魅了魔法持ち王女は、女嫌いの皇帝に一途に溺愛される

青空一夏

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お祖母様が亡くなってから、宮廷の空気は急に重くなった。
いつも鳴り響くラッパ隊の練習音が途絶え、
王宮の廊下に並ぶ花瓶には、白い花だけが飾られた。

私だけではなく、王宮に仕える誰もが喪失感に包まれているのがわかる。
女官長や侍従長は、いつもどこか戸惑ったような表情を浮かべ、
侍女や下働きの者たちでさえ、落ち着かない素振りを見せる。
まるで王宮そのものが、光を失ったかのよう。
特にお父様とお母様は、その影響が大きかった。
お祖母様が生前、こなしていた政務が、想像以上に多かったからだ。

「……母上が抱えておられた仕事が、こんなにもあったのか……?」
「どれを優先すべきなのか……もうわからないわ。もっと、お義母様からいろいろ教えていただけば良かった。まさか……こんなに早く亡くなってしまうなんて思わなかったから」

廊下を歩いていると、お父様とお母様の戸惑ったような声が
執務室の扉の向こうから漏れ聞こえてくることも多くて、
いつも二人はイライラしていた。
以前のように優しく声をかけてもらうことも減ってしまった。
ミリアもそんな状況に不安を感じてか、私の側にいたがった。
  
「お姉様……お父様たち、なんだか怖いわ。お祖母様がいらっしゃる時は、あんなに優しかったのに」

私はミリアを慰めながらも、 なんとか姉妹で
明るく毎日を乗り切ろうとしていた。
そんなある日、一人庭園を散歩していると、
少し離れた噴水のそばで下働きの女性たちが洗濯をしながら、
話す声が聞こえてきた。

「アウレリア様……
あのお方がいらっしゃると、本当に光が射すようだねぇ」

「まったくだよ。王太后様にそっくりでお美しくて、
お勉強もできるって評判だよ。……
あの方が女王様になられたら、この国はもっと良くなりそうだねえ」

「市場でもね、さっき噂してたよ。
『アウレリア王女様が成長なさって、国をよくしてくださる日が楽しみだねぇ』って。だってさあ……王太后様は本当に立派だったじゃないか。
あの方がいらした頃は、なんていうか……国のことがちゃんと回ってたよ」

「うんうん、それは言えるねぇ。
今の国王様と王妃様は、悪い人たちじゃないけどねぇ……
なんというか、頼りないって、みんな言ってるよ。
決めるのに時間がかかったり、周りを気にしすぎたりね」

「だから余計に、アウレリア様には期待が集まるんだよ」
  
私は複雑な気持ちになりながら、自室に戻ろうとして廊下を歩いていると、今度は侍女たちの声が耳に入る。

「王太后様が亡くなって……王妃様も大変よね。
だって、あの方ほど完璧にはできないじゃない?」
「でも、次世代にアウレリア様がおられるから救いだと思うわ。
立ち居振る舞いも才覚も、もう立派すぎて……王妃様や国王様を上回る
立派な女王様になるに違いないわ」
「宰相様たちもおっしゃってたらしいわよ。
 “アウレリア王女殿下が成人なされば国は安泰でしょう”ですって」

私はそっと足を止めた。

(また……私の話だわ)

それは褒め言葉のはずなのに、お父様たちを貶すような意味合いも含まれていて、やはり心から喜ぶことはできなかった。

そしてその日の夜。
両親の部屋の前を通りかかったとき、扉の隙間から
お父様とお母様の声が聞こえてしまった。

「……宰相め。たわけたことを抜かしおった。
『 アウレリア王女殿下が十六歳を迎えられたら、
すぐにでも女王に即位させたらどうでしょう?』だと! 
私にさっさと退けと言っているようなものだ!」

「最近は大臣たちまで言い始めていますわ……
『アウレリア王女殿下は王太后殿下に似て聡明だから、すぐにでも国政を主導できる』ですって……まるで私たちが役立たずと言われているようで……」
  
一度、静寂が落ちた。
けれどやがて、お母様の押し殺したような怒りを含んだ声が続いた。

「……全部、アウレリアのせいですわ。
あの子が優秀すぎるから、みんな期待するのです。 
私たちは……お義母様の影から、一生逃れられないのでしょうか?」

息が止まりそうになった。

(……ずっとお母様はそんなふうに、お祖母様のことを見ていらっしゃったの? そして、私のことも不満に思っていたなんて……知らなかった)

私の胸はズキリと痛んだ。お母様に嫌われているなんて、思ってもいなかったから……。

お祖母様が亡くなってから、宮廷の女官や侍女たちの態度は、私に向けてなお一層、丁寧になった。

「アウレリア様は次代の光……」

そんな声が聞こえるたびに、お母様の顔を覗ってしまう。
そんな時のお母様は優しい笑みを浮かべているように見えて、
その目は少しも笑っていなかった。
どこか冷たく暗い光を帯びていた。

やがて、私の周りで大きな変化が訪れた。
高位貴族たちから婚約を求める“釣書”が次々と届きはじめたのだ。
差し出してきたのは、名門中の名門ばかり。
王国最強の兵を率いる第一騎士団長家。
古くから王家を支え続ける筆頭公爵家。
広大な領地と莫大な富を誇る大侯爵家。
政務に深く関わる文官系の名家など。
どの家も、“未来の女王の王配”の座を狙っていた。

もちろん私個人に決定権はない。
全ては国王であるお父様や、大臣たちが構成する貴族議会の判断に
従うこととなった。
そして、その中で選ばれたのが宰相の一人息子、
レオニス・スタッキー侯爵子息だった。

最初の対面の日、 サロンで宰相が私の前に進み出て、静かに頭を下げた。
「アウレリア殿下。本日は、我が家の嫡男レオニスを紹介させていただきます。王配となるべく資質を備え、 立派に殿下をお支えしていけると信じております」

その隣に立つ少年――レオニス・スタッキーは、ライトブラウンの髪をきちんと撫でつけ、姿勢も礼儀も申し分ない。

“宰相家の跡継ぎ”として育てられた気品が、自然と立ち姿に表れていた。
けれど、私と目が合った瞬間、わずかに目を見開き頬を赤く染めた。
驚き、でも失礼にならないように抑え込んだその反応に、
私はむしろ品の良さを感じた。

「アウレリア王女殿下、
僕はスタッキー侯爵家の嫡男、レオニスと申します。
この度、殿下の婚約者になることができ、大変光栄です」

落ち着いた声でそう名乗ると、レオニスは静かに私に臣下の礼を取った。

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