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1 澪が気になる彩綾
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side彩綾
「白鷺澪《しらさぎみお》! 今回は負けたが、次は私が勝つから覚悟しておけ!」
私は廊下の端から端まで響くくらいの声で叫んだ。廊下の壁には定期テストの校内順位が貼られている。
一位、白鷺澪。
二位、鷹宮彩綾《たかみやさあや》。
(……負けた。つっ……なぜだ!)
「ええ。今回は私が上でしたね。でも前回は鷹宮さんが一位でしたでしょう? ですから、次はどちらが一位になるか、楽しみですね」
澪が振り返る。黒髪のストレートロングヘアが、サラリと揺れた。余裕。とにかく、腹が立つほど落ち着いた声で言う。口角がほんの少しだけ上がっていた。
(どうしてこういう顔をするんだ、この女は。負けても勝っても冷静で、いつも“私より一歩先”にいるみたいな顔をする……ムカつく)
肌は抜けるように白くて、華奢で、抱きしめたら折れそうな身体。この先、どうせ男に守られて、女の武器を上手に使って生きていくようなタイプだ。
バレンタインに、女子生徒から告白される私とは違う。
それなのに、成績まで私と張り合うとは!
澪が澄ました顔で私の前を通り過ぎると、頭に血が上った。
(次は絶対に勝ってやるからな!)
私と澪は、高校に入学してからずっとそうだった。ここは、女子校の中でも上澄みだ。進学校を名乗る学校がいくつもある中で、本当に結果を出しているのは、ここくらいだと思っている。そこで、私たちは一位と二位を、何度も入れ替えながら並び続けている。目標も同じ。親の職業も同じ――私と澪の父親は検事なのだ。
「お前は鷹宮家の一人娘だ。私と同じ検事になれ!」
幼い頃から父に言われて育った。それ以外の選択肢は、最初から与えられていない。
父も祖父も曾祖父も、検事だった。
親戚を見渡しても、検事か裁判官か、せいぜい弁護士。
鷹宮家の人間は、絶対に一番でなければならない。
しかも、うちは本家だ。
これが、私にとっての“当たり前”だった。
下校時間になり、電車で二駅。駅前の喧騒を抜けると、急に静かになる町並み。
高い塀に囲まれた大きな家ばかりが建ち並ぶ。その中に私の家はある。
専用のキーでゲートを開け敷地に入ると、足元の灯りが順に点いた。
手入れの行き届いた庭の植栽が浮かび上がる。
池の鯉までライトアップされたが、この辺りの家では標準仕様だ。
玄関のドアを開けると、控えめな足音で人影が寄ってくる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
いつものお手伝いさんだ。背筋を伸ばし、柔らかく微笑んでいる。
「……ただいま」
靴を脱ぎながら、ふと思い出して聞いた。
「お母様は?」
「奥様でしたら、本日は外出中でございます。今夜はお帰りが遅くなるとのことで、お一人でお食事を、とのお話でした」
(やっぱりね、あの人は私にもお父様にも興味がないもんね)
母は社交的で、忙しい人だ。
観劇、コンサート、習い事に、会員制ジム。
この家にいる時間の方が、少ないくらい。
「お父様は?」
「旦那様も、まだお仕事でお帰りになっておりません」
それも想定内だ。私はそれ以上何も言わず、広い廊下を進んだ。足音が毛足の長い絨毯に吸い込まれていくこの家は、いつも静かでよそよそしい。
部屋に戻ると、制服を脱ぎ、祖父に叩き込まれた柔道の受け身をひと通りやってからシャワーを浴びた。鷹宮家では、自分の身は自分で守れるのが当たり前だ。そして、机に向かう。次のテストこそは勝たねばならないと、集中していると、お手伝いさんが控えめにノックをする。
