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私、アウレリアは、もうすぐ10歳を迎える。
私たち姉妹にはそれぞれ家庭教師がつけられ、毎日たくさんの教科を勉強しなければならない。特に私は王太女として教育されていたので、朝早くから授業を受けなければならなかった。
学習室は王宮の一室。
私が入ると、歴史の先生が先日の課題を見直していたらしく、顔を見るなり微笑んだ。
「アウレリア様、これほど丁寧にまとめてくださるとは……本当に感服いたします」
褒められるのは照れくさいけれど、努力の成果を認めてもらえるのは嬉しかった。
勉強が終わると、私はそのまま音楽室へ向かう。
バイオリンを手に取り、弓をそっと弦へ置く。
弾いた瞬間、張りつめた空気がほどけるように、音が部屋いっぱいに広がった。
今日の課題曲は少し難しい。
でも、自室で何度も練習していたから指先が自然と動きを覚えて、思い描いた通りの音色が出せた。
(うん…… いい感じ)
できることが増えるのは、とても嬉しい。
そう思っていると、バイオリンの先生が静かに微笑んだ。
「アウレリア様……本当に、美しい音色です。日ごとに表現が洗練されていきますね」
褒められたことも嬉しいけれど、自分が日々成長できていることが嬉しい。
実のところ、私は天才なんかじゃない。
最初からうまくできたわけじゃないし、失敗するたびに悔しくて諦めそうになることもあった。それでも、誰にも言わずに繰り返し練習した。
努力しているところを見せるのは、なんだか恥ずかしいから、みんなの前ではナイショにしていた。
午後には、ダンス教師の指導のもとでダンスのステップを確認したり、
姿勢を直されたりした。
実のところ、私はダンスがあまり好きではない。
でも、王女として美しく立ち、優雅に踊ることは必須。
グラディス王家とヴァルステラ皇家の血を受け継ぐ私が、無様な姿を見せるわけにはいかない。だからこそ、私はたゆまず努力を重ねた。
その成果なのか、宮廷の女官や侍女たちは惜しみなく言葉をかけてくれた。
「バイオリンの音色が、天上の天使が奏でる響きのようでございました」
「アウレリア様のダンスは妖精のようで……本当に可憐で軽やかで
惚れ惚れいたしました」
頑張ったことがちゃんと成果になって返ってくる。
その瞬間が、たまらなく嬉しい。
城下に降りる日は、もっと特別だ。
お祖母様と手を繫いで歩くと、人々が驚いたように目を見開き、
それから温かい声があちらこちらから上がった。
「アウレリア様だ……なんてお綺麗なんだ!」
「エレオノーラ様そっくりだよ、まるでおとぎ話のお姫様みたいだねぇ!」
「なんでも完璧になさるらしいぞ……すごいお方だ」
褒められると照れくさくって、私は思わずお祖母様の後ろに隠れてしまう。
すると、お祖母様がそっと私の背中を押した。
「アウレリア。私の後ろに隠れる必要なんてありませんよ。
胸を張って、堂々となさい。あなたは、私の自慢の孫なのだから」
その言葉が胸に染みて、誇らしい気分になった。
(お祖母様みたいになりたい。だから……もっと、もっと頑張らなくちゃ)
庭園ではミリアと一緒になってよく遊ぶ。
噴水の水音が静かに響く中、ミリアが私をじっと見つめた。
「お姉様……今日もすごく綺麗ね。
金髪って、光に当たると本当にきらきらします……。
……いいなぁ、ちょっとだけ羨ましいです」
顔を上げたミリアのライトブラウンの瞳が、少し揺れていた。
ニ歳年下の妹の素直な憧れと、ほんの少しの嫉妬が可愛らしい。
私はしゃがんでミリアの目線に合わせた。
「ミリアだって素敵よ。その髪も瞳も、私は好きだわ。
……笑うと小さなえくぼができるの、気づいてる?
とても愛らしい、と思うわよ」
「……ほんとに?……お姉様にそう言われると、とても嬉しくなるわ。
でも、やっぱり……金髪は羨ましいです。
いつか私も、お姉様みたいに綺麗になれるかしら?」
ミリアが、ふっと肩の力を抜いて、嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんよ。私が保証する」
ミリアは照れたように頬を赤くし、次の瞬間には笑いながら駆け出していた。
「じゃあ、お姉様! 今度は鬼ごっこをしましょう! お姉様が鬼よ」
その笑顔があんまり無邪気だったから、私までつられて笑ってしまう。
慕ってくれる妹がいるのは嬉しい。
ところが……それからしばらくして、
お祖母様は思いもよらない“事故”で亡くなってしまった。
その日、お祖母様は王都近くの古い橋の視察に出かけていた。
老朽化していると報告があり、お父様に代わって確認に向かわれたのよ。
けれど、雨のあとで地盤が緩んでいたらしく、馬車が通った拍子に
橋の一部が崩れ落ちたという。
「本当に……不幸な偶然でございました」
そう報告したのは、お祖母様に随行していた護衛隊長だった。
私は話を聞いても、最初は何のことかわからなかった。
だって、つい先日もお祖母様はあんなに元気で、私のバイオリンを褒めてくださって、「アウレリアは本当に努力家で自慢の孫ですよ」と、おっしゃったのに……。
何が起きたのか理解できなくて、ただ怖くて苦しくて、おばあ様を返してほしくて。
私はその場で声を上げて泣き崩れた。
王宮は静まり返り、誰もが沈んだ顔をしていた。
お父様もお母様もずっと難しい顔をしていて、
ミリアは私の手を握ったまま離れない。
(お祖母様は、もういない)
その言葉だけが、胸の中で何度もこだましていた。
