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16 カラハン王子の気持ち
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こちらはマッキンタイヤー公爵邸である。マッキンタイヤー公爵は祭りを見物する予定であったが、領地の財政に関する重要な監査を急遽おこなうことになり、その立会いや報告を受けるために屋敷にとどまった。ところが、執務室で忙しくしているさなかに、来客の知らせを受けた。
「旦那様。カラハン第一王子殿下がお忍びでお越しになっております」
いつもは冷静沈着なマッキンタイヤー公爵家の家令が慌てた様子で報告にきた。
「カラハン第一王子殿下が? いったい、私になんの用だろうか? 客間にお通ししなさい。失礼のないようにな」
マッキンタイヤー公爵は首を傾げながらつぶやいた。
マッキンタイヤー公爵家は非常に裕福な大貴族だ。その邸宅は王城に比べても遜色のない豪華なつくりだった。客間に通されたカラハン第一王子は少しばかり緊張していた。アナスターシアはカッシング侯爵の娘とはいえ、伯父のマッキンタイヤー公爵のほうが父親の役割を果たしているように思えた。アナスターシアに惹かれている自分を自覚した今、その父親のような存在のマッキンタイヤー公爵に悪い印象を与えたくなかったのだ。
(アナスターシアの子供たちに対する慈愛に満ちた視線はまるで聖母のようだった。真っ直ぐな愛情を注がれて高潔な道徳観念と正しい教育を受けた者だけが持つオーラだ。そして、あの弓矢を射る時の美しくも凜とした瞳は天使のように清らかだった。)
カラハン第一王子はアナスターシアのことばかりが頭に浮かんでくるのだった。
マッキンタイヤー公爵は突如現れたカラハン第一王子に礼儀正しく頭を下げ、笑顔で迎えた。
「カラハン第一王子殿下。遠路遥々、我がマッキンタイヤー公爵領にお越しいただき、誠に光栄です。このたびのご訪問、何か特別なご用向きがあるのでしょうか?」
マッキンタイヤー公爵は慎重に言葉を選びながら、カラハン第一王子に問いかけた。
カラハン第一王子は公爵の礼儀正しい歓迎に感謝し、微笑みを浮かべながら答えた。
「実は、今回の訪問には少々特別な理由があります。私の側近の一人であるジュードの願いを叶えてやりたいのです。彼の妹がこちらで栄えているバイオターシア商会の化粧品を手に入れたいと切望しております。その化粧品は非常に人気が高く、順番待ちが必要だと聞いております」
王子は少し困った表情を見せつつ続けた。
「ジュードは乳母の子なのですよ。彼の忠誠心は厚く、助けられることもとても多いのです。そして、噂に聞くその化粧品の素晴らしさを考えると、ぜひアナスターシア様にも一式プレゼントしたいと考えております。しかしながら、どのようにすれば手に入るか分からず、ご助力いただければ幸いです」
「なぜ、アナスターシアにもそれをプレゼントしたいとお思いになったのですか? アナスターシアからカラハン第一王子殿下と交流があるなど、一度も聞いたことはありません。もしや、アナスターシアが私の姪だから近づこうとしているのですか? 恐れながら、アナスターシアが望まぬ限り、王位継承争いには巻き込みたくないのです」
マッキンタイヤー公爵はカラハン第一王子が権力を欲したいがために、アナスターシアに近づこうとしているのだと邪推した。
「失礼いたします、公爵閣下。私はカラハン殿下の側近、ジュードと申します。マッキンタイヤー公爵閣下は誤解しています。カラハン殿下はさきほどアナスターシア様を見初めてしまったのです。見事な弓矢の腕前と艶やかな剣舞、女神のような美しさに、いわゆる一目惚れをなさったのです」
ジュードの熱弁にマッキンタイヤー公爵はますます顔をしかめた。
「アナスターシアの美しさは確かに男性の目を惹きつけるでしょう。だが、あの子は血の通った人間で綺麗なだけの人形じゃない。外見だけで惚れたと言われましても、私の心には響きません。アナスターシアが望む男性に嫁がせたいのです。幸い、マッキンタイヤー公爵家には財産が充分ありますから、政略結婚などする必要がありません」
「私はアナスターシア嬢の子供たちに対する温かい眼差しに惹かれたのです。絹の衣装が屋台のソースで台無しにされてもまるで気にしなかった。それどころか、目線を合わせて子供たちに接している様子が素晴らしかった。子供の一人がアナスターシア嬢の綺麗なドレスを羨ましがった時に、アナスターシア嬢が答えた言葉が忘れられないです。私と同じ志を持った女性だと確信したのです」
