レトロな事件簿

八雲 銀次郎

文字の大きさ
上 下
14 / 309
1章:香り

6 集合

しおりを挟む
 その日は九条さんも早く抗議が終わった様で、“れとろ”の方に入り、手伝ってくれていた。

 私は顔を合わせられなかった。
 ようやっと、十六時になり、静かな店内が更に静まり返っていた。

 「土曜日、お二人してどちらまで?」
 痺れを切らしたのか、古川マスターが質問してきた。
 「あぁ、そっか。ちょっと、静岡まで。」
 九条さんがにこやかに答える。
 「静岡…ですか…?」
 私は聞き返した。
「そう、欲しいワインがあってね。なかなか手に入らないものが、手に入ったと聞いてね。一人で行くのも退屈だから、香織ちゃんも一緒に連れてっちゃえ、思って。」
 またしても、いたずらっぽく笑って見せた。

 「でしたら、私からも一つご注文宜しいですか?」
 古川マスターが人差し指を立てながら、聞いてきた。
 「香織様に静岡で一つ、オリジナルブレンドを作ってきて頂きたい。」
 「ブレンドですか?」
 「ええ、香織様のコーヒー好きを試してみたいと思いましてね。」
 ニコッとした顔で、古川マスターが答える。
 「お、いいね。僕も香織ちゃんのコーヒー飲んでみたいかも。」
 と九条さんも便乗してくる。

 「大丈夫、僕ももちろん協力するから任せて。」と自分の胸をトントンと叩く。
 ブレンドを作ったことは、何回かあるが、他人に飲ませる用にと作ったことは、一度もない。
 正直自信はないが、ここまで頼まれては、断れない。
 「わかりました、やってみます。」
 「じゃぁ決まり。土曜日、朝八時半に駅の西口集合ね?」
 「わかりました、よろしくお願いします。」
 
 日が変わるのは、早いもので、もう、土曜日。
 時刻は八時ちょうど。私は、遅刻が苦手なくせ、待つのは嫌いではない。
 こんな感じに、人と待ち合わせするときは、三十分も早く到着して、近くをぶらぶらするのは、珍しくない。
 しかし、朝の八時、しかも、土曜日となると、いくら大きい駅でも開いているお店は多くない。
 色々回ってみたが、開いているのはコンビニくらいだった。

 コンビニでキャップ付きの缶コーヒーを買い、駅構内に出た時だった。
 「あら?香織ちゃん?」
 声の主は、今井さんだった。
 「やっぱり~。そのカワイイセミロングはそうじゃないかな~と思って~。」
 と黄色い声を出して、今井さんが駆け寄ってくる。今日は涼し気な、花柄のワンピースを着ていた。
 「今井さん。お仕事ですか?」
 「そーなの。朝から企画会議で…。香織ちゃんは?」
 「私は、用事で…。」
 そう答えた時だった。
 「香織?」

 また名前を呼ばれた。
 「麻由美?」
 「やっぱり、香織だ。こんな朝早く、どうしたの?」
 麻由美も小走りで駆け寄ってきた。
 「あら?お友達?」
 今井さんが私に訊ねてきた。
 「はい、高校の時からの。」
 「鈴木真由美です。」
 「今井よ、よろしく、もう行かなきゃだから、じゃあね。」
 「はい、また今度。」
 今井さんは、手を振りながら、去っていった。
 「香織は今日、どうして?」
 麻由美も聞いてきた。
 「バイト先の用事で。」
 「へぇ~。私は、実家に用ができて…。」
 「もしかして、お母さんが?」

 私は、嫌な予感がした。
 麻由美のお母さんには、色々お世話になったから、尚更だ。
 「大丈夫、ただの用事だから…いけない、私ももう行くね?」
 「うん、気を付けてね。」
 「あんたもね?」
 麻由美も手を振りながら、改札の方に去っていった。
 そうこうしている間に、もう八時二十分になっていた。そろそろ、集合場所である、西口に向かおうとしたとき、スマホが鳴った。
 
 九条さんから、ショートメールが届いていた。

 “おはよう、駅に着いたら教えて。もうすぐ僕も到着する。”

 と書かれていた。
 それに対して、“おはようございます。もう着いてます。”と返信した。
 一瞬で既読が付き、更に返信が来た。

 “了解。五分ほどで着くから待ってて。”

 私は、缶コーヒーを一口飲み、集合場所に急ぐことにした。
 西口に行くと、まだ、九条さんの姿は見えなかった。
 電車で行けば、お昼ちょっと前に着く。
 そうずっと思っていたので、歩道の方から来ると思っていた。
 しかし、その私の予想は、外れた。
 黒いセダン車に乗って九条さんは現れた。

 「お待たせ。」
 「車、持ってたんですか?」
 「色々、要りようでね。」
 九条さんが答えた。
 「もしかして、酔いやすい?」
 「いえ。ただ、車に乗るのは久々で…。」
 「なるほど、取り敢えず乗って。」
 と助手席のドアを開けてきた。
 私は少し戸惑いながら、車に乗り込んだ。
 九条さんも運転席に乗りこんだ。
 「さて、出発しましょう。」
 と言い、九条さんは車を走らせた。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

青の季節

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

蛇足ちゃん〜いつも嫌われているあの子〜

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:185,428pt お気に入り:7,852

【完結】市原一斗は芝居がしたい

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

Stride future

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

欠陥品。〜17才にして孤独死前提です〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

あまり貞操観念ないけど別に良いよね?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,556pt お気に入り:2

処理中です...