私たち姉妹にはそれぞれ家庭教師がつけられ、毎日たくさんの教科を勉強しなければならない。特に私は王太女として教育されていたので、朝早くから授業を受けなければならなかった。
学習室は王宮の一室。
私が入ると、歴史の先生が先日の課題を見直していたらしく、顔を見るなり微笑んだ。
「アウレリア様、これほど丁寧にまとめてくださるとは……本当に感服いたします」
褒められるのは照れくさいけれど、努力の成果を認めてもらえるのは嬉しかった。
勉強が終わると、私はそのまま音楽室へ向かう。
バイオリンを手に取り、弓をそっと弦へ置く。
弾いた瞬間、張りつめた空気がほどけるように、音が部屋いっぱいに広がった。
今日の課題曲は少し難しい。
でも、自室で何度も練習していたから指先が自然と動きを覚えて、思い描いた通りの音色が出せた。
(うん…… いい感じ)
できることが増えるのは、とても嬉しい。
そう思っていると、バイオリンの先生が静かに微笑んだ。
「アウレリア様……本当に、美しい音色です。日ごとに表現が洗練されていきますね」
褒められたことも嬉しいけれど、自分が日々成長できていることが嬉しい。
実のところ、私は天才なんかじゃない。
最初からうまくできたわけじゃないし、失敗するたびに悔しくて諦めそうになることもあった。それでも、誰にも言わずに繰り返し練習した。
努力しているところを見せるのは、なんだか恥ずかしいから、みんなの前ではナイショにしていた。
午後には、ダンス教師の指導のもとでダンスのステップを確認したり、
姿勢を直されたりした。
実のところ、私はダンスがあまり好きではない。
でも、王女として美しく立ち、優雅に踊ることは必須。
グラディス王家とヴァルステラ皇家の血を受け継ぐ私が、無様な姿を見せるわけにはいかない。だからこそ、私はたゆまず努力を重ねた。
その成果なのか、宮廷の女官や侍女たちは惜しみなく言葉をかけてくれた。
「バイオリンの音色が、天上の天使が奏でる響きのようでございました」
「アウレリア様のダンスは妖精のようで……本当に可憐で軽やかで
惚れ惚れいたしました」
頑張ったことがちゃんと成果になって返ってくる。
その瞬間が、たまらなく嬉しい。
城下に降りる日は、もっと特別だ。
お祖母様と手を繫いで歩くと、人々が驚いたように目を見開き、
それから温かい声があちらこちらから上がった。
「アウレリア様だ……なんてお綺麗なんだ!」
「エレオノーラ様そっくりだよ、まるでおとぎ話のお姫様みたいだねぇ!」
「なんでも完璧になさるらしいぞ……すごいお方だ」
褒められると照れくさくって、私は思わずお祖母様の後ろに隠れてしまう。
すると、お祖母様がそっと私の背中を押した。
「アウレリア。私の後ろに隠れる必要なんてありませんよ。
胸を張って、堂々となさい。あなたは、私の自慢の孫なのだから」
その言葉が胸に染みて、誇らしい気分になった。
(お祖母様みたいになりたい。だから……もっと、もっと頑張らなくちゃ)
庭園ではミリアと一緒になってよく遊ぶ。
噴水の水音が静かに響く中、ミリアが私をじっと見つめた。
「お姉様……今日もすごく綺麗ね。
金髪って、光に当たると本当にきらきらします……。
……いいなぁ、ちょっとだけ羨ましいです」
顔を上げたミリアのライトブラウンの瞳が、少し揺れていた。
ニ歳年下の妹の素直な憧れと、ほんの少しの嫉妬が可愛らしい。
私はしゃがんでミリアの目線に合わせた。
「ミリアだって素敵よ。その髪も瞳も、私は好きだわ。
……笑うと小さなえくぼができるの、気づいてる?
とても愛らしい、と思うわよ」
「……ほんとに?……お姉様にそう言われると、とても嬉しくなるわ。
でも、やっぱり……金髪は羨ましいです。
いつか私も、お姉様みたいに綺麗になれるかしら?」
ミリアが、ふっと肩の力を抜いて、嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんよ。私が保証する」
ミリアは照れたように頬を赤くし、次の瞬間には笑いながら駆け出していた。
「じゃあ、お姉様! 今度は鬼ごっこをしましょう! お姉様が鬼よ」
その笑顔があんまり無邪気だったから、私までつられて笑ってしまう。
慕ってくれる妹がいるのは嬉しい。
ところが……それからしばらくして、
お祖母様は思いもよらない“事故”で亡くなってしまった。
その日、お祖母様は王都近くの古い橋の視察に出かけていた。
老朽化していると報告があり、お父様に代わって確認に向かわれたのよ。
けれど、雨のあとで地盤が緩んでいたらしく、馬車が通った拍子に
橋の一部が崩れ落ちたという。
「本当に……不幸な偶然でございました」
そう報告したのは、お祖母様に随行していた護衛隊長だった。
私は話を聞いても、最初は何のことかわからなかった。
だって、つい先日もお祖母様はあんなに元気で、私のバイオリンを褒めてくださって、「アウレリアは本当に努力家で自慢の孫ですよ」と、おっしゃったのに……。
何が起きたのか理解できなくて、ただ怖くて苦しくて、おばあ様を返してほしくて。
私はその場で声を上げて泣き崩れた。
王宮は静まり返り、誰もが沈んだ顔をしていた。
お父様もお母様もずっと難しい顔をしていて、
ミリアは私の手を握ったまま離れない。
(お祖母様は、もういない)
その言葉だけが、胸の中で何度もこだましていた。
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