「ほぉ? アナスターシアはなんと言ったのですか?」
「『マッキンタイヤー公爵領の民たちみんなが綺麗な服を着られるようにこれから私が頑張る』と言ったのです。私もアナスターシア嬢と同じように、民たちが豊かに暮らせるようにしたいと思っています。私は必ずしも王位に就きたいとは考えていません。ゴルボーン王国の民たちが幸せに暮らせる政治を行うのであれば、弟が王位に就いても構わないと思っています」
「なるほど。子供と接しているアナスターシアの様子や人間性を見て好きになったのなら、私の立場で言えることはひとつです。ぜひ、アナスターシアの心をつかんでください」
豪快に笑ったマッキンタイヤー公爵の瞳は嬉しそうに輝いていた。カラハン第一王子が真面目で聡明なことはわかっていたし、アナスターシアの内面に惚れてくれたのなら、反対する必要はないと感じたのだ。
「たった今から、私は第一王子派の筆頭公爵となり、あなた様を守りましょう。王に就くのに相応しい方だと確信しました。だが、バイオターシア商会の化粧品をアナスターシアにプレゼントしてはいけません。なにしろ、あの商品はアナスターシアが開発したのですから」
「アナスターシア嬢はそのようなことができるのですか?」
「はい、アナスターシアは医療や薬草学に大変な興味がありまして、研究室で多くの実験をしています。行儀作法に語学、歴史や地理に文学、刺繍、なにをさせても優秀です。しかし、王太子妃になったら将軍にはなれないとカラハン第一王子殿下を拒むかもしれませんな」
「は? アナスターシアは将軍になりたいのですか?」
カラハン第一王子はアナスターシアの破天荒な発想に面食らったが、クスリと笑った。
「アナスターシア嬢らしい目標ですね。普通の貴族令嬢とは違うと思いました。領民を思う気持ちも勇敢なところも、さすがはマッキンタイヤー公爵の姪だけあります。自慢の姪ですね」
「そうですとも。アナスターシアはカッシング侯爵よりも私に似ている。マッキンタイヤー公爵家の血筋です。高潔で曲がったことを嫌い、努力家なのです。私は自分の娘のように可愛がっておりますよ。アナスターシアには自由に生きて欲しいですが、カラハン第一王子に嫁ぎたいと望めば、私は全力でカラハン第一王子を守りましょう」
(さて、アナスターシアはこの美貌の王子に好意を抱くだろうか? バイオレッタは父上が決めた婚約に従い、好きでもない男のもとに嫁がされた。アナスターシアは本当に好きな男に嫁がせてやるぞ!)
マッキンタイヤー公爵はアナスターシアが誰を好きになろうとも、全力で応援するつもりだった。
「旦那様。カラハン第一王子殿下がお忍びでお越しになっております」
いつもは冷静沈着なマッキンタイヤー公爵家の家令が慌てた様子で報告にきた。
「カラハン第一王子殿下が? いったい、私になんの用だろうか? 客間にお通ししなさい。失礼のないようにな」
マッキンタイヤー公爵は首を傾げながらつぶやいた。
マッキンタイヤー公爵家は非常に裕福な大貴族だ。その邸宅は王城に比べても遜色のない豪華なつくりだった。客間に通されたカラハン第一王子は少しばかり緊張していた。アナスターシアはカッシング侯爵の娘とはいえ、伯父のマッキンタイヤー公爵のほうが父親の役割を果たしているように思えた。アナスターシアに惹かれている自分を自覚した今、その父親のような存在のマッキンタイヤー公爵に悪い印象を与えたくなかったのだ。
(アナスターシアの子供たちに対する慈愛に満ちた視線はまるで聖母のようだった。真っ直ぐな愛情を注がれて高潔な道徳観念と正しい教育を受けた者だけが持つオーラだ。そして、あの弓矢を射る時の美しくも凜とした瞳は天使のように清らかだった。)
カラハン第一王子はアナスターシアのことばかりが頭に浮かんでくるのだった。
マッキンタイヤー公爵は突如現れたカラハン第一王子に礼儀正しく頭を下げ、笑顔で迎えた。
「カラハン第一王子殿下。遠路遥々、我がマッキンタイヤー公爵領にお越しいただき、誠に光栄です。このたびのご訪問、何か特別なご用向きがあるのでしょうか?」
マッキンタイヤー公爵は慎重に言葉を選びながら、カラハン第一王子に問いかけた。
カラハン第一王子は公爵の礼儀正しい歓迎に感謝し、微笑みを浮かべながら答えた。
「実は、今回の訪問には少々特別な理由があります。私の側近の一人であるジュードの願いを叶えてやりたいのです。彼の妹がこちらで栄えているバイオターシア商会の化粧品を手に入れたいと切望しております。その化粧品は非常に人気が高く、順番待ちが必要だと聞いております」
王子は少し困った表情を見せつつ続けた。
