[完結]男に隙なんてみせるな!

青空一夏

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3 ずっと一緒にいよう 

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 私と澪の高校生活はずっと1位を取ったり取られたり。私はその度に怒りをぶつけ、 彼女は余裕で微笑んだ。むかつくけど気になる存在。澪はいつも私の頭から離れない。

   やがて、同じ大学の同じ学部に入学した。日本で 誰もが入りたいと思う大学。でも、それは鷹宮家では当然で、「おめでとう」のひと言もない。
 けれど、私は今までずいぶん頑張ってきたと思う。だから、大学に入ったら絶対に我が儘を言おうと決めていた。

「お父様。私、ひとり暮らしがしたいの」
 入学してから数日後、父の書斎で切り出した。父はしばらく考え込んだ後、
「一人で暮らさせるのは不安だ」とだけ言った。
 だったら一人じゃなければいい。


 「なぁ、私たち、 一緒に部屋をシェアしないか? 実家から出て一人暮らしがしたいんだよ。でも、一人ではだめだって……」
 私は大学のキャンパスで澪を呼びとめた。長い沈黙が続く。
「……ごめん。嫌だよな? 私たち、仲悪いし……」
   気まずい思いで、話しを切り上げようとしたら
「いいよ」と小さな声で、澪が呟いた。 

 最初に向かったのは、澪の家だった。リビングで澪の両親に、二人で頭を下げる。ドラマで見た、嫁にもらいに来た男の気持ちって、こんなものかな? 
「鷹宮彩綾です。高校時代、私たちは励まし合ってきました。私たちの目標は同じですし、お互いに切磋琢磨してこれからも頑張っていきたいです。だから、一緒に住まわせてください!」
 まっすぐな視線を、澪の父親に向けた。澪の両親は静かに頷いて「好きにしなさい」とだけ言った。あっさりしすぎて 拍子抜けしたほどだった。
  
 次に、私の家。
 父は眉をひそめ、「一人暮らしは許さん」と言っていたのに、澪を連れてくると、少しだけ表情が変わった。
「白鷺さんの娘か……同じ検事仲間で、なかなか優秀だ」
 長い沈黙のあと、条件が出された。
 セキュリティのしっかりしたマンションに住むこと。
 何かあれば、すぐに報告すること。
 男性は家に入れないこと。 
 全部、即答で頷いた。
 こうして私たちは、家を出る許可を、二人分まとめて勝ち取ったのだった。

 私たちが住むことになったのは、大学近くの高級賃貸マンションだった。
   セキュリティと静けさだけは、実家と変わらない。
 けれど――ここには、ご先祖様の肖像画も、誰の趣味もない。
 私は初めて、「家は自分で作るものなんだ」と気づいた。

「お揃いの食器を買いたい」
 澪が頬を染めて消え入りそうな声で言う。
「いいよ、一緒に行こう」
 高校の廊下で、口喧嘩をしていた澪はもういない。今は、私とお揃いの食器を欲しがり、 嬉しそうに隣を歩く。何か心がくすぐったい感じ。

(なんだろうな?  この気持ちは)

「ねえ、ちょっと見ていい?」
 そう言って、澪が足を止める。
    上品で静かな雰囲気とは違う、明るくてビビッドな色や柄が並ぶ雑貨屋だった。
 キャラクター物も多い。
「こういうの……好きなのか?」
 私が聞くと、澪は少しだけ迷ってから、頷いた。
「うん。実家では、買ってもらえなかったから」
 棚の一角に、猫の模様が描かれたマグカップが並んでいた。
 白地に、丸まった猫。
 澪が、それを一つ手に取る。
「猫が好きなのか?」
「……好きよ。昔、とても飼いたかったわ」
 その言い方が、妙に可愛くて、私は反射的に口を開いていた。
「いつか、猫を一緒に飼おう」
 言ってから、そんな自分に少し驚いた。
 
 澪は一瞬だけ私を見て、それから、同じ棚に並んでいるもう一つのマグカップを指さした。
「……じゃあ、猫の前に、お揃いのマグカップを買おう? これと、これは?」
「猫のお揃い?」
「……だめ?」
 そんな顔で聞かれたら、だめなわけがない。
「いいに決まってる」
 私は同じ猫の柄のカップを手に取った。
 ただの食器なのに。なんだか心が弾む。
   