「お夕飯の準備ができましたので、 きりのいいところでお召し上がりくださいね」
「ありがとう。 もう一問、解いたら行くよ」
私はダイニングに向かう。 そこには、すでに一人分の食事が整えられていた。相変わらず無駄に広い空間。天井が高く、長いテーブルの向こう側は遠すぎる。
白いクロスの上には、銀のカトラリーが整えられていた。
前菜の皿にはスモークサーモンと小さなサラダ。
メインはローストビーフで、横に温野菜が添えられている。
スープはまだ湯気を立てていた。
私は席に着いて、特に何も考えずにフォークを取った。いつも通りの夕食だ。
父も母もそこにはいないのが、当たり前。
淡々と食事を済ませ、部屋に戻る。また机に向かい、寝るまでにしなければならないことを片づけていく。しばらく経った頃、玄関の方で控えめな物音がした。
母が帰ってきたようだ。その後、父が帰宅した気配もする。時計を見ると、すでに二十三時を回っていた。
やがて、父が私の部屋をノックする音がした。
「彩綾、定期テストの結果を持って、私の書斎に来なさい」
厳しく抑揚のない声。それだけで、用件は分かる。書斎に行くと、父が大きな執務机の前に座り、まるで裁判官のように私を裁く時間がくる。
「成績表とテスト用紙を見せなさい」
私が父の机の上に置くと、途端に不機嫌に顔を歪ませた。父はゆっくり顔を上げ、私を見る。
「二位? 前回は一位だったはずだな」
声が低い。明らかに怒っている。
「点差は僅かで——」
「聞いてない。結果が全てだ」
即座に遮られた。私は口を閉ざした。
「なぜ一位を維持できないんだ? 鷹宮家の娘の自覚は?」
「……すみません」
「私の娘は一位でなければならない。わかるよな?」
きっぱりとした口調。怒鳴りはしない。当たり前のように言うだけ。
それが、余計にきつい。逃げ場はない。
「……わかります」
「なら、次はどうする」
それは質問じゃない。
答えは一つしかないから。
「……必ず、一位を取ります」
父はそれで満足したのか、手で私を追い払う。
「それでいい。もう部屋に戻りなさい」
私は書斎を出た。廊下に戻ると、家の中は相変わらず静まり返っている。母は帰宅しても私の様子を見に来ることはない。もう、寝てしまったのかもしれないし、パックを顔にのせている最中かも……。
ふと、澪の顔が頭に浮かんだ。
(あいつは、家族に褒められているのかな?)
「白鷺澪《しらさぎみお》! 今回は負けたが、次は私が勝つから覚悟しておけ!」
私は廊下の端から端まで響くくらいの声で叫んだ。廊下の壁には定期テストの校内順位が貼られている。
一位、白鷺澪。
二位、鷹宮彩綾《たかみやさあや》。
(……負けた。つっ……なぜだ!)
「ええ。今回は私が上でしたね。でも前回は鷹宮さんが一位でしたでしょう? ですから、次はどちらが一位になるか、楽しみですね」
澪が振り返る。黒髪のストレートロングヘアが、サラリと揺れた。余裕。とにかく、腹が立つほど落ち着いた声で言う。口角がほんの少しだけ上がっていた。
(どうしてこういう顔をするんだ、この女は。負けても勝っても冷静で、いつも“私より一歩先”にいるみたいな顔をする……ムカつく)
肌は抜けるように白くて、華奢で、抱きしめたら折れそうな身体。この先、どうせ男に守られて、女の武器を上手に使って生きていくようなタイプだ。
バレンタインに、女子生徒から告白される私とは違う。
それなのに、成績まで私と張り合うとは!
澪が澄ました顔で私の前を通り過ぎると、頭に血が上った。
(次は絶対に勝ってやるからな!)