「ジュードは乳母の子なのですよ。彼の忠誠心は厚く、助けられることもとても多いのです。そして、噂に聞くその化粧品の素晴らしさを考えると、ぜひアナスターシア様にも一式プレゼントしたいと考えております。しかしながら、どのようにすれば手に入るか分からず、ご助力いただければ幸いです」
「なぜ、アナスターシアにもそれをプレゼントしたいとお思いになったのですか? アナスターシアからカラハン第一王子殿下と交流があるなど、一度も聞いたことはありません。もしや、アナスターシアが私の姪だから近づこうとしているのですか? 恐れながら、アナスターシアが望まぬ限り、王位継承争いには巻き込みたくないのです」
マッキンタイヤー公爵はカラハン第一王子が権力を欲したいがために、アナスターシアに近づこうとしているのだと邪推した。
「失礼いたします、公爵閣下。私はカラハン殿下の側近、ジュードと申します。マッキンタイヤー公爵閣下は誤解しています。カラハン殿下はさきほどアナスターシア様を見初めてしまったのです。見事な弓矢の腕前と艶やかな剣舞、女神のような美しさに、いわゆる一目惚れをなさったのです」
ジュードの熱弁にマッキンタイヤー公爵はますます顔をしかめた。
「アナスターシアの美しさは確かに男性の目を惹きつけるでしょう。だが、あの子は血の通った人間で綺麗なだけの人形じゃない。外見だけで惚れたと言われましても、私の心には響きません。アナスターシアが望む男性に嫁がせたいのです。幸い、マッキンタイヤー公爵家には財産が充分ありますから、政略結婚などする必要がありません」
「私はアナスターシア嬢の子供たちに対する温かい眼差しに惹かれたのです。絹の衣装が屋台のソースで台無しにされてもまるで気にしなかった。それどころか、目線を合わせて子供たちに接している様子が素晴らしかった。子供の一人がアナスターシア嬢の綺麗なドレスを羨ましがった時に、アナスターシア嬢が答えた言葉が忘れられないです。私と同じ志を持った女性だと確信したのです」
「ほぉ? アナスターシアはなんと言ったのですか?」
「『マッキンタイヤー公爵領の民たちみんなが綺麗な服を着られるようにこれから私が頑張る』と言ったのです。私もアナスターシア嬢と同じように、民たちが豊かに暮らせるようにしたいと思っています。私は必ずしも王位に就きたいとは考えていません。ゴルボーン王国の民たちが幸せに暮らせる政治を行うのであれば、弟が王位に就いても構わないと思っています」
「なるほど。子供と接しているアナスターシアの様子や人間性を見て好きになったのなら、私の立場で言えることはひとつです。ぜひ、アナスターシアの心をつかんでください」
豪快に笑ったマッキンタイヤー公爵の瞳は嬉しそうに輝いていた。カラハン第一王子が真面目で聡明なことはわかっていたし、アナスターシアの内面に惚れてくれたのなら、反対する必要はないと感じたのだ。
「たった今から、私は第一王子派の筆頭公爵となり、あなた様を守りましょう。王に就くのに相応しい方だと確信しました。だが、バイオターシア商会の化粧品をアナスターシアにプレゼントしてはいけません。なにしろ、あの商品はアナスターシアが開発したのですから」
「アナスターシア嬢はそのようなことができるのですか?」
「はい、アナスターシアは医療や薬草学に大変な興味がありまして、研究室で多くの実験をしています。行儀作法に語学、歴史や地理に文学、刺繍、なにをさせても優秀です。しかし、王太子妃になったら将軍にはなれないとカラハン第一王子殿下を拒むかもしれませんな」
「は? アナスターシアは将軍になりたいのですか?」
カラハン第一王子はアナスターシアの破天荒な発想に面食らったが、クスリと笑った。
「アナスターシア嬢らしい目標ですね。普通の貴族令嬢とは違うと思いました。領民を思う気持ちも勇敢なところも、さすがはマッキンタイヤー公爵の姪だけあります。自慢の姪ですね」
「そうですとも。アナスターシアはカッシング侯爵よりも私に似ている。マッキンタイヤー公爵家の血筋です。高潔で曲がったことを嫌い、努力家なのです。私は自分の娘のように可愛がっておりますよ。アナスターシアには自由に生きて欲しいですが、カラハン第一王子に嫁ぎたいと望めば、私は全力でカラハン第一王子を守りましょう」
(さて、アナスターシアはこの美貌の王子に好意を抱くだろうか? バイオレッタは父上が決めた婚約に従い、好きでもない男のもとに嫁がされた。アナスターシアは本当に好きな男に嫁がせてやるぞ!)
マッキンタイヤー公爵はアナスターシアが誰を好きになろうとも、全力で応援するつもりだった。
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