旦那様、もう一度好きになってもいいですか?

バナナマヨネーズ

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序章

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 自分の頭が落ちる、その瞬間。
 すぐ隣にいる誰かの頭が、先に地面に落ちたのが分かった。
 大切なはずの、名前も分からない誰かを、助けたいと強く願う、ただそれだけだった。
 理由はわからないが、舌が切られているのか、不明瞭な音しか口から出ず、大切な誰かの名前さえ口に出すことが叶わなかった。

 何を代償にしても彼を、愛する■■■■■様を救うと、そう決める。
 しかし、自分の中で何かがぶつりと切れるような、そんな音がしたと思った次の瞬間、眩しさに目を覚ました。





 
 先ほどまでとは違う、居心地のいい場所で目を覚ます。
 温かく、すべすべの何か。その正体はわからない。くんくんと匂いを嗅ぐも、不思議なことになんの匂いもしない。
 それでも、嫌いな匂いではないと心の中で誰かが囁く。
 そして、ふと思うのだ。
 
(わたしって、わたしって誰だ? すべすべも気になるが……。ここはどこなんだ……。なんか、からだがだるくて動けない……)

 そんなことを考えていると、低いけれど甘く優しい声に呼ばれる。
 
「おはよう。エクレール。気分は? 昨日、優しくできなかった……。ごめんな……」

 心地のいい声に、甘く囁かれ、自分の名前を知る。
 
(わたしは……、エクレール……。エクレール…………。そうだ、わたしは、エクレール・ポワレだ)

 そんなことを考えていると、大きな硬い手に頬を撫でられていた。
 閉じていた目を開けると、視界いっぱいに鍛えられた褐色の胸板が見えたのだ。
 彫刻のようなそれを、両手で撫でまわしたエクレールだったが、未だに状況がわからずにいた。
 しかし、頭上から再び甘い声が聞こえて、身を硬くさせる。
 
「エクレールが積極的で……、なんか興奮するな……。次は、もっと優しく抱くから……いいか?」

 甘えるように囁かれた声に、内容はともかくとして聞き入っていると、腰をぐっと引き寄せられ、大きな手が背中をゆっくりと撫でたのだ。
 その感触に、エクレールは慌てて飛び起きる。
 
「待って!! そういうのは好きな人とやってください!! ごめんなさい!! 無理です!!!」

「えっ? えくれーる? ご、ごめん……、いやだったのに、俺に……、ごめん。俺……、エクレールの優しさに甘えて…………。ごめん!!」

 ショックを受けたような震えた声音が聞こえ、なぜかエクレールの胸が痛みを訴えた。
 どうしていいのか分からないエクレールは、とりあえず顔を上げることにした。
 そして、見上げた先に映ったのは、目の覚めるような偉丈夫だった。
 艶のある黒髪。切れ長の黒い瞳は、今は動揺し揺れ動いていた。
 状況も忘れて、エクレールは叫ぶ。
 
「はっ? 顔良かおよっ!!」

 理想の顔面がそこにあった。
 
(すごいイケメン! 筋肉も理想的すぎる!! すごく顔がいい!! って、そうじゃなかった!!)

 目の前の男性の顔に気を取られたのは一瞬で、すぐにエクレールは状況につっこんでいた。
 
「って、あなた誰なんですか?!」

 エクレールの言葉に、男性は眉を寄せて息を呑む。
 少しの間、現実を受け入れられないとでもいうかのように、ひとり呟いた後、エクレールの両手を握り力説するのだ。
 
「だれ……。そんな……。エクレール……。俺だよ!」

「俺だと言われても……。わからないものはわからないですし……。ごめんなさい」

「ああああ!! 謝らないでくれ! 嫌だ! 捨てないでくれ!! 嫌なところは言ってくれ、すぐに直す!! 昨日手加減できなかった自覚はある……。ごめん、自制できなかった……。でも、エクレールが好きなんだ! ごめん、許してください!!」

 エクレールの両手を掴んだまま、男性は器用に頭を下げた。
 その頭を視線で追っていて、エクレールは初めて自分の状態を理解するのだ。
 
 視界に見える肌色の正体に気が付いて、血の気が引く。肌にじかに感じる空気に、エクレールは悲鳴をあげていた。
 
「えっ? きゃーーーーーーーーーーーーー!!! なっななななっ、なんで下着姿なの?!」

 そして、目の前の男性も下着だけの姿でいることに遅れて気が付いたエクレールは、さらに悲鳴をあげるのだ。
 
 
「きゃーーーーーーーーー!! なんであなたも裸なんですか?!」

 とっさに近くにあった布団を引き寄せて頭から被る。
 布団にくるまりながら、エクレールは思うのだ。
 何かがおかしいと。
 
 
 そして、記憶がない部分があることに気が付くのだ。

 
 
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