 可愛くて色とりどりの食器が増えていった。全部お揃いで、全部猫柄。もう一人で夕飯を食べることもない。
 私たちは二人とも料理経験はないけれど、 近くにはスーパーもあるし、ウーバーイーツは強い味方だ。たまには外食もするし、カップ麺 だって買い置きしちゃう。

 夜遅くまで一緒に勉強。お腹が空けば、 禁断のカップ麺の登場となる。
「 私、こういうのって初めて食べるわ」
 澪が顔を輝かせた。
「実は私もなんだよ」
「うふっ。初体験に乾杯」
 澪の頬の可愛いえくぼ。初めてのことを二人でするのがたまらなく楽しかった。
 お互いの実家ではお手伝いさんがいて、カップ麺なんてどの棚にも置いてなかった。
「おいしいね」
 澪が満足そうに麺をすする。
「うん、うまい……澪と一緒に食べると、何でもうまいよ」
   初めて自分の居場所を見つけた気がした。家族って本当はこういうものなのかもしれないと実感する。部屋数はそれなりにある。お互いの部屋もあるのに、私たちはいつもリビングにいた。
 (私は澪の笑顔が見たかったんだ)

 ◆◇◆

「ただいまー」
 玄関に入った瞬間、違和感が刺さった。
 見慣れない男物の靴。リビングの方から低い笑い声。
   次いで、澪の叫ぶ声がした。
「近づかないで! 触らないでよっ!」
 考えるより先に身体が動いた。靴も脱がずに廊下を走って、リビングへ。
 そこにいたのは、澪に近づこうとする一人の男。必死で逃れようとする澪の顔は、恐怖で青ざめていた。

 私は男の手首を掴んだ。重心を崩して、床に叩きつける。柔道の型は、こういうときには裏切らない。祖父は有段者だったし、自分もだ。
「痛っ……! な、なに――すんだよ!」
「それはこっちのセリフだ!」
 自分の声が、思ったより低かった。言ってはいけない脅し文句がすらすら口をついて出る。澪は服も乱れていない。間に合った。それでも、胃の奥が焼けるみたいに熱い。男が起き上がろうとした瞬間、私はもう一度距離を詰めた。
「お前、見たことあるな。同じ大学だろ? 警察沙汰にしてやろうか?」
 男の目が泳いだ。もっともらしい言い訳を探している顔。潔さなど微塵もない下卑た表情だった。
 追う気はなかった。
 追えば、澪がもっと傷つく。
 こんな場合は、女が不利だ。
   あの手の男は、きっとこう言うはずだから。
  「誘われた」とか「澪にもその気があった」とか。
 それを否定するために、澪が何を話さなきゃいけなくなるか――
 話す度に、きっと恐怖と惨めさを味わう。
 私は、考えたくもなかった。

 ドアが閉まって、ようやく部屋が静かになった。
 澪は、その場に立ち尽くしていた。泣いてはいない。でも、身体が少し震えていた。
「澪。あいつ、なんでここにいたんだ?」
 澪が一度、唇を軽く噛む。
「……さっきまで、他にも来てたの。女の子もいたのよ。グループで課題をしてて……みんなが『白鷺さんの住んでいるマンションを見てみたい』って言うから、気軽な気持ちで誘っただけなのよ」
「で?」
「みんなが帰った後に……しばらくして彼が『忘れ物した』って戻ってきたの……。すぐ帰ると思ったのに……」
 澪の声が途切れる。「思ったのに」の先は、言わせたくなかった。私の中で、勝手に映像が補完されて、吐き気がこみ上げる。
「私が、このタイミングで帰ってきて、感謝しろよ」
 言い切ってから、やっと気づいた。言いたいのはそんなことじゃない。
   腹が立つのは、男じゃない。――いや、男も腹立つ。でもそれ以上に腹が立つのは澪。
「澪。ここ、私たちの家だろ?」
 澪が小さく頷いた。
「だったら――男なんか……あんなの、部屋に入れるなよ!」
 澪がびくりと肩を揺らした。私は続けた。止まらない。
「あいつが悪いのは分かってる。分かってるけど……」
 胸が痛い。怒ってるのに、痛い。
「私たち、ずっとライバルだろ。ずっと同じ場所を目指してんだろ。大学に入ったばかりで、あんなクズに隙見せてる場合じゃないだろ!」
 言ってしまった。
 澪の目が大きく開く。
 
