魅了魔法持ち王女は、女嫌いの皇帝に一途に溺愛される

青空一夏

文字の大きさ
1 / 14

0 俯瞰視点 プロローグ

しおりを挟む
うららかな午後の陽光が、王城の庭園にゆっくりと降り注いでいた。
白い花々が風に揺れ、その淡い香りが石畳を優しく撫でていく。その中央で、アウレリアは笑っていた。
彼女はグラディス王国の第一王女である。

太陽を受けて揺れる金の髪は、光の粒を散らしながらふわりと広がり、ひとたび駆け出せば眩いほどに煌めいて、見る者が思わず息を呑むほどの美しさを放っていた。

「アウレリア、そんなに走ったら転んでしまいますよ」

柔らかな声音が庭園に響く。
アウレリアが駆け寄る先には、王太后エレオノーラの慈愛に満ちた微笑みがあった。

眩い金髪と深いサファイアブルーの瞳は、“光の帝家”と謳われるヴァルステラ皇族の象徴。ヴァルステラ帝国は遠き大陸に広がる大帝国である。

かつて先代国王が留学中に、圧倒的美貌と気品を備えたエレオノーラ皇女に心を奪われ、格上の帝国に拝み倒すようにして迎えたほどの、高貴にして伝説的な女性だ。
そしてアウレリアは、そのエレオノーラに生き写しなのだった。

「だいじょうぶよ、お祖母様!」

アウレリアは駆け寄り、両腕をいっぱいに広げた。王太后はその小さな身体を抱き上げる。
その仕草には、アウレリアをこの上なく愛おしく思う気持ちが滲んでいた。アウレリアは嬉しさに頬を綻ばせ、思わず笑い声をあげた。

「お祖母様、大好き!」
「お姉様、待ってよー! 私もお祖母様に抱っこしてもらうの!」

少し遅れて駆けてくるミリア。ライトブラウンの髪を揺らし、小さく息を切らしながら走る姿が愛らしい。
ミリアはグラディス王国の第二王女である。

この国の民は王族も平民も、皆が同じ淡い茶色の髪と瞳を持つ。
ゆえに国王や王妃も、同じライトブラウンの髪と瞳の色をしていた。
アウレリアだけが、王太后に似た容貌を引き継いでいた。
  
「ほら、二人とも落ち着きなさい。お義母様は、今日はずっと王宮にいらっしゃるのだから、慌てなくていいのよ」

王妃が歩み寄り、穏やかに声をかけた。
王太后は先代国王の死後も第一線を退くことなく、国王と王妃の政務を支え続けている。
王宮の内政から貴族間の調整、さらに民の声を直接聞くために外へ出向くことも多く、その働きぶりは宮廷でも民の間でも尊敬を集めていた。

だからこそ、アウレリアとミリアにとって、王太后と過ごせるひとときは格別だった。
庭園で王太后が寛ぐ姿を見つければ、二人が嬉しそうに走り寄って甘えるのは、いつもの光景だった。

それを見守る王妃や国王も、穏やかに笑っている。
「アウレリアもミリアも、母上が本当に好きなのだな」
「ふふっ。嬉しいわ。孫たちにこうして慕われて甘えてもらえるなんて、
グラディス王国に嫁いで本当によかったと思いますよ。
今は亡き国王陛下も、とても大切にしてくださったし……」

「確かに父上は、母上が大好きでしたからね。
母上は優しくて聡明で、ヴァルステラ帝国の“太陽”と讃えられていたほど、
美しい皇女様だったのでしょう? 父上から何度も聞かされました。
まるで自分のことのように自慢していましたよ」

「もう昔のことですよ。それに、ヴァルステラ帝国へは弟の葬儀以来、戻ることもなくなってしまったわ。弟には子がなかったし、今の皇帝は皇族といっても私とは血の遠い者。もう祖国を訪れることもないでしょうね」
 王太后はそう言いながら、アウレリアの金の髪をそっと撫でた。
「アウレリア。この金髪とサファイアブルーの瞳は、ヴァルステラ皇族の証。
あなたにはグラディス王家とヴァルステラ皇家、どちらの血も流れているのです。どんなときでも誇りを忘れず、気高く生きなさい」

「はい、お祖母様」

それを見たミリアが羨ましそうに寄ってくると、王太后はミリアも同じように抱き寄せる。
「可愛い ミリア。あなたにも同じくグラディス王家とヴァルステラ帝国の血が流れているのですよ……」
王太后はミリアにも同じように声をかけると、淡いブラウンの髪を優しく撫でた。

二人の少女は大好きな祖母の腕の中で、同じ温かさを感じていた。
その様子を見ながら、王妃はそっと視線を落とす。

(……本当に、眩しい方。この方がいるだけで王宮が明るくなる。何もかもが完璧で、隣に立つのが恥ずかしくなるほど……だからこそ、私という存在がぼやけてしまう。これでは、どちらが王妃かわからないわ……)

しかし、そう思ってしまう自分の心を、王妃はすぐに打ち消した。

(いけないわ。感謝こそすれ、こんなことを考えるなんて……実際、お義母様にはいつも助けられているのに)

国王もまた、微笑を崩さぬまま、胸の奥で小さくため息をついていた。

(母上がいてくださる限り、この国は安泰だ。  ……だが、いつまでも母上に頼ってばかりではいけない。自分の力で“グラディス王”としての権威を示さねばならないのに。貴族も民も崇拝するのは母上で……完璧すぎる母を持つというのも、こうしてみると厄介なものだな……なにをしても母上と比べられてしまう)

ミリアは王太后や姉に憧れており、自分の髪や瞳が彼女たちと同じではないことを、密かに不満に思っていた。

(私も、あんなきらきらの金髪や、目の覚めるような青い瞳がほしかったのに……)

アウレリアはただ、幸せだった。 
家族が笑い合い祖母がそばにいて、妹が慕ってくれ母も優しく声をかけてくれる。

この時のアウレリアの世界は温かく、光に満ちていたのだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

大嫌いな従兄と結婚するぐらいなら…

みみぢあん
恋愛
子供の頃、両親を亡くしたベレニスは伯父のロンヴィル侯爵に引き取られた。 隣国の宣戦布告で戦争が始まり、伯父の頼みでベレニスは病弱な従妹のかわりに、側妃候補とは名ばかりの人質として、後宮へ入ることになった。 戦争が終わりベレニスが人質生活から解放されたら、伯父は後継者の従兄ジャコブと結婚させると約束する。 だがベレニスはジャコブが大嫌いなうえ、密かに思いを寄せる騎士フェルナンがいた。   

婚約者から妾になれと言われた私は、婚約を破棄することにしました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私エミリーは、婚約者のアシェル王子に「妾になれ」と言われてしまう。 アシェルは子爵令嬢のキアラを好きになったようで、妾になる原因を私のせいにしたいようだ。 もうアシェルと関わりたくない私は、妾にならず婚約破棄しようと決意していた。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

処理中です...