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0 俯瞰視点 プロローグ
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うららかな午後の陽光が、王城の庭園にゆっくりと降り注いでいた。
白い花々が風に揺れ、その淡い香りが石畳を優しく撫でていく。その中央で、アウレリアは笑っていた。
彼女はグラディス王国の第一王女である。
太陽を受けて揺れる金の髪は、光の粒を散らしながらふわりと広がり、ひとたび駆け出せば眩いほどに煌めいて、見る者が思わず息を呑むほどの美しさを放っていた。
「アウレリア、そんなに走ったら転んでしまいますよ」
柔らかな声音が庭園に響く。
アウレリアが駆け寄る先には、王太后エレオノーラの慈愛に満ちた微笑みがあった。
眩い金髪と深いサファイアブルーの瞳は、“光の帝家”と謳われるヴァルステラ皇族の象徴。ヴァルステラ帝国は遠き大陸に広がる大帝国である。
かつて先代国王が留学中に、圧倒的美貌と気品を備えたエレオノーラ皇女に心を奪われ、格上の帝国に拝み倒すようにして迎えたほどの、高貴にして伝説的な女性だ。
そしてアウレリアは、そのエレオノーラに生き写しなのだった。
「だいじょうぶよ、お祖母様!」
アウレリアは駆け寄り、両腕をいっぱいに広げた。王太后はその小さな身体を抱き上げる。
その仕草には、アウレリアをこの上なく愛おしく思う気持ちが滲んでいた。アウレリアは嬉しさに頬を綻ばせ、思わず笑い声をあげた。
「お祖母様、大好き!」
「お姉様、待ってよー! 私もお祖母様に抱っこしてもらうの!」
少し遅れて駆けてくるミリア。ライトブラウンの髪を揺らし、小さく息を切らしながら走る姿が愛らしい。
ミリアはグラディス王国の第二王女である。
この国の民は王族も平民も、皆が同じ淡い茶色の髪と瞳を持つ。
ゆえに国王や王妃も、同じライトブラウンの髪と瞳の色をしていた。
アウレリアだけが、王太后に似た容貌を引き継いでいた。
「ほら、二人とも落ち着きなさい。お義母様は、今日はずっと王宮にいらっしゃるのだから、慌てなくていいのよ」
王妃が歩み寄り、穏やかに声をかけた。
王太后は先代国王の死後も第一線を退くことなく、国王と王妃の政務を支え続けている。
王宮の内政から貴族間の調整、さらに民の声を直接聞くために外へ出向くことも多く、その働きぶりは宮廷でも民の間でも尊敬を集めていた。
だからこそ、アウレリアとミリアにとって、王太后と過ごせるひとときは格別だった。
庭園で王太后が寛ぐ姿を見つければ、二人が嬉しそうに走り寄って甘えるのは、いつもの光景だった。
それを見守る王妃や国王も、穏やかに笑っている。
「アウレリアもミリアも、母上が本当に好きなのだな」
「ふふっ。嬉しいわ。孫たちにこうして慕われて甘えてもらえるなんて、
グラディス王国に嫁いで本当によかったと思いますよ。
今は亡き国王陛下も、とても大切にしてくださったし……」
「確かに父上は、母上が大好きでしたからね。
母上は優しくて聡明で、ヴァルステラ帝国の“太陽”と讃えられていたほど、
美しい皇女様だったのでしょう? 父上から何度も聞かされました。
まるで自分のことのように自慢していましたよ」
「もう昔のことですよ。それに、ヴァルステラ帝国へは弟の葬儀以来、戻ることもなくなってしまったわ。弟には子がなかったし、今の皇帝は皇族といっても私とは血の遠い者。もう祖国を訪れることもないでしょうね」
王太后はそう言いながら、アウレリアの金の髪をそっと撫でた。
「アウレリア。この金髪とサファイアブルーの瞳は、ヴァルステラ皇族の証。
あなたにはグラディス王家とヴァルステラ皇家、どちらの血も流れているのです。どんなときでも誇りを忘れず、気高く生きなさい」
「はい、お祖母様」
それを見たミリアが羨ましそうに寄ってくると、王太后はミリアも同じように抱き寄せる。
「可愛い ミリア。あなたにも同じくグラディス王家とヴァルステラ帝国の血が流れているのですよ……」
王太后はミリアにも同じように声をかけると、淡いブラウンの髪を優しく撫でた。
二人の少女は大好きな祖母の腕の中で、同じ温かさを感じていた。
その様子を見ながら、王妃はそっと視線を落とす。
(……本当に、眩しい方。この方がいるだけで王宮が明るくなる。何もかもが完璧で、隣に立つのが恥ずかしくなるほど……だからこそ、私という存在がぼやけてしまう。これでは、どちらが王妃かわからないわ……)
しかし、そう思ってしまう自分の心を、王妃はすぐに打ち消した。
(いけないわ。感謝こそすれ、こんなことを考えるなんて……実際、お義母様にはいつも助けられているのに)
国王もまた、微笑を崩さぬまま、胸の奥で小さくため息をついていた。
(母上がいてくださる限り、この国は安泰だ。 ……だが、いつまでも母上に頼ってばかりではいけない。自分の力で“グラディス王”としての権威を示さねばならないのに。貴族も民も崇拝するのは母上で……完璧すぎる母を持つというのも、こうしてみると厄介なものだな……なにをしても母上と比べられてしまう)
ミリアは王太后や姉に憧れており、自分の髪や瞳が彼女たちと同じではないことを、密かに不満に思っていた。
(私も、あんなきらきらの金髪や、目の覚めるような青い瞳がほしかったのに……)
アウレリアはただ、幸せだった。