 違う。本当は、そんな正論を言いたいんじゃない。
「……私がいないときに。男が澪に触ろうとしてた。無理だ。想像しただけで、気持ち悪い」
 口にしたら、胃の奥がきゅっと縮んだ。自分の感情が揺れ動く。澪の前に立っていられない。
「今日は、もう寝る」
 逃げるように自室へ向かった。ベッドに倒れ込むと、心臓の鼓動がやけに速い。なのに、指先は冷たかった。
(何だよ、この気持ち……澪はただのルームメイトのはずだろ)

 ノックの音。
   澪の声が、ドア越しに落ちてきた。
「彩綾……入ってもいい?」
 返事ができない。声を出したら、また何か言ってしまう。
「……ごめん。私、考えが甘かったわ。馬鹿よね。部屋に入れないで、『明日にでも大学に持って行くわ』とか、言えば良かった」
『馬鹿よね』と、澪が言う。
   私はその言葉に、胸が詰まった。
(馬鹿じゃないよ。そんな状況なら、私だって部屋に入れてしまうかも……)

 扉が少し開く。澪が覗く。泣きそうな顔で、でも必死に笑おうとしている。
「お粥、作るわよ。……それか、ポカリ買ってくる。彩綾、具合悪そうだから。私のせいでしょう? ごめんね、私がいけなかったのよ」
 私まで泣きそうになった。さっきまで震えていたくせに、澪は私の心配をして買い物まで行こうとしている。
「澪。……もう、他の人を入れるな。女でも男でも。私がいるときも、いないときも。私も絶対、人は呼ばない」
 声が掠れた。澪が目を見開いて、それから、ゆっくり頷いた。
「うん。約束する」
 私は息を吐く。その瞬間、張り詰めていたものがほどけて、つい本音が漏れた
「……ずっと一生、そばにいろ」
 言った途端、恥ずかしくて死にそうになった。
「今のは冗談――」
 最後まで言えなかった。澪が駆け寄ってきて、私を抱きしめたから。
 温かい身体と微かなローズの香り。澪がつけるお気に入りの香水だ。
「冗談じゃないの、分かるよ。私もそう思ってるから」
 澪の声が、耳のすぐ近くで震えた。
「彩綾が守ってくれた。……私、すごく嬉しかったのよ。あいつから逃げているときね、真っ先に思い浮かんだのは彩綾だったから」
 私は黙った。
 その言葉が、私の中の何かを壊す。
「一緒に彩綾と住んで気づいたのよ。私たちの実家は本当の家じゃないって。だって、あそこはなんでも揃っているけど、少しも温かくないから。だから、ここを――二人の帰る場所にしたい」
 私は澪の背中に腕を回した。
「……だったら、勝手に壊すなよ。他人なんて部屋に入れるな!」
「壊さないわ」
「約束だぞ」
「うん。約束するわ」
 私たちは、唇が触れる距離で見つめ合う。
 澪の長い睫毛が震えた。
 ――ああ、もう、無理だ。
 私は澪の頬に触れて、唇を重ねた。
 ほんの数秒だけ。相手の存在を確かめるように。

 離れると、澪は泣き笑いみたいな顔をしていた。
「……彩綾。大好きよ」
「言うな。照れるだろ」
「ふふっ。どっちが先に司法試験に受かるか競争よ。検事になるのも競争だし……ずっと一緒にいて励まし合うの。お婆ちゃんになってもよ」
 その言い方が、ずるい。
 ライバルのまま、恋人になる宣言だ。
 私は鼻で笑って、目を逸らした。
「……当たり前だ。でも、絶対私が先に受かってやるからな!」
「あら、私が先だわよ。絶対負けないわよ」
(あぁ、もう一人じゃないんだ)


 私に抱きついていた澪は、なぜかいきなり離れ、自分の枕を抱えてまた戻ってくる。
「なんだよ、その枕?」
「うふっ。今日から一緒に寝よ?」
「……覚悟しろよ」
 澪は嬉しそうに頬を染めて言った。
「彩綾こそ、覚悟しなさいよっ!」
 私たちの恋は始まったばかりだ。


 END
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