済ませたアルシオーネは、自領に向けて旅立つため、馬車乗り場に向かっていた。
 
 王都で稼いだものとホークァンから渡された借金の過剰支払い分の金は、ギルドマスターの好意で領地に届けてもらっていたため、アルシオーネは、来た時と同様に必要最低限の荷物だけ持って領地方面行の馬車を探していた。
 
 いくつかの馬車を見た後、乗り心地や金額が合った馬車に乗り込もうとした時だった。
 
「アルシオーネ!! 待ってくれ!!」

 良く通る声がアルシオーネを引き留めたのだ。
 聞き覚えのないが、必死な様子の声にアルシオーネは馬車に乗ろうとしていた動きを止めていた。
 そして、声のほうに視線を向けると、見たことのない見目麗しい青年が駆け寄ってくるのが目に入ったのだ。
 
 初めて見るその人は、美しく輝くミルクティー色の髪とルビーのような紅い瞳が印象的な人だった。
 すらりと伸びた手足と均等の取れた美しい体つきは、優雅さを感じさせた。
 
 思わす視線が吸い寄せられたアルシオーネは、美しい紅い瞳と視線が絡んだ。
 瞳をそらすことができず、見つめあっていると、青年はアルシオーネの小さな手をそっと握った。
 
「アルシオーネ。僕のアルシオーネ。好きだ。ああ、やっとこの思いを伝えられる。好きだアルシオーネ。僕と結婚してくれ」

 突然、見知らぬ相手からのプロポーズの言葉に驚く余裕などアルシオーネにはなかった。
 なぜなら、その熱烈なプロポーズをした青年は、なんとアルシオーネの指先に口づけをしたのだ。
 今まで、そんなことをされたことのないアルシオーネは、あたふたとすることしかできなかった。
 そんなアルシオーネに向かって、くすりと小さな笑みを見せた青年は、とうとう片膝をついてしまっていた。
 
「僕のアルシオーネ。好きだ。愛してる」

 熱烈な告白に真っ赤になりつつもどうしていいのかわからないでいるアルシオーネに助け舟を出した者がいた。
 それは、いつの間にか青年の背後に立っていたスターレットだった。ただし、その表情は笑いをこらえるのに必至といった状態だったが。
 
「ヴェルファイア。お前というやつは。本当に可愛いなぁ。でも、アルシオーネ嬢が困っているぞ?」

 スターレットの笑いを堪えるような声音を聞いた青年は、表情をハッとさせた後に慌てて立ち上がっていた。
 
 そして、柔らかい笑顔でとんでもないことを言い出したのだ。
 
「アルシオーネ、ごめんね? 僕の名前は、ヴェルファイア・キャバリエ。訳あって、先日まで君と暮らしていたヴェルだよ」

 ヴェルファイアと名乗った美青年の表情に何故か愛らしい子犬のヴェルが重なって見えたアルシオーネは、気が遠くなる気がした。
 しかし、アルシオーネが倒れてしまう前にヴェルファイアがふわりと抱きとめたが、すでにその時にはアルシオーネは意識を失った後だった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

家を乗っ取られて辺境に嫁がされることになったら、三食研究付きの溺愛生活が待っていました

ミズメ
恋愛
ライラ・ハルフォードは伯爵令嬢でありながら、毎日魔法薬の研究に精を出していた。 一つ結びの三つ編み、大きな丸レンズの眼鏡、白衣。""変わり者令嬢""と揶揄されながら、信頼出来る仲間と共に毎日楽しく研究に励む。 「大変です……!」 ライラはある日、とんでもない事実に気が付いた。作成した魔法薬に、なんと"薄毛"の副作用があったのだ。その解消の為に尽力していると、出席させられた夜会で、伯爵家を乗っ取った叔父からふたまわりも歳上の辺境伯の後妻となる婚約が整ったことを告げられる。 手詰まりかと思えたそれは、ライラにとって幸せへと続く道だった。 ◎さくっと終わる短編です(10話程度) ◎薄毛の話題が出てきます。苦手な方(?)はお気をつけて…!

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

処理中です...