家族が笑い合い祖母がそばにいて、妹が慕ってくれ母も優しく声をかけてくれる。
この時のアウレリアの世界は温かく、光に満ちていたのだった。
白い花々が風に揺れ、その淡い香りが石畳を優しく撫でていく。その中央で、アウレリアは笑っていた。
彼女はグラディス王国の第一王女である。
太陽を受けて揺れる金の髪は、光の粒を散らしながらふわりと広がり、ひとたび駆け出せば眩いほどに煌めいて、見る者が思わず息を呑むほどの美しさを放っていた。
「アウレリア、そんなに走ったら転んでしまいますよ」
柔らかな声音が庭園に響く。
アウレリアが駆け寄る先には、王太后エレオノーラの慈愛に満ちた微笑みがあった。
眩い金髪と深いサファイアブルーの瞳は、“光の帝家”と謳われるヴァルステラ皇族の象徴。ヴァルステラ帝国は遠き大陸に広がる大帝国である。
かつて先代国王が留学中に、圧倒的美貌と気品を備えたエレオノーラ皇女に心を奪われ、格上の帝国に拝み倒すようにして迎えたほどの、高貴にして伝説的な女性だ。
そしてアウレリアは、そのエレオノーラに生き写しなのだった。
「だいじょうぶよ、お祖母様!」
アウレリアは駆け寄り、両腕をいっぱいに広げた。王太后はその小さな身体を抱き上げる。
その仕草には、アウレリアをこの上なく愛おしく思う気持ちが滲んでいた。アウレリアは嬉しさに頬を綻ばせ、思わず笑い声をあげた。
「お祖母様、大好き!」
「お姉様、待ってよー! 私もお祖母様に抱っこしてもらうの!」
少し遅れて駆けてくるミリア。ライトブラウンの髪を揺らし、小さく息を切らしながら走る姿が愛らしい。
ミリアはグラディス王国の第二王女である。
この国の民は王族も平民も、皆が同じ淡い茶色の髪と瞳を持つ。
ゆえに国王や王妃も、同じライトブラウンの髪と瞳の色をしていた。
アウレリアだけが、王太后に似た容貌を引き継いでいた。
「ほら、二人とも落ち着きなさい。お義母様は、今日はずっと王宮にいらっしゃるのだから、慌てなくていいのよ」
王妃が歩み寄り、穏やかに声をかけた。
王太后は先代国王の死後も第一線を退くことなく、国王と王妃の政務を支え続けている。
王宮の内政から貴族間の調整、さらに民の声を直接聞くために外へ出向くことも多く、その働きぶりは宮廷でも民の間でも尊敬を集めていた。
だからこそ、アウレリアとミリアにとって、王太后と過ごせるひとときは格別だった。
庭園で王太后が寛ぐ姿を見つければ、二人が嬉しそうに走り寄って甘えるのは、いつもの光景だった。
それを見守る王妃や国王も、穏やかに笑っている。
「アウレリアもミリアも、母上が本当に好きなのだな」
「ふふっ。嬉しいわ。孫たちにこうして慕われて甘えてもらえるなんて、
グラディス王国に嫁いで本当によかったと思いますよ。
今は亡き国王陛下も、とても大切にしてくださったし……」
「確かに父上は、母上が大好きでしたからね。
母上は優しくて聡明で、ヴァルステラ帝国の“太陽”と讃えられていたほど、
美しい皇女様だったのでしょう? 父上から何度も聞かされました。
まるで自分のことのように自慢していましたよ」
「もう昔のことですよ。それに、ヴァルステラ帝国へは弟の葬儀以来、戻ることもなくなってしまったわ。弟には子がなかったし、今の皇帝は皇族といっても私とは血の遠い者。もう祖国を訪れることもないでしょうね」
王太后はそう言いながら、アウレリアの金の髪をそっと撫でた。
「アウレリア。この金髪とサファイアブルーの瞳は、ヴァルステラ皇族の証。
あなたにはグラディス王家とヴァルステラ皇家、どちらの血も流れているのです。どんなときでも誇りを忘れず、気高く生きなさい」
「はい、お祖母様」
それを見たミリアが羨ましそうに寄ってくると、王太后はミリアも同じように抱き寄せる。
「可愛い ミリア。あなたにも同じくグラディス王家とヴァルステラ帝国の血が流れているのですよ……」
王太后はミリアにも同じように声をかけると、淡いブラウンの髪を優しく撫でた。
二人の少女は大好きな祖母の腕の中で、同じ温かさを感じていた。
その様子を見ながら、王妃はそっと視線を落とす。
(……本当に、眩しい方。この方がいるだけで王宮が明るくなる。何もかもが完璧で、隣に立つのが恥ずかしくなるほど……だからこそ、私という存在がぼやけてしまう。これでは、どちらが王妃かわからないわ……)
しかし、そう思ってしまう自分の心を、王妃はすぐに打ち消した。
(いけないわ。感謝こそすれ、こんなことを考えるなんて……実際、お義母様にはいつも助けられているのに)
国王もまた、微笑を崩さぬまま、胸の奥で小さくため息をついていた。
(母上がいてくださる限り、この国は安泰だ。 ……だが、いつまでも母上に頼ってばかりではいけない。自分の力で“グラディス王”としての権威を示さねばならないのに。貴族も民も崇拝するのは母上で……完璧すぎる母を持つというのも、こうしてみると厄介なものだな……なにをしても母上と比べられてしまう)
ミリアは王太后や姉に憧れており、自分の髪や瞳が彼女たちと同じではないことを、密かに不満に思っていた。
(私も、あんなきらきらの金髪や、目の覚めるような青い瞳がほしかったのに……)
アウレリアはただ、幸せだった。
家族が笑い合い祖母がそばにいて、妹が慕ってくれ母も優しく声をかけてくれる。
この時のアウレリアの世界は温かく、光に満ちていたのだった。
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