緋色の小刀-ナイフ-

八雲 銀次郎

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燃えた人形

#5

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 「麗華…。」
 扉の向こうからは、未だに、私の名前を呼ぶ声が聞こえていた…。その声には、生気は無く、冷たく、何処か、寂しそうな…そんな感覚が、伝わってくる…。
 それが、怖い。その寂しさの、底が深くて、飲み込まれてしまいそうで…。
 「麗華…。どうして…。」
 「え?」
 初めて、名前以外の、言葉を聞いた…。“どうして”その言葉が、妙に、引っかかる…。自慢ではないが、私は、産まれてこの方、他人に、誰かに恨まれるような、人生を歩んできては居ない。と思う…。
 だから、『どうして』と問われる筋合いはない…。
 だが、引っかかってしまった。これだけ、怖い思いをしたにも、関わらず、声の主のは、私に危害を、加えてきていない。
 確かに、恐怖と言う、精神的なものを、除けば、何一つ、怖いものなどない。
 しかも、これは、夢。自分の好きな様に、行動もできるし、いざとなれば、目覚める事も、可能。
 「あの…。」
 私は、彼女に、声を掛けた。怖いもの見たさ、と言うのも、あるかもしれないが、やはり、気になる物は、聞いておきたい…。
 「貴女は、誰ですか?」
 王道の問かもしれないが、これを聞かない限りは、彼女の素性が分からない…。いや、幽霊?に対して、素性と言うのは変かもしれないが…。
 「―――。」
 何か、ぼそぼそと言っているようだが、聞こえない…。
 「え?何?」
 「名前…ない…。」
 息を殺し、耳を澄ませ、ようやっと、彼女の言っている言葉の、一部が、聞こえた。
 だが、それでも、なんとなく、意味は、伝わった…。
 「名前が…ない…の?」
 「………。」
 それを訊ねた、瞬間、彼女は、押し黙った。まるで、答え方に。困っている様に…。
 そして、さっきほど聞いた、声より、更に寂しそうな、感覚が、私を襲ってきた。
 だが、何故かしら、先程より、怖いという感覚は、無くなった。
 「あの…もしかして、名前、無いの?」
 彼女は、何も言わなかったが、扉の向こうで、頷いたのが、なんとなく解った…。
 「そ、そうなの…。」
 さらに、寂しそうな、感覚が、伝わってくる。これは、多分、彼女の、感情が、そのまま、私の感情に、伝わってきているのだろう。
 寂しい。悲しい。そんな、感覚のはずなのに、何故か、「申し訳ない。」という、言葉、がしっくりくるような、感じがして、ならなあった。
 「貴女は、何か、失敗を犯したの?」
 また、彼女の、訊ねた。だが、今度は、首を横に振った。そんな感じがした。
 「じ、じゃぁ、貴女が、謝らなきゃいけない、理由は何?」
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