私と澪は、高校に入学してからずっとそうだった。ここは、女子校の中でも上澄みだ。進学校を名乗る学校がいくつもある中で、本当に結果を出しているのは、ここくらいだと思っている。そこで、私たちは一位と二位を、何度も入れ替えながら並び続けている。目標も同じ。親の職業も同じ――私と澪の父親は検事なのだ。
「お前は鷹宮家の一人娘だ。私と同じ検事になれ!」
幼い頃から父に言われて育った。それ以外の選択肢は、最初から与えられていない。
父も祖父も曾祖父も、検事だった。
親戚を見渡しても、検事か裁判官か、せいぜい弁護士。
鷹宮家の人間は、絶対に一番でなければならない。
しかも、うちは本家だ。
これが、私にとっての“当たり前”だった。
下校時間になり、電車で二駅。駅前の喧騒を抜けると、急に静かになる町並み。
高い塀に囲まれた大きな家ばかりが建ち並ぶ。その中に私の家はある。
専用のキーでゲートを開け敷地に入ると、足元の灯りが順に点いた。
手入れの行き届いた庭の植栽が浮かび上がる。
池の鯉までライトアップされたが、この辺りの家では標準仕様だ。
玄関のドアを開けると、控えめな足音で人影が寄ってくる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
いつものお手伝いさんだ。背筋を伸ばし、柔らかく微笑んでいる。
「……ただいま」
靴を脱ぎながら、ふと思い出して聞いた。
「お母様は?」
「奥様でしたら、本日は外出中でございます。今夜はお帰りが遅くなるとのことで、お一人でお食事を、とのお話でした」
(やっぱりね、あの人は私にもお父様にも興味がないもんね)
母は社交的で、忙しい人だ。
観劇、コンサート、習い事に、会員制ジム。
この家にいる時間の方が、少ないくらい。
「お父様は?」
「旦那様も、まだお仕事でお帰りになっておりません」
それも想定内だ。私はそれ以上何も言わず、広い廊下を進んだ。足音が毛足の長い絨毯に吸い込まれていくこの家は、いつも静かでよそよそしい。
部屋に戻ると、制服を脱ぎ、祖父に叩き込まれた柔道の受け身をひと通りやってからシャワーを浴びた。鷹宮家では、自分の身は自分で守れるのが当たり前だ。そして、机に向かう。次のテストこそは勝たねばならないと、集中していると、お手伝いさんが控えめにノックをする。
「お夕飯の準備ができましたので、 きりのいいところでお召し上がりくださいね」
「ありがとう。 もう一問、解いたら行くよ」
私はダイニングに向かう。 そこには、すでに一人分の食事が整えられていた。相変わらず無駄に広い空間。天井が高く、長いテーブルの向こう側は遠すぎる。
白いクロスの上には、銀のカトラリーが整えられていた。
前菜の皿にはスモークサーモンと小さなサラダ。
メインはローストビーフで、横に温野菜が添えられている。
スープはまだ湯気を立てていた。
私は席に着いて、特に何も考えずにフォークを取った。いつも通りの夕食だ。
父も母もそこにはいないのが、当たり前。
淡々と食事を済ませ、部屋に戻る。また机に向かい、寝るまでにしなければならないことを片づけていく。しばらく経った頃、玄関の方で控えめな物音がした。
母が帰ってきたようだ。その後、父が帰宅した気配もする。時計を見ると、すでに二十三時を回っていた。
やがて、父が私の部屋をノックする音がした。
「彩綾、定期テストの結果を持って、私の書斎に来なさい」
厳しく抑揚のない声。それだけで、用件は分かる。書斎に行くと、父が大きな執務机の前に座り、まるで裁判官のように私を裁く時間がくる。
「成績表とテスト用紙を見せなさい」
私が父の机の上に置くと、途端に不機嫌に顔を歪ませた。父はゆっくり顔を上げ、私を見る。
「二位? 前回は一位だったはずだな」
声が低い。明らかに怒っている。
「点差は僅かで——」
「聞いてない。結果が全てだ」
即座に遮られた。私は口を閉ざした。
「なぜ一位を維持できないんだ? 鷹宮家の娘の自覚は?」
「……すみません」
「私の娘は一位でなければならない。わかるよな?」
きっぱりとした口調。怒鳴りはしない。当たり前のように言うだけ。
それが、余計にきつい。逃げ場はない。
「……わかります」
「なら、次はどうする」
それは質問じゃない。
答えは一つしかないから。
「……必ず、一位を取ります」
父はそれで満足したのか、手で私を追い払う。
「それでいい。もう部屋に戻りなさい」
私は書斎を出た。廊下に戻ると、家の中は相変わらず静まり返っている。母は帰宅しても私の様子を見に来ることはない。もう、寝てしまったのかもしれないし、パックを顔にのせている最中かも……。
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(あいつは、家族に褒められているのかな?)
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